第26話 再会への焦燥

 株式会社ジオイルはをその分野のマーケットを独占する巨大資本だ。

 本社を都内に有しており、交通アクセスも駅からシャトルバス1本。開発と生産、販売の両方を取り行う会社として申し分ない立地だった。

 インターネットを駆使しても商品情報以外のまともな検索結果が引っかからなかったその企業について、いち早く教えてくれたのは居鶴だった。俺が場所について尋ねると二秒と待たずそれを教えてくれた。

 とはいえそれは機密情報というわけではなく、知っている人は知っている、というレベルの都市伝説みたいなものらしい。何であいつはそんなことを知ってるんだか。

 気付かれないように、誰にも気にされないように。そんな感じで内部に関する情報を濁し、薄めているという感じだ。

 真澄は「ちょっと、いずくん。いいの……?」と、居鶴を咎めていたが、俺からすればありがたい限りだった。

 目の前にそびえ立つ建造物を、足元から最上部まで一望する。

 ジオイルの開発部はたしかにここで研究を行っているはずなのだが、ビルの外にそれらしい表示がなかったのでいまいち判然としない。

 外装も、周りに立ち並ぶそれらとそれほど差異はない。

 それもそうだ。機密と入ってもここは都内。そんなに奇をてらったような作りにはなっていなかった。

「あの」

 カウンターに居る受付令嬢に話しかける。

 ……ん? この人、見たことある……? いや、そんなはずはないか。

 フロントにスタッフ一人だけという状況を見るに、どうやらこの女性が接客全般を担当しているようである。

「すみません。ここにジオイルの開発部があると聞いてきたのですが」

「はい。十二階にございますが、ご用件は何でしょう」

「姉との面会です」

「姉、とおっしゃいますと?」

「美滝……、清水美滝です」

 その名を口にした途端、女性接客員は大きく目を見開き「少々お待ちください」をも言わずどこかど電話で連絡を取り始めた。

 アポ無しだったから焦っただけ、などという反応には思えなかった。

 長い通話に苛立ち始めたころ、受付令嬢は通話をやめた。

「美滝様は、現在とても立て込んでいて」

「時間はとらせませんので」

「申し訳ありませんがお引き取りください」

「いや、そういうわけには、」

「お引き取りください」

 話にならない。これはどう見ても、頑なに会わせないつもりである。

 痺れを切らした俺はエレベーターに向かって歩き出した。

「ちょっと、お客様」

 見たところこのビルに階段はない。緊急時などどうするつもりなのだろうか? もしかしたら目に見えないどこかに配置されているのかもしれない。

 エレベーターの前に立つ。ボタンを押すが動作しない。どうやら特定の人間しか使えない仕様になっているらしい。

 ふと横を見ると、小型メモリが置かれた小さな窪みと、その発動を認識するための黒い正方形のセンサーがある。

 つまりは、そういうことだろう。鍵を使え、と。

 ほぼ間違いなく、小型メモリを専用の読み取り機器で再生すればエレベーターが作動する仕組みになっている。

 受付令嬢は深追いをしない。きっとエレベーターに乗ることができない俺が踵を返して戻ってくると思ったのだろう。

 だが、そうするには惜しい条件が今手元に揃っている。俺にはチカラが、武器があった。

 これをやってしまえばもう後戻りは効かないだろう。

 でも、もう迷っている時間は……

「待って!」

 ロビーに響く声。そこにいた者全員が一斉にそちらを向く。

 息を荒くしてそこに立っていたのは、真澄だった。

 ふぅー、と深呼吸をすると自分がしたことを自覚したようで一気に顔を赤くした。

「お願い、待ってしぶくん。一旦外に出て、わたしの話を聞いて」

 こっちに歩み寄りながらさっきとは正反対の、息を殺した声で俺に詰め寄る。

「いや、だけど真澄。俺は美滝に会わなきゃ」

「お願い」

 懇願するような、縋るようなその目は、真剣そのものだった。

 気圧されて、俺は従うことにした。


   * * *


 真澄がその場で話さず俺を連れ出した理由はすぐに分かった。

「わたしのところに美滝お姉ちゃんから手紙が来た、いいえ、来てたの」

「なっ」

 俺にメール一通を寄越してから一切の連絡が途絶えた美滝が真澄にふみを送っていた?

 たしかにこの話はあのビルの中で他人に聞かれると不都合が生じそうだ。真澄は続ける。

「美滝お姉ちゃん、わたしがこっちに来てるの知らないで湧生の家に手紙を送ってたみたい。もしかしたら似たようなのがいずくんのおうちにも来てるのかも。それをわたし、あの日、湧生に戻った日にね、お母さんから受け取ってたの。いや、正確にはその次の日かな。しぶくんが起きる前」

「どうしてもっと早く……あ」

 そこまで言って気づく。

「うん、そうだよ。わたしあの日ね、まだ手紙の中身を読めてなかったの。あとで一人でゆっくり読もうとしてた。それに直接わたしに送ってくるようなことなら、もしかしてしぶくんには話さないほうがいいことなのかもしれないと思って、手紙を貰ったこともしぶくんには黙ってた。でもあんなことになっちゃったから、読む機会も、話す機会がなかったの」

 そうだ。もっと早くに伝えることができたならそうしているだろう。”あんなこと”というのは真澄たちが森で気を失ってしまったその日の出来事のことだ。

 話さなかったのではない。美滝の気持ちを汲み取ろうとした故に、話せなかった。水瀬真澄は馬鹿じゃない。

「それでね、今日この手紙のことを思い出して、中身を読んだんだ。そしたらね、書かれてたよ。この半年間のことが」

 真澄はそれを読み上げるより直接見せたほうが早いと判断したのか、肩掛けカバンをゴソゴソと漁り始め目的のそれを見つけると、俺に手渡した。

「美滝お姉ちゃん、本当はきっとしぶくんに話したかったんだよ。でもできなかった。ついこの間までの自分を思い出せば、分かるでしょう?」

 真澄の前置きを聞き終わると、俺は手にした手紙に書かれた文字をゆっくりと追い始めた。

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