第32話 異世界に行ったことがある

 俺は異世界に行ったこと、そこで羽込の仕事を目にしたこと、徳井諫紀という異世界の人間に会ったことなどについて全て話した。

 三人三様に驚きを見せたものの、誰一人として俺の言葉を疑うも者はいなかった。居鶴に至っては興味津々で質問を重ねてくる始末だ。

 その日のことを想起して、あることに気づく。

 俺はどうしてあの日羽込の家に行ったのか、ということだ。

「一つ聞いていいか? どうしてあのとき、美滝は”羽込の家に行け”なんていうメールを送ったんだ? 何であの時だけ? どうしてそのあとは返信できなくなったんだ?」

 そう、俺はあの日、美滝からのメールに従い羽込の家へと赴いた。

 メールが来たのは正確には羽込の家に行くより前だが、今はそれについては不問だ。

 だから俺はずっとこう思っていた。美滝は異世界の存在を知っていたのではないか、と。

 しかしその場合、話の辻褄が合わなくなってくる。その疑問に、美滝はとてもシンプルに答えた。

「あんな不思議な薬を持っていた苗加さんなら何か知っていると思ったから。あと、飛沫にまた何かあったら、対処してくれるのはあそこだけだと思ったから……。とにかくあの頃は、何も分かってなかったんだよ。だからこそ連絡出来たっていうのもあるんだけどね。だから保険として、とりあえず同じ学校にいる苗加さんに会うようにと思ってメールしたんだけど、まさかもうすでに友達だったなんてね」

 簡単な話だった。

 俺の身を救う足がかりとなった処方箋苗加。その娘が同じ学校に通っているから、知り合いになっておいて欲しかったということだろう。

「返信できなくなったのは、その後さらに自由を奪われたからだね。もう半分監禁だよ……。ごめんね、飛沫。心配かけちゃったね」

「……まったくだよ。閉じ込められてる間、何かされなかったか?」

 あんなことやこんなこと……。いや、実の姉を題材に変な想像とかしてないからね?

「特にはないよ。開発者として建前上私を表に出したかった、私の名前を自由に使いたかっただけだろうしね。下手なことは出来なかったんだと思う」

「そうか」

 俺は安心して一つ小さく息をつく。

「ってことは、美滝姉ちゃんが作ったリーダーってのは、正確には”この世界の”リーダーってことだな」

「ああ、そうなる。もともと異科学で作られていたリーダー用のディスクをこっちの科学で解析して、こっちの技術でリーダーを作っちまったってことだろう」

「そんなとんでもないことをしていたなんて気づかなかった……。それを作ってるとき、私は何か大きな力に動かされているような、操られているような気分だったわ」

 全く、本当にどんな頭をしてるんだか。実の姉ながら全く謎だ。

「しぶくんがセルフリードなんていう非常識な能力を持っていたみたいに、美滝お姉ちゃんも普通じゃない頭をしていた……。これって偶然なのかな。不思議……」

 確かに不思議だ。美滝の常軌を逸した頭脳に関しては微妙なところだが、俺はいつこんな能力を得たのだろう。

 心当たりのひとつとしては、あの泉か……。もしかしたら過去のあの出来事が何か関係しているのだろうか。

 だとしたら、居鶴や真澄も……?

 考えても分かることじゃない。いま必要なのは即使えそうな有用な情報だけだ。

 そして今、苗加の家に行ったことを想起して、また一つ思い出すことがあった。

「そういえば、美滝は羽込からリーダーは壊れてるって聞かされたんだよな? でもあいつ、リーダー持ってたんだよ」

 これは美滝の手紙を見た時に思ったことだ。羽込は確かに普通のと違うデザインをしたリーダーを着けて異世界への仕事に向かった。それはリーダーについて疎い俺でも気づくほどの違いだ。

「そんな……。じゃあ苗加さんは私を騙したってこと?」

「わからない。見た感じ、一般に出回ってるのとは違うデザインをしてたな。今考えると、もしかして異世界のやつなのかもしれない。たしか父親からもらっただの言ってたような……」

「えっ」

 そこで声を上げたのは、意外にも真澄だった。

「なんだよ真澄」

 うつむき加減の真澄に強めの語気で当たったのは失敗だった。

 美滝と俺中心で進んでいた会話に介入してしまったことを後ろめたく感じたのか、三人の注目を集めてあわあわしている。

 そうしてややあって心を落ち着かせ、あのね……、と話し始めた。

「わたし、旅行に行ったときね、ほら二人と違って苗加さんはわたしのお母さん見るの初めてだったでしょ? あのテンションのお母さんを見たものだから、話題も自然とそっちに行って……。だからね、会話の流れで『苗加さんはお母さんとお父さん、どっちに似てるの?』って聞いたの。でもその時に苗加さん、悲しい顔をして、『お父さんかな……』って答えたの。そこで気づけばよかったんだけど、続けてわたしね、『苗加さんのお父さんってどんな人?』とか、『どんな仕事してるの?』って訊いたの……。そしたら、『配達業をやってた』って。言及はしなかったけど、そこでさすがに気づいて……。多分わたし、嫌われちゃった。デリカシーのないやつだと思われた……。実際そうだよ。……あの時のわたし、最低だった。だから多分ね、苗加さんのお父さんは、もう……」

 段々と涙目になりながら激しい後悔の記憶を言葉にしていく真澄。

 重要な情報があったが、それより早く否定しなくてはいけないことがあった。

「そんなことない」

 自然と口が言葉を紡いでいた。

「知り合って間もない友達をそこまで想える真澄は、最低なんかじゃない」

「しぶ……くん……」

「そんな奴だから、こんなふうに何年も経っても、いっしょにいたいと思うんじゃないか」

 いつもぼーっとしたような目をしている真澄だが、この時ばかりは大きく見開いて顔を赤くする。なんだかこっちも照れくさくなる。

「それに、デリカシーの面で言ったら居鶴のほうが圧倒的に不足してるしな」

「は? 僕のどの辺がデリカシー不足だってんだよ」

 この状況でそうやってデカイ声出すとこだよ。

「ってことは、だ。羽込は単に亡くなったお父さんの形見であるリーダーを他人に譲りたくなかったってことだろうな」

 大体の整理は着いた。思い返せば、そう思える節はたくさんあったのだ。

 ディストルとやらでの諌紀との会話、あそこでもそれを匂わせるようなことを言っていたと思う。

「うん、大体話は繋がったな。飛沫が知らないうちに異世界に行ってたのには驚いたけど。なあ、でもさ」

 居鶴がまだこれ分かってないよな? といった感じで言葉を切る。

「セルフリードを見たとき、異世界の警察モドキも驚いてたんだろ? じゃあ飛沫のそれは、本当に何なんだ?」

「……」

 一同が沈黙する。いい感じにポンポン解決してたのに、どうしてくれんだ。

 この空気を断ち切るために、とりあえずそれっぽいワードを上げて場を和ませてみる。

「魔法、なんちゃって……」

「冗談になってないよしぶくん……」

 魔法使いになっちゃった!?

 まあこの話はさておき(さておいちゃうのかよ)、もっと大事な話をしよう。

「それでさ、これは全部状況を把握してから言おうと思ってたんだが……。俺あの日、地下のジオイル開発部で羽込に会ったんだ」

 三人が驚愕する。

「え? どうして? 何でそこで苗加さんが出てくるの?」

「そういえばさっき起き上がった時も、『どうして羽込があそこにいた』って言ってたわね。そういう意味だったのね……」

「苗加さんはジオイルサイドの人間だったってことか? どうなってんだよ……」

 各々が思ったことを口にする。多分その憶測のどれもが違う。

 あの日真澄は言った。羽込は良い奴だ。実際俺もそう思った。だからこれは俺が出せる、俺にしか出せない楽観的過ぎる仮定だ。

「俺思うんだよ。あの日俺たちがあそこから帰ってこられたのって、羽込のおかげなんじゃないかって」

 必死に言葉を紡ぐ。頭が良い三人に、正当な理由で否定されるのが怖かった。

「つまり飛沫はこう言いたいわけね」

 確認するように、美滝は間を置く。皆、俺の言いたいことはもう察している様子だった。

「苗加さんが身を売ったんじゃないか、と」

 俺は小さく頷いた。あの日に突然人質ひとじち(正確にはそうではないが)を全員解放するなどというのもおかしな話だ。それで俺たちは無事に帰ってこれたわけであるが。

 そしてこうも思った。羽込が自分の身を差し出す交換条件として、それを要求したのではないか、と。

 その後も俺たちは、出来る限りの情報共有を行った。

 俺は羽込を信じたかった。そしてこの三人にも、悪いイメージを持ってほしくなかった。

 だから俺は、羽込に気絶させられたことだけは話さなかった。

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