>>死亡動機  ~・REVENGE OVER・~

@RED_EYEs

職業……高校生 死亡動機……いじめ。

あい・きゃんと・ふらい。

 気持ちのよい風が足元からヒュンと吹いた。


 今日は雲一つのない快晴で、青く、蒼く、碧い空が僕を呼んでいるような気がした……。


 これ以上になく清々しい秋のそらに吸い込まれそうな午前八時。

 僕は学校の屋上に立っていた。屋上のドアはカギが掛かっていて、四階の科学室から無理やり上らなければたどり着けない場所にある。だから、密室。

 これだけ開放的なのに密室とは、皮肉じみていて今の僕と調和するような矛盾のように思える。


 ぼんやりとくうを眺める。まばらに登校してくる生徒の声が遠くから聞こえる。小鳥の囀りのように距離が離れすぎて、何を言っているかは分からない。

 

 手を横に広げて、呼吸を整える。

 すぅ………………はぁ……………………空が気持ち良い……。

 ――第一の人生を終え、第二の人生を迎えるには相応しい空気だ。

 遠くへ……もっと遠くに……誰かが手を伸ばしてもどこか。

 電車でも飛行機でも、ロケットでもいけないような場所。

 自分の足で、行ってみたい。ここではない、どこかしらで……生きたい。


 三メートル弱のフェンスは僕の背中にある。よじ登るには双頭の勇気が必要だった。僕は高いところがどちらかと言えば苦手だった。でも、不思議と今日は恐いという気持ちよりも好奇心……みたいなものが勝った。足下のコンクリートはおおよそ50センチほどで、あと一歩踏み出せば、僕は重力に逆らうことはできないだろう。四階建ての校舎だから、そこそこの高さ。だから、一瞬で…………。


 …………自殺なんかじゃないから、遺書なんか書いていない。まぁ、書いたところで誰も読まないだろうけど。自殺の証拠にはなるのかもしれない。遺書がないから事件性があるかもといって、操作を攪乱させるのも面白い。あっちの世界でほくそ笑んでやる。最後の最後に少しだけ迷惑かけるのも悪くは……ない。


 あと一歩。足を伸ばせば……何が起きるのだろうか。子供だって分かる。

 これまで人類は、空を飛ぶことに憧れを持って、進化してきた。

 結局、空を自力で飛ぶことはできなかったけど、飛行機を発明し、ロケットを化学し、宇宙というかつては想像の世界に飛び立つことに成功した。


 人間は無限の可能性を持っている。それはきっと、間違いじゃない。

 でも、どの人間も、無限の可能性を与えられているわけではない。大抵は平凡で退屈で当たり障り無く無益で無念で……、情けない。必死にもがいて生きていても、惨めで、みっともない。


 遠くから聞こえる声が段々と声量を増す。始業のチャイムが近づいているのだろう。喜べ、いじめっ子達よ。今日は僕のお陰で、授業は全部中止になるんだぜ。僕からの最後のプレゼントだ。盛大に受け取るが良い…………そう思うとなんか悔しいな。遺書でも書いておくか……いや、やっぱ意味ないな。この学校では。どうせオトナが有耶無耶にするだろう。僕の存在が認められなかったと同じく、僕の死は認められないのだろう。


 目を閉じて腕を後ろにフェンスを掴む。

 このまま手を離せば僕は空を飛ぶことができるのだろうか…………。

 羽のない背中を誇らしげに掲げて……僕は、最後の勇気を振り絞って前に前進しようと踏み込む。


「ねぇ……その身体、いらないんなら私にちょうだいよ」


 ????

 幻聴が聞こえた。いや、ただしくは幻聴がした……かな。そんなことはどうでもいい。幻聴にしては驚くほどにはっきりと聞こえたが、ここは簡単には入れない屋上。誰かが入ってきたのだろうかと恐る恐る振り返ってみるが、そこには誰もいなかった。


「どっち向いているの?」


 また声がする。まさか……こっち? と僕は正面をむき直す。そこであり得ない姿を見てしまう。女の子が……宙に浮いている…………。


 まず飛び込んできたのは腰の位置まである鮮やかな金髪。白い肌に大きな緋色の眼、そして可愛らしい口元。全身は中世の騎士みたいな黒い鎧を着ていて、黒いマントがひらひらと舞う。全身が真っ黒だから白い肌と金髪が映えている。ロシアと日本のハーフっぽい、と直感したが今はどうでもいい。その少女は、威風堂堂と腕を組み、ゆっくりと上下に動く。手品…………じゃないよな……さすがに。


「やあ……」

 彼女と目が合うと、気さくに話しかけてきた。こちらが絶句していると彼女は勝手に話を続ける。

「今日は風が気持ちが良いね~。君、そこで何をしてたの?」

「………………」

「まぁ、さしずめ。自殺……。お空を飛ぼうとでもしたのかな……?」

「……………………」

「でも、キミはたぶん空を飛べる身体じゃないと思うんよ」

「………………………………」

「飛ぶ練習をしないとね」


 声に出なかった。口を開こうとしてもモゴモゴしてしまって何もできなかった。ただただ、その少女の音を聞き取り、真面目に解釈するのが精一杯。


 ゆらゆら……ゆらゆらと、それが当たり前のようにその子はずっと宙に浮いたままこちらを見ている。彼女の声は小声なのだがよく通る声で、いろんな方言が混ざったかのような、それがワザとなのかあえてなのか判断がやや難しい。声から判断すると年齢は同い年か少し上か。色気と可愛らしさがバランス良く中和されている。


「ねぇ……聞いてる?」

「あ……はい」

 ようやく発した声はひどく挙動不審だっただろう。いつもより少しキーが高かった。


「その身体、いらなくなったんでしょ? だったら頂戴よ」

「頂戴って……」

 その前に、色々と整理をしたい。君は何者で、なぜ宙に浮いていて、身体を頂戴という言葉に一体どんな意味があるのか。


「あなた、初対面のレディに対して質問が多いわね」

 ……あれ? いま僕声を出したかな? 心の中で呟いたと思っていたのだが。

「まぁ……心の中は読めないけど、それくらい顔を見ていれば分かるわよ」

 また読まれた。心の中は読めなくても……分かる……?


「君は一体……?」

「うーむ。まだこっちのお願いに答えてもらってないんだけど……ま、いいや」

 と言って、大きな目をパチクリしながらこう言った。

「私の名前は……逢恵祇あえぎ

「あ……え……ぎ?」

「くにつかみの恵みに逢う……で逢恵祇。まぁ、分かりやすく言うと、神様ってことで」

「は、はぁ……か、神様……?」

「神様だから、人間より上の次元の生き物だから。空くらい飛べるわよ。はい、以上! 質問タイム終わり! 質問に答えたから身体をくれるっていうことなのかしら……?」

 いつの間にか僕は神様が見えるようになったらしい。神様……? 神様ってななんだ? 神社にいるとかっていう……。まぁ日本は八百万の神なんて言われているから、沢山いるんだろうけど。


「なんで、僕に神様が見えるの?」

「もう! こっちのお願いにはまったく耳をかさないのね」

「え? あ、ごめんなさい」

 怒ってるのか、からかっているのか分からない表情で、彼女は指を指しながらそういった。ツンデレ……でもないし、神様ってこんなラフなものなのか?


「私はね、死期が迫った人にしか見えない仕様だからよ」

「仕様?」

「そう、デフォルト。デフォ、デフォ」

「死に際に現れる……って…………まるで死神だね……」

 そう言った次の瞬間、僕は目の前の少女に思いきりグーパンチでお腹を殴られた。思わず手を離して屋上から落ちそうになる。そして、バランスを崩した僕の胸ぐらを掴んできて、こう言うのだ。


「それ、二度と私に向けて言わないで」

 神様の吐息がかかる。凄く……不思議な香りがした。女子が使う下品なのではなく、温かく母性を感じるような……初めての……香り。何をそんなに怒っているか分からないが、オシッコをちびりそうな顔でこちらを睨み付けている。


「あなた、火星人に『おぉ! あなたはニンゲンっていう生き物ですか~。ハハハ……ゴキブリと同じ地球生物なんですね~』なんて言われたらムカツクでしょ?」

 妙な例えだ。なんで火星人が片言外国人の口調で喋るんだよ。

「私は~神様……なの!! アンダ~スタ~ンド?」

「え……? あ……はい……」

「次に言ったら殺すわよ?」

 僕はありったけの謝罪を込めて首を縦に振った。どうやら、シニガミというのはNGワードらしい。きっと彼女の琴線なのだろう。幽霊とか地縛霊とか、妖怪とか。そういうのも一応止めておいた方が良さそうだ。


「殺すって……。君は今僕が飛び降りを助けようとしたんじゃないのか」

「殺してから、身体をもらうわ」

「神様が殺人してもいいのかよ」

「あなたたちは虫を殺すし、魚や動物を殺して食べるじゃない。それと同じよ」

「………………」

 弱肉強食。神様は人間を助けてくれる存在と勝手に解釈していたが、どうやらそういうものでもないらしい。完全なる上下関係がそこにあってそれに抗うことはできないのだろうか。


「閑話休題。それで、いいでしょ? その身体、私にちょうだい。ちょうだい、ちょうだい! プリーズギブミー!」

 熱心な宗教団体のようにしつこく迫ってくる。神様の唾が顔に勢いよく飛びかかる。まぁ、可愛い女の子のなら嫌な気持ちにはならないが。ずっと浴びていたいというほど僕は変態ではない。そんな性癖は僕にはないのだ。


「み、見返りとかあるんですか?」

「はぁ?」

 酷く呆れた声で否定する。誰もいない屋上で彼女の声が共振する。

「あなた、その身体。もういらなくなったから死ぬんでしょ?」

「いや…………そうだけども」

「じゃあ、いいじゃん。私にちょうだよ、あなたの身体」

 いいじゃん……て。神様のくせに子供っぽい。しかしその言動に、不安感と親近感を同時に抱く。僕が知っている女の子の中で一番可愛く、一番フレンドリーだ。こんな友達が、一人でも僕にいたらと妄想すると楽しそうだ。

 身体をこの子にあげる……。つまり僕の身体を使って僕の人生を歩んでくれるということか? そうすると……僕はどうなる? 消えて無くなってしまうのか? あるいは他の誰かの身体に……第二の人生を歩むことが……できるの……か?


「僕の意識はどうなるの?」

「意識……?」

「君にこの身体をあげたら、僕はどうなるの?」

「まぁ、安心してよ。変な風にしないから」

 絶対嘘だ。いかにも変な風にしてやるぞという顔をしている。じゅるりと出た涎を拭き取る仕草が似合う場面だ。


 僕はもっと真剣に考えるべきだった。このとき、僕は少女のことを死ぬ間際の幻、走馬燈のようなものだと勝手に解釈していた。だから、安易に快諾した。何となく、本当に何となく「別にいいよ」と言ってしまったのである。


「契約成立。これに録音したから、もうダメだよ~」

 と、取り出したのは最新のスマートフォン機種だった。ボイスレコーダーのアプリでで撮ったのだろうか、全然神様っぽくない。


「で、どうやって僕の身体を?」そう、身体が欲しいって言われても、その次の手順は? 神様よろしくヒュンと一瞬で乗り移ったりでもするのだろうか。

「ん……? 簡単ですよ。いたって、簡単。うん……カンタン……カンタン」

 簡単を強調するあたり、かなり不安だ。大体、人に身体をあげるってどういうことだ? いや、彼女は神様だからできるのか。


 おもむろに少女が近づいてくる。あらためてみると、この逢恵祇という神様は本当に可愛い。神の可愛さ――女神といっても過言ではない。鎧という物騒なものを身につけているから分からないが、なんとなく。スタイルが良さそうな気がする。胸当ての部分もすごく大きい。形から推察するに、D……E……F? 

「ん? お胸スキなの? サイズはEとFをいったりきたり。いっぱい食べると大きくなるから」

 やっぱり…………心を読まれている気がする。


 おもむろに彼女の両手が僕の両肩に置かれると、思わずビクンとたじろいでしまった。さっき、殴られた記憶があるからだと……思う。


 そして、次の瞬間。女の子の肌の匂いが鼻孔をスッと付くと同時に、唇と唇が触れる。初めての感覚。思っていたよりも柔らかく、冷たく、心地が良い。そして……ざらついた舌が口腔内に入り、少女の唾液が流し込まれる。


ボクの意識は、そこでシャットダウンされた。

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