第45話 世界を救う大配達
「ハハハハハ! 言っただろう! あの世界の行く行く末はすでに決めていると! アオの世界崩壊のカウントダウンは、もう始まっている! 万が一の時のために用意していた起爆システムだったが、要するにその女を殺してシステムを止めない限り、お前たちの世界は消滅するということだなぁ! ついでに世界が終わったら、一緒に清水君も終わりかなぁ!? フハハハ!」
地下の部屋に鳴り響く異世界からの声。粟木玄樹のものである。こんな通信システムまで用意していたのか。狂ってやがる。
「お前たちの世界が思い通りの動きをすることで会社にさらなる利益が出ると思ったが……もうよい! お前たちのような忌々しいものがいるアオの世界など私が自らの手で鉄槌を」
ガシャン!
羽込はそのレシーバーを見つけるとそれを足で思い切り踏み潰す。
「あの粘着男……!!」
「くそっ! 準備ってのはこのことだったのか!」
「ど、どうしよう! わたし……」
一生懸命自分の体を探る真澄だが、何も見つからない。ついには服を脱ぎだそうとする始末だ。落ち着け。
「多分無駄よ真澄ちゃん、あいつがあなたに着けたシステムって多分、呪いみたいなものだから。あなたは今、世界を壊す時限爆弾みたいなものなの」
「う、嘘だろ……」
そんなものまで存在するのか。異世界の科学ってやつには。物騒すぎる。
「万事休すだわ」
「わ、わた……し……」
真澄の目には大粒の涙が浮かんでいる。
「わたし、いいよ」
「……は?」
「わたし一人の犠牲で世界が救われちゃうなんて、これ以上ない……大っ……役…………だからっ……」
「おい真澄、早まるな!」
「いいの。わたし、しぶくんたちにはあの世界で生きて欲しい」
「真澄……」
そんなこと言うな、言わないでくれ。
『残り三十五分です』
アナウンスは無情にも五分減った残り時間を告げる。
「ほら、ね。こんなのどうしようもないよ……。わたしがいなくなったくらいで、世界が変わったりは」
「ダメだ。絶対ダメだ!」
俺は否定する。
「違うんだよ。お前は何も分かってない。お前がいなきゃ、あの世界だって異世界と変わんねぇんだよ! 違う世界なんだよ、俺が生きたい世界とは! 自分の価値を何も分かってない奴が、勝手なこと言うな! 俺の生きる世界は俺が決める!」
「飛沫くん……。そうね、あなたはそういう人よね」
そうだ。俺は自分勝手でわがままなやつだ。だから俺は最後まで欲張る。誰にも俺が生きる世界を簡単に渡してやりはしない。
「俺はこの前まで、湧生が嫌いだったよ。小さいころ冒険だとか言って馬鹿みたいにはしゃいでた世界がいかに小さく狭いものだったかって、都心に越してから分かって恥ずかしくなった。そしてショッピングモールの建設の話を聞いたとき、その小さな町でさえ俺たちの手では何も変えられないことも分かって、もっと嫌いになった。
でも、あの日お前たちと一緒にあの町に戻って気づいた。あのとき俺が生きていた世界は俺たち四人で冒険していた世界で、それはたしかに俺が好きで選んだ俺の世界だった。そこはいろんなもので満ちていて、俺にとってこれ以上無い素晴らしいところだった。
広さや便利さなんてもんは、世界の素晴らしさと何も関係なかったんだよ。だからダメだ。簡単に自分はいなくてもいいなんて言ったら、――俺の生きる世界を否定したら、許さないからな」
諦めるな、まだ策はあるはずだ。隠れた策が。どこかに。探るんだ。俺は今まで、何を見てきた?
考えを止めるな、入り込みすぎるな。集中するな、拡散しろ。視野を広く持て。俯瞰で自分の記憶を見下ろすんだ。
探せ、探せ、探せ……。
その時、ある言葉を思い出した。
「……そうだ!」
何故あいつは必死になってあの泉を壊そうとしていたのか。どうしてあれをそこまで警戒していたのか。
「ど、どうしたのしぶくん」
「そうか、これならいけるかもしれない。いや、今はこれしかない!」
「ただでさえ長い自分語りをしたのに勿体ぶらないでくれるかしら。時間がないの」
お、お厳しい……。
「あのチップに入っていたテキストの話では、泉は異科学の機器を故障させたんだったよな?」
「チップ? テキスト? なんのことかしら」
何やら様子のわかっていない羽込だが、説明している暇はないので簡潔に告げる。
「俺たちは小さい頃に会っていただろう? お前の家であのときのキーホルダーを見つけた。チップってのはあのときお前が俺にくれた『おまもり』のことだ」
「えっ……」
羽込は俺たちと昔会っていたことを知られて余程恥ずかしかったのか、途端に顔を赤くした。もしかしたら恥ずかしかったのは、キーホルダーを後生大事にとっておいていたのを知られたことかもしれない。とにかく、見たことのない表情だ。
「で、で、でみょっ、それがどうしたというのかしら?」
「動揺しすぎだろ……。その話の中で、泉に悪いことをしようとした機械が不可解な故障を起こすって話があったんだ。あの泉は、自分に不都合なことをされるとそれを排除する力を持っているんじゃないか?」
「たしかに、そんな話あったかも……」
「だから、あの泉に直接持っていけば、真澄に取り付いてる意味不明なプログラムも壊すことができるかもしれない」
「なるほど……。楽観的な意見だけど……ええ、可能性はあるわね」
「よし、行こう!」
「二人とも……あり……がとう……」
「馬鹿言うな。俺がここ最近、何回お前に助けられたと思ってるんだ? 俺は嬉しいんだよ。お前の役に立てることが」
「そうね。せっかく出来た友達だもの。簡単に死なれては困るわ。そして私は運びのプロ。運ぶものが何であろうと、誰であろうと、必ず目的地に時間通りに届けてみせるわ」
「しぶくん……羽込ちゃん……」
時間は刻一刻と迫っていた。三十分後までにこいつを運びきらないと、世界は崩壊してしまう。
だが不思議と不安はなかった。俺たちなら出来る。どんなことも。世界を救うことだって。
「でも、三十分足らずであっちの世界に行くことなんて、本当に出来るの? こっちに来たときとは違う道を行くんでしょ?」
「は……はは……」
「なに、そのへんな笑いは? これからなにが起こるの?」
間に合うかどうか? 愚問だな。
「多分、余裕で間に合っちまうぜ……」
「え?」
『残り二十分です』
青ざめる俺と疑問符を浮かべる真澄をよそに、ヘルメットを装着し終えた羽込は高らかに声を上げる。
「じゃあ、行っくわよー!」
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