一章

協力

 全員同じ宿を取っていたお陰で話をするのに外で集合せずに済んだ。

 比較的他の宿屋と比べて価格が安いこの宿は部屋も多く食事も美味しい。

 同じ宿に宿泊してまったのもそこまで不思議ではなかった。

 ひとまず各自部屋に戻って明日ここを出る準備をすることになったうちの一人、クランクはこれからのことを考えていた。

 荷物を最小限に抑えていた彼の支度はものの数分で終わってしまいもうすることがなくなっていたのだ。

 部屋に備え付けられている木製の安っぽい椅子に腰掛け眼を瞑る。

 つい最近の事だ。

 いつもの時間に起き、いつもと同じ朝食を食べ、いつも通り昼になると自分よりまだ未成熟な子供達が様々なことを自分から学ぶために訪れる。

 それがクランクの日常だった。

 小さな家ながらも親に恵まれて育ったクランクは幼い頃から沢山の書籍や文献などに触れていた。

 父親が王都にある学校の講師だったこともあり、暇さえあれば父親の仕事場へ着いて行き遠目ではあるがその仕事ぶりを見ていた。

 そうしているうちに自分もいつか父親のようになりたいと思うようになった。

 その為にもクランクは一生懸命頭に入るだけの知識、語学能力、数学力を身に付けた。

「少しでも父親に近づけたら。」

 そう思うだけでクランクは嫌になっても学ぶことを続けられた。


 齢十六の頃。

 クランクの元に小さな少女が訪れてきた。

 訪ね先を間違えたのかと思った彼は

「家には今誰もいないよ。」

とだけ言い家の中に引っ込んでしまった。

 しかし間違えてはいないと主張するかのように家の戸がドンドンと音が鳴る。

 再び戸を開くとやっぱりあの少女が佇んでいた。

「何のご用です?」

 背の低い子を見下げるのも疲れると思い身を屈めて少女の目線に合わせる。

 少女は服の袖を握りながらクランクを見つめて話した。

「わたしに文字をおしえてください。」

 それだけだった。

 理由を訊くと少女は遠く離れて住む祖母に手紙を書きたいのだとか。

 手紙というワードを聞いて自分もしばらく手紙をしたためていないなと気づく。

「…丁度僕も手紙を書こうと思っていたんだ。そういうことなら一緒に手紙を書こうか。」

 クランクの言葉に少女は眼を輝かせ満面の笑みで返事をした。

 少女を家の中に招き椅子に腰掛けさせる。

 直ぐに戻ってくるからとクランクは自室へ戻り、机に仕舞い込んでしまっている封筒と便箋、ペンを二人分持って少女の待つ部屋へと帰ってきた。

 少女の向かいに腰を下ろすとペンと何枚かの便箋を渡す。

「まずは文字だね。見本を何個か書くから少し待っていて。」

 こくんと頷くのを確認するとクランクはペンを握り便箋に幾つかの単語を書き込んだ。

 どれも小さな子には馴染みのある言葉だ。

 書き終えると少女に渡した。

 そして書いた単語がどう読むのかを幼い子が分かりやすいように簡単な言葉で説明する。

 真面目にクランクの説明を聞く少女は数回頷くとペンを取ってクランクの書いた文字を渡された便箋に写した。

「これは。この一つでって呼ぶんだ。」

「へぇ~、じゃあこっちの方はなんだ!」

「そういうこと。」

 少女は非常に物分かりがよく直ぐに文字を覚えてしまった。

 基本的な言葉を教え終ると早速手紙を書く作業に取り掛かった。

 クランクは一言少女に思ったことをそのまま書くとより相手に伝わりやすいと教えた。

 カリカリとペンが紙を擦る音だけが部屋を包んだ。

 手紙を書くときはお互い何も話さずに、手紙を渡す相手のことを考えながら言葉を紡ぐ。

 クランクは父親宛に手紙を書いた。

 母親は毎日元気よく仕事場へ奉仕をしに出掛けることや、最近の村の様子、今度会ったときの約束、自分の話。

 書きたいことがありすぎでどの順番で書けばいいのか少し迷ってしまう。

 手が止まっていると前から

「書けた!」

と明るい声が聞こえた。

 どうやら少女は書き終えたようだった。

 クランクは一旦ペンを置き便箋と一緒に置いてあった封筒を少女に渡した。

「送り主の住所は分かるの?」

「うん、大丈夫!」

 その言葉を聞いて安心したクランクはまたペンを持って便箋に文を綴りだした。

 まだ書きたいことは纏まってはいないのに。

 すぐ宛先を書き終わった少女は封筒に沢山の思いが込められているであろう便箋を入れる。

 カタンと椅子が動く音と一緒に少女が椅子から降りた。

「お兄ちゃん。文字を教えてくれてありがとう!」

 少女の方を向くとペコリと頭を下げられていた。

 クランクは微笑みながら顔をあげさせると少女の頭を撫でた。

「礼には及ばないさ。手紙、届くといいね。」

「うん!」

 その日を境に少女はよくクランクの家を訪ねるようになった。

 少女は文字以外にも何か教えてと言ってクランクの元を通うようになったのだ。

 彼もそれを了承して少女に沢山のことを教えた。

 幼い頃にいつか父親のようになりたいと思っていた。

 それがこのような形で叶ってしまったことに嬉しく思ったのをクランクは今も忘れていない。

 この少女がきっかけでクランクの評判はたちまち広がり、少しずつだが彼の家に訪れる子供の数が増えた。

 子供が増える度に彼も子供達と接することに楽しみを抱いていた。

 いつからかクランクは「兄ちゃん先生」と呼ばれるようになった。

 外国語に興味がある子、計算が得意な子、歴史が好きな子、様々な子が教えを請う。

 その度にクランクは丁寧且つ分かりやすく教えた。

 そんな平和な日常が何年か流れたある日、一通の手紙が送られた。

 最初は父親からの手紙かと思った。

 しかし封筒にはあまり目にしない印が捺されている。

 封を切れば二枚の紙が入っていた。

『任務通知書』

 一枚目の最初に書かれていたのはそんな言葉だった。

 視線を下へと移動すると丁寧な字で文が書かれていた。

 “貴殿に勇者の号と共にエリザベート姫救出の命を与える。”

 更に下へと移動させると送り主のであろう人の名前が記入されていた。

「…現国王、ナディ五世。」

 急いで二枚目を確認するとそれは城への召喚状だった。

 噂で国の姫が拐われたということは耳にしていた。

 クランクは厳重な警備で保護されているはずなのだから嘘に決まっていると思っていた。

 手紙を見た限りどうやら本当の事だったようだ。

 何故自分が勇者に選ばれたのか分からない。

 それでも姫を助けるのは国民としての義務なのではないかと思った。

 登城の日付は今日から丁度一週間後。

 ここの集落から王城のある首都まで急いで行っても六日はかかる。

 クランクは直ぐに支度を始めた。

 必要最低限のものだけを鞄の中にいれ、できるだけ荷物を軽くする。

 手紙が届いたのは朝だ。

 気づくと用意をしはじめてから時間はとっくに昼を回っていた。

 幸いなことに今日は休日で子供達が来ることはない。

 少し遅い昼食を摂ると明日はここに訪れるであろう子供達へ置き手紙を書いた。

 目立つところにそれを置くと飛び出すように家を出た。


 コンコンと扉をノックする音で意識が戻ってきた。

 どうやらいつの間にか眠っていたようだ。

 クランクが返事を返すと勢いよく扉が開かれた。

「アンナが食堂にこいだって!」

 アンナを知っていてこんなに元気なヤツはクランクの知る限り一人しかいない。

「わかった。あと、うるさい!」

 本日二度目の喝。

 訪れたナノは眉をハの字に変えて謝った。

 その姿を確り見届けると椅子から立ち上がりナノを横切って食堂へと向かった。

 後から急いで追いかけてくるナノ。

 集落にいた子供達と姿が重なって見えた。

 隣に並んで歩く彼の頭を無造作に撫でる。

 最初は吃驚していたものの徐々に頬を緩めてナノは笑った。

 そうこうしているうちに二人は集合場所の食堂に着いた。

 まずアンナの姿を探す。

 食堂には沢山の客が入っていてなかなか見つけられない。

 全体を見渡し終る頃にやっとアンナを発見した。

 沢山の人を掻き分けてアンナの元へと向かう。

「やっと来た!君で最後だよ。」

 王城での口調とは違った砕けた言い方だったため、クランクは見間違いかと一瞬だけ錯覚した。

 笑顔でアンナにそう言われた通り、他のメンバーは既に揃っている。

 リックがちゃんとここに来たことがクランクは少し以外に思った。

「君の席はヘレンさんの隣だよ。ナノさんも呼びに行ってくれありがと!」

「いえいえ~。」

 アンナの言われた通りにクランクはヘレンの隣に座る。

 ナノの席はミュールとリックの隣だ。

 アンバランスな組み合わせにクランクは少し笑いそうになるのを堪えた。

「それじゃ、全員揃ったってことで!まずは自己紹介からいきましょうか。」

 この場の司会進行はアンナが取り仕切ってくれるようだ。

「俺はアンナっていいます!そうだね…得意分野は剣術かな。でも自己流だから下手くそかも!!」

((そんなに明るく「下手くそかも」と言われても…。))

 テンションが上がっているアンナにもう既に着いていけていない人が四人も出てきた。

 そんな彼らを無視してアンナは話し出す。

「これでも正義感は人一倍あるから!これからよろしくお願いします!!という感じで次ヘレンさん!」

 急に振られたヘレンはギョッとした表情で固まっていた。

「えぇ!!俺なの?!……名前はヘレン。まだ俺より綺麗な人を見たことがないから見つけたら教えてね。はい次ナノ。」

 アッサリした自己紹介を終えてヘレンはナノを指名した。

 ナノは嬉しそうに返事をすると元気よく自己紹介を始めた。

「ナノです!最近ハマっていることは大道芸!!今は道具を持ってきてないけど近いうちにジャグリングをお披露目したいと思っていまーす!!」

 ジャグリングのジェスチャーをしながらそう言うナノ。

 よろしく!と最後を纏めると次にミュールが指名された。

「え…と、ミュール…です。こんな性格なんで困らせてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。」

 言葉を改まっているのか敬語での自己紹介となっていた。

 取り付けたような紹介で言っていたのだがこう見えて弓が得意らしい。

 次にミュールが指名したのはリックだった。

 どうやらクランクが一番最後のようだ。

「名前はもう知ってんだろ。あと、もし戦闘をする羽目になったら俺は前衛に入るからな。次。」

 前衛に自ら入ってくれるのは助かるなと思いつつクランクは自己紹介を始めた。

「僕はクランク。物理的な力では虫みたいな弱さだからさ、頭を使うポジションに出来れば立ちたい。それと、これは別の話になるんだけど僕が食べる料理にピクルスは入れないでくれよ?絶対にだからな。」

 念を押すと隣の人物がニヤリと笑っていたことに気づいたクランクは要注意しようと思った。

 自己紹介が終わったところでまたアンナが話しを始めた。

 今後の行動についてだ。

 あの王太子の言う通り姫を拐っていった者の情報はあまりにも少なかった。

 これからの自分達の行動で救出が早くも遅くもなる。

 どうしたいかなんて前者に決まっている。

 でもやっぱりその為の情報が足りていなかった。

 クランクはしばらく考える。

 これは国に関わるような事件だ。

 消去法でこの国を疎ましく思う国等を探りだした。

 しかし彼が知っているこの国の外交相手の国家は何処もそのようなことをするような国ではない。

 なら外部の仕業か。

 他国にもスポットを当ててまた考える。

 しばらくして近年列強の国と並ぶほどに力をつけた小国があったことを思い出した。

 その国の異常な程の急成長振りは各国を震撼させた。

 いずれは征服をと目論んでいるのではないか。

 そう囁かれることもあった。

 もしそうなのならば姫を拐って剣を交える発端にでもしようとしたのか。

 でもそれは考えにくい理由だった。

 戦をしたいなら姫など別に拐わなくてもいい。

 直接攻撃を仕掛けて宣戦布告をすればいいだけの話だからだ。

 まさかとは思うが個人が拐った可能性も否めない。

 そう考えては振り出しに戻ってしまうクランクは取り敢えずの方針として提案をした。

「ここはひとまず王都を離れて隣の都市に移動したほうが得策だと思うのだが…どうだろう?」

「この都市での情報収集がまだだ。それなのにもう都市を出るのは少し早いんじゃねーか?」

 反対意見を言ったのはリックだった。

 以外だと思いつつそんなことはないとクランクは説明した。

「この都市での情報収集なら王都に入ったとき既にしてある。僕が聞いた限りでは誘拐犯を見たもの自体いなかった。手懸かりとなるような情報も得られなかったよ。」

 クランクの話にすんなり納得したのか今度は言い返さなかった。

 見た者がいないとまで言われてしまえば確かに情報の集めようがない。

「偽の情報で撹乱される可能性もあるし、ここは早めに移動を始めるのがいいと思うんだ。」

 そう締め括るとヘレンもクランクの意見に賛同した。

「お姫様を拐ったほどの人物だし、何を仕掛けてくるか分からない。クランクの言う通りにしようよ。」

「さんせーい!」

 ナノが手を挙げながらこれまた元気に返事をする。

 空気が読めないのかと一度は思ったが重くなっていた空気が軽くなったことに関しては皆感謝した。

 「それじゃあ、明日から早速姫救出の旅を始めますか。」

 静観していたアンナはそう言ってこの場を締め括った。


 難しい話は分からないけれどクランクは頭がいいから言うことを聞いていれば間違いない。

 ナノはそう思っていた。

 昔から難しいことは嫌いで楽しいことが大好きだった。

 だから面白そうなことには何でも挑戦した。

 今回の勇者の件も乗り気だった。

 それにもう既に楽しいことになっている。

 明日から隣の都市に姫を拐った誘拐犯の情報を集めにいくことになった。

「楽しみだなぁ!」

 食事を終えて自室のベッドでゴロゴロと体を動かしていると壁が音を立てた。

「暴れるなら外に行け!!」

 隣の部屋に止まっているリックの怒鳴り声も聞こえてきた。

 ナノはシュンとした表情で体を動かすのを止めると大人しくベッドの中に入った。

「リックって恐いよな…。」

 それっきりナノの声は聞こえなくなった。

 次の日の早朝。

 勇者御一行は宿の入り口に集合していた。

「こんなに早く出発しなくても…。」

 眠そうに目を擦るミュールが小さな声で文句を言う。

 隣にいたアンナは苦笑しながら彼を見ていた。

「全員揃っているし、そろそろ出発しよう。」

 手に地図を持ったクランクが声を掛けると各々おのおの荷物を肩に担いで出発した。

 周りは静まっていて、まだ住民が眠っているのだろうと想像させる。

 毎日元気なナノをも静かにさせる程の静寂だった。

 後数時間もすれば皆は起きて仕事を始める。

 そしていつものように人と交流するのだろう。

「平和だねぇ。」

 ナノはそれだけしか言えなかった。

「平和、ねぇ…そうとも言えないと思うけど?」

 ヘレンの言葉に一同が身を固めた。

 何故なら目の前には盗賊らしき姿をした男達が鋭利な刃物を向けているから。

 姫救出の旅初日から賊に襲われるなんてついていない。

 全くついていない。

「君たち、こんなところで何してるの?もしくは何するつもり?」

 腰に携えた剣の柄に手を添えて構えながらアンナは尋ねた。

 しかし男達は何も話そうとはせずに、ただ不気味な笑みを浮かべるだけだ。

 それでもアンナはじっと相手の動きを窺った。

 その隣にリックが静かに並ぶ。

「襲ってくれば容赦しなくていい。」

 皆に伝えながら遂にアンナは剣を抜いた。

 その瞬間を待っていたとでもいうのか。

 男達は剣を振り上げながらアンナ達に襲いかかってきた。

 交戦するしかなさそうだ。

 ナノやリックも抜剣して男の攻撃を防ぐ。

 剣を弾き、また自分も攻撃を加えた。

 振ったこともなければ持ったこともない武器の重量に腕の筋肉がじょじょに疲れを感じているのがすぐ分かった。

 しかし目の前の敵は休ませてなどくれない。

 自分が疲弊していくに従って相手の攻撃はより強く感じるようになる。

 石ころを踵で踏んだせいでナノが足が滑り尻餅をついた。

 上を見たときにはもう男は剣を振り下ろしていて…。

「っ!」

 終わった。

 ナノは目を瞑り自身の皮と肉が斬りつけられる恐怖を待った。

「ぐぇっ…。」

「は…?」

 待ったにも関わらず斬撃の代わりにドサリと目の前の男が倒れる。

 倒れた男の背中には一本の矢が深々と刺さっていた。

「危なかった…。」

 前へ顔を向けると弓を構えていたミュールがいた。

 ナノは声をかけようとしたが止める。

 彼は既に他の男達へ矢を放とうとしていたからだ。

 お礼は後にしよう。

 そう思い、剣を地面に突き立て支えにして立ち上がると隣から別の男が襲いかかってきた。

 一度自分の握る剣を眺める。

「…こんな物で攻撃しようとするから負けちゃうんだ。」

 ナノは剣を捨てるや否や男の腹に思いきり肩で体当たりをした。

 予想していなかった行動に男が体をよろめかせると更にナノはしなやかな脚で男の頭を蹴り落とす。

 地面に叩き倒された男は気絶したのか起き上がることはなかった。

 丁度同じ頃にクランクやヘレンも相手を倒していた。

「はぁ、はぁ。何なんだ一体。」

 クランクは倒れた男を睨む。

「さぁ、ね。まさかお姫様を拐った人と関係あったりする?」

 ヘレンが彼に問うと眉を寄せられた。

「…無い、とは言い切れない。取り敢えず生きてる奴等は何処かに縛り付けておこう。」

 アンナ、リックも男を倒し終えると、伸びきった男達を一纏めにして細い荒縄で拘束した。

「恐らく顔の知れた盗賊だろうから見つけた住人が通報するだろう。しかし厄介だな。」

 そう言ってクランクが険しい表情になると同時に同じことを考えていたのかリックが発言する。

「誘拐犯との繋がりがある可能性がある。棟梁らしい奴だけ連れていくか?」

「…力試しとも考えられる。連れて行って下手な真似されても困るし。」

 アンナは盗賊達を見下ろしながらリックに応えた。

 話し合った結果、盗賊達は置いて行き自分達はさっさと目的地に向かうことになった。

 目先の情報よりも時間を取ったのだ。

 隣の都市までは早くても半日はかかるし、こんなところで足止めを食らっていては到着時間が夜中になってしまう。

 陽が昇っているうちに進もうという意見がそうさせた。

 放置された盗賊達はこの後町の駐屯兵に発見、捕縛し聴取した結果、ただの盗人だったということは勇者一行に知らされることはなかった。

 勇者達は今まで止まっていた足を前へと動かし始める。

「ミュール!」

 ナノは呼び掛けるとミュールの隣を歩きだした。

「……何。」

 先程盗賊と戦っていたというのにまだ眠いのか目を細めている。

 そんなことも気に止めずナノはミュールに話しかけた。

「さっきはありがとう。僕もう死ぬかと思っちゃったけど、助かったよ!」

「…チームプレーは大事って昨日アンナが言ってた。」

 照れ隠しでそうは言ったもののミュールの白い肌は少しだけ紅く染まっていた。

 きっとお礼を言われたことが嬉しかったのだろう。

 それに気づいたナノは笑顔で

「また危なくなったら助けてね!」

と彼を頼った。

 ちょうどその時二人の数歩先を歩くアンナとクランクは真面目な話を展開していた。

「昨日はあぁ言ったが、やはり先程のことを考えると剣術は必要だ。僕に剣を指南してくれないだろうか。」

「そうだね。もう誰も襲ってこないなんてことはあり得ないし、俺で良ければ指導させてもらうよ。」

「すまない。」

 頭を使うポジションなんて言ってはいられない現実を体験したクランクなりの善処する方法だった。

 彼もまたミュールの弓に助けられた一人だ。

 今度は自分の力で勝つ。

 クランクの決心は自身の成長を前進させた。

「あぁっ!服に染みが!!」

 一方、後方を歩いていたヘレンが小さな悲鳴を上げる。

 隣を歩くリックは舌打ちをかました。

「そんなことでイチイチ声を上げるな。染みが出来たって死にやしねぇよ。」

 リックの言葉にヘレンはカチンときたのか鬼の形相で怒りはじめた。

「何言ってんの!この服高かったんだよ?!俺の為に作られたような服に染みだなんて…あり得ない!!」

「アホか…。」

 理不尽な怒りの矛先が自分に向けられ呆れるしかないリックは溜め息混じりで応えた。

 ヘレンはその対応に益々怒りを増幅させる。

「あんたみたいな不良は何で俺の存在価値を分からないんだ!今からでもいい!分かれよ!!理解しろよ!!」

 流石、自分大好き人間。

 という言葉は飲み込み、リックは呆れた表情を維持したまま返事を返した。

「お前のその底無しの自分溺愛精神は死んでも理解に困るな。」

「んだとぉ?!」

「ほら、今のお前の方が俺より不良だぞ。」

 そう指摘してやれば喚き散らしていたヘレンは顔を逸らして舌打ちを打った。

(こいつの相手は誰よりも疲れそうだ。)

 心中でそう思ったリックは早朝にも関わらず大きな溜め息を吐いた。

 簡単な相関図が出来上がった頃には街が活気づいてきていた。

 同時に王都とその外を繋ぐ壁門が見えてくる。

「そういえば皆は通行証はちゃんと持ってる?」

 通行証とはこの王都に入る時に渡されるパスポートのようなものだ。

 アンナの質問に「うん」やら「あぁ」等の返事が返る。

 しかし一人返事が出来ていない者がいた。

「待って待って、今探してるから。」

 ごそごそと荷物を探っているのはナノだった。

 どうやら彼は持っているのかいないのかわからないらしい。

「おっかしいなぁ。確かに鞄の中に仕舞っておいたんだけど…。」

 門は直ぐそこにあるのに通行証一つでまた足を止められるとは誰も思っていなかっただろう。

「これじゃなくて、えっと。」

 台詞から通行証が見当たらないことが窺える。

「まさか無いなんてことはないよな?」

 通行証がないとこの街から出ることは出来ない。

 クランクが厳しく訊くとナノは笑いながら顔を真っ青に変えた。

 つまり、そういうことだ。

「ごめん…なさい。」

 ナノは今にも泣きそうになりながら謝る。

 泣いてしまったらどうしようとオロオロ慌てているアンナ以外は固まって話し合いを行った。

「このままじゃここから出られねぇぞ。」

「何処かに穴とか空いてないわけ?」

「空いていたら大問題だ!…しかしこんな状況ではそう言いたくもなるな。」

「…旅終了。」

 ミュールの一言に固まっている他三人は同時に溜め息を吐いた。

 リックに関しては二回目だ。

 この問題を解決しなければミュールの言う通りになってしまう。

「大丈夫だよナノさん!…この手は使いたくなかったけど、これも正義の為と思えばっ!!」

 このアンナの言葉にリックが反応した。

「何か案があるのか?」

「あるけど、これは俺達だけじゃ成し得ない方法だ。」

 してその案とは一体何なのか。


「通行証の提示をお願いします。」

 門番の兵士に促され勇者達は確りと自分の通行証を見せた。

 何の問題もなく一人、また一人と壁門を潜っていく。

 全員が潜り終えると、彼等は商家が来るのを待った。

 大きな荷物を荷車に乗せた商家が門を潜ろうとしている。

「待て、荷馬車に何を積んでいる?」

 そのまま通してくれると思っていた商家は驚きつつも笑顔で答えた。

「荷馬車には他国との貿易で得た商品を詰めております。」

「確認の為少し拝見させてもらう。」

 兵士は荷馬車に積んである荷物を調べだした。

 商家は胸を押さえながらその様子を眺めている。

「……よし、通ってもいいぞ。」

 調べ終えた兵士は笑って商家の荷馬車から離れ後ろに並ぶ人達のところへと行ってしまった。

 勇者達が門の外で見守っていた商家が冷や汗をかきながら寄ってくる。

「あんた達も恐ろしいことをさせてくれるよ。」

「すみません。でも助かりました。」

 アンナはペコリと深く頭を下げると話していた商家の長が労いの言葉をかけた。

 彼が提案した方法は荷馬車を持っている人達にナノを兵に気づかれずに街から出させるというものだった。

 勇者とは到底思えない行動だが、「仕方の無いことだ」と偶々出逢った気の良い商家の長が協力してくれることになった。

「まぁ姫さんを助けにいく勇者様なわけだしな。商売人としては仲良くさせてもらえたいい機会だったよ。今後ともピッコロ商社をご贔屓に!」

 二人が会話を済ませている内にリックとミュールが荷馬車のに隠れていたナノを引きずり出していた。

 地面と密接していたお陰でナノは砂埃を被っている。

 小さな咳をしながらナノが二人を支えに立ち上がった。

「アンナって本当は東の国に存在しているニンジャとかなんとかじゃないの?」

「ニンジャでもナンジャでもいいから後でちゃんと礼言っとけよ。」

 リックに背中の埃をはたかれるとナノは大きく腕を動かした。

 荷馬車の背面にしがみついていたせいで腕やら足やらが痛いのだろう。

 関節を鳴らしながら体をほぐした。

(初日から、しかも朝からハプニングが起きてはこれから先が思いやられる。)

 クランクは目眩が起こりそうだと眉間を押さえた。

「さてと。ナノさんも無事に外に出られることが出来たし、先を急ごう。」

 さっさと歩き出したアンナを追って他のメンバーもまた足を動かす。

 宿を出てから助けられてばかりのナノはアンナにお礼を言った後、騒ぐこと無く後を着いていった。

 一時間もすればまたペチャクチャとお喋りをし始めるのがオチなことは全員が承知している。

「一番の厄介者はナノで決まりだな。」

「クランクってばヒドイよ?!」

「ヒドイ目に遭っているのは僕たちの方だ!」

 ナノとクランクの口喧嘩をヘレンは頭の後ろで手を組ながら眺めていた。

「五月蝿いねー。」

 わざと聞こえる程大きな声で言ったのにもかかわらず、当の二人は口論に夢中で全く聞こえていなかった。

 呆れているとミュールの笑い声が聞こえてきた。

「仲良し。」

「……そうだね。」

 確かにそうだとヘレンもつられて笑った。

「おいナノ。」

「何、リック?」

「次の休憩所で昨日言ってたジャグリングを披露しろよ。士気高めるためにもよ。」

 彼も頭の回転が早い。

 この短時間で性質をよく理解している。

「わかった!」

 ナノは元気よく返事を返した。

昨日、「リックって恐いよな…」と自分で言っていた事を忘れてしまったくらいに。

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