ヘルメスとアテナの長い夜
ふと、窓の外を見ると薄い雲が月を隠していた。
ノートパソコンの時計を見ると気付いたら日付が変わっていた。
部屋に戻った俺は、漫画コンテストに向けて逆ハーレムの世界を妄想しながらプロット作りをしていたのだが、少し気晴らしにゲームをすることにした。
『Archange On-line』(アルカンジュ オンライン)
最近流行っているゲームでファンタジー系のRPGだ。
ギルドやプレイヤー対戦などもあり、ゲーム内でチャットもできる。
ちなみに、俺はギルドには入らない主義などというかっこいいソロプレイヤー魂は持ち合わせていない。
そもそも、俺が一ヶ月ほど前にこのゲームを始めたのは、かつて一年以上はまっていたゲームの仲間にSNSで「新しく配信されたゲームでギルドマスターをしているから、良かったら一緒にやらないか?」と誘われたのがきっかけだ。
かつての仲間達も所属していると聞いて、ゲームを始めてすぐにそのギルドに招待してもらったのだ。
昔は、一度ゲームにはまると廃人になりかけるほどやり込んでいたが、最近はまったりプレイするのが調度良いかなと思うようになった。
「こんな時間だけど、誰かいるかな……?」
ログインしてギルド酒場で顔見知りを探してみたが、いつものメンバーが見当たらない。
おそらく、みんなでクエストでもやっているのだろう。
ギルドメンバーのログイン状況を確認したらログインになっていたので、とりあえずギルドチャットでみんなの状況を聞いてみることにした。
ヘルメス『ちょっと気晴らしにログインしたんだが、みんなはクエスト中か?』
ポセイドン『悪い、クエスト中で手が離せない』
アレス『同じくです。すまない』
それにしても、いつ見ても俺達のギルドメンバーの名前が痛々しいな……
ゲーム内とはいえ、ヘルメスとか名乗ってる自分に思わず苦笑いしてしまう。
アテナ『今から、戻るけどヘルメス一人なら酒場で合流しますか?』
みんな忙しそうだから、挨拶だけしてソロクエストを始めようとした時だった。
このゲーム内でアテナと名乗っているのは、前のゲームでいつもペアトーナメント等でコンビを組んでいた俺の相棒だ。
前のゲームの頃から、俺が前衛で剣士、アテナは後衛で魔法使い。
アテナは自称、女の子でアバターはエルフ、みんなにはネカマ疑惑をかけられていて、いつもからかわれているという少し残念なやつだが、ゲームの実力と熱意はなかなか尊敬できるレベルだ。
俺が、ピンチの時には見事なサポートで何度も助けてもらっている。
ヘルメス『新武器の素材取りに行きたいんだが、頼めるか?』
アテナ『ふっふっふ…… 我が力が必要か? ならば、よかろう。 手伝ってやる』
ちなみに、アテナは普段は丁寧な言葉使いなのに、よくわからないタイミングで言動が痛くなるという病気にかかっている。
しかし、ゲーム内ではそれも個性の一部だし、キャラ作りみたいなもんだ。
現実では、冷たい目線だけ送って無視するようなことを言ってもネットでは、ちゃんと相手に合わせてやるのがマナーだと俺は思っている。
決して、新武器の素材が欲しいからではない。
ヘルメス『ありがたき、幸せ』
アテナ『では、共にいこう』
ヘルメス『いつも手伝ってくれて、ありがとうな』
アテナ『気にしないでください。 私は、ヘルメスの嫁なんですから』
このゲームには、結婚システムというものがある。
結婚していれば、結婚相手の報酬が自分も貰えるというシステムだ。
ちなみに、キャラの性別や種族に関係なく結婚できて、離婚も自由にできる。
結婚や離婚と言えば大げさに聞こえるが、あくまでゲームのシステムで、よく行動を共にしたりする相手や、ギルド内の新人を育てるためにベテラン達が使用するためのものだ。
俺は、前のゲームからよくコンビを組んでいたので、ゲームを始めてすぐにアテナに結婚してくれと頼んだのだ。
ヘルメス『おかげで助かってるよ』
アテナ『いえいえ、気にしないでください』
アテナは、たまに痛いことを言わなければ女の子なのかもしれないと思う時があるが、ゲーム内の女アバターの8割は中身が男というのは世間の常識だ。
仮に、女の子だったとしても現実にはなんの影響もない。
最近では、ゲーム内で知り合った相手と実際に恋人になったという話が、ネットの掲示板などで話題になっていたりするが、都市伝説だ。
アテナ『次のマップ抜けたら、新武器の素材をドロップするモンスターがいます』
ヘルメス『了解。 強いのか?』
アテナ『炎属性の攻撃以外は効きにくいですが、レベルはたいしたことはないです』
ヘルメス『つまり、炎属性の攻撃なら問題ないんだな。 了解だ』
アテナ『けど、素材のドロップ率が低いですよ』
ヘルメス『落ちるまでやれば、問題ない』
アテナ『また、長い戦いになりそうですね』
俺はすっかり熱くなっていた。
久しぶりに、時間を忘れてゲームに夢中になっていたのだ。
しかし、素材がなかなか落ちない。
敵に勝てないなら諦められるが、ドロップ率の問題になると根拠もなく、次で落ちるかもしれないと思ってしまう。
アテナ『新聞配達のバイクの音が……』
ヘルメス『気にするな。 それは、幻聴だ』
アテナ『幻聴が、聞こえるほうがまずくないですか?』
ヘルメス『大丈夫だ。 今回でドロップするはずだ』
アテナ『ヘルメスはダメなギャンブラーみたいですね』
ヘルメス『落ちた! 落ちたぞ!』
アテナ『落ちましたね。 ヘルメス、時計を見てください』
ヘルメス『こんな時間まですまなかった。 ありがとうな』
アテナ『いえいえ、お疲れさまでした。 後半は睡魔との戦いでしたよ』
ヘルメス『本当に助かったよ。 おやすみ』
アテナ『おやすみなさい』
気付けば、カーテンの隙間から部屋の中に朝日が射し込んでいた。
アテナには悪いことをしたなと思いながら、ベッドに入る。
素材をドロップできたことの達成感はあるが、二時間後には起きなければならない。
「とりあえず、寝るか」
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