早くも急展開

 太陽が真上に昇り、燦々と光を降り注いでくる。

 時間で言えばもう昼食を摂ってもいい時間になっていた。

 アンナが日陰を見つけると自然とそこに集まって荷物を肩から下ろし始める。

 昼食は朝早くに宿の女将に頼んで用意してもらっていた。

「やっとお昼だー!」

 真っ先に弁当を取り出したのはナノ…ではなくアンナだ。

 いつからお腹を空かせていたのか素早く食事前の挨拶をしておかずを頬張る。

 他の面々も弁当を取り出して食事を始めた。

 隣の都市“ミシルガ”まではまだまだ遠い。

 食事を摂る時間も惜しいのか自然と全員食べるのが早く、昼食の時間はあっという間だった。

「ヘレン、おかずを残すのはよくないよ!」

「減量中なの!!」

 少しだけおかずを残しているヘレンを発見したアンナは全部食べるように説得した。

 しかしその説得も虚しくヘレンに全力拒否という返事で返ってくる。

 実のところ、彼は本当は食べたいと思っている。

 ミシルガまではまだ道程はあるが王都から此処までも随分歩いていて、いつもの倍以上は動き回っているとくれば食事の量も増えてくるものだ。

 それでもこれ以上の食事を拒むのは自信の美しい肉体の為。

 その意識をヘレンの拒否する言葉から感じ取ったアンナは一旦口を閉じて静かに告げた。

「途中で『お腹すいたー』とか言って間食する方が太るよ。」

(何としてでも食べさせる!)

 少し眼に力を入れるとヘレンが少しだけ怯む。

 手応えを感じたアンナは徐々に攻めていった。

「それに、君の分は特別に作らせてあるんだから。美容や健康に良いものばかりを詰めてもらってるし。」

 というワードにヘレンがピクリと反応を見せる。

(後少し…!)

 ぐぅー。

「……。」

「……。」

 アンナの言葉は誰かさんの腹の虫によって邪魔をされた。

 その虫を飼っているのは誰か。

 アンナは無表情でヘレンを見つめる。

 一秒、二秒、三秒と時間が進むにつれて次第にヘレンが顔を俯けた。

 犯人見つけたり。

「ほら、お腹が鳴ってる。食べないとまた恥ずかしい目に遭っちゃうよ?」

 そう言って悪魔のような笑顔を向けられたヘレンは渋々言う通りに残したおかずを食べた。

 二人の様子を眺めていたクランクとミュールはポツリポツリと心に決めたことを話し合う。

「アンナの言うことはなるべく聞くようにするよ。何なんだあの魔王みたいな顔は。」

「魔王とアンナは似てない。でも…僕も気を付ける。」

 この時二人の気持ちはシンクロした。

 共通意識のお陰で団結力も自然とアップしたようだ。

 もう二人の方はというと少しばかりの娯楽を楽しんでいた。

 約束通り、ナノがジャグリングを披露している。

 観客はリックただ一人だけだが。

「ちょっ、と。腕が疲れてきたんだけど!」

「まだ三分ほどしか経ってないぞ。」

「僕はプロじゃないからそこまで筋力無いのー!!」

 楽しいとは程遠い娯楽だ。

 ナノからしてみれば罰ゲームでしかない。

 何の罪もないのに普段使わない筋肉を酷使させられている。

 なにも楽しくない。

 それをリックはまじまじとナノの芸を見ている。

 もうここまでくれば観覧ではなく観察だ。

 因みに彼は世間一般的に言うSではない。

 決して。

 ただ観察をしている、それだけだ。

 ナノの持つ物体が手を渡って宙に浮く、そしてまた手を渡る。

 リックはじっくりと見て一言。

「ナイフ投げとかはしねーの?」

 突然の質問にナノは手を止めてポカンと呆けた。

「えっと…刃物は危ないから取り扱ってないよ?」

 平和な物言いに溜め息を吐きたくなる。

「お前なぁ…今朝賊に襲われたことをもう忘れてんのか?俺らはもう、んなこと言ってられる立場じゃねーぞ。」

 指摘され今更気付いたのか「あ」と口を開ける。

 朝の一件以来賊等に襲われていない。

 ナノは心身の疲れも伴っていた為にすっかり忘れていた。

 今まではただ運良く襲われていなかっただけだ。

 しかし、これから先もそういうことがないとは言いきれない。

「大道芸が好きなんだろ?ナイフ投げが出来るようになれば戦闘時にも役に立つ。その為に練習でも始めた方がいい。」

 それはリックからの助言だった。

 彼は盗賊に襲われた時にナノが剣での攻撃に手こずっていたことを知っていた。

 最終的に武闘で倒していたことも知っている。

 その事をふまえての言葉だ。

 リックの言いたいことが伝わったのかどうかは分からないがナノは

「わかったよ。練習しておく。」

と、いつに無く真剣に応えた。

 少しの休憩を挟んだ後にまた歩きだす一行。

 最初は賑やかであったがやはり疲れが溜まってきているのだろう。

 三時間後には亡霊の小さな行列とでも表せばいいのか、皆口を閉じて黙々と足を動かすだけとなっていた。

 都市ミシルガまではまだまだ道程がある。

 そして目の前の上り坂。

 一気に歩く気力を失う勇者達。

 旅とは思っている以上に酷しいものだ。

 こうして地形やら気候が旅人の体力を削いて精神までも疲弊させる。

「誰か魔法でぴゅーっとこの坂のてっぺんまで連れてってよ。」

 到頭とうとう頭がおかしくなってきたのかヘレンは目を虚ろにして坂を指差した。

「魔法かぁ…確か魔族が使えたよね。」

 アンナも魔法という存在にすがりたくなったのか羨望する。

 魔族とは魔法を使役することが出来る民族の総称だ。

 しかしその数はごく少数で存在すら疑わしいとされている。

 その為、数百年前から魔物を使役する民のことを指すために用いられる単語とされた。

 魔物を操る民は普通に存在している。

 近年では魔法を使用して従わせているのではという見解もあるが、それでも実態は不明なのが現実だ。

 詰まるところ魔法を使う魔族の存在など夢物語でしかない。

「理論的に魔法の存在なんて有り得ないと思うが。ほら、さっさと登ろう。」

 超現実的な発言と共に登り始めるクランク。

 それに続いてアンナ達も嫌々目の前の坂を登った。

 脚が悲鳴を上げているのが登る度に伝わってくる。

 明日には筋肉痛になっていること間違いなしだ。

 そう予感しながら上りきると、息をすることを忘れてしまいそうな程の絶景が拡がっていた。

「綺麗……。」

 美しい光景にミュールが言葉を溢す。

 太陽の光を反射して輝く海と、その海に沿うように佇んでいる広大な都市が姿を表した。

 この都市こそ到着地点のミシルガだった。

 やっと目的地が見えたことに喜ぶ一同。

 陽もそろそろ沈み始める頃だ。

 彼らはペースアップをはかりながら着々とミシルガへと近づいていった。

「……っ、やっと、やっと着いたぁ!!!」

 涙ながらに喜ぶナノやいきなり取り憑かれたかのように何かに祈りを捧げだすヘレンを他所目にクランクとミュールで通行証発行の手続きを行う。

 足を揃えて都市に入ったのはもう日が沈みった頃だった。

「また通行証を紛失した場合は…分かってるよな?」

「はい……。」

 クランクはがっちりとナノの肩を掴んで昼間のアンナよりも魔王のような表情で詰め寄った。

 ナノはというと死刑宣告を受けた囚人の顔をしている。

 二度あることは三度ある、なんてことにならなければいいがと心配をすることは毛頭無いようだ。

 問答無用、次は無い。

 はっきりと伝えられたナノは渡された通行証を確りと受け取り鞄の底に仕舞い込んだ。

「まずは宿を探さないとね。」

 街の大通りを進みながら今夜の、もしくはしばらく在住する為の宿を探す。

 やはり大きな都市だからなのか何処も賑わいを見せていてとても華やかだ。

 その中に紛れて静かな宿屋を見つける。

 思いの外簡単に見つかった事に喜ぶナノとミュール。

 アンナは早速宿屋の亭主を呼んだ。

少しの間の後に小走りで亭主が出てくる。

「すみません。一人部屋を六部屋ほど用意出来ますか?」

「えぇ、すぐに用意させます。こちらには旅行で訪れているのですか?」

「いえ、人を探しているんです。」

 「お姫様を探しています」とダイレクトに伝えることなく、違う言い方でスルーさせた。

 別に言っても構わないのだが後々面倒になるのは御免だと思った故の発言だった。

 亭主もあまり興味を示さず「そうかい」とだけしか言わなかった。

 後は十分かそれくらい待たされ、ようやく部屋に通され各自荷物を片付ける。

 この後は取り敢えず自由行動と決めてそれぞれ好きなところへと向かった。

 ナノとミュールは劇場アミューズメントに。

 ヘレンは公共浴場スパに行き、リックは都市の地理を覚える為に周辺を散策すると出ていった。

 勿論アンナとクランクも外に出掛ける。

 行き先は酒場や遊戯場カジノと多様な情報が飛び交う場所だ。

 宿を出た二人は早速近くの酒場に入り空いた席に座る。

「いらっしゃい!若いのに飲むんだね~。」

 明るい表情で注文を取りに来た女性のウェイターが話しかけた。

「いえ、お目当てはお酒ではなくとある人の情報なんですが…誰か情報通な方は来店していませんか?」

 アンナの質問にウェイターは少し考えるとカウンターに座るカーキ色のコートを着た男性客に目線を送って彼だと告げた。

 クランクは席を立って男性の元へと行ってしまう。

 残されたアンナは情報の聞き出しをクランクに任せてウェイターに軽食を頼んだ。

「あいよっ。それにしても人の情報を聞きに来るなんてアンタ達って探偵なの?」

 初めてそう言われたことにアンナは一瞬キョトンと呆けた後、小さく笑った。

 探偵、ある意味そうなのかもしれない。

 王様のご指名で選ばれた勇者は否定することをせずにウェイターに注文の品を急かした。


「失礼。」

 クランクは男の席の隣に座り軽い会釈をする。

 男も彼の存在に気付き会釈を返した。

「突然で申し訳無いのだが……姫が何者かに拐われた事について何かご存知か?」

 周りに聞こえないように静かに尋ねる。

 男はグラスに注がれていたウィスキーを一口飲むと溜め息を吐いた。

「お前が勇者様か。姫様を助けるために探し歩くなんてご苦労なこった。」

(何故勇者だと分かった?)

 確信したように自分が何者か言い当てた男に警戒心を抱くが、逆に男に警戒されては訊くものも聞き出せない。

 心を鎮めて今は問いの答えを急かす。

「そんなことはどうでもいい。聞かれたことだけ答えてくれ。」

「……南西だ。」

「は?」

 突然方角を言われクランクは混乱した。

 そんな様子を気にもせずに男は淡々と話しだす。

 男の紡ぐ言葉を整理しながら聞き溢すことの無いように直ぐ様クランクは自分を落ち着かせて耳を傾けた。

「南西に魔族の小国と同盟を組んでいる国がある。エイデルゲン皇国だ。」

 エイデルゲン皇国。

 この世界の資源の一つ、鉱石の採掘量が群を抜いて多い資源大国である。

 去年、先代の皇王が逝去し、まだ成人にも満たない皇太子がその皇位を継いで、その時と同時に魔族の国と同盟を結んだと男は説明をしてくれた。

 だが話の流れから考えて国はともかく、魔族との同盟が姫の誘拐に何の関係があるのかは分からない。

「そこに行けば確実な事が分かる。いや、アンタらの目的も達成されるかもしれないな。」

「どういうことだ。」

「どういうことって…この国の姫を拐った犯人がエイデルゲンに居るからだよ。」

 男の衝撃的な告白にクランクは目を見開き時が止まったかのように一切動かなかった。

 否、クランクには時が止まったように感じられた。

 数秒後に男が酒の代金をカウンターに置くと席を立った。

「ま、待て!」

 意識を戻し、立ち去ろうとする男を呼び止める。

 男は呼び掛け通り立ち止まる。

 だが振り返ることはなかった。

「なんだよ。」

「そんな重大な情報を持っていながらどうして兵達に進言しなかったんだ。」

 男が持っていた情報はこの国の兵達が、国王が喉から手が出るくらいに欲しがっていたに違いない。

 姫が拐われてから一体何日が経った?

 男は他に何を知っている?

 クランクはまだ話は終わっていないと男を睨み付けた。

「何でって…殿に背くようなことを俺は絶対にしないからだ!」

 男は袖の下に隠していた銃器を取りだしクランクにその銃口を向けた。

 その光景を見た客が騒ぎ、店にいたアンナ以外の全ての客達とウェイターが混乱を起こして我先にと店を出ようと入り口がごった返しになる。

 それでもクランクは冷静を装い男を睨みつける。

 何故彼が進言しなかったのか理解出来た。

 発言から男は紛れもなく誘拐犯の仲間だ。

「殿下、と言ったな。何処の王の臣下だ。」

「言うわけが無いだろう。」

「じゃあ言いたくなるようにしてあげようか?」

 男の喉元に剣の刃先を向けて冷たく言い放ったのはアンナだった。

 クランクも透かさず腰に提げていた剣を抜き男に向ける。

 二人に挟まれても尚男は余裕綽々たる態度をとっていた。

「欲しい情報は手に入っただろ?だがな、すまないがあんたら勇者の旅はここで終了してもらう。先に進もうとすれば俺や他の奴等が邪魔をする。最悪殺す。いいな?」

 突如男に稲妻が落ちた。

 あまりの閃光に二人は目を瞑り更に腕で光を防ぐ。

 光が収まった頃に、すぐ男の立っていた場所を見るが既に男の姿はなくなっていた。

 一体何の冗談なんだ。

 確かに男に稲妻が落ちたところを確認した。

 なのに男が居なくなっている。

「もしかして今のって……。」

「信じたくはないがそうだ。魔法を使った。」

 目の前の事象に固まっていると他の場所へと行っていた四人が揃って店に飛び込んできた。

「何があったの?!」

 ヘレンが二人に声をかけるとアンナは剣を鞘に納めて店を出ようと歩きだした。

「宿に帰ろう。作戦会議だ。」

 真剣な声色のお陰で何となく察しがついた残り五人も何も言うこと無く宿へと帰った。

 ひとまず全員クランクの部屋に集まると、クランクは酒場で男から聞いた話を皆に話した。

「場所分かっちゃったんだ!じゃあ早く」

「そんなすぐに行動すれば宣言通り襲い掛かってくるよ。でも厄介だね、向こうは魔法を使ってくるんでしょ?」

 今すぐにでも向かおうとするナノをヘレンが抑えながらアンナに尋ねる。

「うん。だから物理攻撃しか出来ない俺等が迂闊に動けば確実に殺られる。」

 魔法に対しての対抗策が見出だせない限り前へ進むのは困難だ。

 それよりも魔法というものが存在していたことに一同はまだ驚きを隠せなかった。

 昼間は在りはしないと言っていたクランクも目の前で見てしまった以上、存在を否定することをしなくなった。

 だが犯人の正体は分かったも同然だ。

「犯人は魔族…と言うことか。」

「臣下がそうなんだから上も魔族って可能性は有り得る。はぁ……場所も分っているのに動けないなんて。」

 アンナが頭を抱えながら悶々とこれからどうすべきか考えているとミュールが何かを思い出した顔をあげる。

「民たちを助けろ…。」

 その言葉は王城であの王太子が自分達に助言したときのものだった。

 ここで力をつけろと言いたいのだろう。

 不覚にもこれからの方針に迷っていた彼らを導く言葉となった。

「そうだね。直ぐに向かわなくてもここで魔族に対抗できるくらいの力をつければきっと打開できるよ!!」

「うん…。」

 ナノの元気な言葉を聞いてリックやヘレン、ミュールも強張っていた表情が緩む。

 まさか王太子に支えられるとは思ってもいなかったクランクは笑いながら

「やっぱり生意気だな。」

と悪態を吐いた。

「少しだけ話を戻すが、そもそも何でその男は俺達に情報を渡したんだ?」

 和んだのも束の間、リックの質問で皆の表情がまた固くなった。

「俺達の邪魔をしたけりゃ言わなくてもよかった筈だ。しかもクランクの話によれば俺たちが勇者だってことも掴んでたんだろ?つかそっちの方が疑問だろ。」

 アンナは瞼を閉じて少し考え込む。

「僕たちの素性を知っていたのは接触するためだと思う。現に出会っちゃってるし。…情報に関しては、敵の位置を知らせてしまえば突っ込んでくるとでも思ったから……かな?」

 逆に言えば情報を集めながら強くなられては困るということなのだろう。

 勇者なのだから情報を掴めば直ぐに行動するとでも考えたのか。

 だが彼らは見え透いた罠に堂々と填まりに行くような集まりではない。

 ナノ限定で考えれば十分有り得る話ではあるが。

「だろうな。しかし相手がどの様な戦い方を展開するか熟知していない僕達では突撃したところでどうにもならない。結論通り、一度此処で止まって力を蓄えるのが先決だ。」

 クランクは話を纏めると側に置いてある剣を離れた場所にあるクローゼットに仕舞った。

 代わりに幾つかポスターの様な紙を取り出して戻ってくる。

 それを五人の前に大雑把に広げた。

「この都市に配布されている指名手配書だ。街に入った時に駐屯所から拝借してきた。コイツらを利用して力をつける。」

 口角を歪に上げながら手っ取り早く剣術や武術の腕を上げるには打ってつけだと説明しだす。

「倒せば記載通りの金額が手に入るし、資金を稼げれば今より良い武器も手に入る。一石二鳥ならぬ一石三鳥だ。」

 クランクの提案に真っ先に賛同したのはリックだった。

 手を組み関節を鳴らしながら愉しそうに笑う。

「いいじゃねぇか。一旦勇者は休業だ。」

 資金を汲み、強力な武器を手にして、力をつける。

 条件を十分に満たしている仕事とは数少ないもので、その仕事にありつけてもなかなか成功を納めることか出来ない上、難度も高い場合が殆ど。

 それでも成し得てしまう可能性がある彼らはやはり勇者という称号に相応しい。

 勇者一行の参謀と成りつつあるクランクの施策通り、彼らは“勇者”という仕事を一旦放棄して“賞金稼ぎ”となることになった。

 最初の賞金首ターゲットは懸賞金二十万五千セルド(この国の通貨)の犯罪者、「ダグラ」だ。

 同時にこれが彼らの姫救出の旅の寄り道の第一歩となった。


 ──数週間後。

「やっと首を見つけたんだ。言っとくが気絶させるだけだぞ。……寝るな!ナノ!!」

 スパーンと気持ちの良い音を鳴らしながら額を叩かれたナノは夢現なのかまだ意識をハッキリさせていない。

 一緒に行動しているリックは思いっきり怒鳴りたい気持ちと殺気を殺しながらナノの側で闇に身を潜める。

 二人は都市から少し離れた山に訪れていた。

 訪問先は山奥にある小さな小屋。

 毎日毎日情報を追ってようやく辿り着いた賞金首がその小屋に潜伏しているのだ。

 大人数で動いては逃げられてしまうということで、武闘(素直に言ってしまえば喧嘩)に優れるリックと場所に適した動きが出来るナノが賞金首を捕獲することになった。

 捕まえる役に回ったナノははしゃいでいた。

 が、夜になってしまえばこの様だ。

「起きろ!」

 耳許で少しばかり叫べぶと肩を跳ねさせながらやっと目を覚ました。

 リックは不安を感じずにはいられないと今のところお荷物になっているナノを睨む。

 視線が痛い程、寧ろ身体中に穴が開くほど感じるナノは冷や汗をかきながら小さな声で謝罪した。

「チッ。さっさと取っ捕まえるぞ。」

 小屋へと歩み寄るリックを追い掛けてナノも準備を始める。

 懸賞首ダグラを捕まえるにあたっての作戦はこうだ。

 まず最初に小屋に潜伏しているのを小窓からナノが確認し、居ると判れば入り口に控えたリックが突入してダグラと倒す。

 簡単に倒すといっても相手は懸賞金を懸けられる程の悪党だ。

 きっと…いや絶対に攻撃してくるだろう。

 戦闘になることは予想済みだ。

 賞金首になる程なのだから本当に倒すことは難しいので、ナノが上手くダグラの背後に回って締め上げることになっている。

 この作戦はクランクが考案したもので、二人の能力を最大限に活かせるように組まれているお陰で捕らえられる確率も高い。

 それぞれ配置につき手順通りナノが小窓から中の様子を伺う。

 五秒程後にGOサインを出すとリックは古びたドアを蹴破った。

「お邪魔しまーす。」

 何ともふざけた口調で挨拶をする。

 いきなりの訪問者に中に居た人物は驚きで身体の動きを止めた。

 そして睨みながら観察を始める。

「誰だお前。」

「誰だろうと別にいいだろ。賞金首。」

 リックの狙いが判ったダグラは捕まるまいと近くの壁に立て掛けてあった大剣を鞘から抜き取り構えた。

 刃には錆にも似た赤黒い物が付着している。

 それが何なのか直ぐに察しがついた。

 一体何人の人が大剣の餌食となったのかと想像すればダグラの狂気に吐き気を覚える。

「おいマジかよ。なかなか気味の悪い趣味してるなオッサン!」

 挑発して相手の出方を窺いつつ腰に提げている剣を抜く。

 見た目だけで考えれば大剣の方が丈夫で殺傷能力も上だろう。

 剣同士がぶつかり合えば剣は枝のように折れるに違いない。

 だからなるべく相手の攻撃を避けようと考えて攻撃のタイミングを図る。

「ハハハッ、お前も俺の剣の餌食になりなァ!!」

 狂ったように笑いながら大剣を振り落とす。

 重量オーバーで床が抜けヒビが入ったのを見てリックは笑いつつ戦慄わななく。

 人類は戦闘民族だなんてよくいったもので、ダグラの場合民族なんてものじゃない。

 血に飢えた『獣』だ。

(ああには成りたくないものだ。)

 そう思いながらダグラの攻撃を回避し、隙在らば反撃する。

 大剣を振るっているというのに動きに無駄がないのは馴れもあるだろうが、相当の熟練者であるということも理解出来る。

 それに対して自分はただ喧嘩が強いだけのほぼ剣術初心者。

 初の剣での交戦から約一ヶ月は経ってはいるものの、剣を振るう機会なんてものは殆ど無かった。

 アンナから多少は教わっていたがそれも所詮は多少だ。

 熟練者の前では赤子に等しい。

「避けてばっかだなァ?俺の首欲しさに来たんだろうに…馬鹿ってやつァ可哀想だなァ、フヒヒッ。」

「あ゛?誰が馬鹿だってッ?!」

 大剣が空気を切り裂きながら横にスイングされるのを飛び退いて回避した後、下から上へと剣を振る。

 攻撃は届かなかったものの、切っ先はダグラの服を掠め破いた。

 それだけで状況なんてものは変わらないが剣を交え続けることで相手の体力を削ぐことは出来る。

 赤子が親を煩わせることを何てことなしにやってのけるように剣術が初心者でも相手を困らせることくらい出来る筈だ。

 リックはめげずに攻撃を回避をしては剣を振り、相変わらずダグラは変な笑い声を上げながら四方八方へと凶器を振り回す。

 大剣が家具や床、壁にぶつかる度に破損していった。

 ずっと戦い続ければその内この小屋も崩れてしまうんじゃないかと思ってしまうくらいの威力だ。

「オッサンのくせに……ッ!!」

 顔は笑っているが額に青筋が浮き出ているリックを見てダグラはケタケタと盛大に笑う。

「そのオッサンごときに手こずってる場合かァ?首、欲しいんだろォ??」

 ダグラは左手の人差し指でトントンと己の首を指す、かと思えばまた大剣を振り回し始めた。

(最初のときよりも疾くなってねぇか?)

 剣を避けながら冷静な思考がリックの動きを変えていく。

 相手が疾くなっているのなら自分も疾くなれば良い。

 生来こういう事には馴れていると自分を納得させながらダグラの攻撃のスピードについていく。

「ッへぇ、ただの小便小僧って訳でもねぇ様だな!」

 勢いよく降り下ろされる大剣を自身の剣が折れないよう上手く受け止めダグラに迫る。

 胸板に蹴りを一発お見舞いしようと狙いを定めて足を振り出すが、すんでのところで跳び退けられ空振りになってしまう。

 まぁそもそも殺しに来ているわけではないから攻撃が当たる当たらないはもうこの際関係ない。

 重要なのはことだ。

 体力切れが近づいているのか時間が経つにつれてだんだんと回避するのが難しくなってくる。

(大剣なんかじゃなけりゃ今頃捩じ伏せてたってのによ!)

 もう頃合いだろうとリックは剣を床に突き立てた。

「ナノ。」

「ハハァ?何言ってんだァてめェ?」

 大剣を振り上げトドメを刺そうとするダクラの表情は目を逸らしたくなる程歪んだ笑顔で、やっと鋼を喰らわせられる!と感嘆しているようだ。

 しかしだ、そこにもし予想もしない一撃が入ればどうなるだろう?

「ハィ…?」

 鈍い音が反響した頃には既に遅く、ダグラはガクリと腕を下ろし盛大に倒れた。

 その先にはいつの間にか侵入していたナノが佇んでいる。

 左手には細い鉄の棒を二本持っており、右手は前に差し出されていた。

 よく見るとダグラの側に一本の鉄の棒が転がっている。

「おじさん五月蝿いね。」

「……歳のわりに元気すぎるんだよ、このオッサン。あと小屋に入ってくるのおせーよ。」

「遅いも何も危ないんだもん。窓から入ることになってたけど剣がブンッ!てくるから侵入するタイミング取れなかったし、無事に入れても空の背中を見せてくれないから狙いにくいし!でもリックのアドバイスのお陰で何とかナイフ投げの応用が出来たから結果オーライだよ!!」

 ニコニコと笑いながらクルクルと鉄の棒を器用に回すナノ。

「まぁそうだな。ほら、ロープ貸せ。」

 言われた通りにロープを渡すとリックは気絶しているダグラをキツく縛り上げた。

 それを肩に担ぐと小屋から出て、少し離れた場所に置いてあった荷車へ乱暴に入れる。

 ナノもダグラの所有していた大剣を引きずりながら小屋を出た。

 翌日、リックとナノはの駐屯兵ににダグラの身柄を渡した。

 まさかと疑われたが、特徴や背格好が資料通りということで無事に懸賞金も受け取ることが出来た。

「早く宿に帰って寝よーっと!」

「なぁ。ずっと思ってたんだけどよ、その大剣って懸賞首の物だよな?」

 ナノは背中に背負っている大剣をちらりと見るとスキップをしだした。

「そうだよ!鍛冶屋に持っていって綺麗にしてもらおうと思ってさ~。」

 自分が使う気なのだろうか。

 それにしては到底扱えるとは思えない。

 リックは少し疑問を持ったままナノと一緒に宿へ帰っていった。

「あ、帰ってきた!お疲れー!!」

 宿泊している宿の前に大きく手を振る見慣れた男が一人。

「アンナだ!!ただいまー!」

 身内だと分かるとナノは駆け足で寄って行き、リックはひらひらと手を軽く振った。

「その様子だと無事に捕まえちゃったようだね。」

「まぁな。」

「うんうん。流石リックさん!男だね!!」

「それ関係あるのか?」

「ないね!」

 ドヤ顔で、しかも自信満々に言ってのけるアンナを軽視しながらリックは駐屯兵からの褒賞をナノに渡すと欠伸をしながら宿へと入っていった。

「これ見て!スッゴい強そうじゃない?!」

 ナノは背中に背負っていた物を下ろすと地面に突き立てて見せびらかす。

「何…その禍々しい大剣は。」

「拾い物!」

 そんな筈がないことは見て分かる。

 アンナは微妙な笑みで本当のところを尋ねてみたが、その答えがあまりにも非常識だった為に思わず軽い拳骨を食らわせてしまった。

「駐屯兵の方に返そうね。」

「鍛え直して売れば高くつくと思うんだけど、どうかな?」

 金銭に困っている事に漬け込んでの発言。

勿論ナノは売るつもりなんてこれっぽっちもない。

「……困ったなぁ。」

(こんなもの誰が扱うっていうんだよ…。)

 ナノの我儘にアンナは頭を悩ませた。

(……こっそり売っちゃうか。)

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