女の子のお部屋
小説を書いていて気付いたら夜中の二時になっていた。
コンコンとノックされて部屋の扉を開けると優美が何やら一枚の紙を持っていて、大事な話があると言ってきた。
「なんだ? こんな時間に?」
「隼人さんの小説を漫画にしてこれに参加したいんです!」
頭を下げながら優美が差し出してきた紙を受け取り内容に目を通すと、少女漫画コンテストの募集内容だった。
俺は今まで趣味でいくつか小説を書いてきたが、人に見せたのは優美だけだ。
それも勝手に見られただけで誰かに読んでもらうために小説を書いたことはない。
優美にはたまたま絶賛されたが、俺が書いているのは基本的にただの妄想小説で、とても誰かに見せられるような物ではないと自分でわかっている。
だからすぐに断ろうかなと思ったが……
「とりあえず中に入るか? 裸足だと廊下は冷たいだろ」
わざわざこんな時間に部屋を訪れてきて、頭を下げながら冷たい廊下に裸足で立っている優美を見ていると追い返すことはできなかった。
「お邪魔します」
部屋に入ると優美はベッドに女の子座りで座った。
パジャマの上のボタンが二つも開いている……
ベッドの対面にある机のイスに座ったら角度的に胸ばかり見てしまいそうなので、優美から少し距離を開けて俺もベッドに座った。
「優美は漫画コンテストには参加したことあるのか?」
「一応あります」
さすが、漫画家になりたいとはっきり言いきっていただけはある。
しかし、コンテストか…… たしかに、自分の作った作品をいろんな人に見てもらって共感できたら嬉しいだろう。
俺も優美に共感してもらった時は正直めちゃくちゃ嬉しかったし。
けど、このコンテストの内容に俺の小説は向いていない気が……
「この募集ジャンルって少女漫画だよな? なんで俺の小説なんだ? あんなの漫画にしてもエロ漫画みたいになるだけだろ?」
「え……? エッチくないやつはないんですか?」
「ないな」
「……」
そんなこと聞くまでもないだろうと言わんばかりに、腕を組みながらはっきりとないことを告げた俺に、優美は何やら信じられないといった様子で肩を落として黙ってしまった。
「前に俺のノートパソコンをまだ調べたいって言ってたけど、もしかしてエロくないやつを探してたのか?」
「隼人さんの小説はキャラの個性とかも良いですし、表現力もあるのでハーレム系でも私はおもしろいと思いましたがちょっとエッチなシーンが無駄に多すぎるところが……」
「そりゃ、男子高校生の妄想だからな」
「エッチなシーン少なくして書くことはできないんですか?」
優美は俺を見ながら、少し不安そうな声で聞いてきたがその眼差しには、何やら期待しているような印象を受けた。
その眼差しに俺は思わず痒くもないのに自分の頬を人差し指でかきながら優美と視線を合わさないように下を向いてしまった。
「できなくはないと思うけど……」
「コンテストに向けて一緒に頑張ってください」
けどの続きを遮るように、優美が頭を下げて頼みこんできた。
「俺誰かに読んでもらうために書いたことはないし……」
しかし、そういうコンテストに興味が全くないわけでもない……
つまりは自信がないからびびっているのだ。
「大丈夫です! お願いします」
優美は俺の内心がわかっているかのように、大丈夫と力強く後押ししてくる。
これだけ熱心に頼みこまれたらさすがに俺もやってみようかなとは思う。
しかし、まだ決心がつかない……
「エロくないほうが良いの?」
「はい」
「それはコンテストの需要的に?」
つい、こんなわかりきっている質問を口にしてしまってるのは、せめて普段書き慣れている物ならと思っているからなのかもしれない。
「それもありますが、私がそういうシーンを描いたことないですし…… そういう経験もないので過激なベッドシーンとかは……」
「あっ…… なるほど…… そういうことか……」
優美は下を向いて自分のパジャマの太股辺りをギュッと掴んでいる。
俺はその恥ずかしそうな様子を見て自分の質問があまりに軽薄だったことを理解した。
エロいのはダメなのかとしつこく聞きすぎてなんか俺がエロい小説を書きたいみたいになってしまったのだ。
つまり、俺が優美にエロい漫画を描くように言っているように思われたのかも……
なんだか俺も赤面してしまい、少しの沈黙が訪れた。
「それとも隼人さんがエッチなこと私に教えてくれますか……?」
意を決したように口を開いた優美が、四つん這いになり俺に近付いてきた。
普段は真っ白な頬に少し赤みがさしているが、優美の眼差しは本気だ。
見てはいけないと思いながらも四つん這いになった優美の胸がぷるぷると揺れているのに目を奪われてしまう。
「え……? いや…… ちょっと…… そ、それより優美が書いた漫画を見せてくれないか?」
俺は、咄嗟の閃きと同時にベッドから立ち上がった。
「逃げましたね」
ムスッとした表情で見上げてきた優美はなんだかさっきよりもかわいく見えた。
この表情は非常に危険だ……
「そ、そんなんじゃなくて、ほら、優美の漫画を参考にしようかな…… なんて……」
「参考にするってことは…… 引き受けてくれるんですか?」
優美は少し驚いたように急に立ち上がるとすぐさま嬉しそうに笑顔になった。
「いや、とりあえず見るだけで……」
俺の言葉を遮るように優美が俺の右腕を掴んできた。
掴んだ右手に胸を押し当てるように抱き着いてきたこの攻撃はなんともずるい。
優美のこの攻撃を振りほどける男子高校生はいないだろう。
「では、今から私の部屋に来てください!」
そして俺を引っ張りながら俺の部屋を出て自分の部屋に向かいだした。
「え……? ちょっと! 優美! もう、こんな時間だし明日にしないか?」
「少し漫画の原稿見てくれるだけで良いので!」
軽く抵抗する俺に優美はお構いなしといった感じだ。
昼間のトランプの時みたいに曲がったやり方ではないが、目的のためなら少し強引になるというのは変わらないらしい。
それ自体は悪いことではないと思うが、こんな時間から同級生の女の子の部屋に連れ込まれる男子高校生の気持ちも少しは考えていただきたいものだ。
優美は、俺のノートパソコンの秘蔵コレクション達を見たのにも関わらず、俺のことを安全な人物だと小さい頃のイメージで勝手に決めつけているような気がする。
びびりで優柔不断な草食系男子にも欲望はあるということをもう少し理解してほしい。
「なんだこれ……?」
「ん? 何がですか?」
「いや、なんでこんなに散らかってるんだ?」
「え? 普通ですよ? そんなことより座りませんか?」
「いや、立ったままで大丈夫だ」
むしろ座るスペースがベッドと机のイスぐらいしかない。
しかも、ベッドには下着とパジャマらしき物が散らばっている。
机には何やら描いている途中の漫画の原稿らしき紙があり、机の周辺には失敗したと思われる丸められたりぐちゃぐちゃになった紙が大量に散らばっている。
「そうですか。 なんならこっちに来て寝転んでくれても良いんですよ」
そんなことを言いながら優美はベッドに座った。
俺が優美の部屋に入ったのはあの引越しの整理を手伝った時以来だ。
優美が俺の家に来たのは先週の土曜日で、今はまだ火曜日……
「なんで読んだ漫画が出しっぱなしなんだ?」
「どこまで読んだかすぐわかるからです」
たしかに本棚には読んでない漫画が残っていて、床には読んだ漫画が散らばっている。
これならどこまで読んだかすぐわかるだろう。
「なんでアニメのDVDが床に二列に積み重ねられてるんだ?」
「右側が見たやつで、左側がその続きで見る予定のやつです」
ふむ、なるほどね。
「なんで、こんなに衣類が散らかっている?」
「散らばっているのが洗濯してない下着やパジャマやシャツです」
洗濯していない下着だと!?
いや、今の問題はそこじゃない。
「優美は部屋の片付けができないのか?」
「できますよ」
できないなら教えてやれば良いだけだが、できるのにしてないとなると選択肢はただ一つ。
片付けをする意味を少し説教してやるしかない。
「なぜ、しない? こんなに散らかってたら友達とか呼べないだろ?」
「友達を部屋に呼ぶつもりはありませんよ」
そういえば、アニメや漫画の趣味のことは内緒だからどうせ呼べないのか。
「まぁ、それでも年頃の女の子として少しは部屋を綺麗にしようとか思わないのか?」
「隼人さんは、年頃の女の子とやらの部屋を他に見たことがあるのですか?」
「……」
「隼人さんは、年頃の女の子とやらの部屋を他に見たことがあるのですか?」
「なぜ二回聞いた!?」
「説教しようとしてきた相手の心臓を掴んだ感触がしたので」
「そこは正直に答えなくて良いよ! 聞こえてないと思ったとかありきたりな嘘のほうがまだ良かったわ!」
「それで、隼人さんは、年頃の女の子とやらの部屋を他に見たことがあるのですか?」
「俺が悪かったよ! すいませんでした!」
優美に説教するには、俺の説教スキルが少し足りなかったようだ。
まぁ、いつか好きな相手でもできたら部屋を綺麗にしたりするだろう。
女子高生は恋をしたら身の回りに気を使うようになったりするものだと某雑誌に書いてあったからな。
優美はクスクスと笑いながらベッドから立ち上がると、机の横に置いてあった白い箱を俺に渡してきた。
「漫画の原稿はこの箱の中です」
優美から受け取った白い箱はみかん箱より小さい程度の箱だったがけっこう重かった。
「けっこういっぱいあるな…… 自分の部屋持って帰って明日読んでも良いか?」
「はい、良いですよ」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
部屋に戻ると時刻は夜中の三時過ぎ、学校遅刻しないためにもそろそろ寝ないとまずい。
まずいのだが、俺が「明日読んでも良いか?」と聞いた時の優美の表情がなんだか一瞬だが少しがっかりしてるように見えたのだ。
気付かないふりをして部屋に戻ってきたが、あれはもしかしたらすぐにでも読んで欲しかったのかもしれない。
「全部は無理でも少しだけ読むか……」
独り言を呟きながら、俺はベッドに寝転んで優美の漫画を読むことにした。
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