とある一幕

『今年度最後のランキングトーナメント! 注目の試合です! 会場は満員。観客のボルテージも上がっています! みんあぁぁ! 盛り上がってるかぁぁぁぁ!?』


 会場に響いたその声に応えるように地響きかという歓声が上がる。学園にあるその闘技場には学生だけでなく多くの人が詰めかけていた。

 彼らの期待を一心に背負うのはまだ年若い少年たち。


『それでは早速選手を紹介しよう。先に入場してくるのは、前回優勝の杜若かきつばた北翔ほくと選手。入学した去年から優勝を一度も逃していない圧倒的王者! 七大家次期当主の名は伊達ではない。今年もその強さを見せつけるのか!』


 先に闘技場に足を踏み入れるのは長身痩躯の男。さらりと青みがかった髪を揺らし堂々たる足並みで中央付近までやってくる。その瞳は細身のメガネに隠れて伺い辛い。

 そんな彼に向かって観客席からは様々な声が飛び交う。だが北翔はそれらを気にも掛けない。

 腰に下げた剣に軽く左手を掛けてゆらりと立ち相手を待つ。


『続いて入場してくるのは急成長を続ける努力の鬼、真道しんどうつとむ選手だ! 入学時からちゃくちゃくと成長し続け、その努力を前にすれば教師も逃げ出すと言われるほど。その勢いのまま絶対王者を破るのか!』


 遅れて入場するのは大柄な男。全身の筋肉を揺らすように闘技場に現れる。

 北翔よりは少ない歓声が送られ、努は軽く手を上げて応えた。その優しげな顔にあふれんばかりの闘志を漲らせ北翔の正面までやってくる。

 努の闘士むき出しの視線を受けても北翔はなんの反応も返さない。


『さて、今まで何度も戦ってきた彼らに余計な言葉はいらないでしょう。両者準備はよろしいでしょうか?』


 司会の言葉に北翔は頷き。努はおうと声を上げた。

 北翔はスッと剣を抜き、無造作に構えた。

 努も呼応するように拳を握り、腰を下げて右手を前に出すような構えを取る。


『それでは、決勝戦を──開始します!!!』


 パンッと大きな音が鳴り、試合が開始された。


 すぐに動いたのは努。

 猛然と北翔の元へと突き進む。

 走りながら両の拳を打ち付け唱えた。


「我が拳は全てを砕く。我が拳は全てを弾く。《矛盾装甲ヴィーダーシュプルフ》」


 そのまま北翔へと拳を叩き込む。

 北翔も細身の剣を素早く拳に合わせてくる。

 ギンッと鋭い音が鳴り、双方弾かれる。努の能力で強化された拳はただの剣程度では傷一つ付かない。

 努はその勢いのまま反転するように逆の拳も叩きこもうとするが、北翔はすでに下がっている。


「逃がすか……っ」


 努は素早く地面を蹴り肉薄する。北翔が振るってきた剣を拳で弾き渾身の拳を腹へと叩き込む。

 だが、手応えがおかしい。

 即引き戻した拳は氷に覆われていた。


「クソが!」


 構わず顔面に向かって再び腕を振るう。

 その拳は頭を反らして避けられ、足を狙った剣が飛んで来る。

 なんとか拳を合わせて防ぐ、しかし体勢は完全に崩れた。

 再度剣が振られるのを感じ間に合わないと判断する。


「《矛盾装甲ヴィーダーシュプルフ》!」


 そのまま肩で剣を受ける。金属同士がぶつかったような感触を残し剣は弾かれる。

 全身に広がった能力。動きは多少遅くなるが格段に防御力は上がった。

 そのまま一気に決めようと次々と拳に、蹴りも加えてラッシュをかける。

 北翔は身軽な動きでそれを避け、剣でいなす。

 決め手が見つからないまま、北翔と努の距離が離れた。


「行くぞ……《纏え──》」


 北翔はそう呟くと再度距離を詰める。

 氷を纏い冷気を撒き散らす剣を素早く振るう。

 努は拳で受けるが、今度は彼の手から血が流れ落ちる。

 努の能力でも同じく能力を使った攻撃に対してはさほど強くはない。

 だが、気にせず攻める。致命傷にはならない。次々と拳を叩き込むがやはり手応えがない。

 北翔は拳に合わせて氷の盾を出現させ難なく防いでいた。


「どうやっても私には届かない」

「そんなことはやってみないと分からない!」


 努の拳と北翔の剣が入り乱れる。

 激しくぶつかり合い、だが傷つくのは努ばかり。


「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!」


 努は叫び殴り続ける。

 体中に剣を浴び、少しずつ傷つけられながら。血を流しながらも。その拳が届かなくとも、ただひたすらに。


「舐めるなアアアアアアア!」


 努は渾身の力で傷だらけの拳を振るう。

 それは北翔が出現させた氷の盾に阻まれ、しかしそれを砕いた。

 驚いたとばかりに目を見開く北翔を吹き飛ばした。


「……驚きだ。努力の天才とはよく言ったものだ」


 飛ばされた北翔は危なげなく着地すると軽く咳き込み、そう呟いた。


「だから、舐めるなと言っているだろう!!」


 そこに既に走り出していた努が迫る。

 再び渾身の一撃を放つ。

 とっさに北翔は剣でそれを受ける。闘技場に衝撃が響き、北翔が押し出される。

 さらに追撃をかける。拳を連続で繰り出す。

 北翔は防戦一方となる。


 ──かに見えた。


「それでも勝てない……」


 呟いたその瞬間冷気が吹き荒れる。空気が凝固し氷の粒が舞う。

 北翔を中心に起きたそれは、努を傷つけることこそなかったが、動きは止まった。

 北翔は剣を無造作に持ち上げ振り下ろした。


「《凍てつく斬華》」


 その瞬間努の体が裂けた。目にも留まらぬ氷の斬撃が複数胸に吸い込まれ、吹き出す血を固めるように凍りつく。

 胸から血混じりの氷の花を咲かせて努は仰向けにゆっくりと倒れこんだ。


『決まったアアアア!! 勝者は杜若北翔選手!!! 絶対王者は破られない! 圧倒的だああああああ』


 会場が沸き、司会が煽る。

 喝采は北翔へと向けられ、賞賛が降りしきる。

 大歓声の中、北翔は喜ぶでもなく運びだされる努をじっと見つめていた。




「……努力の先に天才はいないんだよ」



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停滞のリベリオン かいむ @kaimu

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