第44話 私はもう屈しない

「ほう、案外早かったではないか。どうだ? その身をこちらに引き渡し、捧げ、私が作る世界の糧になる気になったかね。それでは取引を」

「ちょっと待ちなさい」

 地下に戻ってきた俺たちは、肩を負傷した粟木を挟んで両サイドに立った。

「誰だ、私のプロジェクトを邪魔する者は」

「どうも、マイノリティノガよ」

 いつの内輪ネタ持ってきてるんだお前は!

「なんだ、まだいたのか。お前などに興味は無い。神聖な取引の邪魔をしないでくれるかね」

「残念ながら、神聖なことを邪魔するのが趣味なもので」

 どんな趣味だ。限定的すぎるわ。

 もちろん「そっかー、趣味じゃ仕方ないなー。じゃあ神聖な取引やめるかー」という流れには、残念ながらなってくれそうにない。

 羽込は自分の腕に着けたリーダーに手をやる。空間に操作音が小さく響く。

「はあっ!!」

 羽込は、ディスクから強力なロープを出現させ粟木の方へと射出、腕に巻きつけた。

「どこまでも強情な女だ。では、こうしてやろう!」

 粟木は羽込の方を向き手をかざすと、そこから超音波のようなものを発した。

「うぐっ……」

「ちょっと身体を改造していてね! リーダー無しでも大容量のメモリから色々なものを呼び出せるのだよ」

「う……くっ……」

「いま、君の中の記憶のタイムラインに細工をした。グチャグチャになりかけているだろう? 記憶というのは自分を形成するもののひとつだ。のちに自我にも影響を及ぼすだろうね」

 俺が最初に見たリーダーというのはあくまで、現実にあるものを呼び出す便利グッズ程度のものだった。

 そこに異世界のデータまで加わると、そんなとんでもないことまで出来てしまうのだろうか。

 超能力のような力を受けた羽込は頭を抑え、その場にしゃがみこんでしまった。

「フハハハ、父は名の通った運び屋だったと聞くが、娘がこの程度だということは、そやつも大した人間ではなかったということだろう」

 羽込は呻き、それにさえ反論しない。

 それでもどうにか立ち上がり、バッグからディスクを取り出すとそれをリーダに装填、発動する。


 ヒュー……ドォン!


 花火が打ち上がった。一瞬の硝煙があたりを覆う。

 粟木は一瞬何が起こったか分からなかったようだが、それがただの打ち上げ花火だと知ると更に高らかに声を上げた。

「なんと滑稽な! 万策尽き気が狂ったか! 私の出世を祝ってくれるとはこれまた粋な計らいをしてくれる!」


『カチャッ……』


「む?」

 その時後ろで小さく鳴った物音に気づいたのか、粟木はこちらを振り返る。

「貴様、今何かしたか?」

「いや、してないけど」

 知らん顔をする。危なかった。

「……まあよい。私に何をしても通用しないとわかったところで取引の続き、最終交渉といこうか。お前たちの世界をどうするかも、私はすでに決め、準備を踏ませている!」

「準備……? ってことはショッピングモール建設の件もやっぱりお前だったのかよ」

「そう、その企画を立案したのは我々だ! あの泉は少々謎が多いのでな。必要のなくなった危険因子は早めに消し去っておこうというわけだ。泉はあの森を基盤として断絶された空間に隔離されている。だからショッピングモール建設の建前で、森という大前提の存在ごと消し去ってしまおうという寸法さ。ほら、早くこっちにこい」


 一歩踏み出す。

 大丈夫、俺なら出来る。

 また一歩踏み出す。足が震える。

 心臓はバクバク音を立て、俺の思考の邪魔をする。

 あと少し。

 もう少し!


 ――今だ!


 俺は右手を粟木の足元に向けた。

「何っ!?」

 そしてそれを出力すると、一目散に粟木の隣に立つ真澄の方へ駆け出した。

「届けぇぇぇ!」

 俺は持っていたディスクを懐にしまい、別のディスクに持ち替える。

「真澄! 捕まれ!」

「え? う、うん!」

「貴様、何を!」

 粟木は俺が先ほど手をかざした方向、自分の足元を見る。


 そこに床はなかった。


「うっ、おおおおおおっ!?」

 地に足がついていない状態になった粟木は為す術もなく落下する。

 真澄は俺が二枚目のディスクから出力したネットに、しっかりとしがみついた。

 それを引き上げると、少し強引に真澄の手を引く。

 「行くぞ!」

 俺は床が無くなったそこを飛び越えると、先ほど粟木が立っていた更に先へと走る準備をする。

 ケロッとした羽込がそこにはいた。

「何故だっ!? どうして貴様が普通に動けている!?」

 諌紀と同じように飛行も出来るのか、ある程度の位置まで戻ってきた粟木はそれを視認して驚嘆の声を上げる。

 羽込の華奢なその腕に巻きついた高そうな時計が、美しく光を反射した。

「それはっ……!」

 その隠した手首につけていたのは、『世界を計る時計』。

 保険として着けていたのだが、まさかここまで有効に作用してくれるとは思わなかった。記憶の編集など、この測定器をつけた人間に通用するわけがない。

「名演技だったぜ、羽込」

「あなたこそ、いい焦りっぷりだったわよ」

「いや、それ演技じゃねぇから……」

「きっ、貴様ら……。許さんぞぉぉぉお!」

 粟木は戻ってこようとするが、落下からの対応に遅れたため時間がかかっている。この点では俺の能力と同じだ。選択肢が多いと発動までの思考時間が延びるのだ。

 床に開いた大きな穴。俺が出力した、ただひとつの切り札。


 その穴の正体は、異世界への扉ワールドゲートだった。


 俺は急いでその板を持ち上げると

「おらぁっ! じゃあなっ!」


 バタン!!


 それを勢い良く叩き閉めた。


「ま、待てっ! ふざけるなっ!」

 締めた扉の向こうから哀れな声が聞こえる。

「誰が待つか、バーカ!」

 そして俺はあちら側から再び扉を開かれる前にセルフリードを使ってその扉をディスクと同化し、消し去った。


 粟木は暗く腐りきったのだ。


 もう奴に、こちらに戻る術は何一つない。

「これ、人殺しじゃないよな?」

「まあ、気が向いた時に開けてあげれば泣いて謝りながら出てくるでしょう。どうせろくな人生生きてなさそうだし、心弱いわよ」

「お前ほんとむごいな……」

 作戦が成功し安堵している俺たちとは対照的に、真澄だけが何が起こっているかわからないという感じの様子だ。

「い、今のは……?」

「ああ、見たことあると思うけど、異世界に繋がってる扉だ。あの扉は、滅んでしまったアカの世界に通じてる」

「う、うん」

 何があるかわからない施設から早くずらかりたかったので、羽込のサイドカーに乗り込みながら俺は説明する。一応キツイけど二人乗り込めた。

「世界ってのは原則、扉を通してしか移動できない。そしてその扉ってのは、そんな簡単に作れるものじゃないんだってよ。あの扉はアカの世界につながっている扉のうち、残された最後のひとつらしいんだ」

「さっきの扉は、私がそのアカの世界に精通していたというご老人からいただいたものよ」

「な、なるほど」

「だが、アイツを扉の中へ落下させるためには少し問題があった」

 そう、それをどう克服するかというのがこの作戦で一番重要なところだった。

「データってのは、もともと書き込んである状態でしか出力できない。扉は普通閉まった状態で出力されて、開けるのは自分の手でやるしか無い。羽込の持っていたデータも同じだった。扉は閉まっていた」

 そこで同時に俺たちの希望の光も閉ざされた……はずだった。

 俺と羽込はそれを強引にもこじ開けたのだ。

 では、どうやって?

「扉みたいな特殊なデータは、読み込んだり戻したりはできるけど、ディスクに書き込むこと自体は、普通は専門の技術者しか出来ないらしい。俺たちにそんな時間はなかった」

「そ。そこで飛沫くんのの出番ってわけ。専門の技術者ばりのことが、セルフリードならできる。中身の本質は変えずわずかに詳細オプションを設定する程度ならね。再書き込みリライト書き換えエディットっていう、多分セルフリードの中でもヤバすぎる能力よ。前者は出力したものをその状態で再書き込みする能力。後者は出力せずに中身のデータを書き換える能力ね」

「そんなことまで出来たんだ。セルフリードってすごいね」

 えへへと照れていると、羽込に「褒められているのはあなたじゃないわよ」と指摘される。

「じゃあ、しぶくんが書き換えエディットで扉を開けた状態にして、それを持ってきたんだね」

「いいや。ここに入ってくるとき、それを俺ではなく羽込が、細工をしていないナチュラルな状態で持っている必要があったんだ。つまりディスクに入ってる扉は閉めておかなくてはいけなかった」

「どうして?」

「あいつは慢心していたけど、警戒心が全くないわけじゃなかった。実は再書き込みリライト書き換えエディットをすると、ディスクの裏が黒と黄色、警戒色になるらしいんだ。実は一回、俺は書き換えエディットを使ってる。ほら、チーターの知能データを書き換えたときあったろ?」

「あ、たしかにあの時、使い終わったディスクが変な色してた気がする」

「ああ。再書き込みリライト書き換えエディットで可能な書き込み方式は、本来あまり推奨されない書き込み方なんだろうな。一般ユーザーによる不正な書き換えの対策がそれらしい。もし俺が入ってくる時からそんなの持っていたら、気づかれてた可能性が高い」

 仮にでも俺の能力についてテストを重ねるような奴だ。能力についても色々把握されていただろう。多分、再書き込みリライト書き換えエディットのことだって知っていたはずだ。開いていようと閉まっていようと、俺が扉のデータが入ったメモリを持っていること自体がマズいのだ。俺たちの戦略が暴かれるきっかけになりかねない。

 隠し持っていたとしても、奴のことだ。俺の所持していたディスクを透視とかで確認している可能性だって考えられなくはない。

「それに比べて、あいつは羽込には興味無いみたいだったし、それほど警戒もしていなかった。だから、羽込が花火で気を引いている間に俺の方へ扉のデータが入ったディスクを投げて渡す。で、俺は羽込が縄であいつの動きをある程度封じているうちに一度扉を出力、手でそれをササっと開いた状態にしてから、また書き込んだんだ」

「え、じゃあ……」

「そう、俺は書き換えエディット使

 というか実は、使えない。

書き換えエディットの凄いところは、出力を一切せずに中身のデータの一部を書き換えられるところよ。でも、これが一番の問題なのだけれど、書き換えエディットはチーターの知能データ程度には使えるけど、今回のような物理的変形には使えないらしいのよ」

「ああ、残念ながらな」

「ホント使えないわよね」

「今、書き換えエディットじゃなくて俺に向かって言ったよね?」

 使えない人間ですみません。いや、なんでだよ。

「で、私が目を引いているうちに飛沫くんがセルフリードで扉を出力して、状態を変えてまた再書き込みリライトで書き込む。これで疑似的に書き換えエディットをしたの」

 バレない保証は無かった。だから花火という派手な演出には、こちらの些細な変化に気付かれないように先に大きなインパクトを与えておくという意味もあったのだ。粟木は哀れにも羽込の暴走と勘違いしたようだが。

「じゃああのときの”カチャ”って音は……」

「ああ。想像以上にドアノブが音を立てるから焦ったぜ……」

「ま、そうして開いた状態にしたドアを、粟木の足元に出力したというわけね」

「不死身とか無敵とか、力技で勝てない奴は封印で倒すと相場が決まっているからな」

「あなたの常識は少年漫画に偏っているわね」

「ほっとけ」

 真澄は口をぽかんと開いている。呆気にとられているようだ。

「……すごいね!」

 俺と羽込は顔を合わせて笑った。……あとに気恥ずかしくなってお互い目を逸らす。

 真澄はそんな俺たちの様子を楽しそうに見ていた。

 ――が、


『ピーッ! ピーッ! ピーッ! ピーッ! 他世界からの遠隔操作により、システムが起動しました』


「えっ」

 突然の耳に刺さるような警戒音とともに、聞きなれない女性のアナウンスが流れる。

「なっ、何だろうこれ? わたしから鳴ってる?」

 真澄は体中をペタペタ触るが、そこに変わった様子はない。たしかに方向的には真澄の身体から聞こえて入るのだが、音源がどこにあるのかもはっきりしない。

 その感情を伴わない声は、淡々と現実味のない発言を重ねる。


『約四十分後に、対象の世界"アオ"は消滅します』

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