停滞のリベリオン
かいむ
プロローグ
原点回帰
何のために戦っているかは理解している。それでも何のために戦っているかを意識しなくなってしまう時がある。それが怖い。
俺が俺たるために。彼女のために。ただそのために戦っているはずなのに、いつの間にか彼女を救う道が遠ざかる。どこまでいけばいいのかどこまですればいいのか。何をしたらいいのか。
結局どうしたいのか。
まっすぐ走ってきたつもりなのに、気づけば目の前にスタート地点がある──
*****
「もういらん、捨て置け」
地の底から響くような声が鼓膜を叩く。それを呆然と聞いていることしか出来ない。ぼくは、その声の主を見上げた。深いシワが刻まれたその男はこちらを見てすらいない。その顔を見ていると正座した足が妙に痛んだ。
周りを見渡すと誰も彼も黙ってぼくを見ている。動かないその顔がその表情がその瞳が、ぼくを見下し見捨てている。自分はこんなに価値の無い人間だったのかと寒気がした。
昨日まで剣を教えてくれていたおじさんが、昨日まで弟分としてかわいがってくれていたお兄さんが、昨日までぼくをしょうがない子だなと優しく見守っていたおじいさんが、冷たい瞳を向けてくる。
昨日まで信じていた世界なんだったのか。呼吸が乱れ視界が霞む。無性に喉が渇いた。
「ま、って……待って、ください!」
とっさに上げた声に目も向けてくれない。掠れた自分の声が遠くに聞こえた。
──なんでこんなことに。
今更そう思ってもどうしようもない。後悔はしていない、でも何もかもが遅すぎた。ぼくは正座を崩しふらつきながらも立ち上がる。
なんとかしなければ。
「ぼくは、頑張る……ますから。出来ますから! だから──」
「くどい!」
その一言で吹き飛ばされたのかと錯覚する。あまりの迫力に圧倒され、恐怖が沸き上がってくる。次の言葉はどう頑張っても喉から出て行かなかった。
動きが止まったぼくの両側に男が現れ、腕を取られる。そのまま引きずられるように出口へと連れて行かれた。抵抗する気力は沸かなかった。そんな力はもう奪われ尽くしていた。
なんでこうなった。どうして。疑問ばかりが頭を駆け巡る。答えは分かっているのに。
引きずられる視線の先に彼女の姿が映る。ぼくはいい、でも彼女は、彼女を置いてはいけない。彼女だけはぼくのすべてをもって……何としてでも。最後の力を振り絞って、何かを言おうとしたその時──彼女の瞳がこちらを向き、理解してしまった。
彼女はもう──諦めていると。
その暗い瞳に見据えられ、ぼくはなすすべもなく部屋から連れだされた。ああ、なんて無力なんだ。どうしてこんなにも、なにも出来ないのかと。ただそう思い続けて。
気付けばどこかの路地に倒れていた。記憶が定かではない。何もかもに見放されたように感じて、何より彼女に見捨てられたように感じて絶望すら覚えていた。
生ごみの臭いがして、何かが這いずる音が聞こえる。遠くに見えるネオンの光が眩しい。
何もないぼくにはお似合いの場所だ。
自虐しても気分は晴れない。
このまま死ぬのか。何も出来ずにこんな場所で。
何のために生まれてきたのか。何のために生きてきたのか。ただ心残りが大きい。ぼくにしか出来ないこと、ぼくだけが必要とされて、ぼくだけの……。
世界は貪欲だ。力がなければ飲み込まれ、弱いものは殺される。強さとは何なのだろう。
ぼくはただ……。
*****
「とうきー」
少女の元気な声が聞こえる。
元気に林を駆けまわり、ニコニコと笑いかけてくる。
ただ2人で遊び回っていた。
それだけで良かったのだ。楽しく2人で遊んでいられたら他には何もいらなかった。
なのに、楽しい毎日は突然終わりを告げる。
少女の甲高い悲鳴が鳴り響いた。
助けなければ。叫び立ち向かうも相手にもならない。
赤──
真っ赤な血──
鋭い牙──
血に染まる少女──
叫ぶ、叫んで、叫ぶ。
真っ赤な真っ赤な空──
ぼくが助けなきゃ。
ぼくがやらなきゃ。
ぼくのせいで。
ぼくのために。
──ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァ!
届かない。足りない。何でだ。ぼくは何だ。
どうやっても……。
*****
夢を見ていた。
生きる理由。
寒さが体を蝕む。
まだ冬にはなってないはずなのに、身が凍る。
寒い寒い寒い。
口から吐く息は白くなり、体が重い。
ただ寒い。
その時──
空から光が降ってきた。
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