朝から暴走は危険

 「やってしまった……」


 朝から学校なのに気付いたら朝方、六時という悲劇。

 優美の漫画を読んでいて、気付いたら朝になっていたのだ。

 読み出したのが三時過ぎだから自業自得ではあるが、今になって睡魔が襲ってきている。

 いっそのこと寝てしまおうかと思ったが、クラスの奴らに優美と一緒に住んでいるのがばれた次の日にサボりとか、俺のクラスでの評価が底辺になりかねない。

 目を覚ますためにも、とりあえずカーテンを開けると朝日が俺に降り注いだ。

 しかし、そんな程度では睡魔は倒せずにシャワーでも浴びようと思い一階に下りると珍しく親父がリビングにいた。


 「おはよう。 珍しいな、親父がこんな時間に家にいるのは」


 食べ終わった皿に、飲みほされた珈琲。

 親父は新聞を読みながら少し疲れた顔をしていたが、俺に気付くとすぐに元気そうな顔になった。


 「おはよう。 なんだか眠そうだな? 昨日は優美ちゃんとお楽しみか?」


 「違うわ! 仕事休みなのか?」


 「いや、これからまた仕事だ」


 「そうか。 気をつけてな」


 「おう」


 男らしく仕事に行った親父を見送り、シャワーを浴びてリビングに戻ると優美が眠そうな顔でイスに座っていた。


 「おはよう。 あれから寝てないのか?」


 「おはようございます。 隼人さんこそ朝からシャワーなんか浴びて、あれから寝てないのかですか?」


 「あぁ、気付いたら朝だったよ」 


 「あれからお楽しみだったわけですね」


 「いや、なんでだよ!? てか、誰とだよ!」


 「一人で?」


 「一人でお楽しみとか言わないよ!」


 「では何をしていたのですか?」 


 「優美の漫画読んでたら朝になってたんだよ」


 「私が隼人さんを寝かさなかったと?」


 「無理に意味深な言い方しなくていいよ!」


 「それで、どうでしたか……?」


 「素人の意見だが、絵は上手いと思ったよ」


 優美が気にしてるのは絵の上手い下手ではないのかもしれないが、優美の少し緊張したような表情を見て思わず絵の感想だけを答えてしまった。

 優美の漫画を読んでいてわかったが、コメディ要素はほとんどなく、ストーリー全体が暗すぎる印象を受けた。


 「ありがとうございます。 ストーリーはどう思いましたか?」


 遠慮なく答えてくれと言わんばかりの真剣な眼差し。

 どうやら、優美も自分の作品の弱点をわかってはいるのだろう。

 ここで「おもしろかった」とか「すごく良かった」と答えるのは逆に失礼だと思う。


 「正直に言うと重くてスッキリしない感じだったかな」


 優美は俺の感想を聞いて一瞬悔しそうに唇を噛み締めたように見えた。

 わかってはいたがやはり悔しいといった感じだろう。


 「やっぱり、そうですか。 それで隼人さんは協力してくれますか?」


 ここまできて断るつもりはない。

 ただ……


 「一つだけ条件がある」


 「なんですか?」


 「俺の考える物語はちょっと軽すぎる。 優美の考える物語はちょっと重すぎる。 だから、お互いの意見を言い合いながら一緒にちゃんとした意味で協力しよう」


 「私も一緒にストーリーを考えるってことですか?」


 「絵も描きながらだから優美のほうが負担は多いかもしれないけど、俺はやるからにはちゃんと頑張るつもりだ。 ただ、せっかく二人で協力するんだからお互いの作風の良い所を伸ばし合いたいとは思う。 簡単に言えば、俺が個性的なキャラを考えてコメディ要素を担当して優美がシリアス展開担当みたいな感じだ。 どうかな?」



 「はい! よろしくお願いします!」


 俺の条件を聞いて優美は嬉しそうに握手を求めてきた。

 もちろん、俺は優美の手を強く握り返す。


 「上手くいくかはわからないけど、一緒に頑張ろうぜ!」



 単純に俺が物語を考えて優美が絵を描くだけの協力関係も悪くはない。

 けど、どうせ二人で協力するなら優美も物語に意見しながら、俺も絵に対して思った意見を出し合いたい。 

 単純なことだが、俺は久しぶりに自分の素直な意見を言えた気がする。


 こうして、俺は優美と一緒に漫画を作ることにした。


 寝てないのになんだか清々しい気分だ。

 さっそく漫画の物語でも考えたいところだが、とりあえず俺も優美も今から用意をして学校に行かなければならない。



 「優美はシャワー浴びないのか?」


 「隼人さん、さてはまた朝から覗くつもりですね?」


 「覗かねぇよ! またってなんだよ!? 覗かれたことあるけど覗いたことはないだろ!」


 「あれは事故であって覗いたわけではないです!」


 「とりあえず入ってきたら? 弁当はまた、俺が作ってやるから」


 「隼人さんは、本当に優しいですね」


 「自分の弁当作るついでだ」


 「私は好きですが、男のツンデレはあまり重要ないと思いますよ?」


 「いいからさっさと入ってこい!」


 「では、唐揚げ弁当お願いしますね」


 さりげなく弁当のメニューをリクエストしてから優美はシャワーを浴びにいった。

 まだ優美が来てから一週間も経たないが優美のそういう所はなんだか慣れてきた気がする。

 そんなことを考えながら俺は唐揚げを揚げることにした。



 弁当のおかずを作り終えて皿に移すまでが俺の仕事だ。

 盛り付けはシャワーから出てきた優美に任せて俺はその間に朝食の準備をする。

 昨日と同じパターンで、明日からもきっとこんな感じだろう。


 「少女漫画受けする男キャラってどんな感じとかあるか?」


 朝食を食べながらさっそく漫画のキャラについて優美に意見を聞くことにした。

 少女漫画を読んだことはあるが、やはり女の子の意見を聞いておこうと思ったのだ。


 「基本的にはクリーンなイメージの美形キャラが多いですね。 気品のある王子様みたいな感じとか」


 「クリーンなイメージの美形…… それは、却下だな」


 そんな自然とモテちゃう男はよろしくない。

 それが、普通の男子高校生である俺の素直な意見だ。


 「なんの取り柄もないけど一途で優しくヒロインを守ってくれるとかでも良いと思いますよ」


 「一途で優しい…… まぁ、ギリギリセーフだがイマイチだな」


 悪くはない。

 正直そういう男の子はカッコイイと思うけど、俺の担当分野ではない。


 「逆ハーレムとかならどうですか?」


 「それだ! やはり奪い合いこそが物語を盛り上げると俺は思う!」 


 ついにきた!

 それこそまさに俺の担当分野だ!


 「なんか凄く個人的な意見な気もしますが、隼人さんにはそっち系の方が向いてると私も思います」


 「ハーレムは男にとっても女にとってもロマンだと俺は思っている!」 


 「私は一人の想い人から愛されたらそれで幸せですが……」


 優美は切実な表情でそう呟いた。

 なるほど……

 現役女子高生の優美がそう言うならそれは貴重な意見だ。


 「よし、ではヒロインはそういう風に考えている設定でいこう」


 「なのに逆ハーレムになると?」


 「そうだ! 望んでもいないのに普通の純粋な女の子が逆ハーレムになる! しかし、ヒロインの想い人はなかなかヒロインに興味のない様子…… 次第にヒロインも他の男の優しさに心を奪われそうになっていく」


 妄想世界に入ってしまった俺が気を取り戻して、優美をチラッと見たら優美はニコニコしながら聞いてくれていた。


 「どうぞ、続けてください」


 いいのかい?俺の妄想は長くなっちまうぜ、という意図を込めた視線を優美に送ると優美は小さく頷いてくれた。

 俺の意図が伝わったかは知らないがならばよかろうと言わんばかりに、俺は妄想世界に旅立って優美にその全てを伝えることにした。 


 「逆ハーレム要因の男子A君に心が傾きそうになりかけていたヒロイン。 しかし、文化祭で想い人が王子役、ヒロインが姫役になり二人の距離は急接近! そこでヒロインの命に関わる大ピンチが発生! しかし、ヒロインを助けてくれたのはやっぱり男子A君の方だった!ーー以下略」



 やってしまった……


 妄想世界に朝からフルダイブして一通り語りつくしてスッキリした俺は時計を見た。


 学校が始まるのは八時半からで俺の家から学校までは急げば十分ぐらいと割と近い。

 しかし、気付いたら時刻は九時過ぎ。

 たしか優美と朝飯を食べ出したのは七時半ぐらいだったはず……


 気付いたら遅刻が確定していた。



 「なぜ、止めなかった!? 俺の暴走を止められたのは優美しかいなかったんだぞ!」


 「私には止めることなんてできませんでした」


 「なぜだ!? そのせいで優美も被害を受けるんだぞ!?」


 「構いません! わかっていて隼人さんを見守ることを選んだのです!」


 「優美……」


 「隼人さん……」


 優美と俺の視線が絡み合いそして……


 「ってこんなことやってる場合じゃない! はやく準備して学校いくぞ!」


 ドタバタと準備を終わらしてだるそうにしている優美の手を引っ張りながら家を出る。

 もう遅刻は確定しているが、急いでしまうのは俺の性分だろう。


 「眠いからもう諦めて寝ませんか?」


 「諦めねぇよ!」


 「隼人さん、今日は強引なのですね」


 「アホなこと言ってないで、優美もちゃんと走ってくれ!」


 「これが限界です」


 「うそつけ!」


 こうして遅刻確定しながらも、俺と優美は学校に向かうことにした。

 結局、優美は全然走ろうとすることなく、俺がずっと手を引っ張って無理矢理走らせていただけだった。

 

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