第31話 全てはこの四人から
「ちょっと、あんまり走ると疲れちゃうよ」
先頭をドタドタと駆けて行き、列から離れた点となった少年に、労るような声がかけられる。
「大丈夫だよ、今日のために鍛えてきたもんね」
「まって、まってよしぶくん」
「さすが俺たちの飛沫だぜ!」
彼、彼女らはそれぞれ、思い思いの言葉を飛ばす。
彼らは街で有名な探検隊「スプラッシャーズ」。
名前なんてどうでもいい。隊長である少年の名前が由来だが、その呼称を使う機会はあまりなかった。TVでやってたヒーローものの秘密結社の名前がかっこよかったので、それにあやかってつけてみただけだ。とにかく、冒険好きの連中が寄り集まった自称、精鋭部隊だ。
その中でも特に活発だった少年はいつも急いで先へ先へと行っていた。
隊長としての威厳を示すための、一種の見栄というやつだった。
森の奥にあるという泉を探しに行ったその日も、好奇心に導かれるまま身体は動いていた。
そのときだ。
「うわわっ!」
「飛沫!」
何かに足を取られる。見るとそこには大きな溝があり、雨上りで水を多く含みぬかるんだ地面と相まってまるでトラップのような危険な仕掛けと化していた。
バランスを崩した少年の体を、他の三人よりひとまわり大人びた少女は焦って抱きかかえる。
「大丈夫だった?」
「うん……イテテ……って、うわ!」
少年は見栄を張って駆けて行った勇ましい自分と今抱きかかえられている自分の対比の恥ずかしさから、その胸から抜け出す。
拒絶してしまってから申し訳なくなって、謝罪と感謝の言葉を述べようとしたが、出かかった言葉は喉の奥で詰まり音にならない。いつもこうだ。見栄が本心の邪魔をする。
「大丈夫そうね。良かった」
そう言ってくれた彼女の身体は、とても――
* * *
……ゆっくりと、目を開く。重い。瞼が過去最大級の重さだ。
「飛沫、飛沫、」
気づくと、誰かに横から抱きつかれている。
朦朧とする意識で現状を把握しようとするが、今に至るまでの一切の記憶が戻ってこない。
頭の中を探り始めた時点でそんなものはないと思えるくらいに綺麗さっぱり抜け落ちている。
理由もわからない驚きが先に来るくらい、今の状況は俺にとってあり得ないものだった。
温かい。
この感覚は、いつか、どこかで……。
「み……たき……」
「良かった、意識が戻ったのね」
口をパクパクさせるだけで、その後の言葉が出てこない。
少しやつれているように見えたが、確かに俺の姉、清水美滝がそこにいた。
身体をあちこち見回すと
「大丈夫そうね。良かった」
そう安堵の声を漏らした。
ここは、病院だった。
「美滝姉ちゃーん、水買ってきたよ…………お!?」
正確に見合わないゆっくりとした動作でコソコソとドアを開けた居鶴は、こちらを向き、短く声を上げる。
「しぶくん! よかった、よかった……。わたし、もう話せないかもって……」
真澄も同様に安堵の表情を浮かべている。
そんな状況の中、この部屋で俺だけが、全く違う表情をしていた。
そこは、文字通り夢のような空間だった。
だって、さっき夢でみたメンバーが、そのままここにいたのだから。
徐々に意識がはっきりとしてくる。そうだ、俺は。
「おい! これ、どういうことだ! 俺たちみんな、捕まっちまったんじゃないのかよ」
溢れてくる疑問の数々を俺は連ねる。
「なんで美滝がいる! 真澄は怪我はなかったのか!? なんで羽込があそこにいた!?」
三人が、呆気に取られたような顔をする。
「まあ、そうだよね。起きたばっかりじゃ、こうなるよね」
美滝が口を開いた。思えば、姉とまともに会話するのなんていつぶりだろう。
「いいわ。私から説明する」
早く現状を把握したかった。焦る気持ちが鼓動を強め、動悸のように息を荒げる。
「そうね、飛沫が知りたがっているのは多分、二日前のことなんでしょうけど、とりあえず時系列に沿って話すわね。じゃないと私も飛沫も混乱しそうだし。真澄ちゃんから手紙は見せてもらったんだよね?」
「あ、ああ……」
手紙の内容を思い出し、言葉に詰まる。思い出すのも辛いような手紙のことを、美滝はさらっと口にする。こういう人なのだ、俺の姉は。
「なら、相当話は省けそうね。私も真澄ちゃんや居鶴くんから話は聞いたよ。だから飛沫が私に伝えなくちゃいけないと思っている大抵のことは、もう既に知っていると思ってくれていい」
美滝の口ぶりから察するに、あの日から二日が経っているようだった。その間に、彼女らの知り得る情報の共有はなされているということだろう。
「話すのは飛沫が倦怠期から抜けだした頃から、ということになるかな。その頃にはもう、リーダーという装置は私の手に余る物になってしまった。歯止めが効かなくなってしまった。というのは、何となく想像つくよね。株式会社ジオイルっていうのはね、半ば強制的に作らされたものなのよ。飛沫に薬の投与を失敗して途方に暮れていたあるときね、スーツに身を包んだ奇妙な男が現れて私に言ったの。『その技術を世に送り出さないのは罪だ。すぐに人々の役に立たせるべきものだ』ってね。私もそれが正論だと思ったわ。だってもしかしたら、私のような、そして飛沫のような人たちを救うことが出来るかもしれないと思ったから。私は知り得た技術を提供して、その人たちの協力のもと会社を作った。いいえ、実際には手続きは全部あっち。私は開発部の社員の一人という形に落ち着いた。でもそんなことはどうでも良かった。多少割が悪くても私は利益を得たし、何よりリーダーは人々の役に立っていたように見えたから。でもね、違ったの。私は騙された。私一人の手に余る技術がたくさん作られて世界に普及しても、世界の手に余るだけだったんだよ」
俺は数週間前の、小学校での出来事を想起する。あんなことが世界中で起こるんじゃ、たまったもんじゃない。何もかもが不自然に早すぎた。
それでも本当はあんな危険なデータは一般には売っておらず、犯罪の道具などにないよう設計されているはずなのだが。
「そういえば、飛沫だけリーダーを上手く動作させることが出来ないのは、そのセルフリードとかいう力が原因ってことでほぼ間違いないと思う。リーダーっていうのは元々装着している人の本来の能力を基盤としてそれを拡張させて動かすものだからね。その基板にそれ以上の力が備わっている飛沫の能力は拡張できない。だから動かせないんでしょうね」
世界を狂わせてしまった全ての元凶は俺だ。俺が倦怠期なんてものに陥って、せっかく美滝が作ってくれたリーダーを
その動作不良の原因は皮肉にも、俺をあちこちで助けてくれたこのセルフリードのせいだった。
薄々感づいてはいたものの、開発者である美滝に真にほぼ等しい情報を突きつけられると、嫌でも自分を許せなくなる。
美滝は続ける。
「現に今起きてるような犯罪は、国を取り締まっている機関の技術じゃ手に負えない。だから私は公開しようとしたのよ。企業秘密、私が作り出したリーダーについての全てを、しかるべきところにね。でもそれを知ったジオイルの対応は早かった。上層部はいち早く私を幽閉すると、家に返してはくれなかった。行方不明になっていた人々についても、多分同じだと思う」
「じゃあどうして……」
「じゃあどうしてその幽閉されていた私が今ここにいるのかってことは、飛沫たちが開発部に乗り込んだ二日前に遡る……いいえ、進むわ」
俺が口を挟もうとすると、美滝は先回りして話を続けた。
「上層部がコロッと対応を変えたのよ。”目的は果たしたからもうお前らなどどうでもいい”といった感じで、捉えていた人々全てを開放した。おかげでその後は開放された記者たちの暴露ラッシュ。でね、それと同時に開発部に勤務していた社員たちは一人残らず姿を消したの。だから株式会社ジオイルは倒産。もう事実上存在しないわ。あるのは空っぽになった建物だけ。本当、何処へ逃げたのかしらね。そういうことで、今に至るわ。私は昨日、然るべき機関への技術提供を済ませてきたところよ」
「なるほど……」
二日前と言われて、思い出したことがある。
「そういえば真澄、なんでお前は開発部が地下二階にあるとわかったんだ?」
油断していたのか、一瞬キョトンとした顔を見せる真澄。
「あ、あれね……。わかったというか……外の案内には地下の階なんてなかったのに、エレベーターのボタンには『B2』があったから」
「……すごいな」
本当に、よく周りを見ている。だからこそ、多方面に気遣いのできる奴なんだなと改めて思う。
さて、美滝の話についてだ。
ジオイルの連中が何処へ姿を消したのか、俺には心あたりがある。そしてなぜ、ジオイルが突然幽閉していた人々を開放したのかについても。
美滝は大抵のことを知っているといった。真澄、居鶴たちから話は聞いたと。
だが、彼女はこれ以上ないくらい重要な事を知らない。
「飛沫、案外驚かないのね?」
思った反応と違ったのか、俺が思考を巡らせていると美滝はそう聞いてきた。
「ああ、いや……」
確かに驚いた。そんなことがあったなんて。そう思った。でも驚き続けている暇などなかったし、これから話す信じられないようなものの存在のせいで、驚くことにはもうとっくに慣れていた。俺には可及的速やかに伝えなくちゃならないことがある。
「美滝、俺は」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。言っていいことなのか否か。判断するより先に口が先を急ぐ。
だって、これを伝えなくちゃ始まらない。
俺は決心し、口を開く。
「俺は、異世界に行ったことがある」
美滝の手紙を見て、多くのことを知った。でも、全てを知ったとは思わなかった。
でも今この瞬間、俺は残っていたピースを見つけたような、こんどこそ全てが繋がるような予感がした。
「リーダーは多分、異世界の科学技術なんだよ」
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