エピローグ

最終話 デリバリーは終わらない

 あとから諌紀に聞いた話だ。

 あの泉は、通称《トムライの泉》。

 死者の魂を言葉に変え、彼らを弔うために作られたアオの世界の根幹をなすシステム。遺言の術がなかった者たちの強い思いをが集う場所がそこだという。

 それがあの泉の本来の役割だという古い言い伝えがあって、他の世界にも通じる割と有名な逸話だったらしい。そりゃ粟木の企画も反対派が出てくるわけだ。

 でも、確かにそれは現在の科学では証明されていない。それでは完全に魔法だ。

 でも俺は、それでいいと思う。元々、あり得ない存在というのは、それ自体がロマンであり、夢物語であること。その尊さが美しいんじゃなかろうか。そう思うようになった。

 魔法やその他想像の産物とされるものの全ては、実はどの世界でも解明されていない科学なのかもしれないな。

 羽込はこのことを知っているのだろうか? とりわけ急いで尋ねる必要もないだろうと、俺はまだそのことは聞けずにいた。

 にもかくにも、泉自体は元々この世界にあったということだ。

 現実は俺の思っている以上に奇なり。想像より全然ファンタジーだったということなのだろう。俺が生きている世界は、まだまだ小さかった。

 滅んだ異世界のデータを有していたり、ある一つの世界そのものだったり、死者の声を拾ったり、つくづくとんでもないスポットだなと思う。

 まあ後者二つは無関係ではないという説もある。人の死と世界の存在というのには、実は密接なつながりがあるのだ、とか。まあとにかく、宗教的だったり神話的だったりする話が諸説あるっぽい。よく知りません。

「泉の周りの森、『守森まもり』と呼ばれているらしいけれど、あそこにいた妙な重機は異科学で動いていたわ。あと小学校を襲った巨大狼がかぶっていた人間の皮、正確にはホログラムだけれどあれも間違いなく異科学。狼のサイズを圧縮してホログラムで隠しきれるようにしていたのもそう。ついでに粟木の力も他の世界の最先端科学をごちゃまぜにしたぎの技術だったみたいね。大体裏がとれたわ」

 知り得たことの一通りの報告を俺にしたあと、羽込は重ねてそう言った。

「そうか」

 俺は羽込の説明量に対し申し訳なくなるくらいに短くそう答え、羽込もそれで納得した。

「あと、『ゲート・オブ・ポート計画』を政府へ訴えて潰したのは、うちの派遣会社らしいわ」

「ええっ!?」

 どう考えても大事な話だが、これについてはまた詳しく話す機会もあるだろう。

 羽込のやっていることがいいことなのか悪いことなのか、派遣会社がいい会社なのか悪い会社なのか。俺はまだ、よく知らないままだ。

 だがどうであれ、俺にそれを止める権利はない。

 今では羽込はやりたいこと、自分の信じたことをやっているのだから。


 ここで簡単な回想をしよう。あの後、羽込が出力した扉によって居鶴たちとの合流を果たすわけであるが、そのときすでに三人は疲労困憊といった様子だった。

 あっちはあっちで相当頑張っていたのだろう。

 聞けばあのあと警備員たちにたっぷり絞られたという。まだ子どもということもあってか、ちょっとしたイタズラということでことは収まったらしい。

 また、最初の配達のとき現れた警察モドキはいまだあとを絶ってはいないものの、位置情報の把握が相当鈍くなったという。

 おそらくあの頃はジオイルが彼らを上手く利用していたのだろう。本質としては意識の高い連中が集まった、世界の秩序を守るための防衛部隊らしい。ご苦労なことだ。


 あと、こちらの世界に戻ってきてから居鶴がこんなことを言ってたっけ。

「そういえば僕はてっきり、セルフリードは泉から授かった能力だと思ってたよ」

「俺もその説が濃厚だと思ってたが、違うのか?」

「だって飛沫、泉にたどり着くより早く空間修正のプログラムを発動してたんだろ? それってもうその時にはセルフリードが発動してたってことじゃんか」

 言われてみればその通りである。もしセルフリードが泉到達後に得た能力だとするならば、そこには大きな矛盾が生じる。空間修正チップの力が発動しなければ、その泉にたどり着くこと自体ができていないはずだ。泉に触れたとき手の甲に見たことないマークが映し出されたことを想起すると、全く無関係であるとも考えにくいんだよな。

 この力は生まれつき備わっているものなんだろうか……。もしくは因果の逆転的なやつなのか……。かくして謎は一層深まった。

 まあ、深まったところでもとより早急に解き明かすべきものでもないし、細かいことは気にすんな、ってことで。


 そしてここからは俺たちについての後日談、学校での話となる。

 無事翌日から登校できるようになった俺たちだったが、変わってしまった世界が突然元に戻ることはなかった。俺は留年を取り消すことは出来なかった。がーん。

 世界はギャグ漫画みたいに場面転換で一事件を無かったことにはしてくれないらしい。

 美滝の技術提供によりリーダーを作る会社が数社設立され、ソフト専門の会社等もできた。これも妥当な流れだ。

 ただその数日後から、世間を騒がせるニュースが巷を騒ぎ立てた。

 なんと、次年度から全国の高等教育機関は方針を変え、春入学中心に戻すというのだ。

 船渡海高校も世間の流れに乗り、来年からはまた春入学になる。例外的に今年のカリキュラムは三月で終わることとなり、無事全員の進級が決まった。

 もちろん苦情もたくさん入ったらしい。高校生活が半年短く、二年半なってしまった生徒たちは各々思うところがあるだろうが、そこは我慢してもらうしかなかった。


 そしてここからが特筆すべき変化だ。

「飛沫くん、仕事やらない?」

「まだ続いてたんだそれ……」

「いいえ、今度は本気よ。うちのオーナーがあなたをいたく気に入って、私のパートナーとして雇いたいみたい。不定期でいいから私の配達に付き合って欲しいって。まったく……、最近私に仕事を押し付け過ぎなのよね、あの人。本来なら仕事を受けたい日時をこちらから申請するのだけれど、最近はあっちから依頼のメールが来るくらいで……。どうかしら? 給料は弾むわよ」

「どれどれ…………嘘ぉっ!?」

 差し出してきた電卓の数字を見て、即決しました。


 俺は正式にバイトを始めた。


 実を言うと家計がなかなかピンチなのだ。

 美滝がもう一度、一から自分の望む研究をしたいと、大学をやめた。来年別の大学を再受験するらしい。

 今までひたすら俺のための研究をしていたのだ。当然のことである。

 彼女自身は「お金は持っているから大丈夫」と言っているのだが、俺は責任を感じてその授業料をどうにかまかなうと決意した。

 だから羽込の申し出はちょうどよかったのだ。

「それに……、一人じゃなければ、仕事も楽しいし……」

 これには俺もやられた。一緒に生きてやると決めたのだ。このくらい引き受けなくてどうする。

「おう、わかった」

 そう言った時の羽込の嬉しそうな顔に、俺は満足した。これからもこんな顔が見られるなら、悪くないなと思った。

「ふっ。お金に釣られるなんて、軽い男ね」

「おい、純粋な笑顔にそのセリフ乗せるな」

「あ、そうそう。今日あなたたち四人で、うちに来ない?」

「ん? あのときの報告なら大体済んでるだろ?」

「違うわよ。遊ばない? って誘ってるんじゃない。昨日居鶴くんから聞いたのだけど、あなたたち昔みんなでデュアモンのリーグ戦とかやってたそうじゃない」

「もしかして……」

「そう、カードゲーム大会よ!」


   * * *


「私は羽込ちゃんと遊ぶのは初めてね。デュアルモンスターなら、私が一番強かったわ」

 やめて! 挑発しないで! 刺激すればするほど睡眠時間消えちゃう!

 美滝がワクワクした様子で玄関で靴を脱ぐ。おいおいそんないいもんじゃねぇぞ。

 これから始まるのはただのカードゲームなんかじゃねぇ。戦いだ。

「何であなたもいるのかしら……」

「やあやあはこみん、おじゃましてるよー☆」

 この語尾でわかると思うが、徳井諌紀がそこにいた。

 総当りのリーグ戦だってのに、なんで対戦回数増やしちゃうかなぁ……。一人増えるだけで結構変わるんですが……。

「参加予約してないわよね?」

 あったっけそんなの。俺もした覚え無いから帰っていいかな。

「そんな堅いこと言わないでよぉ。せっかくルールも覚えたんだからー」

 そんなこんなで諌紀も加わった六人でのカードバトルが始まった。

 俺の初戦は真澄でまったりと勝負を進める。

「えいっ!」

 普通に負けた。ちょっと女性陣強すぎやしませんかね。

 次の対戦では、居鶴が羽込にボコボコにされていた。トドメを刺される寸前だ。

 お願い、死なないで居鶴! あんたが今ここで倒れたら、俺たちの面子はどうなっちゃうの? 希望はまだ残ってる。これを耐えれば、羽込にだって勝てるんだから!(大嘘)

 そうして時は過ぎていく。苦痛なんてもちろん半分(くらい)建前。俺はこの一瞬一瞬こそが幸せだった。

 時刻は夜の十一時半。やっとほとんどの対戦カードが終わり。現在同率一位は全勝の羽込と美滝。俺は最下位だった。ルール覚えたての諌紀にも負けるとか……。まあしょうがないね、バカだし。

「あら、某セルフリードくんは最下位ね。さすがは敗北の世界に生きてきただけはあるわ」

 何故か対戦相手と関係ない俺を貶す羽込。

「飛沫はこういうの苦手だから。そういうあなたも、ここで負けたらそっちの世界の人間になっちゃうね?」

 と、何故か私のほうが飛沫を知っているわよアピールをする美滝。分かりやすい挑発だ。

「そうね。でも私が勝ったら、”全国の清水さんは敗北の世界の人間だ”という風に認識をしてしまうかもしれないわ」

 こわいこわい。仲良くして!

 というか全国の清水さんまで風評被害食らうのかよ。規模でけぇな。

 そうしてバトルは始まった。

 静かに始まったその闘いも、中盤に差し掛かるにつれ熱さを増していく。

「美滝お姉ちゃん! 頑張れ!」

「はこみん、いけー! サキサキパワー送っちゃう!」

 それぞれが声援を送り盛り上がりを見せる。

 俺はどっちを応援したらいいのだろう。

 二人を交互に見ると、山札からカードを引いている羽込と目が合った。

「あっ」

 そのとき、羽込は手を滑らせてカードを落としてしまった。

「あら、見えちゃった。でも自分のせいだから仕方ないよね?」

 その後も美滝は不覚を取った羽込に容赦はしなかった。今のミスは痛い。

「おりゃっ、とどめっ!」

 勝負は、美滝の勝利で終わった。


「……悔しすぎる」

「まあまあ、あれはしょうがねぇよ」

「あんなミスひとつで負けるくらいでは、どうしようもないわ……」

 カードバトルひとつで落ち込み過ぎだろ。

「やっぱり気が収まらないわ。もう一戦」

 そう言いかけたところで、マナーモードに設定していた羽込のケータイが振動する。どうやらメールが届いたらしい。

「仕事が入った。最悪のタイミングだわ」

「それはお気の毒に……」

 こんな夜中でも仕事来るんだ。大変だな。

「何を他人事みたいな顔をしているの? あなたも行くのよ」

「え?」

「さっき、採用のメールが来たわ。まあ出来レースだけれど。というわけで初仕事よ」

「本人の知らないところで勝手に採用試験が!?」

 それでいいのかよ。ガバガバ過ぎるだろ。

「一応書類審査はしたわ。これで」

「それただの写メじゃねぇか!」

 いつ撮ったんだよ。盗撮だよ。というかせめて採用のメールくらい俺に下さい。

「みんなゴメン、二時間くらいで済むから待っててくれないかしら。今日は家に泊まっていいから」

「う、うん……」「おう」「そうさせてもらうわ」「はーい!」

 それぞれが返事を返す。

「じゃ、行くわよ、飛沫くん!」

 頷き、ディスクの準備をする。

 倉庫に顕現した扉の前に立つと、みんなが見送りに来てくれた。

「いってらっしゃい」「がんばれよー」「気をつけてね」「レッツ、デリバリー☆」

 俺の世界は今、確実に変わり始めていた。

 そして――


   * * *


「清水飛沫です」

 一瞬のためらいが俺の言葉にそれ相応の間を開けさせる。

「留年したのでみなさんより一つ年上です。よろしくお願いします」

 言ってから、これこそが正しいのだと分かる。誰もがセルフリードみたいに、俺の心を読んだりすることができるわけではないのだ。

 自分の世界を隠していては、何も変えることが出来ない。

 高校三年目にして高校三年生ではない。イニシャル「し」なのに和田の後ろ。出席番号四十番。それが紛れもなく、今の俺なのだ。

 だけど、誰にでもできることはある。誰かに何かを届けることが出来る。世界は変えられるのだ。

 俺みたいに、ダブった奴でも。

 全ては心の持ちようだ。

 俺の後ろの容姿端麗少女を最後に、クラス全員の自己紹介が完了する。


 優しい風が吹き込む窓の外には、桜の花びらが舞っていた。



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