そんなとこに挟んだら……
家に帰ってからは、漫画のストーリーを優美と一緒に考えたり、ご飯を食べながら雑談をしたりした。
優美がこの家に来るまでは、自分の部屋で小説を書いたり自分で作ったご飯を一人で食べるという生活で、家の中はなんだか静かで空っぽな世界って感じだった。
家に帰っても一人じゃないというのはなかなかに良いものだ。
ちなみに、玄関で「ただいま」と言うと、なぜか一緒に学校から帰って来た優美が「おかえりなさい」と言ってくる。
なぜ、優美は「ただいま」じゃなくて「おかえりなさい」って言うんだ?と聞いたが「秘密です」と笑っていた。
「そういえば部活の名前はどうするんですか?」
リビングでテレビを見ていたら、風呂上がりの優美に話かけられた。
優美のパジャマ姿にも少し慣れてきたが、風呂上がりとなると話は別だ。
優美の濡れた銀色の髪からは、同じシャンプーを使ってるとは思えない程良い匂いがする。
「聞いてますか?」
「あっ、悪い。 テレビの音でよく聞こえなかった」
風呂上がりで少し赤く染まった頬をぱんぱんに膨らませて近づいてきた優美に俺は、慌てて返事をした。
もちろん、本当は最初から聞こえていたが意識が違うとこにいっていただけだ。
「部活の名前ですよ。 明日から勧誘するなら名前は必要ですよね?」
「まぁ、そうだな。 名前の決まってない部活に入ろうって奴はいないだろうし……」
「活動内容が漫画制作なら、やはり漫研でしょうか?」
「活動内容がわかりやすい名前だとそれが妥当かな……」
「もっと、オリジナリティ溢れる名前のほうが良いですか?」
ありきたりな名前に対して俺は無意識に眉をハの字にしてしまった。
俺の表情を見て優美は俺の心情を察してくれたようだ。
さすが、俺の秘密を暴いただけあってなかなかに鋭いところがある。
「せっかく部活を創設するなら個人的にはオリジナリティ溢れる名前のほうが好みだが、学校側の許可が下りるかが、問題だな」
「活動内容がわかりやすく、不健全でなさそうで、オリジナリティ溢れる名前ですか……」
優美は少し難しそうな顔をしながら下を向いたり天井を見上げたりしている。
おそらく部活の名前を考えているのだろう。
俺も少し考えてみたが、思いつくのは絶対に学校に申請が通る気がしないような名前ばかりだった。
悲しいかな、これが妄想小説ばかり書いたり、アニメや漫画ばかり見ている人間のネーミングセンスと言わんばかりの痛々しい名前しか浮かばないのだ。
優美の様子を見る限り、彼女も似たような状況なのだろう。
さっきまでは困り顔だったのが、急に何やら恥ずかしがったり、クスッと笑いだしたりしている。
優美も見た目とは違いけっこうガチなオタクなので仕方がないことなのだろう。
「参考までにピン高の部活の名前調べてみるか」
「ピン高? 私達の通っている桜山高校のことですか?」
「桜がピンクだからピン高って地元では呼ばれてるんだよ。 とりあえず、どんな部活があるか調べてみようぜ。 俺もある程度は知ってるけど、あまり活動が活発じゃない部の名前まではわからないから」
俺は、ノートパソコンを起動させて学校のホームページを検索した。
学校紹介に部活動一覧があったので迷わずクリック。
「けっこういっぱいあるんですね……」
優美が後ろからノートパソコンの画面を覗き込んできた。
必要以上に近いというか、密着してきている気がするが…… 今は気にせず、ノートパソコンの画面に意識を集中さすことにした。
「ん? これは……」
「あるんですね。 漫研」
「ちょっと活動内容とか詳しく見てみるか」
「なんか…… ちょっとあれな感じがしますね」
ノートパソコンの画面に映し出されているのは一枚の写真。
写真に写っている女生徒はエルフのコスプレをして何やら魔法の杖てきな物を構えていた。
しかも、この写真の女生徒はコスプレをしているのに恥ずかしがる様子もなく、かなりご満悦な表情をしている。
プライベートでもそういう趣味がある子だというのがこの一枚の写真だけで伝わってきた。
「この写真の女の子が部長さんですかね?」
「どうだろうな? このキャラは俺が最近はまっているオンラインゲームのキャラだから知ってるけど、こんな女の子は学校で見たことないな」
「それは、コスプレしてるからわからないだけなのでは? ここに小さく学年と名前が書いてありますよ」
「あっ、ほんとだ。 俺達と同じ二年生だな…… 名前は……」
優美が指差す先、写真の右下の名前を見て俺は何かの間違いだと思った。
そこに書かれていたのは、俺と同じクラスの女の子の名前。
白石 香織の名前が明記されていた。
「隼人さん? どうしたのですか?」
ノートパソコンの画面を見ながら、石化していた俺は優美に呼ばれて我に返った。
信じがたい衝撃を受けた俺は、おもわず石となっていたようだ。
「この子、同じクラスなんだが…… 見た目が全く違うんだ。 あんまりしゃべったことはないけど、おとなしそうな子なんだ」
「隼人さん、女の子は化粧だけでも別人になれるんですよ。 エルフのコスプレをしている時と、普通に学校に通っている時では同じ人物であって同じ人物ではないのです! 本気を出せば誰でもエルフに変身できるのです!」
「な、なんだと……」
優美の目は本気だ。
嘘をついているようには、決して見えない。
何やら熱弁しながら掲げた右手の拳には、しっかりと力が込められているように思える。
「信じられないならこの写真を携帯に転送して、明日学校で本人に聞けばいいんですよ」
「そうだな。 あまりしゃべったことないけど聞いてみるよ。 ところで、なんで優美も携帯出してるんだ? 写真は俺の携帯に転送するだけでいいだろ?」
「クラスメートのコスプレ写真を携帯に転送する隼人さんを撮影しているんですよ」
「今すぐ削除しろ!」
「嫌です! だって、私…… 本当は、隼人さんの写真が欲しかっただけなんですから」
急に、悲しそうな表情をしながら何やら乙女なことを言い出したが、毎回そう簡単に騙せると思われたら心外だ。
よし、ここは逆に優美を騙して油断さして携帯を奪ってやろう。
「そうか。 それなら仕方ないな。 それより、髪濡れたままだと風邪引くから乾かしたらどうだ?」
俺は、腕を組ながら頷いて納得したふりをして、近くに置いてあったドライヤーを優美に自然に差し出した。
これで、優美はいつも通り携帯をテーブルにでも置いて、髪を乾かすはずだ。
「わかってくれて嬉しいです」
優美は、笑顔でドライヤーを受けとると同時に、携帯を胸の谷間に挟んでしまった。
なんという便利なスペースなんだ…… いつから、女性の胸は携帯を挟むという役割すらも兼ね備えたのだろうか?
男子高校生の俺にとって、あの携帯を奪うのは不可能だ。
あの携帯を奪うには、神の領域に触れる覚悟をして手を突っ込むしかないのだから。
しかし、優美は普段、あんなとこに携帯を挟んだりしないのに、あえてこのタイミングで挟んだということは覚悟をしているのではないだろうか?
そう、携帯を奪われる可能性を考慮しているからテーブルに置かずに、自らの肌で守ろうとしているのだ。
ならば、不可抗力は覚悟しているはず。
ここで俺が携帯を奪おうとしたら、優美の胸に手が当たるのはわかりきっている。
優美は、わかっていて胸の谷間に携帯を挟んだのだ。
ならば…… 手を伸ばしてみるか?
胸に手を伸ばすのではない、携帯に手を伸ばすだけの話だ。
「それでは、髪も乾いたので私は部屋に戻って寝ますね」
「お、おう。 おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
優美はぺこりとお辞儀して、二階の部屋に戻っていった。
なんだか、迷っていたらあっさりと逃げられてしまった。
「部屋に戻ってゲームでもするか……」
そんな独り言を呟き、俺も自分の部屋に戻ることにした。
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