第6話

 しかし、問題はこれからどう動くかということだ。

 現状、判明しているのは何も分かっていないという現実だけ。バラバラのパズルのピースは点在していても、それらがどう組み合わさっているのかまるで分からない。

 魔女先輩の言葉を疑う訳ではないが、念の為に農作業をしていた老人に話を聞くも首を傾げるばかりで道祖神など存在しなかったような口ぶり。

 まるで、こちらがおかしいかのような態度に言葉が出て来ない。

 そう、あの時と同じ――。

 いない事が普通。自分だけが異端。異常。

 いや、これが普通でなければおかしいのか。そうでなければ、騒ぎになっている筈なのだ。あの状態で放置されているなど絶対に有り得ない。

 となれば、これを直すべきか否か。

 ここに神がいないとしても、ここに神がいたという事実は間違いではない。そこには歴史があり、信仰という確かな人の思いがあった。無駄だという事は知っているが……。

 そんな事を考えていると、魔女先輩は悲しげな眼差しで溜息を吐き、首を横に振る。

「無意味よ。もう、そこには神はいない。ここにもう一度、道祖神を祀ってもそれはそこに偶像があるだけで中身はないの。それに何の意味もないわ」

 その言葉に思わず、笑ってしまった。

 神がいない。

 神隠しとは本来、神が隠すもの。それが逆に神が隠されてしまう。

 神が隠して神隠しではなく、神が隠され神隠しとは滑稽以外の何物でもない。

 ただ、同時に考えてしまう。彼らはこの土地を見捨ててしまったのかと――。

「色々と思う所はありますけど、まずは今回の一連の騒動とどう関わっているのかですかね。別と考えるのか。いや、無関係と決めつけるのは些か早計過ぎますね」

 僕の言葉に耳を傾けながら、魔女先輩は座り込み、粉々になった道祖神の欠片を白く綺麗な手で集めると、元あった場所であろうところに積み重ねていく。

 そして、最後の一欠けらを置くと彼女はゆっくりと目を閉じ、手を合わせた。

 僕もそれに合わせ、いなくなってしまった道祖神に対して手を合わせる。

 神という存在は僕には良く分からない。信じていない。だが、もしも本当に存在していたとするならば、そうするのが礼儀だと思いたい。

 数十秒にも渡る黙祷を終え、魔女先輩はゆっくりと腰を上げた。

「それが分かるのはここにいた道祖神だけよ。けど、一つだけ私に言えるのは、もはやここの境界は境界としての機能を果たしていない。そして、何よりここは空白地帯になったのだから、荒れてしまう。いや、――現在進行形で荒れている。の間違いかしら?」

 そう告げると、僕の方へと振り返り、手に握っていた何かを僕へと見せてくる。

 見た目はただのどこにでもあるような何の変哲もない骨。綺麗に白骨化しており、脂も残っていない事から推測するとそれなりの時間が経過している。

 しかし、今回の事件と何か繋がりがあるようには到底思えない。

「それがどうかしましたか? 僕にはただの動物の骨のように見えますけど?」

 辺りは山の中腹に面しており、野生動物も当然のように生息している。だからこそ、病死した猪のような野生動物の白骨化した骨が落ちていてもおかしくはない。

 むしろ、そうしている方が自然と言ってもいい。

 それだけに、魔女先輩が一体何を気にしているのか僕には理解出来なかった。

「そう、なら覚えておきなさい。骨は呪術に頻繁に用いられるの。ただ、それ以外にも何となく、ね。……嫌な予感がするのよ」

 魔女先輩は含みのある言い方をすると、骨をしまい込む。

 そして、僕が口を開くより先に、おもむろに話を変えた。

 まるで、これ以上はこの話をするのを拒むかのように、

「そう言えば、貴方はまだ時間あるのかしら? 学校あるんじゃないの?」

「今朝、連絡が回ってきました。例の連続失踪事件で今日は休校だそうです。まだ、事件解決の兆しも見えないので家からは出るなとは言われましたけど、気にする必要はないでしょう。それより、どうします? 少し寄りたい所はあるんですけど」

 手掛かりが異常に少ない。

 道祖神の破壊。連続失踪事件、記録から消えた最初の失踪者。

 大まかに分かっている事をまとめると、この三件。

 繋がりは見えず、全てが独立しているかのように見えているだけに、どこから手を着けるべきか非常に難しい問題だ。先程の魔女先輩の言葉も気になっている。

 いや、一番の重要な点は道祖神と同様に、僕の記憶から消えているあの先輩の存在。彼女がどういった人間あり、何故消えなければならなかったのかを知ればきっと……。

 そうなれば、やはり志津先輩には一度、話を聞かなければならないか。

「それはダメよ。下手に藪を突けば、更に混乱を起こすわ。特に大切なモノを忘れている可能性があるならば、それはやってはならないの。だから、それは最後の手段」

 魔女先輩は僕を諌めるかのように頬を摘まみ上げる。

 だが、やはり、納得は出来ない。だが、それ以上は何も言えなかった。

 あまりにも魔女先輩の顔が悲しみに包まれていて、見ていられなかったのだ。

 今回の一件に関係がない彼女が何故、そのような顔をするのか僕には到底、理解出来ない。いや、それ以前にヒトでない彼女を理解しようという試みが愚かなのかもしれない。

 でも、唯一つ伝わってきたのは彼女も僕らと同じという事だ。

 何を考えているのかは僕には見当もつかない。

 けれども、それでも僕らと同じようにきっと何かに苦しんでいるのだと思いたい。

「分かりました。なら、少し考えを変えましょう。最後の行方不明者から攻めるなんてどうですか? 他の方面は手詰まりですしね」

「確かに一理あるわね。でも、何か心当たりがあるの?」

「はい、少しだけ。それに確認しておきたい事もありますからね」

 誰が僕を深山さんに紹介したのか。

 わざわざ僕を訪ねて来た辺り、心当たりは片手で余る。何より、一年の深山と関係性があるであろう人間は一人しか浮かばない。

 僕はそれを確認する為にある場所へと向かうのだった。


 ◇


 無言でその店に入ると、古本の独特な匂いが鼻を擽る。

 ここの店主は郷土研究部のOBであり、この辺りの郷土史にも古くから精通している。僕が見えていない事でも、ここの店主なら気兼ねなく答えてくれるだろう。

 それに加え、彼女の仕入れた郷土史関係の書籍を郷土研究部として買い、史料として保管している為、顔馴染だ。ここ二週間は出費が大き過ぎた為、妹に財布の紐を握られており、来られなかったが、普段は三日に一度の頻度で顔を見せている。

 何より、ここ。白鷺古書店で働いている店主の孫娘は深山さんと同じく一年。もしかしたら、彼女と知り合い。いや、友人関係だった可能性もある。

 むしろ、僕の交友関係を考慮すると、深山さんが僕を知るきっかけとなりそうな人物は彼女以外には考えられない。

 ただ、今は彼女よりも先に店主である白鷺婆に話を聞くのが先決だろう。

「白鷺婆いますか? 少し、聞きたい事があるんですけど」

 古本の並ぶ迷路のような本棚を突き進み、奥へとたどり着くがそこには店主の姿はない。

 まぁ、アクティブな人だ。ここにいないという事は外に買付けにでも出ているのだろう。

 ただ、店は開いている。という事は、今は一人娘が店番をしている筈だ。

 僕は本棚の間を一つ一つ、見て回りようやくその目的の人物を発見する。そして、本を読むのに熱中する彼女の背後に立つと、その肩にそっと手を置いた。

「あまり、感心できませんよ。店番中に席を離れて、読書に熱中するなんて」

「ふぇ……。ご、ごめんなさい! な、何を、お、お探しでしょうか!!」

 声をかけられたその女性は大慌てで古本を棚へと戻すと、此方へと顔を向ける。

 相変わらずの挙動不審。髪留めをしているが目元も隠れている。

「いえ、その白鷺婆はいつ頃戻ってくるか予定、分かりますかね」

「あ……その、あと一か月は戻らないかと。お祖母ちゃんは結構遠くまで買付けに出ちゃったので……何か御用がありましたか? もしかして、深山さんの件ですかね……」

 やはり、彼女が僕を深山さんに紹介したという事か。

 古本屋の娘であるから、身近な人物で歴史に詳しい人間がいる事。そして、それが僕か自分の祖母ぐらいである事を知っているのは当然の事だ。

 ――何より、僕を彼女に紹介した理由も白鷺婆が買付けに出てここにいなかったからと考えるなら、全てに納得がいく。ただ、もう一つの目的は達成できない事は確定か。

「その様子だと、探していた情報源はここにはいないみたいね」

「そうですね。残念ながら、白鷺婆がいないのなら確認出来ませんよ。けど、深山さんについては彼女から話を聞くことは出来ます」

 そこまで言ってある事に気が付いた。

 僕は自然に魔女先輩に対し、返答した。けれども、それは目の前にいる四ノ宮初という人間にも――いや、誰にでも魔女先輩が見えている前提があっての話だ。

 その僕の悪い予感はどうやら当たったらしく、四ノ宮は僕を気不味そうに見詰めていた。

「あの……先程から一人、言ですか? やっぱり、深山さんを……紹介したのは……」

「あぁ、そうじゃないよ。彼女の事は今、気になって調べているけれど、それとは全く関係ないから気にしないで貰えないかな?」

「あっ……ごめんなさいね。普通の人には見えないから、私の事は無視してくれて構わないって言うのを忘れていたわ。今度からは気をつけてね」

 今度からじゃないと言いたいが、それを魔女先輩に言っても無駄だ。

 そもそも、常識的に考えて妖怪や物の怪の類が見える人間などそういない。もしも、見える人間が大勢いるのならば、それが周知の事実として認知されていて然るべきである。

 そうなのだ。僕としたことが大事な事を忘れていた。

 こうして、近くにいると普通の人間のような容姿をしているだけに、忘れてしまいそうになるが、彼女も歴とした怪異。条理から外れた――理外の存在なのだ。

「そう……ですか。でも、すいません。先輩を巻き込んでしまったみたいで……。昨日も警察から色々と話を聞かれたんですよね……。本当に迷惑ばかり……」

「いや、迷惑というよりも、こう見えて感謝しているんだけどね。四ノ宮が深山さんに僕の事を紹介しなければそもそも、今回の一件は部外者でしかなかっただろうからさ」

 そう。関係者でありながら、部外者としての立ち位置に甘んじていただろう。

 誰からも忘れ去られた彼女も被害者だったならば、僕は舞台に立つ人間の一人でなければならなかった筈なのに、観客席で傍観しているつもりでいた。

 偶然が幾重にも重なりあい、僕と魔女先輩は出会ったのかもしれないが、それは紛れもなく彼女の行動があっての結果だ。だから、迷惑などでは決してない。

 むしろ、感謝をしていると言ってもいい。まぁ、それを言葉に表す事は出来ないが。

「それなら、良かったです。と、ところで、お祖母ちゃんに用事とはどのようなご用件でしょうか。私で力になれる事なら喜んで協力させて頂きたいのですが……」

「なら、一つだけ聞いてもいいかな。深山さんの件についてなんだけど」

 深山さんが気にしていたのは古い鳥居。それが何なのか知る為の情報は少ないのだ。

 鳥居のような物は道祖神と無関係だった。あの辺りにはソレが欠けている。

 なら、彼女の夢で見たと証言していた、朽ちた古い鳥居とは一体なんだったのか。

 どうにも、この言葉に引っ掛かりを思えてならないのだ。

 もしかしたら、友人である四ノ宮には話していても、僕に話していない事があるかもしれない。そう淡い期待を抱いて僕はその事について暗に尋ねた。

 だが、そんな希望はすぐに消える事になる。

「すいません。本当はあまり、話した事が無くて……。お祖母ちゃんが買い出しに出ているから他に紹介出来る人が先輩しかいなかったので……一か月ほど前に。ただ、その後に生徒会長と言い争っていたりしたらしく、色々とあるみたいではあったんですけど……」

「なるほど、そういう事だったんですね。大体、事情は把握できました。でも、それではやはり白鷺婆の御助力は得られそうにはありませんね……」

 その四ノ宮の言葉に僕は思わず、頭を抱えてしまう。

 これでは、知恵を貸して貰うというのは諦めた方がいいかもしれない。

 それに、新たに気になる事が出来た。

 昨日会った神籬先輩との会話では深山さんと言い争ったとは言ってはいなかった。いや、この場合は僕には言えなかったと考えた方が妥当なのだろうか?

 ただ、どちらにしろ。あの先輩が何かを隠しているのは確実と言っていいかもしれない。

 しかし、それにしても四ノ宮に紹介されてから僕の所に深山さんが訪れるまでに時間が開き過ぎている。決心がつかなかった。知らない人間に会うのが怖かった。などと言えばそれまでだが……。あの時の様子から考えるに切羽詰っていたのならどうして?

「ちょうどいいわね。私もその神籬って家に興味があったところだから行ってみましょうか? 突けば何かが出て来るかもしれないから。それ以外にないでしょう?」

 突いて出て来るのが小動物ならいいが、虎や猪でも出て来られたらたまった物ではない。

 それに、「神籬にちょっかいを出すのは最後の手段」と言っていたのは気のせいだったのだろうか? 彼女を止められるだけの言葉が見付からないので何も言わないが……。

 何より、魔女先輩を一人で行かせたりしたら、何をしでかすか分からない。ならば、ここは早めに話を切り上げる方が妥当だろう。まだ、聞きたい事は幾つかあるのだが……。

「では、白鷺婆から連絡があったらこの辺り一帯の道祖神信仰に関して聞いて貰えませんか? 僕の名前を出せばすぐに答えてくれると思うので全体像だけで構いませんから」

「分かりました。けど、確実に連絡があるかは分からないので……保証は出来ませんが」

 あくまでも保険程度のつもりだ。御の字程度である。

「それでいいよ。一応、確認だけのつもりだから。自分の考えを確定させる為のさ」

 僕は四ノ宮にそう告げると、小さくお辞儀をして古本屋を後にする。

 そして、先を歩く魔女先輩を追いかけつつ、神籬先輩の家へと急ぐのだった。

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