遅刻、ダメ、絶対!

 薄暗い部屋の中、意識はまだぼんやりとしていてなんだか体が重い。

 

 「仕方ないか、なにせ朝方までゲームをしていたのだから」


 寝起き早々に、そんな言葉を吐き捨てた。

 目を擦りながらゆっくりと体を起こすと机の上にある何かに気付いた。

 なんだあれは? ベッドから出て、机の前に行くとおかゆが置いてあった。

 なんだこれは? 他に部屋の中に変わった様子はない。

 いや、目覚まし時計がない。

 慌てて携帯で時間を確認すると、10:27と表示されていた。

 え? え? 何? どういうことだ? 目覚まし時計が消えて、おかゆ?

 寝起きで頭が働かないのもあるが、状況が理解できない。 

 とりあえず、もう一度机の上に目を向けるとおかゆの横に一枚の紙が置いてあった。

 

 「お大事に。 おいしくないかもしれないですが、ちゃんと食べてくださいね」


 紙に書かれていた文字を読みあげても、状況が理解できない。

 いや、内容はわかるけど…… なんだこれ?

 

 わかっていることは、ただひとつ。

 もうすでに、授業は始まっているということぐらいだ。


 「しまった。 寝坊してしまった。 いや、そもそも目覚まし時計は?」


 寝る前の記憶をたどってみるとあったはずだ。

 なぜ、ないんだ? おかゆは、どうすればいい?


 そもそも、誰が作ったのか…… いや、わかりきっていることだ。


 「なんで、優美は起こしてくれなかったんだ! 起きてこないからってなんで俺のこと、病人扱いしてんだ!?」


 思わず、頭をかかえてそんな疑問と不満を口走りながらも、おかゆは食べることにした。

 朝方まで、ゲームして起きていたのもありお腹が空いていたのだ。

 それに、事情はどうあれ、せっかく作ってくれたのだから、食べる以外に選択肢はない。

 

 遅刻ぎりぎりだと、遅れてしまうかもという不確かな状況のせいで焦ってしまう。

 しかし、確定事項になると焦りよりも諦めのほうが強かった。

 おかゆを完食して、顔を洗い、歯を磨いて制服に着替えて学校に向かう。

 なんだか、いつもと違う時間に学校に向かうと町の雰囲気も違って見える気がした。

 いつもなら、学校に向かう制服を着た学生や、会社に向かうスーツを着た社会人ばかりだが、昼前にもなるとそんな人は見かけない。

 いつもより静かで少し不思議な気分だ。

 最近は、優美や美香と登下校していたのもあり騒がしかったので、なんだか妙に新鮮な気分にすら感じる。

 別に、にぎやかなのは嫌いじゃないが、静かで穏やかな時間というのも悪くない。


 「あれ? 制服の子がいる…… あの子も遅刻かな?」


 交差点を曲がり、学校に行くまでの坂道、俺の少し前を歩く一人の女生徒が視界に入り、思わず呟いた。

 俺も人のこと言えないけど、遅刻だというのに随分とゆっくり歩いているな……。

 もしかして体調でも悪いのかな?

 後ろから見ていると、なんだか少しふらふらしていて今にも倒れそうな雰囲気すらある。

 しかし、追いつきそうでちょっと気まずいな…… 声でもかけるか? いやいや、さすがにそれは無理だな。

 いつもの時間帯に登校していたのなら気にもしないだろうが、こんな時間だと周りには他の生徒はおらず、なんだか妙に意識してしまう。

 

 仕方ない。 少し、急ぎ足で追い抜いてしまおう。

 

 歩くペースを少し上げて彼女との距離が縮まり、追い抜く瞬間。

 なんだかぼそぼそと独り言のようなものが聞こえてきた。


 「この我がまさか、こんな坂道ごときで…… ふっふっふ…… ならば、良かろう。 我の真の姿を見せてやろう」



 なんだ、今のは……? いや、気にするな。 振り向いたらだめだ。

 先を急ぐのだ。 学校という目的地はすぐそこにあるのだから。

 しかし…… 気になる。 めちゃくちゃ、気になる。 振り返りたい。

 むしろ、これをスルーできる人なんているのか? 


 ゆっくりと振り返ると誰もいなかった。


 いや、いる! 電柱に隠れているが、鞄が丸見えだ。


 どうする? これは、姿を見られたくないということか? 

 

 つまり、あれだ。 俺は選べるわけだ。


 俺の脳内には選択肢が出てきた。


 見逃す

 見逃さない←


 脳内で選択肢を選び、スタスタとターゲットに近づく。

 犯人を見つけた探偵はきっとこんな気持ちなんだろう。

 名探偵気分で、電柱に向かい右手の人差し指をピンと向けて高らかに思いの丈をぶつける。


 「おい! 隠れてないで、出てきたらどうだ? もうネタは上がってるんだぜ」 


 一度は言ってみたかったセリフをリアルで言えた瞬間である。


 「な、何を言ってるのですか? そ、そんな、カッコイイポーズまで取って」


 震えるような声で返事をしながら、犯人が電柱から姿を晒した。

 犯人の姿を見て俺は思わず、冷や汗を流した。

 

 「白石さん……だよな……?」


 「そうですよ。 たしか、水町くんですよね? 同じクラスの」


 「あぁ…… えーと…… 遅刻か?」


 「はい、ちょっと体調が悪くて……」


 聞きたいことは他にあるのだが…… 思わず口にした質問は、なんともありふれたものになってしまった。

 もちろん本当に聞きたいことは、さっきの独り言についてだ。

 

 ついでに、コスプレ写真と部活の件だ。

 俺はつい、昨日のエルフのコスプレ姿をした白石さんの写真を思い出して、目の前の女の子と比べてしまった。

 短く切り揃えられた肩までない程の黒髪、瞳は大きいが少し垂れ目で、優しそうという印象を受ける目の前の女の子と、写真のエルフ姿の女の子では、イメージは違った。

 けど…… やはり、同一人物なのだろう。  

 イメージは違っても、顔だけを比べると似ているというか、同じだ。

 


 「ところで…… さっき、俺が白石さんを追い抜いた時のことなんだけど……」


 「きょ、今日は良い天気ですね!」


 「ん? あ、あぁ、良い天気だな……」


 俺が質問しようとすると、白石さんが遮るように大きな声をあげた。

 

 これは、きっと白石さんからの警告だ。

 いつもおとなしい人を怒らせてはいけない。

 俺は今までにこんな白石さんを見たことがない。

 出席確認の返事をする時ですらもじもじしていて、返事がよく聞こえない女の子。

 それが、今は顔を赤くして、大きな声をあげたのだ。

 これは間違いなく、それ以上踏み込むなという警告だ。


 しかし、せっかく二人きりで白石さんと話せる機会だ。

 さっきの独り言は聞かなかったことにして、部活のことだけでも聞いてしまうほうが良いだろう。


 「あのさ、白石さんが入っている部活のことなんだけど、漫研ってどんな感じかな?」


 「え……? なんで、私が漫研に入っていることを知っているんですか?」


 「昨日パソコンで部活のこと調べてたら、白石さんが、その…… エルフの……」


 「あ! 見てください!! あそこに、スズメがいますよ!!!」


 「え? あぁ…… そ、そうだな」


 白石さんは、電線の上にいるスズメを指さしていた。 

 いや、電線の上にスズメがいるのは見たらわかるが、別にめずらしくもない。

 そりゃ、スズメじゃなくてフェニックスでもいたのなら大きな声をあげて、俺の会話を遮っても納得できる。

 

 なんだ? コスプレの話も禁止領域なのか? 立ち入り禁止なのか?

 

 「えーと…… な、なんで、私が漫研に入っているのを知ってるのかについては、もう大丈夫です。 それで、どうして部活について調べていたのですか?」 


 「あ、あぁ、実は友達と漫画作ることになったんだけど、作業する場所がなくて部活を作ろうって話になったんだ」


 「あ、なるほど。 それで漫研についても調べたんですね。 水町くんは、漫画が好きなんですか?」


 「漫画は作ったことはないけど、好きだよ。 白石さんも、漫研に入ってるぐらいだから好きなんだよね?」


 「はい! 私は、漫画が大好きです!」


 いつも、誰かと話をしている時は下を向いている白石さんが、こんなに元気で明るかったなんて知らなかった。

 白石さんの笑顔を見たのもこれが初めてかもしれない。

 趣味の話や、自分が好きな物の話になると少し口数が多くなる人はけっこういるけど、白石さんもそのタイプなのかな?


 「体調悪いって言ってたけど、いつもより元気そうだね。 安心したよ」 


 「ごめんなさい。 実は、寝坊しただけなんです」


 「謝らなくていいよ。 俺もただの寝坊だから」 


 「水町くんは、遅くまで勉強ですか?」


 「違うよ。 ゲームしてたら気付いたら朝方だったんだよ……。 白石さんこそ、勉強?」


 「いえ、私も水町くんと同じですよ」

 

 

 キーンコーン、カーンコーン


 「あっ、昼休みのチャイムだ。 今なら授業中よりは、目立たずに学校に入れそうだな。 よし、歩こうか」


 「そ、そうですね。 なんだか、よくわからないうちに立ち話になっちゃいましたね」


 「あんまりしゃべったことなかったから知らなかったけど、けっこう明るくて元気なんだな」


 「そ、そんなことはないですよ…… 私なんか、毎日家でゲームしたり、漫画ばかり読んでて…… あんまり、誰かとお話するのは苦手なんです」


 「そうなのか? 友達とゲームとかしないのか?」


 「ゲームの話する機会もあまりないですし、ゲームはゲーム内の友達がいるので」


 「ゲーム内の友達か。 俺もいるんだけど、変わった奴が多いよな」


 「そうですね。 けど、素敵な人もいっぱいいますよ」


 「そうだな。 昨日も俺のために朝まで付き合ってくれたやつがいたよ」


 「そうなんですか。 あの…… そろそろ学校に着いちゃうのですが……」


 「ん? なにかまずいのか?」

 

 「あ、いえ…… 私は大丈夫ですが……」


 学校に着くと校内は、昼休みで生徒達も多く、にぎやかというかざわついていた。

 授業中なら静かな校内をこそこそ歩いて、謝りながら教室に入らないといけないところだったが、この雰囲気なら大丈夫だろ。


 「またゲームの話とか漫画の話しような」


 「あ、はい! それは、是非お願いします」


 「あっ……」


 気付いたら教室の前、いつも通りに教室のドアを開けるとクラス中が静まり返った。

 俺は、ここにきてようやく白石さんが何を心配していたかわかった。

 同じクラスの男子と女子が遅刻して一緒に昼休みに登校してきたのだ。

 他のクラスの奴らは俺達が遅刻して一緒に登校してきたことを知らないにしても、クラスの奴らは知っているのだ。

 

 注目されないわけがない。


 さぁ、どうしようか……。   

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