第三章 connspire ――四月十三日 1

conspire[動]   1.(自)(人と)共謀する、陰謀を企てる

2.(自)[to do]協力し合う


  1

ココロに大林さんからのメールを見せてもらってから二日後、金曜日の昼休み、僕はウォーキングの練習をしたあの食堂へ行く。食堂は校舎に囲まれて太陽光が入ってこないんだけれど、天井の蛍光灯で明るい。角が所々傷んでるテーブルの天板の白さが蛍光灯のチープな光を反射している。

僕がきつねうどんを食べ、教室に戻ろうと旧校舎の階段を上がっていくと、上の階から、クラスメイトの――ノリがいいグループの――男子が騒ぐ声が聞こえてくる。階段の折り畳まれた隙間へからだを寄せて上の階の様子を窺ってみるけど、よく分からない。

クラスメイトが盛り上がることだから、僕にはたぶん関係ないことだろう、と息をひとつ吐き出して残り何十段かを上がっていくと、僕の教室の廊下に成瀬先輩が腕を組んで立っているのが見えてくる。

最初は所在なさそうな表情をしてたけど、先輩と僕の目が合うと

「あ、真くん!」

と一瞬で花開いたような笑顔で手を振る。

「あらあら、ごめんねー。なんか注目されちゃってるけど……」

と先輩は周りの視線を確認してるけど、大して困ってるようにも見えない。ダンス部部長ともなればどんな場所でも人に見られなれてる、ってことかもしれない。

「先輩、どうしたんですか?」

「んー、真くんを誘惑しに?」

先輩は僕の目の前に一歩近づいて、まだ新しい制服のネクタイを細く伸びた指先で丸め取る。すると、僕らの様子を教室の中から見ていたクラスメイトの男子たちが興奮気味に歓声を上げ、さらには、クラスの女子や隣の教室の生徒も上体を起こしてこちらの様子を見始める。

「――なんてねー。ごめんごめん」

昼休みだからと緩めてたネクタイを、先輩は笑いながら結びなおす。先輩の髪の香りだろうか、一瞬は間違いなく誘惑されてしまったので、僕は教室とは反対の窓に目線を逸らす。

「もう、やめてくださいよ……」

「いやー、なんか注目されちゃってるからさ。ついつい」

「『つい』って言われても、あとでからかわかれるんですよ、僕……」

「あはは、そうだねー」

そうは言いながらも、成瀬先輩はあまり反省しているようには見えない。

「――で、どうしたんですか?」

「そうだね、誘惑――というのは半分冗談だけど、半分正しい」

「?」

「真くんは部活決めた?」

「いや……」

「一昨日、一年生の女の子たちに話してたこと、聞いてくれてたと思うんだけどさ――真くんにね、文化祭まででいいからダンス部に入って欲しいの」

真正面から訴えかけてくるダンス部部長を、僕は直視できない。「それでも――」と先輩は僕の右頬に熱いことばをあて続ける。

「――ホント、文化祭の後だったら別の部活に移ってもらっていいからさ。文化祭の公演、一回だけでいいから試してほしいんだ」

「なんで……」

「ん?」

「なんで先輩は……?」

「一緒にやってみたい、って思ったから、だよ」

質問を投げきる前に、先輩は即答する。

「細かく挙げれば、それは色々あるよ。でも――」

「でも、才能も経験もないじゃないですか、僕は」

「特別な才能なんてなくていいじゃん? だいたい、今のダンス部に生まれもっての才能があるコなんていないし、果歩と恭子の二人は経験もないし」

「……あんなにウォーキングができたりするじゃないですか」

「そりゃあ、みんなそれぞれに努力してきたことがあるもん。あとは一緒に踊る練習をするだけだと思うけどなー」

「でも、僕には……」

「経験がないもんだよ、最初はみんな。――だけどさ、『心ちゃんと二人で踊ったらすごいだろうなー』とか『他のみんなも真くんに来てほしそうだなー』とか、こないだ練習に来てくれたときに話した感じとか、そういうのを全部ひっくるめて、あたしが『真くんと一緒にやってみたいな』って思った――それだけだよ。だからさ、文化祭の公演だけでいいから試してみてほしいな、って」

「……」

「――今日の放課後だけでいいから、もう一度来てみて欲しいの。それでも真くんにとって面白くなかったらあたしも諦めるからさ」

先輩とは一昨々日(さきおととい)に初めて会ってほんの少し話しをしただけ。でも、今のことばがただの勧誘文句じゃなくって、心の底からそう想って言ってくれてるんだろうなって思う。そう信じさせられてしまう。これが熱弁だったとしても熱演だったとしても――本気でも演技でも――熱が籠もってる。『僕にとって』――でいいのなら……。

「……分かりました。ひとまず今日は見学に行きます。そこで考えさせてもらっていいですか?」

「よしっ、分かった。じゃあ、今日の放課後、待ってるね!」

先輩が大きく手を振って去っていった後、

「あれ、ダンス部の部長だよね?」

「牧野くんってダンス部に入るんだー」

「っつうか、あの美人と知り合い?!」

「牧野くんってあの先輩と付き合ってんの?」

「え、マジ?!」

「うわ、見えねー」

とクラスメイトたちに散々からかわれたことは言うまでもない。これで、文化祭で踊ろうものなら……と思うと今から少し怖い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る