【永 遠】(二)
あれから何日経っただろう。
わたしは錯乱していた。
頭が真っ白で、何も考えられず、生きる気力もなかった。
結局、なぜか連れてきてしまったあの子供は、殺さずに捨てることにした。
人通りのある場所に置いてきたから、死ぬ前に誰かが見つけるはずだ。
汚れた子供。
悪魔と、人間の……。
あの瞬間、幼い面影に、在りし日の彼女が思い起こされた。
だから――殺せなかった。
心が狂い乱れていたわたしは、彼女と同じ瞳に見つめられて、その場にいることが耐えられなくなってしまったのだ。
――彼女の遺体はどうなっただろう。
彼女が暮らしていた、寂れた町にあるアパートの一室。
そこに戻ってみると、遺体はなくなっていた。
拭き取った跡はあるが、床には黒ずんだ染みが点々と続いている。今になって部屋の中を見回してみると、赤ん坊の服やあやし道具がたくさん揃えてあり、子育てしている彼女の姿が自然と浮かんでしまった。同じ服が二着あるのはお気に入りだったのだろうか。
あれから何日も経っているし、当然かもしれないが――しかし、わたしが彼女を殺めたことが知られるのも時間の問題だろう。もしかしたらもう追手がやってきているかもしれない。
その予感は的中した。
数日後、わたしの前に悪魔が現れた。
しかし奴はわたしを狙っているわけではなく、標的は王女だと言った。
混迷するシェディムを導く存在として、王女を冥界に連れ帰るのだと。
そして、わたしが置き去りにした王女は今――現王園という者の元にいると。
現王園。
それは、わたしから彼女を奪った、あの女の一族だった。
生きる気力を失っていたわたしは、ある言葉を憶い出した。
彼女の言葉だ。
あの瞬間の、彼女の言葉。
深紅に染まった彼女は、けれど穏やかに微笑んだままわたしの頬を撫でた。
悔いも恨みもない、わたしが愛した彼女の笑顔だった。
死の間際――彼女が遺した言葉を、今になって憶い出した。
それが命令ならば、どんなに楽だったか。
わたしは騎士だから。
彼女に従うのがわたしの歓びだったから。
命令ならば、苦しみも悩みもぜず、迷いも惑いもせず、わたしは従うのに。
それなのに。
彼女はわたしに――お願いしたのだ。
理想に狂ったわたしに。
嫉妬に狂ったわたしに。
それは生きる気力と呼ぶには頼りない光だったけれど。
まだ、死ぬ前に――わたしは。
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