第三章 connspire ――四月十三日 4
体重移動と後ろ足のクロス、その後の動きのいくつかを先輩に細かく教えてもらって、さらにそれらを連続して踊ることで、曲のテンポと振りをからだに馴染ませる。そして、細かいところは全然ちゃんと踊れてないけど、五つの動きを四回通して踊ったところで部活時間終了を知らせるチャイムと放送部のアナウンスが流れる。
「じゃあ、今日の練習はここまで!」
と成瀬部長が宣言すると、「はーい」「お疲れさまでした」と先輩やココロたちは口々に挨拶をしていく。
成瀬先輩がピロティの椅子に置いていたタオルを拾い上げ、顔や首の辺りを拭いながら「北野さん、真くん。ちょっといいかな?」と北野さんの真正面に立つ。僕も北野さんと横並びになると、溝口先生もふくめ、他のみんなは少し離れた位置から僕らの様子を注視してる。
「――で、さっそくなんだけど、二人は文化祭、どうする?」
「えっと……」
僕が少し言い淀んでいるうちに北野さんが意を決して話し出す。
「あの――裏方だけ、ってのはやっぱりダメなんですよね?」
「うーん、文化祭に限って言えば、間違いなく」
「そう、ですよね……。でも――下手でも上手くなれますか?」
「もちろん、大丈夫! それに別に北野さんは下手じゃないよ?」
「そうそう、キョーコちゃんが初めて練習したときよりずっとうまいと思うで?」
「なによ蔵原ぁ……、そうだったかもしれないけど、今言わなくてもいいじゃんっ!」
「ごめんごめん」
蔵原先輩の横槍に石井先輩がツッコミを入れたのを見て、――石井先輩には悪いけど、僕の気持ちは少し和む。話題が逸れたのを見て、成瀬先輩が改めて北野さんに問いかける。
「で、どうする? 無理にとは言わないけど、北野さんも一緒にやってくれると嬉しい」
「……」
しばらく――たぶん一呼吸から二呼吸、長くても十秒くらいだろうけど、北野さんの真剣そうな横顔を見て、僕の息は詰まってた――間をおいて、北野さんは一度強く目蓋を閉じたあと、意を決したように顔を上げる。
「――お邪魔じゃなければ、参加させてください」
「うんっ! こちらこそよろしくね」
成瀬先輩の表情が緩む。たぶん、他の部員たちも一安心したところだろう。――ただ、次は僕の番だと思うと、周りを見る前に無意識に俯いてしまう。
「――じゃあ、真くんは?」
成瀬先輩が、先輩の中で一番優しいだろう声を出す。
先のことは分からないし、何かを決めるのは怖い。上手く踊れるわけでもないし、足を引っ張るのはつらい。……とはいえ、それは他の部でも同じこと。それでも――僕は一つの決断をする。
「……じゃあ、文化祭まではやらせてください」
「そっか、よかったー! 今日の練習で『大変ー! こりゃ無理だー!』って思われちゃったかなって、ちょっと不安だったから……」
成瀬先輩だけでなく、その場にいた全員が安心したような吐息を漏らすので、僕はかえって不安になってしまう。
「あー、でも、大変は大変だったので、ご迷惑でなければ――なんですけど……」
「迷惑なわけないやろー。俺らから参加して欲しい、って言うたんやから」
「いやいやいや……でも、そうなんですかね…… よろしくお願いします」
「こちらこそ!」
蔵原先輩が、皮膚の下に空気を含ませるようにやさしく僕の肩を二・三度叩くので、気を緩めると、理由もない涙が出てしまいそう。成瀬先輩が発声のトーンを変えて部長らしく話し出すと、僕らは一斉に先輩のほうに向き直る――そのおかげで、僕は一瞬で涙を眼の奥に飲み込めた。
「じゃ、さっそく次の練習なんだけど、明日はあたしたち――二年の四人でK市まで衣裳の買出しに行くから練習は無し。で、買ってきた衣裳を日曜日にみんなで縫い合わせたり、からだに合うかチェックしたいの。……あと、衣裳が出来上がった後は少しでも練習したい。だから、真くんもできれば日曜日に学校に来てもらえないかな? 急なお願いだからできれば――都合が合えば――なんだけど」
ココロが即座に、まっすぐ手を挙げる。
「大林さんとわたしは大丈夫でーす」
「そうね、二人からは昨日聞いたもんね。――じゃあ、北野さんと真くんは?」
「日曜日の朝からですか?」
北野さんは複雑そうな顔で部長に尋ねる。
「うん。十時くらいからかなー。四時くらいには終わるつもりだけど……何か予定がある? 真くんはどう?」
「僕は……」
特に予定があるわけじゃないけど、「明日から早速」と思うと気持ちが少し踏みとどまってしまう。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ココロが僕の逡巡に横槍を入れる。
「なに悩んでるフリしてんのよ? マコトはどうせ用事ないでしょ?」
「ココロー、そういうことじゃないんだけど……確かに用事はないので大丈夫です。来れます」
「よかったー。――あ、でも、なんか聞いておきたいことがあったら早めに聞いてね」
「ほな、北野さんは?」
蔵原先輩が改めて――優しそうな微笑を浮かべて尋ねる。
「ワタシは……」
「何か用事があるん? 習い事とか?」
「あ、はい。お昼には終わるんですけど、それからでもいいですか?」
「うん」
「一時くらいには来れると思います。――でも……」
「『でも』?」
北野さんの表情がどんどん曇っていくので、成瀬先輩が心配そうに尋ねて、彼女は押し黙ったまま。蔵原先輩も北野さんを気遣う。
「まあ、出るって決めてからの展開めっちゃ早いもんなぁー……」
「えっ? いや、そういうことじゃなくって……」
「なくて?」
「『縫い合わせる』って裁縫を自分でやるってこと……ですよね?」
「せやね。家庭科室のミシンを借りるつもりやけど……どないかした?」
「いや、裁縫がすっごい苦手なんですよ、ワタシ」
「……」
「それがもう、尋常じゃないくらい下手で……」
「――っ!」
最初に蔵原先輩が吹き出してしまう。ただでさえ先輩の大きな笑い声がピロティに反響して、僕らも――溝口先生までもつられて笑い始める。北野さんはぽかんとしたまま――もちろん、本気で心配して言ったと思うんだけど。膨らんだ笑い声が中庭へ突き抜けていく。桜の下で練習道具を片付ける空手部員たちがびっくりするくらいの嬌声。
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