第二章 aspire ――四月十一日 1

aspire[動]   (自)(偉大なものや価値あるものを)切望する


はじめての英文法の授業も終わって、六時間目に二・三年生による部活動紹介が行われる体育館へ向かう。旧校舎から本館へ抜け、僕がちょうどピロティの上を通るころ、強い日差しに照らされてほとんど真っ白に見える桜の木が――強い風に揺られたんだろう。その巨躯を大きく揺らし、花びらが一枚だけ、四階まで吹き上がってくる。窓ガラス越しに見たその花弁が太陽に透かされて他の何よりも白く見えた――その一枚の中にだってきっと桜色が脈々と通っているだろうに。

昨日、ウォーキングの練習を終えた後、ダンス部の活動内容をおおまかに聞くことになった……んだけど、実際には蔵原先輩と成瀬先輩の漫才が続いた。実際に何を目標に練習してるのかすらほとんど判らず、ココロも大林さんも入部すると宣言することもないまま時計は五時を回り、制服姿だった僕らは服が汚れない程度の簡単なストレッチをして帰途につく。

誰かが二人のやり取りを止めればいろいろと話を訊いたり、他の練習だってできたかもしれないのに……とマジメなことを考えもしたんだけど、僕も先輩方のやり取りを楽しんだことには違いない。家に帰ってからココロに訊くと、初日も似たような感じだったらしい。

ココロは運動神経が悪いわけでもないし、大林さんも中学時代はココロと一緒にバスケ部にいたんだから、高校でもバスケ部に入ったって良さそうなのに。けれど、全国大会を目指して毎日特訓するほど熱血になれない僕は、ああいう楽しそうな雰囲気に惹かれるところが、確かにある。

体育館に一年生が全員揃ったところで、五十音順に各部の紹介が始まる。小里高には三十近い部があるため、一つの部につき説明者は五人まで、時間は一分半という制限が設けられている。その短い間に、剣道部は目の前で試合を行い、サッカー部はレギュラーでリフティングをしながら全国大会への抱負を語る。ツッコミの都度にボケ役に柔道の技をかけるという激しいコントを繰り広げた柔道部、管楽器を演奏した吹奏楽部、超長距離での壁打ちをして見せた卓球部に続いてダンス部の順番が回ってくる。

ここまでの流れで、ダンス部は何か踊ってみせてくれるのではないか――と思いきや、制服姿の先輩たちが四人、横並びで出てきただけ。それでも、一年生の大半――の男子だけかと思いきや、女子も結構な人数がざわつく。その様子を見て、ダンス部には部活紹介に登場した先輩の中でも飛びぬけた容姿の持ち主が揃っていたことに僕も改めて気付かされる。成瀬部長は小里みたいな田舎には似つかわしくないくらい垢抜けた可愛らしさを持ち合わせてる一方、新藤先輩はモデルみたいな長身に大人びた顔立ちがマッチしてる。この二人の華やかさの陰にかくれそうになるけど、石井先輩もボーイッシュで話しやすそうな雰囲気に加えて、魅力的な笑顔をたたえて一年に向かって手を振るので、目が合ったわけじゃないのに僕もつい、挨拶を返しそうになる。

一年の女子の多くは蔵原先輩の整った顔立ちを見て、嬌声ともため息ともつかない不思議などよめきを起こしている。確かに黙ったまま物憂げに立つ蔵原先輩の姿は、昨日の成瀬先輩との漫才みたいなの印象を僕の中からすっかり消し去ってしまう。

成瀬先輩がスタンドマイクの前に立って、メモを持った手を胸の前あたりまで上げる。

「一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。ダンス部部長の成瀬です。中学校の体育の授業で創作ダンスをやった女子もいると思いますが、我々は例年、今月の文化祭や、夏や秋の大会で発表するための振り付けを作ったり、実際に踊ってます。今は、ここにいる二年生が中心になってて、三年生がいないので新入部員が活躍できる場面がたくさんあります――」

 成瀬先輩が新藤先輩と石井先輩の方を手のひらで示す。

「この二人は今年の二月に入部したばかりで、ダンス経験はありません。――私と副部長の蔵原くんはそれぞれまったく別の分野の踊りを習ったことがありますが、今はダンス部で一緒に踊っています。今度の文化祭ではそれぞれの個性を生かして、楽しんでもらえる作品を演(や)りたいと思ってますので、ぜひ観に来てください。たくさんの一年生の方々と、一緒に作品を作っていきたいので、まずは本館一階のピロティまで気軽に見学に来てくださいっ。よろしくお願いします」

四人は深々と礼をして、次のテニス部の人々と入れ替わる。

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