第二章 aspire ――四月十一日 2

部活動紹介は終了予定時間を大幅に過ぎて閉会。体育館から教室に戻る途中、後ろからポンと肩を叩かれて振り返ると、そこにはココロとウッチーがいた。

「よーう」

「おう」

「まこっちゃんは学校、もう慣れた?」

「うーん、どうかな……?ウッチーは?」

「まあ、そこそこかなー」

内田――のことを僕はウッチーと呼んでいる――は僕やココロ、大林さんと同じ中学校の出身。卓球部では僕とダブルスを組んでいた悪友だ――といっても、卓球部の練習時間よりも、ウッチーが持ってきたマンガを読む時間が多かったけど。ややぽっちゃり気味の体型なのに動きが妙に機敏で、試合でもウッチーの表ペンから繰り出すドライブに何度も助けられた。

ウッチーと同じ五組になったココロが口を挟む。

「マコトさー、ダンス部の紹介ってなんか他に比べて地味目だったよねー」

「あー、確かにそうだったかな。物理部が怒られてたイメージが強すぎるのもあるけど……」

ダンス部のいくつか後に出てきた物理部が突如白衣を脱ぎ捨てて「我々は現代(コンテンポラリー)コンテンツ研究部――略してコンテ研! アニメ・マンガをはじめとしたありとあらゆるコンテンツを研究対象とし……」と宣言したところで顧問の先生に首根っこを掴まれて連れ出されていったのだった――「リア充になるには女子が……女子が必要なんですぅうう……」という断末魔を残して――。もっとも、部活動紹介がオシたのは、物理部のハプニングだけじゃなくって、どの部も全体的に時間オーバーしてたからなんだけど。

「まこっちゃんもダンス部の見学に行ったんだって?」

「あ、あぁ……ココロに強引に引っ張られて」

「じゃあ、牧野さんはダンス部入るの?」

「うん。そのつもり」

ココロの気持ちは固まってるらしい。そういえば、ウッチーは僕のことを「まこっちゃん」とあだ名で呼ぶが、ココロのことはわざわざ「牧野さん」と言う。一度理由を聞いたことがあるけれど、「牧野さんは牧野さんだよ」と訳の分からない弁明をされただけだった。

「大林さんも一緒に?」

「うん」

「じゃ、まこっちゃんも?」

「え、いや……」

ウッチーの「じゃ」という順接の推測が僕を戸惑わせる。

「大林さんもいるんだったらダンス部でいいじゃん」

「なになに? マコトはテルミのことが気になってたの?」

「え」

「きゃー! 知らなかった!」

ココロがわざとらしく両手を頬に当てる。

「いや……」

「わたしったら双子の弟の好きな人を知らなかっただなんて!」

「ち、違うっ」

「アタシというものがありながら……っ! あのドロボウねこっ!」

今度はウッチーがハンカチを端を噛み締め、両手で引っ張る。

「ウッチー……何の役だよ、それ」

「妻役に決まってるだろ。愛人に夫を奪われた」

「変なところで演技派なんだな……」

「ありがとう」

「褒めてねーよ……」

ウッチーに加えて、ココロはわざわざ妙なシナを作る。

「別の話題でごまかすところがあーーやーーしーーいーーなぁーー」

「ホントに違うって……しつこいなー」

「いいのよ、隠さなくって。お姉さんに話してごらんなさい」

「そうよ、妻にも聞く義務はあるわよっ」

「そういうことはせめて家で聞け。しかもウッチーまで……」

僕が一息吐く間もなく、ココロがまくしたてる。

「否定しないんだー。じゃあさ、テルミもたぶん入るんだし、なおさらマコトも一緒に……」

「やだよ」

「まだ言い切ってないけど」

「どうせ『ダンス部入れ』だろ? やったことないし、ダンス」

「私もそうじゃん。新藤先輩も石井先輩も経験ないってさっき言ってたし」

「そりゃそうだけど……。あー。あと、ほら、中学んときのフォークダンスもロクにできなかっただろ?」

「でも、昨日の練習はちゃんとやってたじゃん」

「そうかー?」

ウッチーも「そうなんだー……」と目を細めて僕を見守るようなしぐさをする。

「だいたい、どうせマコトは他に見学に行く部も決めてないんでしょ?」

「まあ、それはそうだけど……いや、いいんだよ。ウッチーとのダブルス復活っ、てので。な?」

と僕がウッチーの方へ向き直ると、ウッチーは即座に首を横に振る。

「いや、俺は卓球部には入らないつもり」

「裏切る気かよっ?!」

「浮気だなんて人聞きが悪いわ、ア・ナ・タ」

「まだ妻ネタ引っ張るのかよ」

「やめとくわ。われながらキモいし……大体、まこっちゃんもさ、中学の引退試合の後『もう卓球やらない!飽きた!』って言ってたじゃん? まあ、マンガ読んだりとか、ダベったりとかはすごい楽しかったけどね」

僕らの中学校の卓球部は元々、顧問の先生も卓球の経験がない上に、練習もソコソコにしかやらなかったからかなり弱かった。それで余計に練習以外の時間が増えたんだけど……だからこそ、気の合うウッチーとののんびりした時間ばかりが記憶に残ってる。――気がつくと、ココロが僕らの数歩前を歩いてる。知らない話題だからスルーしてるんだろう。

「確かになー……」

「それに小里の卓球部って結構練習キツいらしいじゃん? オレらくらいのレベルでは付いていけないっぽいし、中学みたいにマンガ読んでたりはしなさそうだし。まあ、マンガ読むだけだったら物理部――こと、現代コンテンツ研究部でもいいかもしれないんだけど……」

「『こんてけん』だっけ?」

マンガ『こんてけん』はオタクな高校生たちの青春ラブコメで、僕もウッチーに貸してもらって読んだことがある。

「そうそう! アレ、読んだんだろうなー。だから、先輩は話は合うかもしれないけど……。あ、俺、先に行くわ」

「おう――また」

階下の教室へと駆け降りてゆくウッチーの背中からなぜか目が離せないまま、僕はひとり自分の教室へと入る。

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