32「消えた浮遊城」

 浮遊城が、消えた……。

 そうだ。ユイとレオンは無事なのだろうか。まだ中にいるんじゃないのか。

 不安に駆られて、すぐに念じた。


『ユイ! 聞こえるか!?』

『聞こえてるよ!』


 すぐに返事が来て、ほっとする。

 向こうも同じように安堵していた。


『ああ、よかった。無事で。恐ろしい光が飛んでいって……やばいと思ったの』

『レンクスが来て助けてくれたんだ。今どこにいるの?』

『それがね。気が付いたら、私たちも城を追い出されてて――うん、レオンも一緒だよ』

『レオンも一緒でよかったよ』

『そしたら、街が緑色の光に包まれていて。空に光が』

『覚えているのはそれだけか?』

『それだけ。ちょっと意識が飛んでたみたいで。あなたは?』

『俺は……見たんだ。君の手に、いいや。君だけじゃない。レオンにも、ラナにも』


 思い出すだけで身が震えるような状況だった。

 奇妙な異変に一人だけぽつんと取り残される感覚。孤独の恐ろしさ。


『見えるところすべてに変な青い模様がびっしり走って……まるでひび割れたかのようになって。怖かった』


 どうにかなってしまうんじゃないかと思った。みんなが壊れてしまうんじゃないかって。

『心の世界』を通じて、イメージをユイに送る。

 俺とユイならば、どんなことでも分かち合える。

 それを見た彼女にも、ぞっとするような恐怖が浮かび上がっていた。


『これは……!? 私、こんなことになってたの?』

『本当に怖かったんだ。君もレオンも、みんな無事で本当によかった』


 何が起こったのかはまるでわからないが。ともかく今はもう何も異変は生じていないようだ。

 浮遊城が忽然と消えてしまったこと以外は。

 でも、どうして俺だけが。

 意識を保ったまま異変を目の当たりにし、二人と違う場所に弾き出されて。しかも恐ろしい攻撃を受けるような羽目になったのか。


「レンクス」

「おう。どうした」


 レンクスは心配そうな顔で、こちらを見つめていた。


「君は、見えていたか?」

「……あれか。見たぜ。世界が――割れかけていた、という表現がぴったりか」

「ああ。怖かったよ」


 俺とレンクスには見えた。ユイとレオンには見えなかった。

 この違いは何だろうか。


「俺もさすがにびびった。随分長い旅をしてきたつもりだったが、こんなおかしなことは初めてだ」

「レンクスでも経験ないなんてことがあるのか」

「もちろんあるとも。神じゃねえしよ。ただやばいとは肌で感じてな。すっ飛んできて正解だったぜ」


 彼はやけに過保護なところがあるが、今回はそれが上手く作用した。


「あんなものをまともに食らっていれば、お前は消し飛んでいたかもな。そのくらいの威力だった。へっ……まだ腕が痺れてやがる」


 レンクスは思い出したように顔をしかめた。

 俺を抱き留めている腕を見ると、光線を弾き飛ばした右腕には、青あざが色濃く付いている。


「うわあ……ほんとにありがとう。ごめんね。いつも守ってもらってばかりで」

「まあいつものことだ。やれやれ。お前といるとマジ退屈しないな」


 レンクスは全然気にしてないぜと示すように、からからと笑った。

 そんな気遣いがありがたく感じる。


「ところで、世界いくつ目だったか?」

「えーと。エラネル、ミシュラバム、イスキラ、エルンティア、エスタとアーシャのいた世界、アッサベルト。だから七つ目か」

「そのうちやばそうな感じだったのは」

「これで四つ目になっちゃう、のかな?」

「おいおい! 半分超えてるじゃんか! あり得ねえ。お前、厄介事にでも巻き込まれる体質なんじゃねえの?」

「自分でもそう疑いたくなるよ」


 俺は苦笑いした。

 日常からいきなり世界の異変と命の危機か。まったくどうかしている。


『ね』


 ユイもしみじみと同意した。


「俺暇だったからな。だから、ふらふらと出かけては色々と調べてたんだけどよ。これで確信した。やっぱりこの世界『も』ただ事じゃないようだぞ」


 レンクスはどこか諦めたように投げやりな口調で、「も」の部分を強調して言った。

 というか、暇な自覚はあったんだな。


「どこかおかしいってレベルじゃなくて、ただ事じゃないと来たか。なあ、そろそろ知ってることを教えてくれてもいいんじゃないか?」


 強めに押してみると、彼は苦々しい顔で首を横に振った。


「何かただならぬ事が起こっている。確かに起こっているようなんだが……これがさっぱりわかんねえ。一見するとあくびが出るほど平和なもんだしな。俺には何も見せちゃくれないんだ。世界様は」

「何も見せちゃくれないって?」

「ダメなんだ。こう、一々邪魔が入るっつうかな。なんて言ったらいいのかわからないが。ただそんな気がしたんだよ。よほど俺には調べられたくないものがあるらしい」


 まさかそんなことになっていたとは。

 きっと俺には想像も付かないような手段で色々と調べてみたのだろう。

 それでもダメとなると、偶然事象を超えた何か――人為的なものを感じないでもない。


「きな臭い予感がするな」

「だな。隠し事はやましいことがあるときと相場が決まっている。俺は別に世界がどうだろうと興味はないんだが。お前は嫌だよな」

「もちろん。何もしないでいて、もし何かがあればと思うと。ほっとけないよ」


 今日までは妙におかしな世界だなというくらいの感覚だったが。

 さっきのあれで、実は密かにとてもまずいことが起きているんじゃないかという気がした。

 世界にひびが入るなんて。放っておいてはいけない気がする。

 何をすれば良いのかは、さっぱりわからないけれど。

 レンクスは俺の目をしっかり見つめて、ふっと微笑んだ。


「良い目だ。だったら、俺もできる範囲で協力しよう」


 決意を新たに、名を呼びかけられる。


「ユウ。そしてユイ」

「うん」『はい』

「焦らないことだ。今回の厄介事は正体が見えない」

「そうだね」『うん』

「俺はな。お前たち二人が依頼を通じて世界に触れていくことが、謎を解くカギになるんじゃないかと見ている。世界はお前たち二人を特別扱いのゲストとはみなしていないようだ――まだな」


 特別扱いのゲストではない、か。

 俺もレンクスと同じフェバルであることには変わらない。なぜだろうか。


「俺はスペシャルゲストさんだ。あちこちホイホイ付いていくと、どうにも警戒されるらしい」


 うんざりしたように顔をしかめて。

 知らないところで色々あったんだろうな。たぶん。


「だから俺は、この力が必要とされるときまでは。じっと」


 そこでレンクスは、妙に言葉を溜めて。

 これまたやけにイラッとくる素敵スマイルを浮かべた。


「じっと?」

「ニートするぜ!」

『「おい!」』


 ユイと揃って、全力で突っ込みを入れた。



 ***



『あのね。レオンが今からそっちへ行くってさ』

『了解』


「レオンが来るって。ユイと一緒に」

「ちっ。あいつか」


 レンクスはわかりやすく顔をしかめた。

 はは。ほんとに嫌いなんだな。良い人なのに。

 いや、良い人だから心配なのか。

 おっと。そう言えばいつまでレンクスに抱き留められているんだ。

 レオンに見られたら恥ずかしいな。


「そろそろ離れようか」

「お、そうか。このまま親愛を込めて昔のように抱き締めてやってもいいけどな。嬉しいだろ?」

「別に嬉しくない。むしろ暑苦しい」

「そう言うなよ。ほんとは嬉しいくせに」


 くそ。こいつめ。

 なまじ小さいときの俺を知っているから、いつも子供を可愛がるように俺を扱ってくる。

 というより、本当の子供のように思っているのだろう。


「まあ……いつも真剣に愛してくれるのは、嫌いじゃないけどさ」

「へへへ。やっぱお前の方が素直だよなあ。ユイももうちょっとなあ。いやそこがまたいいんだが!」

「変態やめたらいいと思うんだ」


 ずばり言った。

 俺もユイも、ひっそりとレンクスへの評価は高い。

 超が付くほどのド変態でなければ。

 前に「私」の髪の毛見つけて、一日中ぺろぺろしてたのはドン引きしたね。

 あれは百年の恋も醒めるね。一秒たりとも恋してないけど。


「無理だ! この迸る愛情は誰にも止められねえ! 愛してるぜ! ユウ!」

「うわ。わかっててもこの姿で聞くと微妙な気分になるからやめろ。そのうち元通りになったらまた聞き流してあげるから!」

「よっしゃ! 約束だぜ!」


 まったく。こいつは。

 俺の方でポイント稼ぎしておけば、ユイ成分が邪魔しても「ユウちゃん」は落とせるとでも考えているのかな。

 だったら甘いよ。絶対に落ちてなんかやらないからな。

 うええ。想像したら気持ち悪くなってきた。

 とっととこいつから離れよう。


【反逆】《反重力作用》


 と言いつつ、結局はこいつの技で俺も空に浮かんだ。

 許容性が高いと、このくらいの技では反動が来ないからいいな。


「そう言えば、レンクスは【反逆】使えないのによく飛んでるよね。魔法苦手だって言ってたのに、どうやって?」

「これはな。気合いだ」

「気合いか」


 妙に納得してしまった。

 ああなるほど。さっきからチートじみた気力を常に足元から垂れ流してるのがそれか。魔法より遥かに燃費悪いぞ。


「おーい! ユウー! レンクスー!」


 向こうからユイが手を振りながら飛んできた。レオンも隣で一緒に飛行魔法らしきものを使って飛んでいる。

 結構早かったな。

 二人がフェルノート上空で合流した。


 俺を狙ったあの極大の光線は、『ラナの裁き』というらしい。

 浮遊城に備えられた最高の魔法兵器で、何もない空間から瞬間的に光線を生成、発射するというとんでもない代物だ。

 ラナのと言っても彼女の意志で使われるのではなく、一定レベル以上の危機や脅威に対し自動で発動するとのこと。

 それから、街を覆ったバリアは『ラナの護り手』というのだそうだ。これも発動条件は同じである。

 なるほど。これほどまでに強固な防御と攻撃システムがあるなら、それは俺みたいな半チートがごろごろしてる世界でも町の人が大手を振って外歩けるわけだ。

 その辺りどうしてるのかなと気になってはいたが、許容性が高い世界には高い世界なりの治安維持方法があるわけだな。

 レオンには非常に心配されたが、俺は明るく大丈夫と言っておいた。


「まさか浮遊城が消えてしまうなんてね……。今年のお披露目は中止か。こんな事態は初めてだ」

「どこまで上に行ったのかな」

「この警戒レベルでは、おそらく我々には到底届かない『安全圏』だろう」


 彼の口ぶりからすると、どんなに上空へ飛んでも行けない場所なのだろうなと思った。

 ただ上にあるだけなら、俺たちに行けないわけはないだろうし。

 それでも行けそうな雰囲気の人が、口を差し挟んだ。


「俺がちょっくら様子を見て来ようか?」

『やめておいた方がいい。今無理に行って、また世界が割れかけるようなことになっても困るでしょ』


 ユイが念話で諭す。

 なぜに念話――そうか。レオンには割れかけた件、話してないんだな。

 その方がいいだろう。こんなこと急に言っても、ただ混乱させるだけだと思うし。


『それもそうか』


 レンクスも念話で返した。

 俺も会話の流れに無理がないように合わせる。


「無理はしなくていいんじゃないかな。近付いて欲しくないってことなんだろうし」

「それもそうだな」


 今度はレンクスが口で合わせた。


「でもどうしようね。みんなラナさんを見るの楽しみにしてたのに、私たちのせいで」


 ユイが肩を落とす。

 そうだよな。俺が会いたいなんて言い出さなければ。

 不用意に踏み込もうとしなければ、こんなことにはならなかったんだ。

 ここまで派手なことになってしまって。少なくともあの攻撃はみんな見ていただろう。

 どう説明すれば。どう責任を取れば良いのだろう。

 しかしレオンは毅然として、だが優しい声で言ってくれた。


「いいや。君たちが悪いわけじゃない。あんなことになるなんて、誰が想像できたと思う?」

「「レオン……」」

「僕から事情は説明しておこう。あれは原因不明のシステム事故だったと。放っておくと君たちが悪者にされかねないからね」

「ありがとう」「すみません」


 申し訳なくて、一緒にしゅんとなってしまった。


 結局レオンがあれこれと動き回って各方面に働きかけ、事故だったということで事態を終息させてくれた。

 彼にはとても大きな借りを作ってしまったなと思う。いつかきっちり返したい。

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