第46話 サイン
「きゃあああああああああっ!」
真澄がその落ち着いた容姿に似合わない高い声を上げる。
当然だ。こんなとんでもない速度で走られたら、男の俺だって怖くて縮こまってしまう。
「すごい! すごい! たのしい!」
ええええ……。なんか思ってたリアクションと違うんですけど。
ねえ、何で? なんで「きゃああこわいよしぶくんたすけてー」ってならないの。
絶叫マシンとかいける口だったのか。田舎すぎてめったに遊園地とか行けなかったし、その頃はまだ年齢制限があって乗れなかったから知らなかった。
「すごいね羽込ちゃん! かっこいい!」
真澄は本当に楽しそうだった。
「あ、ありがとう……」
どうやら羽込は真澄の純粋さに弱いようで、すぐ照れたように顔を逸らしてしまう。
「それで確認だけど飛沫くん、空間の断絶を修復できるっていう《リコンポーズ・チップ》は持っているのよね?」
「ああ、多分な。これでいいんだろ?」
俺は手に持った小さなそれを見せ再度確認をとる。
「結構。よし、やっぱり見えてきたわね」
羽込が見据えた先にあったのは、想像していたより遥かに大きな扉だった。とんでもないな。
こんな裏ルートがあったのか。
「実際に使うのは初めてだけれど、多分あそこなら……」
「使ったこと無いのかよ!?」
というか、あのゲートってもしかして……?
「だって、むやみに近づかないほうがと言われていたから……。でも、私の推測だとあそこは多分……!」
そう言って羽込はハンドルをひねる。バイクの速度が更に上る。やめて、怖くて死んじゃう!
『残り五分です』
「しっかり捕まってね!」
「ちょ、お前何して」
あろうことか、羽込は速度上限に達したであろうバイクの上に立ち上がった。
そして一度軽くしゃがむと、なんと。
そこからドアに向かってジャンプした。
「「えええええ!?」」
真澄と俺はバイクに取り残された。
運転手のいなくなったバイクは慣性に任せて直進する。
すんでのところでドア前に着地した羽込はその扉を開け放つ。よくケガしねーな。
直後、ドアの中へと吹っ飛ぶバイク。それの荷台を羽込は後ろから掴み、再び飛び乗った。
――バッシャーン!!!!!
扉の先には、大量の水があった。
俺たちは着いたのだ。三人とも、身体は泉の真ん中の方へ投げ出された。
『ガガガガッ……エラー、セグメンテーション違反が検出されました。命令元の世界を参照できません。アクセス権限を確認してください。ザザッ……ピー……情報を……自動送信し……ます。エラー、送信先が見つかりません。自動修……復プログラムを実行します。重大なエラー。自動修復プログラムは動作を停止しました。…………自動フォーマットを試行します。規定値に戻せません。直……ちに……再起動を行い、正規の方法で再設定を行ってくだ……』
パキィ!!!!!!
何かが割れた音がした。ものすごい圧力でたたきつぶされたような、軽い音。
その音声は段々と、何かに
それほど深くない底に向かって身体が沈んでいく。澄んだ水面に映る太陽が美しい。
すると、どこからとも無く声が聞こえた。低い、男性の声だ。
「この声がいつかはあの子に届くことがあるのだろうか。残したい言葉も特にないが、彼女の
この声は、それを聞くべき人のもとにも届いているのだろうか。
彼女はこれを聞いて、どう思っているのだろうか。
俺はその静かな声を聞きながら、ゆっくりとそのギラギラした光の方へ進んでいった。
「ぷはぁっ!」
三人がほぼ同時に水から顔を出す。
お互いがお互いを向き合うような形になると、なぜか笑いがこみ上げてきた。
「あはっ……ははははっははは!」
俺は大きく笑った。
「やった! やった! えへへへっ」
真澄も嬉しそうに笑いながら小さくガッツポーズする。
「泉に直接……なるほど。今通ったのが、例の『ゲート・オブ・ポート計画』で作られた固定ゲートってわけか」
「ふふっ、その通りよ。飛沫くんがチップを持っているなら空間が断絶されていようと、使えると思ってね」
得意気にウィンクする羽込に不思議と鼓動が高まる。
「真澄ちゃん。髪を下ろすと誰かわからないわね」
びしょ濡れになった真澄を見て羽込は微笑んだ。
「これが、隠された泉……あなたたちが見てきた世界なのね」
羽込は一度笑うと浮力に身を任せプカプカと浮かびながら空を仰いでいた。
「この世界は、お前のお父さんがお前のために残した世界でもあるんだな」
同じ世界でも、それぞれが心に持つ世界がある。大事な人のために残り続けて欲しい世界がある。
だから俺はこの世界がこれからも続いていくことを、本当に嬉しく思う。
「濡れると誰かわからない……あっ、髪留め! どっかいっちゃった!」
「ええっ!?」
真澄のその発言を聞いて、俺たちは必死に辺りを探し始める。
『……このシステムは、原因不明のエラーで停止しました』
どこからとも無く聞こえてきたその声に、俺たちはもう気づくこともなかった。
「ありがとう、お父さん」
泉に浮かぶ髪留めがキラリ、本物の雫のように丸く輝く。
それを見つけるのに、それほど時間はかからなかった。
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