昼休みの屋上で

 教室で目があって、すぐ視線を反らされる。

 同じ部活仲間として、挨拶しようとしても逃げられる。

 俺が少し席に近づいたら、席を立ちどこかへ行ってしまうのだ。

 午前中だけで、こんなことが10回以上あった。

 もしかして、嫌われているのか?


 そして、気付いたら昼休み。


 白石さんは、いつも弁当を持ってどこかへ行ってしまう。

 学食では、白石さんの姿は見たことがない。

 他のクラスに仲の良い友達がいるのだろうか?


 アテナのことを聞きたいが、午前中は全敗。

 部活は同じだが、二人っきりになる機会は少ない。

 つまり、この昼休みが勝負だ。


 昼休みになると、優美と美香が弁当を持って教室に来たりすることが多いのは、白石さんも知っているはず。

 つまり、俺がこうやって追跡してくるとは思っていないはずだ。


 白石さんは、別館に移動。

 部室にでも、行くのだろうか?

 あそこは、漫画もたくさんあるから、昼休みの暇つぶしにはなる。


 しかし、白石さんは部室に向かわず階段を上っていく。

 一体、どこに行くのだろうか?


 別館の階段を上がりきった先の屋上の扉の前。

 白石さんが、ポケットから鍵を取り出した。 


 ガチャっという音が聞こえ、白石さんが扉を開ける。


 まさか、別館の屋上の鍵を持っているなんて思わず、びっくりして声をあげそうになったが必死に堪えた。

 白石さんが、扉の先に入ってから約1分。


 思いきって俺も屋上の扉を開けた。


 陽射しが眩しく照り付けてきて、思わず右手で遮った。

 床は一面アスファルトで、生徒が落ちないために金網に囲まれていた。

 そして、中心には花壇を囲むように丸椅子が置いてあった。


 丸椅子に座っていた女の子と目が合う。


 今度は視線を反らされなかった。


 「水町くん!? どうして!?」


 「こんにちは、白石さん」


 「こ、こんにちは」


 「白石さんにちょっと聞きたいことがあってね」


 「そうなんですか。 そうですよね……」


 俺が聞きたいことがあるのを知ってる様子の白石さん。

 午前中避けていたのは、そのせいか。

 ゆっくりと歩いて、白石さんに近づいていく。

 今度は、逃げないようだ。


 「午前中はごめんなさい。 聞きたいことって昨日のことですよね?」


 「ん? あぁ、気にしてないよ。 昨日のこと? それってテレビのこと?」


 「え? そうです。 聞きたいことって、テレビに出てたことじゃないんですか?」


 いきなり謝られて、向こうから話をふられたせいか、ちょっと切り出しにくい。

 けど、俺が聞きたいことは、それじゃないんだ。


 「アテナ。 アテナってアテナだよね?」


 どう聞けば良いかわからずに、変な日本語になった。

 これで伝わるだろうか? 

 緊張のあまり、変な汗が頬を流れてアスファルトに落ちた。


 「あ、あの、水町くんは、アテナを知ってるのですか?」


 白石さんの日本語も少しおかしかった。

 アテナは神話に出てくる神の名前。

 しかし、そういう意味ではないと俺は確信していた。


 「アルカンジュオンライン、ヘルメス」


 伝わるだろうか?

 伝われば、白石さんは俺の知ってるアテナということだ。


 「……」


 驚いたのか、伝わらなかったのか、白石さんは黙って俺を見ているだけだった。

 無理もない。

 もし、白石さんが俺の知ってるアテナだったとしても、こんな偶然を受け入れるのは難しいだろう。

 それに、ゲームでのやり取りをしている相手にリアルの話をするのはマナー違反。

 偶然発見しても、こんなふうに問い詰めるのもマナー違反かもしれない。


 「ごめん、白石さん。 今の忘れて。 なんでもないから」


 白石さんに背を向けて扉に向かって歩き出す。

 逃げだそうとしているだけかもしれない。

 わざわざ、追跡までして何をやっているんだろうか。

 なんだか、少し情けなくもなる。


 「待ってください! ヘルメス!」


 「!?」


 背中に何かがぶつかってきた。

 もちろん、ご機嫌斜めの鞄ではない。

 白石さんが、ぶつかってきた。

 いや、正確には抱きつかれた。


 小さな手が俺の体の前で組まれている。

 背中から、白石さんの体温が伝わる。

 肩の近くには、背丈の小さい白石さんの頭がコツンと当たった。


 「いつから、気付いてたんですか?」


 「今朝、勇太に昨日のテレビの映像を見せてもらって気付いた」 


 「私もヘルメスを探してたんですよ」


 「え? どういうこと?」


 「チャットの内容で同じ学校の人だってわかっていたので。 ヘルメスは、どこに遠足に行ったとか、インフルエンザで休校になったとか、学校の話をよくしてましたが、その内容が私と全く同じだったので」


 「そ、そうなんだ。 それで、アテナの名前でテレビに出たの?」


 「はい。 ついでに、制服を映せばもしかしたら気付いてくれるかもって……」


 「けど、白石さんコスプレしたら別人になるから普通気付かないと思うよ」


 「私のヘルメスはちゃんと気付いてくれましたよ」


 スッと俺から離れる白石さん。

 俺が振り返ると、白石さんは、少し頬を赤くして瞳が潤んでいたが笑顔だった。


 「一緒に、お弁当食べませんか?」


 「弁当は教室に置いて来たんだけど……」


 「あっ、私ので良かったら食べてください」


 「えっと…… とりあえず座ろうか?」


 「そうですね。 ここ、陽射しがとっても気持ち良いんですよ」


 「なんで、屋上の鍵を持ってるの?」


 「掃除と花壇の手入れをすることを条件に先生から渡されました」


 「なるほど」


 「それにしても…… まさか、水町くんがヘルメスだったなんてびっくりしました」


 「俺も、白石さんがアテナでびっくりしたよ」


 「なんだか、ちょっと恥ずかしいですね」


 「そうだな。 そういえば、お互い遅刻した日も朝方まで一緒にゲームしてたよな」


 「はい。 おかげで、寝坊しました」


 「あっ、やっぱり、それが理由だったんだ」


 「はい。 水町くんがヘルメスってことは、私の旦那様は水町くんだったわけですね」


 「まぁ、一応、そういうことになるのかな」


 そう考えるとちょっと恥ずかしいどころかめちゃくちゃ恥ずかしい。

 特に痒くもないが、右頬を右手の人差し指でポリポリ。


 「あっ、これ食べてください」


 お弁当を差し出す白石さん。

 すでに少しだけ食べてある。


 「えっと…… 箸が、ないんだけど……」


 お弁当は渡されたが、箸は白石さんが握っていた。


 「えっ、あっ、そうですよね。 えっと…… これ、使ってください!」


 箸を差し出す白石さん。

 反射的に受け取ってしまったが、これは今白石さんが使っていた箸である。


 「あ、ありがとう。 でも、これ、いいの?」


 「あっ、はい。 今日はあまり、お腹空いてないので大丈夫です」


 そういう意味ではない。

 そういう意味ではないのだが、箸の話をしてしまったら、変に意識してるみたいになって気まずくなってしまう可能性がある。

 よし、食べよう。


 「いただきます」


 お弁当の定番、卵焼きを口に運ぶ。

 なんだか、見つめてくる白石さん。

 もしかして、白石さんが作ったのだろうか?


 「ど、どうですか?」


 「え、あ、おいしいよ。 うん」


 「そ、そうですか。 良かったです。 か、か、間接キスですね……」


 「え、あ、うん。 そうだね。 べ、弁当は、自分で作ってるの?」


 「あ、はい。 毎日ではないですが、今日は私の手作りです」


 「料理上手なんだね。 白石さんは、良いお嫁さんになりそうだ」


 「え? あ、ありがとうございます…… もう、お嫁さんですけどね」


 「ん? それは、ゲーム内での話だよね?」


 「たしかに、プロポーズされたのはゲーム内ですが、私は私ですから」


 待て待て、少し様子がおかしい。

 たしかに、ゲーム内のアテナは自分は嫁だからと主張してくることは多々あった。

 しかし、それはゲーム内での話だ。

 なのに、白石さんの態度は現実でも嫁みたいな言い方だ。

 そういえば、いつもは内気でおとなしい感じの白石さんが、今は妙に距離が近い。

 弁当も一緒に食べようと向こうから誘ってきた。

 なんだ? マジか? そういうことなのか? 


 「あ、あのさ、白石さんはゲーム内でプロポーズされたことどう思ってるの?」


 「私は、ゲーム内とはいえ、軽い気持ちでプロポーズをOKしたりはしませんよ。 もちろん水町くんも、ゲーム内とはいえ、好きでもない相手にプロポーズなんかしませんよね?」


 あれ? どうやら完全にやってしまったようだ。

 なんとも答えない俺を見る白石さんの目が純粋すぎて逆にこわい。


 「どうなんですか!?」


 「い、や、まぁ、プロポーズOKしてくれたのは、嬉しかったよ」


 結婚相手のアイテムや経験値がもらえるからである。

 しかし、そんなことは言えない。


 「そ、そうですか。 ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いします」


 「ちょ、ちょっと待って! 一応、説明するけど、ゲーム内で結婚しても、現実では結婚したことにならないんだよ!」


 「はい。 わかっています。 ですが、嫁は嫁です!」


 そういえば、白石さんってちょっと変な子なんだったな。

 お互い遅刻して偶然会った時も、なんかぶつぶつ言ってたし。

 アテナもよく、変なことを言い出したりしたし。


 「そ、そうか。 一応、わかっているなら安心だ」


 「えぇ、安心してください。 ヘルメスは、私が守りますから!」


 あれだ、ちょっとアテナモードに入ってるんだ。

 一体、何から守るつもりかはわからないが、そう考えたら納得だ。


 「あっ、そういえば、学校ではお互いのことをヘルメスとアテナで呼ぶのは禁止にしよう」


 「どうしてですか? 私はアテナで、水町くんはヘルメスなのに」


 ダメだ。

 白石さんは、俺の思っていたより、ダメなタイプだ。

 首を傾げて、本当に理解していない様子だ。

 このままだと、クラスで急にヘルメスとか呼び出すかもしれない。

 それは、危険だ。 危険すぎる。


 「えっと、ほら! もし、敵に俺がヘルメスで白石さんがアテナってばれたら奇襲をかけられたりする可能性があるじゃないか!」


 「なるほど。 ヘルメスは頭が良いですね。 さすがです」


 伝わったけど、相変わらずヘルメスと呼んでくる白石さん。

 そして、なぜか褒められた。


 「えっと、とりあえず、本当にヘルメスって呼ぶのは禁止で頼む」


 「わかりました。 では、教室に戻りましょう。 旦那様」


 「ストップ! 旦那様も禁止だ! 普通に自然な感じで呼んでくれ」


 「…… ダーリン」


 「どこが、自然な感じなんだ!? 普通に今まで通りに水町くんって呼んでくれ!」


 「わかりました。 水町くん」


 「よし、教室に戻るか」


 残り少ない昼休みの時間。

 ゆっくりと教室に戻りながら、白石さんとアルカンジュオンラインの話をした。

 同じ部活仲間とはいえ、他の3人と比べたら少し距離があった白石さん。

 今日でだいぶ、距離が縮まった気がする。

 水町くんと白石さんの距離が、ヘルメスとアテナの距離に変わったような感じもした。

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