第2話

【2116年 8月29日 21時30分】

 作戦開始26時間前。


 死が近づくと人はどのような行動を取るのだろう。


 家族や愛する人と一緒に過ごす。

 自分の生きた証を残す。

 神に過去の過ちを懺悔する。


 例え、どんな人でも残りの余生をより良くしようと行動するはずだ。


 外で焚き木を囲んで飲んでいる奴らも死が近づくのを感じてあんなにバカ騒ぎをしているのだろうか。


「ナイン君もみんなの所に行ってもいいんだよ」


 格納庫ハンガーで明日の作戦で使われる武器のメンテナンスをしている少し小太りの青年。


 彼の名はショー。

 ショーは僕専属の整備員で、半年ほど前に前任の整備員が死亡し代わりに配属されたのが彼だ。

 僕が使う装備類は全て彼がメンテナンスをしてくれている。


「興味ない」


 僕は一言で返す。

 そもそも、なぜ作戦前夜にたくさんの人と酒を飲むのかが理解できない。

 次の日に支障をきたしたらどうするつもりなのか……


 そういえば、随分前に姉さんに聞いたことがあった。

 その時は「死の恐怖から逃げるため」とか言ってた気がする。


 そんなに死にたくないなら次の日のコンディションを最高に高める為に、トレーニングをして早く寝るべきではないだろうか。


 まぁ、そんなことしても死ぬやつは死ぬのだが……


「よし。終わり」


 工具を片付けて伸びをしているショー。伸びの時に太っているため腹がチラリと見える。


「ぼくも飲みに行こうかな。ナイン君も一緒に行こ?」


「行かない」


「まぁ、そう言わずにさー」


 そう言ってショーは僕の腕を掴むと半ば強引に引っ張りだした。






 外の広場には何ヶ所にも焚き火ができていて、それぞれの焚き火の周りには、たくさんの人がいた。

 明日の作戦で戦場に赴く戦闘員がほとんどのようだが、整備員や学者などの非戦闘員もちらほらいるみたいだ。


「帰りたい」


 周りの雰囲気に圧倒されて僕はショーに言う。


「まだ来たばかりだよ。それに、今ここで打ち解け合っておいた方が明日の作戦でも連携を取れていいと思うよ」


 ショーは自分も早く混ざりたいのかうずうずしている。


「基本的に連携を取る機会なんて無いと思うのだが……」


 それに、打ち解けたところで明日の作戦で何人生き残るかわかんないし……


「ちょっとグラスと飲み物取ってくるね。ビールでいい?」


「僕まだ18なんですけど」


「そんな昔の法は今の時代存在しないよ。それとも、ナイン君はお酒飲めない感じ?」


 でたよ。この酒飲めるからって良い気になってる親戚の叔父さんのセリフ。

 昔の小説に出てくる叔父さんはほとんどこのセリフを言っていた。


 実際は、僕に叔父がいないから直接言われたことはないのだが……


「アルコールには強い方だと思うけど、飲むよりも打たれた回数の方が多いから何とも言えない」


「あ……そうだったね。過去のこと思い出させちゃったかな。ごめん」


「別に過去のことだから大丈夫」


 僕の過去を知っている一部の人はすぐに今みたいな哀れみを込めた目で僕を見てくる。

 別に気にしてないし今があるから過去なんてどうでもいいのに。


「変わりに何かないか見てくるね」


 そう言ってショーは駆け足でその場を去った。


 ただ待っているのもつまらないので、特に知り合いがいるわけでもないが、僕は少し見て周ることにした。


 広場の所々に焚き火があり、その周りに何人もの人が集まっているので少しお祭りみたいだった。


「おーい。そこの小僧!」


 明らかに酔っ払っているおっさんが声をかけてくる。

 正直関わりたくない。


「おめぇーだよ!シカトか?」


 ここまできて無視をしても、それはそれでめんどくさいことになるので無気力に返事をする。


「なに?」


「まぁ、こっちにきて一杯付き合えや」


 手招きされたのでおっさんの横に座る。


 おっさん達が囲んでいる焚き火の周りに十数人の人がいた。


「おめぇ。いくつだ?」


「18」


「制服からして戦闘員だもんなー。可哀想に」


「可哀想?」


「まだ若いのにこんな死地に駆り出されて。どうせおめぇは明日死ぬんだぜ」


 そう言っておっさんは同じ焚き火で飲んでいた2人の若い兵士を呼びつけた。


「こいつらもおめぇと同じような年齢だが、おめぇよりも生き残る確率は高いぜ」


「また自慢話ですか隊長?」


「今日何度目ですか隊長?」


 若い兵士2人は呆れつつもニヤニヤしながらやってきた。


「おめぇ、俺らの部隊がなんて呼ばれてるか知っているか?」


 いつの間にか焚き火の周りにいた人達の視線が僕に集まっている。

 なるほど。おっさん達は、誰かを捕まえては自慢話をしているのか。


「俺の部隊はな、四国奪還作戦の時にExSエクス7も倒して『四国の狼』って呼ばれているんだぜ」


 そんな名前聞いたこともないし、興味もない。


「反応薄いな。俺達があの『四国の狼』なんだぜ。聞いたことあるだろ!?」


「そんな名前聞いたこともないし、興味もない」


 つい思っていたことを口にしてしまった。

 おっさんの顔がみるみる赤くなっていく。


「それに、おっさん達が本当に強い人達なら、こんな所で自慢話してないで他にもすることがあるんじゃないかな?」


「てめぇ、喧嘩売ってんのか!?ああ!?」


 おっさんの部隊の人達が立ち上がり僕を囲むように集まる。


「いい態度してるじゃねーか。てめぇ、所属はどこだ?」


07ゼロナナ機動部隊」


 周りが、ざわつき始める。


07ゼロナナ機動部隊?聞いたことねーな」


「隊長!!07ゼロナナ機動部隊って言ったら『No.sナンバーズ』ですよ!!」


「しかも、『No.sナンバーズ』の戦闘員って言ったら……」


 どうやら『四国の狼』より僕の方が有名だったらしい。

 

「そうか、そうか、おめぇが俺達『四国の狼』の武勇伝を妨害してくるNo.sナンバーズか!!」


「てめぇのせいで、ExSエクス7体の大手柄が有名にならねーんだよ!」


 いや、知らないし。


「クソったれ!!どうせExSエクス100体切りの話も嘘なんだろ!?あんなバケモノ倒せるわけがない」


 100体切り?なんのことだか?


「ちょっと俺様直々に教育してやらないといかんな」


 手の指と首の関節をボキボキ鳴らしながら近づいてくる。


「お?喧嘩か?喧嘩か?」


 どうやら騒ぎを聞きつけて野次馬が群がってきた。


「隊長!落ち着いてください!!」


「流石に人類のエースに手を出すのはヤバイですって!!」


 若い兵士2人が隊長と呼ばれるおっさんを必死に抑える。


「てめぇ、人類のエースだかなんだか知らねーが、俺はおめぇなんか認めねーからな。覚えとけよガキが!!」


 隊長と呼ばれてたおっさんは2人に連れられてその場を去った。

 あんなのが隊長だなんて大丈夫なのだろうか。


「おーい。ナイン君!!」


 そういえばショーは飲み物を取りに行ってたんだっけ。


「どこ行ったか探しちゃったよ。オレンジジュースがあったから持ってきたよ」


 ショーの手にはビールの瓶とオレンジジュースの瓶を抱えていた。


 僕はビールの瓶を手に取り一気に飲み干した。


「そっちビールなのに……」


「帰る」


 僕はショーに一言言って早足で元来た道を戻り始めた。


 何故だかわからないが僕も少しイライラしていた。

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