第33話 焼き戻し

「で、どうするんだよ飛沫はさ」

「羽込を助けに行く」

 閑話休題からの即答。迷いはなかった。

「でもどうするの? 助けるって言っても異世界に行く扉がないんじゃ……?」

「あっ」

 早速行き詰まってしまった。真澄の疑問はもっともだ。

「あんたね……」

 美滝が呆れたように頭を掻く。いや、だってほら……ごめんなさい。考えなしでした。

 俺が異世界に行けたのは羽込が一緒にいたからで、今はその羽込を異世界に助けに行こうとしているのだ。

 世界を渡る一切の手段を、俺たちは有していない。

「とりあえず、目ぼしいところを回ってみましょう。ジオイルの跡地とか、苗加さんの店とか。何か掴めるかもしれないわ」

 美滝の提案に反対の者はいなかった。

 俺は面倒な退院手続きを済ませ、三人と手がかりを探しに向かった。医者はあと三日は安静にしろなどと言っていたが、不思議と大丈夫な気がしてまともに取り合わなかった。あとからつけが来ないといいんだけど。

 ……フラグじゃないよ?

 そうして俺たちは大急ぎで二ヶ所を巡り、入念に探索した。しかし、異世界へ行く手がかりはこれっぽっちも見つからなかった。

 あの頃はあまりにもあっさり行けてしまって、案外身近なものだと思ったが、現実はそうではなかった。遠く遠く、遠すぎるファンタジー世界。それが本来の異世界なのだ。

「二次元に行きたいー」とか言ってる結構ヤバイ方々とやろうとしていることは広義では変わらない。そんなレベルなのだ。やはりあそこは、普通ではない異常な空間だったのだと今になって分かる。

 とにかく、完全に手詰まりだ。羽込の家に行けば、バックアップとしてあと何枚か扉のデータが入ったディスクがあるかもしれない。そう思ったのだが……。

 微かな期待は打ちのめされ、とうとう後が無なくなった。

 俺たちは羽込の家、その店側のカウンター付近に為す術なく佇み、途方に暮れていた。

「くそっ! 何かとっかかりの掴めるものさえあれば!」

 そんな希望的な発言さえ今や幻想であり、空虚な妄想でしかなくなりつつあった。

 しかしそのとき、隣で息を呑む声が聞こえた。

 条件反射的に横を見ると、居鶴が驚いたような顔を浮かべていた。

「どうした?」

「なあ、あれ……」

 居鶴が乾いた声とともに指さした先には、金属製のアクセサリーのようなものが見える。

 一見何の変哲もない、地味めな雫形のキーホルダーだった。

「あれがどうかしたのか?」

「覚えてないのかよ!?」

 居鶴はやれやれといった感じに頭を押さえると、

「あの日は、暑かっただろ?」

 と俺に投げかけた。

「ああ、そうだな」

 こいつがあの日という時は、たいてい泉に辿り着いた少年時代のあの日を指す。

 確かに暑かった。それはもう、目を閉じるだけで青々しい自然とジージーミンミンうるさいセミたちの声がすぐに思い出せるくらいには。

 だがそれが、今この状況と何か関係があるのだろうか。

「じゃあ、なんで暑かったんだ」

「夏の晴れた昼下がりだったからだろ」

 重ねられた問いに、苛立ちを隠せない。

「じゃあ何で夏の晴れた昼下がりだったんだよ」

「なんだよ、回りくどいな。早く結論を……」

 そこで俺は思い出す。あの日は、泉に辿り着いただけではなかった。

 そうだ、たしかにあった。これがどう今の絶望的状況を打破する鍵になるのかわからないが、俺はこの件が今と全く関係のないことだとは、不思議と考えなかった。

「そうだよ。出発予定時刻はもっと早かった。それがあんなに暑い時間になっちまったのは、」

 ゆっくり、ゆっくりと戻ってくる。じりじりと、徐々に頭のフィルムが鮮明さを取り戻す。

 それを、息を吐きながら追う。あの日あった、もうひとつの出来事を。


「飛沫が困ってる女の子を放っておけなくて、走り回ったせいだったろ?」


 ずっと考えていた。

 どうして俺たちが、俺たちだけが、あの泉にたどり着くことができたのか。

 もしかするとこれは、そのことに大きく関係しているのではないか?

 俺は手を握った。ある女の子の手を。

 そして、俺はあの日――。

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