第四章 trannspire ――四月十五日 4
僕は蔵原先輩に手伝ってもらったから――ココロと暮らしてるから、かもしれないけど――あまり戸惑うこともなく、十分ほどで一通り衣裳に着替え終わる。初めて穿くスカートは予想通り少し肌寒く、解放されてるのがどこか落ち着かない。準備室にあった姿見でリボンやエプロンの具合を繰り返し整えてみる。ふと、鏡に映った自分の顔に視線が移ると否応なく自分の顔がココロに似てるんだな、と思い知らされる。
先輩は家庭科室へのドアノブを握り、からだ半分で僕のほうに振り返る。
「真くん、そろそろ大丈夫?」
僕は恐る恐る頷くと、先輩は扉を勢いよく開くと、手のひら全体で僕を促す
「みなさーん、お待たせいたしました。――はいっ、マコちゃんの登場です!」
僕は一度目を閉じて深く息を吸う。意を決して家庭科室側に入ると――嬌声が一気に上がる。
「かーわーいーいー!」
「よく似合うじゃーん!」
「やっぱりココロちゃんに似てるよねー」
先輩たちが僕を取り囲んで一気にまくし立ててるうちに、ココロが「あ、写メ撮らなきゃ!」と携帯のカメラを僕に向ける。
「うわ! 写メはやめてよ、写メはっ」
「いいじゃーん、せっかくの機会なんだし!」
でも、顔を隠したほうがいいのか服を隠すべきなのかよく分からず、膝を軽く曲げて、両手でスカートの裾を引っ張り下ろす。
「真くんは今度の写真には入らないんでしょ? だったら今くらい我慢しないとー」
「う……」
そんな様子に嗜虐心をそそられたのか、石井先輩が僕の後ろに回りこんでわき腹をくすぐりはじめる。
「うりうりうり~」
「いやっ――ホントやめてくださいぃー!」
「ぐへへへへ、かわいいのぅかわいいのぅ!」
「あ、わたしもー!」
と、ココロまで――石井先輩とで僕を挟むように笑わせに来る。笑いがこらえきれないっ……。
先輩たちの、シャッター音代わりの短いメロディが幾重にも鳴り響くので、僕はワンピースの裾から手を離せない。――そのせいで、二人のくすぐり攻撃に僕は、もっと弱いトコをくすぐられまいと何とか身をよじるだけ……。
写メ撮影会と笑いの波状攻撃が一段落したところで、僕はへたりこむように手近な丸椅子に座る。くすぐられたのはほんの数分だっただろうけど、腹筋が切れてしまってそうな鈍い痛みを上からさすって呼吸を整えるので意識は精一杯。
すると背後から、蔵原先輩が両手を僕の肩に置く。《またくすぐられるんじゃ?》とからだが無意識にビクつくけど、先輩は温かい手を当てたまま、僕をはさんで他の先輩と衣裳の出来について話し始める。
「――でも、全体的に想像以上やと思わへん? このカチューシャも遠目にはかなり良い出来屋と思うし」
「そうねー。あとは、動けるかどうかだけど――真くんはもう落ち着いた?」
成瀬先輩は正面から僕の顔をのぞき込み、先輩の瞳に落ちた前髪を耳に沿ってかき上げる。
「あ……はい。大丈夫です」
「じゃあ、一度立ち上がってみて――そうねー、ラジオ体操みたいに腕を大きく回してくれる?」
「はい」
最初はゆっくりと、腕を前から後へ回すと、確かに肩や二の腕あたりが重いような、引っかかるような感じがしないではないけど、ゴムがついてる袖ってこんなものなんじゃないだろうか。もう少しだけ、腕を大きく早く回してみる。
「なるほどねー……。あ、腕を止めて、袖のところ見させてくれる?」
と、成瀬先輩と新藤先輩が僕の左右の肩に顔を近づけて、破れ目とかがないかチェックしてるみたい。湿度で少し跳ねた成瀬先輩の髪からも、新藤先輩の長い黒髪からも甘い香りがして、僕は天井を見上げる。
「……うん。縫い目は大丈夫みたいね。――服に違和感はなかった?」
「あー、Tシャツ着てるときよりは肩のあたりがキツいように感じますけど、『動きにくい』とかじゃなかったです。ちょっと小さめの体操服を着てるような感覚かな、と思いますけど……」
左右の袖を自分で見ながら一人言のように言う――けど、先輩たちに今の衣裳の良し悪しをちゃんと伝えられてるんだろうかと、不安になる。
「そっか……。まあ、そんなに派手な振りもないし大丈夫かなー。隆樹はどう思う?」
「せやなー。ま、予備もあるし、本番までの二・三回を大事に着れば大丈夫やろ」
「そうね。じゃ、そろそろ……お昼にしよっか」
成瀬先輩が家庭科室の黒板の上にかかった時計を確認すると、もう一時に近い。それを見たとたん、僕の腹はメイド服にはそぐわない音を鳴らす。
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