勝てば正義は間違っている
学校からの帰り道、美香と勇太が俺の家に遊びにきた。
優美はすごく嫌そうな顔で「我が家になんのようですか?」などと言っていた。
居候のくせに気分は家主のようだ。
しかし、俺の部屋には秘密いっぱいのノートパソコンがある。
もちろんセキュリティーはあれから強化したが、優美にあっさりと見つかってから部屋に誰かを入れるのはトラウマだ。
優美の部屋には俺以外には見せたことがないというアニメやフィギュアなどのヲタグッズがたくさんある。
つまり、二階には俺達の秘密がいっぱいなのだ。
そんなわけで、俺達四人はリビングにいる。
「ゲームするか? テレビ見るか?」
今更気を使うような相手でもないのでお茶も茶菓子も出さずにそう切り出した。
こいつらは、冷蔵庫を勝手に開けてお茶を飲むタイプだし、俺もそれぐらいのほうが楽で良いと思っている。
「せっかくだし、四人で対戦できるゲームしようぜ!」
勇太は、下手くそだがゲームが好きだ。
俺もゲームは好きだしオンラインゲームなどもかなりやり込んだことがある。
もちろん、テレビゲームもけっこうやり込んでいる。
「うち、あんまりゲームしいひんから簡単なんが良い……」
「私はなんでも大丈夫です」
美香はあまりゲームをしないらしいが優美は何やら余裕の表情だ。
「それで、王様ゲームにします? それとも脱衣麻雀にします?」
「テレビゲームのつもりだったが、優美ちゃんが言うなら仕方ない。 その勝負受けてたちましょう!」
「やらねぇよ! 美香もできるような簡単なゲーム…… サイコロ回して選択肢選ぶだけのスゴロクゲームとか?」
「それならうちでもできそうかな」
勇太は相変わらずテンション高く、優美も余裕そうだが美香はどうも元気がない。
いつもの調子じゃないとなんだか少し心配だ。
「美香が一人で不安ならチーム戦にするか?」
美香のことを思ってつい口にした俺のこの発言から戦いは始まってしまった。
誰が誰とペアになるかという問題が浮上したのである。
てきとうにジャンケンで良くないか?と聞いたのだが、なぜか三人ともに否定されて俺達はトランプで決めることにした。
種目はババ抜きとなった。
しかし、勝った者がペアの相手を選べるのでなく最後にババを持っていた人がペアの相手を選べるという斬新なルールを優美が提案してカードを配り出した。
つまり、一枚のジョーカーを奪い合い死守するゲームだ。
そんなルールでやったことないが、ようは最後の二人に残ってジョーカーじゃないほうを相手に引かせてしまえば良いのだ。
均等にカードを配り、各々が手札にあるペアとなっているカードを場に捨てながら進行していくのが本来のババ抜きだ。
もちろん何も考えていなかった俺は手札にあったペアのカードを全て場に捨てて残ったカードは七枚程だった。
四人でやるババ抜きならだいたい最初はこんなもんだろう。
美香と勇太も六、七枚程だった。
しかし、問題は優美だ。
カードを配った後、優美はまずカードを何やら並べ変えていた。
几帳面な性格というわけでもないし、ババ抜きでカードを順番に並べたらどこに何があるかだいたいわかってしまう。
けど、わかってしまったほうが好都合だとみんな腹の中では思いながら自分たちのカードを場に捨てる作業に専念していたのだ。
そう、優美は並び替えた後カードを一枚も捨てなかったのだ。
「さぁ、始めましょうか」
「もしかして、あんたルール知らへんの? ババ抜きは手札にあるペアのカード捨ててから始めるんよ」
「何を言ってるんですか? 手札にペアなんてありませんよ」
「え? そんなことって……?」
「ありえないでしょ?」
「え……?」
ありえない。
四人で均等にカードを配っているのにペアが一つもないということは、優美の手札が一から十三まで順番にあるという話だ。
これは間違いなく優美の嘘だ。
このジョーカーを最後まで自分の手に残すというルール。
手札が多ければ自分の手にジョーカーが来た時相手に引かれる確率は低く、ペアのカードを捨てなければ自分が先に上がってしまうこともないが相手は勝手に上がっていく。
つまり、このルールの必勝法はペアのカードを捨てなければ良いのだ。
なんてやつだ。
気付いてしまえばなんのことない話だが、トランプでババ抜きをやると言ってから一瞬でここまで計算してやがったのか。
「優美、嘘はダメだ。 ルールは守ろう」
「隼人さんは、私が嘘をついていると? 何を証拠にそんなひどいことを?」
「うちも、嘘だと思う」
「まぁ、確率的にはありえないよね」
証拠……
トランプは一から十三で各四種類とジョーカーが一枚。
四人で配れば当然カードは十三枚ずつで一人だけ十四枚となる。
そして今、優美が持っているカードは十三枚。
これだけでも確率的には嘘だと言えるが絶対ではない。
いや! 手札を見なくても……
「場のカードを調べても良いか? もし、一から十三までのカードのうち同じ数字のカードが四枚とも捨てられていればそれが証拠だ」
俺の提案に、美香と勇太は小さく頷いた。
「本来なら良くはないでしょうが、私は構いませんよ」
それを見て優美も観念するようにそう答えた。
俺は場のカードを順番に並べてみた。
「見つけた! これが証拠だ!」
そう七のカードだけ四枚とも捨てられていたのだ。
「では、私が手札を開けてペアがもしなければどうしますか?」
「そんなことはありえない! もしペアがなければ優美の勝ちで良いよ」
「うちもそれで良いわ」
「俺も優美ちゃんの勝ちを認めよう」
俺はもちろん、美香も勇太も余裕の表情だ。
優美も一言ごめんなさいで済むのに頑固なやつだ。
「では、どうぞ」
優美はテーブルの上に綺麗にカードを並べた。
優美のカードは一から十三まで順番に綺麗に並んでいたが七はもちろん抜けていた。
ただ、抜けている七のところには嘲笑うかのような死神がいた。
七だけがなくてジョーカーを入れて十三枚きっちりだ。
そう、優美はペアのカードを持っていなかったのだ。
優美は、自分の提案したルールの通り最後にジョーカーを持ったまま勝利したのだ。
「あらあら? 何もしないで勝ってしまいました」
わざとらしい笑みを浮かべる優美を見てすぐに理解した。
イカサマだ……
しかし、さっきありえないと言って疑って仕掛けた勝負に負けた後だ。
そんなこと言ってもそれこそ証拠などない。
優美はここまで計算していたのか? 一度わざとらしく疑わせて七のカードだけ場に四枚捨てられるように配り偽りの証拠を掴ませて、勝ったような気にさして……
この状況になってしまえば、もう優美にイカサマだと誰も言えなくなる。
「あんた……」
「優美ちゃん……」
「なんですか?」
もちろん二人ともその先は言葉にできない。
イカサマだと言っても意味がないからだ。
いや、言いたいのはそんなことではないのかもしれない。
二人が優美に向けている視線からそんなことを思ってしまった。
「優美、お前の勝ちだ」
二人が何かを口にしてしまう前に俺は優美の勝ちを宣言した。
「では、隼人さん。 ペアになってください」
優美はいつも通り微笑んでいたが、俺はその瞳になぜか寂しさを感じてしまった。
同時に、優美が引越しの整理をしていた時に「目的のためなら他の全てを犠牲にしてでも目的を成し遂げるのが英雄だ」と言っていたのを思い出した。
なんだろう、少し胸がざわつく……
「えーい! こっちのゲームではうちが勝つからね!」
何かをふっきるように美香がそう宣言して優美を指さした。
「ミカンはゲーム苦手なんじゃ……」
「ペア戦なんだから勇太が頑張れば良い!」
美香も勇太も気にせずゲームをしようと言っているが、この状況でそれができるこの二人はなんだかすごい奴に思えた。
ここにいたのが、美香と勇太で本当に良かったと俺は思った。
「よし、優美! 頑張ろうぜ」
「はい。 頑張りましょう」
なんだか優美はさっきより少し元気がなかった。
ゲームをしていると気付けば夜になっていた。
時刻は午後八時、美香と勇太はそれぞれの家に帰っていった。
俺と優美は晩飯を作ることにした。
ちなみに、優美はあまり料理が得意ではないようなので基本的には俺が作って優美は横で簡単な作業を手伝うといった感じだ。
今日のメニューは、ハンバーグと豚汁とレタスのサラダだ。
「優美はなんであんなことしたんだ?」
ハンバーグをこねていた優美の手が止まった。
「トランプのイカサマの件ですか?」
「そうだよ」
「理由は単純ですよ。 隼人さんとペアになるためです」
俺とペアになるために手段を選ばずに勝ったというわけか……
普通に言われたら嬉しいことなんだが今の俺は少しも喜ぶ気になれない。
「次からはあんなことするな」
「なんでですか?」
「あんなやり方は間違っている。 優美もわかっているからあんなに寂しい目をしていたんじゃないのか?」
「間違っていても、私はあんなやり方しか……」
下を向いてしまい、今にも泣き出しそうな優美はおそらく後悔しているのだろう。
やり方は少し曲がっているが、本当に悪い奴ではないと俺は思う。
「俺は…… 優美が美香と勇太に嫌われてほしくない! そういうのは嫌だ!」
優美のやり方が気に喰わなかったのもあるが……
これが俺の一番の本音だ。
「わかりました…… やっぱり私、隼人さんに迷惑かけてばかりですね…… 不器用なくせに妙に計算高くて…… 自分でもわかってるんです…… 本当にごめんなさい」
下を向いていてあまり俺に見られないようにしていたが優美は泣いていた。
その涙は後悔によるものなのか、違うものなのかはわからないが俺は優美がちゃんと謝って泣いているということに安心した。
「みんなでやるゲームは楽しかっただろ?」
俺は優美の頭にポンっと手をのせた。
「そうですね。 明日…… 二人に謝ります……」
「大丈夫。 あいつらならきっと許してくれるよ。 なにせ、あの状況でも普通にゲームできるようなやつらだ」
優美は何も言わずに小さく頷いて、洗面所の方にゆっくりと歩いていった。
少し心配だがついていくのも野暮かなと思い、俺は料理を作ることにした。
作り終える頃には優美が戻ってきて一緒に食べることにした。
ご飯を食べながらアニメや小説の話をしていると、落ち込んでいた様子の優美も少しずついつもの調子に戻りだした。
とりあえずは一安心かなと思いながら、食べ終わると俺は部屋に篭って久しぶりに小説を書くことにした。
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