これこそ勇者の愉快なクエスト!
飯杜菜寛
序章
始まり
聖暦100年、アトランの地にて───。
王城は危機に瀕していた。
何処からともなくヤツは現れ、金品等には目もくれずに真っ直ぐ彼女の元へと歩みを進める。
兵士達が束になってヤツを止めようとしても蚊でも払うかのようにあしらわれてしまい手も足もでない状態でいた。
静かな足音が彼女に近づく。
ヤツが兵士達を払い除けたお陰でもう誰も彼女を護る者はいない。
扉に手をかけ少し強く押せばギィィと木の軋む音と共に扉は開かれた。
広い部屋の奥には恐怖で震える人影が一人。
彼女こそがこの国の姫であり城の主の娘であった。
「俺とこい!」
姫の手首を強く掴むと一瞬のうちに不思議な光が二人を包み、そして姿を消した。
王はこの事に際し姫を救うに値する男児6人を国民から選別し、王城に召喚した。
選ばれた6人は『勇者』の称号を与えられ国民からもそう呼ばれるようになった。
そして彼らは王と対面の時を迎える。
一人目の『勇者』、アンナ。
正義感の溢れた青年だ。
世の為人の為に毎日善行を行い、困っている者を見つければ必ず救う。
まさに勇者の名に相応しい者だ。
しかし欠点が一点。
名前しか知らないものには必ず女性と間違われてしまう。
本人は気にしていない“フリ”をしている。
二人目の『勇者』、クランク。
生真面目(悪く言えば堅物)な青年だ。
勉学に優れ、近所の子供達に文字や簡単な計算問題から歴史に社会経済まで、求められれば教えた博識人。
子供達からは「兄ちゃん先生」という愛称で呼ばれている。
嫌いな食べ物はピクルス。
味がどうにも口に合わないらしい。
三人目の『勇者』、ナノ。
何事にも活発な青年だ。
あらゆるものに興味を持ち、何事にも挑戦しようとする元気旺盛なところが周りの人達を元気付けていた。
その為、彼がしょぼくれているとその日一日彼が住んでいる村全体が静まり返ってしまうこともある。
最近のマイブームは大道芸だとか。
四人目の『勇者』、ヘレン。
色気が半端ない青年だ。
己の美貌がどの様に他人に影響するのかよく解っているナルシストで、一匹狼状態を憧れてはいるがなろうとはしない。
「来るもの拒まず去るもの追わず」が彼の教訓。
美容に関してなら貴族と大して変わらない額を投資している。
なのにどうしてか金には困っていない。
五人目の『勇者』、ミュール。
不健康な体つきの青年だ。
長年の自室暮らしで培った気だるげな行動は、苛立ちを通り越えて諦めを呼び込むと専らの評判だ。
本人は「みんな優しいから何でもしてくれる」と何か勘違いをしている。
唯一の特技は矢を射つこと。
何処で習得したのかは不明。
だが腕は確か。
六人目の『勇者』、リック。
ヤンキー気質な青年だ。
喧嘩が強い、口が悪い、眼が恐いの三拍子を兼ね備えているご当地ヤンキーで、未だ喧嘩に関しては負けたことがない。
文句を言いつつも結局は頼まれてしまう悪役になりきれない奴。
根は良いのだが、どうしても見た目と素行のお陰で勘違いされることもしばしば…。
そんな個性溢れる勇者が謁見の間に並んで立っているわけだが、王が一向に姿を現していない状態だった。
「お体が優れないのだろうか…。」
アンナが心配そうに玉座を眺めながら呟く。
それに続いてクランクが口を開いた。
「そんなことはないだろう。大物は後から来るものなのだよ。」
「へぇ~!じゃあ僕も大物になったらさ、王さまに呼ばれても遅れて来ていいの?!」
子供じみた発言をしたのはナノだった。
ナノの発言にクランクは厳しくも軽く
「そんなわけがあるか!」
と叱咤した。
「眉間に皺が寄ってるよクランク君。痕になっちゃうから止めた方がいいと思うな。」
トントンと己の眉間を指でつつきながらそう言ったのはヘレン。
彼の爪にはネイルアートが施されていて、それが天井に吊るされているシャンデリアの光を反射して輝いている。
「……早く帰りたい…。」
ミュールは唇を尖らせながら俯いていた。
早速ホームシックに陥っているようだ。
「チィッ!人呼んでおいてこれかよ!俺らをバカにしてんのか?ここのぼんくらキングはよぉ。」
もうキレてしまっているリックは広間の隅に配置されている兵士達にガンを飛ばしている。
その様子を見て「どうりで不審者の侵入を許してしまうわけだ」と一人納得する。
このように各々が好き勝手にものを言っていると、待ち兼ねていた王が登場した。
六人に緊張が走る。
何処にでもいそうな王だった。
王は玉座にドッカリ座ると喋りだした。
「お前達を呼び出したのは他でもない。我が娘、エリザベートの救出をそなた等に頼みたいからだ。よいか、必ずや姫を取り戻してくるのだ!!」
そう言いきって六人の承認の言葉を待った。
これは王命だ。
彼らは「勇者」という名の王の娘を救う兵士で、王の命令は絶対で拒むことは許されない。
「はっ!必ずや姫を助け出してみせます!」
「畏まりました。」
「えっへん、この僕にまっかせなさーい!!」
アンナ、クランク、ナノはイエスと答えた。
普通はこうある筈なのだ。
だからだろう。
残り三人の発言に王を含めた他の者達が動揺した。
「え~?お断りするわ。」
「……ムリ」
「何で遅刻者にエラっそーに命令されなきゃなんねーんだよ。俺パス。」
ヘレン、ミュール、リックはノーを提示したのだ。
部屋に配備された兵は一斉に三人へ持っている槍の切っ先を向ける。
そんな待遇を受けているにも関わらず怯えた様子を見せない。
「ほぉ。その理由は?」
王は目を細めてその理由を聞いた。
「お姫様を助けに行くってことはさぁ、きっと野営とかもあるんでしょ?町が見つからなかったり金が足りなかったりって理由でさ。俺そんなの耐えられない!肌荒れるし!汚れるし!それに病気になっちゃったらどうすんの?!」
目を見開き口を歪め顔色を蒼白に変えて物凄い形相で王に訴えかけるヘレン。
ヘレンは自分が大好きだ。
何よりも大切だと思っている。
そんな自分を粗野に扱うことなんて到底出来ない。
それが彼の主張だ。
まぁ、最後の「病気になっちゃったらどうすんの?!」という言葉には誰もが共感してしまったことは秘密である。
続いてミュールが周りを気にしながら細々と話し出す。
「だって……そもそも何で僕が勇者に選ばれたのかわからないし。それに、兵隊さんでも敵わなかった相手なんでしょ?こんな貧弱な僕が勝てるわけないじゃん…。」
ミュールの言っていることはこの場に召喚された勇者全員に言えたことだった。
まだ彼らは何故自分達が勇者に選ばれたのか知らない。
勇者に必要なステータスを持ち合わせていたのか、はたまた知らない者だからこそ犠牲に出来たからなのか。
共通点といえば六人とも王都の郊外に住んでいた者だったこと、兵士ではないことだ。
この国には兵役というものがない。
王家と国民と国を守る兵達は自ら志願し力を得た者達ばかりだ。
しかしこの場に呼ばれた勇者達は兵士になることを志願していなかった。
物理的に強くなる必要が無かったからである。
それ故に兵士達が大人数でかかっても敵わなかった相手を彼らが倒せるわけがないのだ。
正論を突きつけられ王が小さく呻く。
最後に畳み掛けてきたのはリックだった。
「コイツらの言ってることもそうだが、簡潔に言ってしまえば面倒だ!自分の家族ぐらい自分で取り返してこいってんだ、全く。」
最後に盛大な舌打ちをかまして話は終えた。
全ての話を聞き終わった直後ガタンと大きな音を立てて王は玉座から立ち上がった。
そして一言。
「それが出来ていればこんなところでお前達と会ってなどおらぬわ!」
先程の枯れた声とは真逆の瑞々しい声音が広間に響いた。
流石にこれには驚き勇者達は背筋を伸ばし王を見つめる。
それなのにそこには王は居らず、代わりに自分達と大して歳の変わらない青年が仁王立ちをしていた。
訳が分からない。
王は何処に消えてしまったんだ。
周りの目によって自分がどの様な姿になっているのかようやく理解した若き王は溜め息を吐いた。
「父は…王は姫が拐われてしまった日から床に伏せていらっしゃる。そんなことが他国に知られてみろ。我が国は直ぐにでも攻め込まれて終わりだ。だからこうして…クソッ、貴様らのせいで術を解いてしまったではないか。」
正体を曝したかと思えば生意気な口調。
更に彼は王を父と呼んだ。
ということはこの青年は王の息子なのだろう。
「こ、これは王太子殿下!お初にお目にかかります!!」
真っ先に反応したのはアンナだった。
「私は先程からずっと君達を見ていたけどね。」
眉を寄せてジロリと六人を眺める。
完全にご立腹だ。
いくら王に成り変わっていたとはいえ彼は今現王に代わり政務をこなしている。
彼の命令は王の勅旨とも言えた。
それを拒否するなどあってはならぬことだ。
にも関わらずこうも言い訳を並べられてしまえば怒りたくもなる。
怒鳴りたくなる気持ちを抑えながら若年王はヘレン、ミュール、リックに尋ねた。
「そんなに嫌なのか。何でも好きなものを褒美として取らそうと思っていたのだが…。それでも断るか?」
三人の眼が一瞬だけ揺れたのを王太子は見逃さなかった。
何て意思の弱い奴らだと鼻で笑う。
「ヘレン、君にはこの国随一の美容施設に何時でも入れるようにしてやろうと思ったのだがなぁ。」
「え?本当?!じゃあ頑張ろっかなぁ!」
ウキウキとしながら少し前の態度と打って変わった。
「ミュールにはそうだな……今後の生活のためにも侍女をつけさせよう。君を生活をより楽にしてくれるぞ?」
「!……わかった。」
これまたあっさりと意思を引っくるめてしまった。
残っているのはリックだけだ。
「さて、君は何が欲しい?君の望むものが思い当たらなくて申し訳無いのだけど…。」
まじまじとリックを見つめる。
リックも負けじと見つめ返す。
見つめ合いはしばらくして睨み合いに変わり両者とも話そうとしない。
ピリピリとした空気になったのも束の間、リックが諦めたように喋りだした。
「俺の家は家族が多い、五年分の食糧で十分だ。」
王太子は口端を上げて玉座に座り直すと近くに控えていた兵士に何かを持ってこさせる。
六人の前に棺のような箱を二つ、くすんだ白の袋が人数分用意された。
ナノが好奇心で箱を両方開けると中には剣と鎧がこれまた人数分入っていた。
「私からの細やかな支援物資だ。」
それぞれに名前が彫られており、剣ならば刀身の長さ、鎧なら大きさが持ち主にぴったりのサイズだった。
いつの間に採寸を取ったのだろう。
そう思う者は少なくなかった。
こうして目に見える形で「姫を助けにいけ」と伝えられると何だか不安な感情になる。
正義感のあるアンナでさえ表情を少し曇らせている。
彼らの心情を察したのか王太子は役に立てばと思い話し出した。
「確かに急いで探しだしてほしいがヤツの情報があまり無い。こちらも君たちに不便をかけてしまうことに心苦しく思っている。」
膝に置いていた未発達な手に力が篭る。
「だが時間は待ってはくれない。だから国中の町や隣国などへ訪れ情報を集めろ。更に言えば民たちを助けろ。彼らを救うことで君たちの実力も上がるだろうしね。」
要約すれば「情報を集めてに姫を救出する為にも民を助けて力をつけろ」ということなのだろう。
「あぁ、肝心なことを言い忘れていた。」
その言葉に六人は王太子に注目した。
忘れていたことが重要なことなら聞き逃す訳にはいかないからだ。
「姫を拐ったヤツの処分は君たちに任せるよ。………好きなように殺しな。」
冷たく笑いながら言ったものだから六人は酷く心地が悪くなる。
彼は処刑を待たずに殺しても構わないと言っているのだ。
自分達と然程変わらない年齢なのに、恐ろしい考えを持っている王太子に誰も意見できなかった。
それでもとアンナは玉座に鎮座している若年王を見て発言した。
「なら処分は俺たちで好き勝手にさせていただきます。後からの文句は聞きませんよ?」
「あぁ、好きにしろ。」
諸君らに幸運を。
そう言い残して王太子は謁見の間を出ていってしまった。
やらねばならない政務が残っているのだろう。
急いでいるように見えた。
王太子が退出し、広間には勇者六人と部屋に配備されている兵士たちだけとなった。
さて、これからどうするか。
話し合いをしようとクランクは五人を呼ぶが兵士達が先に呼び掛けた。
「何をしているのですか。貴殿らも早々に退出を。」
どうやら長居はさせてくれないようだ。
「宿に戻る?」
はしゃぎながら尋ねてきたのはナノだった。
早速鎧を身に付け剣を携えている。
そんな姿を横目にヘレンが同意を示した。
「そうだね、取り敢えずの用件は終わったんだしここで話していても仕方がない。」
彼は箱の側に置かれた袋を拾って中身を確認する。
中には一週間は何もしなくてもいい程の金貨が入っていた。
あとは自分達で稼げとでも言っているようだ。
まぁその通りなんだろうが。
六人は自分が必要だと判断した物だけを持って城を出た。
斯くして勇者となった一行は姫を救出するべく旅を始めるのだった。
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