108「家族に会いたくて 3」

 旧工業都市マハドラは、ラナソールの生産都市ナサドと比べると対照的だ。かつて栄光の時代があったものの、残念ながら時代の変化に付いていけず、すっかり寂れてしまっている。日本の元炭鉱の町などを思い浮かべてもらえばわかりやすいだろうか。

 まずは『アセッド』トレヴァーク支部マハドラ店を訪ねる。今や人口も少なくなったこの町に割り当てた人員はそんなに多くはないけれど、数名はいたはずだ。

 お客さんが入る部分は顔が見えやすいようにと、ほとんど各店の1階はガラス張りの壁に、入り口から職員の姿が見える配置にカウンターがある。

 外からぱっと見えるのは、何やら書類に書きものをしている男性だ。店に入ると、彼は俺が誰であるかにすぐ気付いて、ぴしっと起立した。


「ホシミさん! 突然のおいでで!」

「君は――ナリ トウマだね」


 決起集会のときに見た顔ぶれと名前を記憶から取り出して、言った。


「イエッす。ナリであります! 俺なんかを覚えていて下さったなんて光栄です!」


 うん。若いし、男前で威勢の良い人だな。


「トウマって呼ばせてもらうよ。君もユウか、呼び捨てしにくいならさん付けでいい。一応立場上は上司と部下ってことになるんだろうけど、全然気にしてないから、構えないでいいからね」

「はっ! ではユウさんと呼ばせて頂きます」


 若手に対する教育はそれなりにされているのか、中々元気が良くて生真面目に返事してくれる人が多いんだよね。硬いのは苦手だけど、結構なことだ。


「じゃあトウマ。早速で悪いけど、町民の戸籍データと、ついでに夢想病の患者一覧を確認しておきたい。持ってきてもらえるかな」

「わかりました。少々お待ちを」


 どうもエインアークスは役所の中にも人員を送り込んでいるらしく、絶対に違法だと思うんだけど、町民の戸籍データを保有している。

 なるほど戸籍データやら諸々に精通しているからこそ、偽の身分証なんかも簡単に作成してしまえるわけだ。この手の広さ、敵に回し続けなくてよかったと心から思う。選択次第では、あそこのトウマも敵だったかもしれないからね。


「お持ちしました。どうぞ!」

「ありがとう」


 持ち前の完全記憶能力を駆使して、リストからニザリーに関係のありそうな意味であやしい人物にぱっぱとチェックを付けていく。

 ただしチェックに際しては、注意が必要だ。ラナソールとトレヴァークで、対応する二人の人物は姿形も違えば、年齢が一緒とも限らない。


 幸運にも二つの世界で対応が確認が取れたケースで、以前こんなことがあった。

 ラナソールで若い夫婦が訪ねてきて、「思い出の場所に行きたい」と言う。依頼自体の難易度はそんなに高くなくて、ただ道中は魔獣がうろうろするようになっていたので、一般人にはきつそうだった。なのでしっかりと護衛させてもらった。その場所に着くと、しきりに「ありがとう」と言って涙を流すので、なぜかと疑問に思った。

 気になって調べてみると、思い出の場所はトレヴァークでもよく知られた名所とほとんど一緒だった。ただし、三十年ほど前に老朽化で取り壊されていた。

 俺が跡地に行ったとき、たまたま老夫婦と出くわした。聞くと「もうないのはわかっているけれど、懐かしさにふらっと来てみたくなった」のだと言う。

 そう。実は二人こそが、ラナソールの若夫婦だったのだ。


 この他にもいくつか確認の取れたケースがあり、二つの世界でほとんど容姿や性格が変わらなかったり、逆に面白いように正反対だったりするのだけど。

 やっぱり根は同じ者同士何かしら共通点があって、そこを取っ掛かりにして探していくとまだ見つけやすいというのが経験則だ。

 と言っても、ごく限られた情報から個人特定するわけなので、よほど幸運でないと見つけることはできない。

 今回はと言うと……どうやら幸運なケースのようだ。

 まず人口が少ないこと。そして、ニザリーが言っていた商店街に対応するところも見つけた。

 手ごたえを感じた。これは当たりの線なんじゃないだろうか。

 住民リストに一通り目を通してから、夢想病患者リストに移る。

 目についたのは、その数の多さだ。


「人口に対して、随分と夢想病患者の数が多いな」

「はい。全世界平均の十倍はあります。何か理由があるんでしょうかね」


 おそらく理由は、寂れてしまったことと無縁ではないだろう。


「……よし。今、赤い丸を付けた152名。もう少し詳しく身辺を当たってみてくれないか」

「へ? もう見終わったんですか……?」

「うん。お願いします」

「さすが仕事が速いですね! わかりました! すぐに行ってまいります!」


 トウマはカバンとリストを携えて、勢いよく飛び出していった。

 さて。俺も商店街へ聞き込みに行ってみよう。


 まず俺を歓迎してくれたのは、「○○商店街へようこそ!」の錆び付いた看板だった。○○の部分はかすれていて、はっきりとは読めない。

 まだ昼間だというのに閉まりきったシャッターが目立つ。こんなところで日本の寂れた田舎町のような光景を見ることになるとは思わなかった。

 過疎化が甚だしいのか、外を出歩いている人もまばらで、高齢者の姿が多いように思えた。

 観光者だと思われたのか、俺自身の子供らしい容姿が警戒心を抱かせないのか、大抵の人からは気前よく話を聞き出すことができた。

 こちらから尋ねた内容はこうだ。以前雑貨屋を営んでいて、引っ越しするか何かしていなくなってしまった家庭はないか。

 ニザリーから聞いた内容で、その辺りに現実と共通点があるのではないかと睨んだからだ。

 中々ヒットしなかったが、辛抱強く聞き回っていると、妙齢の女性の方が知っていると答えてくれた。 


「あー……ヒジマさんちじゃないかしら。それ」

「ヒジマさん、ですか」

「うちも以前付き合いがあってね。旦那さんも奥さんも人の良い方で、家族ぐるみでよく夕飯を一緒したものよ」

「へえ。そうなんですね。どうして引っ越してしまったんでしょう?」


 すると女性の方は寂しい表情を浮かべて、少し言いにくそうに言った。


「そうねえ。あそこの娘さん、何年前だかに亡くなってしまってねえ」


「えっ……?」

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