第27話 パズルピースのよう
真澄ちゃんへ
飛沫とは仲良くやれているでしょうか。
真澄ちゃんに手紙を出すのは、いつ以来だろうね。
ちょっと長くなるけど、私のこと、聞いてはいただけないでしょうか。
全部背負い込ませるようで、ごめんね。
この手紙のことは、機会が来たら真澄ちゃんの判断で飛沫に話してくれていいです。
真澄ちゃんを選んだのは、安易に秘密を漏らさないから。言うべきか言わざるべきか、客観的にちゃんと取捨選択ができるから。
そして何より、飛沫を大切に思ってくれているからです。
だからって、絶対秘密にしろなんて横暴なことは言いません。真澄ちゃんのしたいようにするのがきっと正しいことだと、私が勝手に信じてこの手紙を書きました。きっと真澄ちゃんを困らせること、判断を悩ませたり葛藤を抱えさせたりしてしまうこともたくさんあると思う。
……ごめんね。それでも伝えなきゃいけないことだったから。
友達としての信頼の意味を込めて、私がこれまでにしてきたことのほぼ全てを綴ろうと思います。
半年前、飛沫の妙な病気を治すために私は、途方に暮れながらもあらゆる病院を回っていました。
でも、お医者さんは皆かぶりを振りました。そんな病気知らないとか、それは心の病だ、とか。
その診断結果に
絶望的だと思っていたその時、あるお医者さんが「どんな病をも直す場所がある」という胡散臭い情報を提供してきました。
この時すでに何十件もの病院を回っていた私は、正直うんざりしていました。
釈然としないまま、藁にも縋る気持ちで私はそこへと足を運びました。
そこが「処方箋苗加」でした。
私にそこを紹介した医者は、処方箋を経営する苗加さんのお得意さんだったようです。
処方箋苗加さんは一般の医療機関では治療不可能な病の患者に紹介させることで、そのお医者さんにお金を渡していたと、私は後から知りました。
お医者さんもそこをあらゆる病気に対応した優秀な処方箋兼カウンセリング施設程度にしか思っていない様子でした。
レジ打ちをしている苗加の娘さんに事情を話したところ、飛沫の症状は確かに病気だろうと言います。
しかしそこで処方されたものは薬ではなく、何と一つの小さな補助記憶装置。
機械のことならある程度知っていました。一見USBメモリにしか見えなかったそれを、彼女は治療薬だと言います。
メモリー型の薬を提示し、しかしそれには特殊な読取り機器が必要だ、なんて言うのです。
そんな話があるか、馬鹿馬鹿しい。私は未だかつて無いくらいの憤りを覚えました。
心から苦しんでいるのに、それを見て小馬鹿する人を、私は許せませんでした。
彼女はこうも言いました。
先ほど言った特殊な読取り機器は現在壊れていて、修理には大体六千万円かかる。今すぐに治療は施せない、と。
付き合っていられない。悲しみに埋もれ、心が真っ暗になっていく感覚。私は帰ろうとしました。
その時でした。カランカランというベルの音とともに開かれたドアから誰かが駆け入ってきて、私の隣を通り過ぎます。
その人は「バン!」とカウンターに手をつきました。
その音に反射的に振り返ると、そこには大粒の涙を流した女の人がいました。
ああ、この人もまた、苦しんでいるところに漬け込まれ、騙され、大切なモノを失ってしまった一人なんだ。そう思いました。
でも、その人はこう言うのです。
「ありがとうございます。ありがとうございます。私はあなたを嘘つきだと思っていた。また簡単な手に引っ掛けられて、騙されたんだと。何と謝り、何とお礼をすればいいことか」
何度も、何度も頭を下げ、救われたような顔をするその女の人が嘘を付いているように見えなかったのは、
ともかく、私は「もうこれっきりだ」という覚悟でそれに手を伸ばしたみることにしました。いいぞ、騙されてやる、と。
そんな投げやりな気持ちで踏み込もうとした私にも、まだプライドというものがあったのでしょう。
ただでは騙されてやれない。それではただの敗北だ。六千万円などという大金、気安く貢いでたまるものか、と。そもそもそんなお金所持していなかったので、貢ぐこと自体不可能だったわけですが。
ここで私は、誓いを立てました。おかしくなってしまった弟ために、これからの一年を捧げるという。
私は在庫が一つだけ残った三万円のその薬と、同様に特殊なリーダーが必要だという一万円のテスト用補助記憶装置だけを手に取り、レジ打ちをする女の子に差し出しました。
私は自らの手で、サンプルさえ無いその特殊な読み取り機器を創り上げると決めたのです。
それからは必死でした。一年という目標の中、私は足掻きました。大学に通いながらもサークルなどには入らず、購入したディスクを研究室でひたすらに解析する日々。
遠すぎる目標。訳の分からないその円盤に、私は何度も疑心暗鬼になりました。
しかし不思議とその機器の真理を知ることを「不可能だ」と思うことはありませんでした。
そしてそれは、思いの外早く叶いました。私はたった四ヶ月程度で、リーダーを完成させたのです。
できるはずないと思っていたものが、こんなにも早くできてしまった。そのことは私自身をとても驚かせました。自分が自分でないようで、怖くなるほどに。
信頼を置ける周りの方々に秘密裏に試してもらい、テストにも成功。
嬉しさのあまり私は飛び跳ねました。これで飛沫やお母さんを救える。私も、報われる。そう思うと、自然と涙が出ました。
すべての準備が整い、いよいよ飛沫にこれを使うぞと意気込んで帰宅し、私は階段を駆け上がります。
ここからのことは、あまり思い出したくありません。
私の作ったそれは、そのときぴくりとも動かなかったのです。
このために、このためだけに作ったのに。
なんで、今このとき、目標としていた今ここでだけ動かないんだ。
おかしい、おかしい、おかしい。そんなはずない。
私は何度も不備がないか確認しました。自分で使ってもみました。
でもどうしても、飛沫に着けた時だけ動きません。
薬となるメモリのデータを投与するためには本人がそれを読み取る必要があります。
それができないとなれば、あるのは絶望だけでした。
あの女の子が言っていた正規品、それなら動くのだろうか。正規品さえあれば。
ここで、私は一つ閃きます。
彼女が提示した六千万円という馬鹿げた額。非現実的で、不可能な額。
不可能? いや、待て。果たして本当にそうだろうか? 今、私の手首に付いているものを見てみろ。
あのときは、確かに突飛な額に拒絶反応を起こしました。
でも今は、その大金を得る手段があるじゃないか。これだけすごい技術を、私は創ったじゃないか。
自分のリーダーと治療用データの入った補助記憶装置を飛沫の部屋に投げ捨て、私はそれを直ぐに実行に移しました。
こうして私が開発した「メモリディヴァイダリーダ」は特許取得の手続きを経て、世に送り出されることになります。
ここで私は、間違えてしまったみたいです。
新商品の開発、ユーザーからの要望の実現、度重なる取材。
私は家に帰ることができなくなりました。
それでも機会を見て久しぶりに家に戻ると、飛沫と玄関で鉢合わせました。
まっててね、もう、直せるからね。強い思いを込めた
「ただいま」
でした。
飛沫はケロッとした顔をしていました。
「おかえり」
……え?
頭が真っ白になりました。
今確かに、飛沫は帰宅した私を迎え入れる挨拶をかけた。
そんな、ありえない。
ということは、治っ……た……?
この前までだったら、となりを無言で通り過ぎるどころか、自室以外で見かけることなんてめったにないくらいだったのに。
それなら私は今まで一体何を。
その時にはもう、リーダーは日本国を中心とした各国で、人々にとって当たり前のものになっていました。
* * *
まだ手紙には続きがあったが、ここまで読んで俺は言葉を発さずにはいられなかった。
「まさか、これは」
自然と漏れた、呼吸音の混じるその言葉から俺の考えを悟ったのだろう。真澄も確信を深めたようで、ひとつ頷き
「ねえしぶくん、これってやっぱり……」
と同意を求めた。
「ああ、恐らくお前が思っている通りだ」
期待しているだろう答えを返す。
何ということだ。俺は今の今まで、とんでもない勘違いをしていたのではないか。
美滝は多分、俺がこれを知ることで計り知れない責任を感じてしまうと考え、すべてを打ち明ける相手として真澄を選んだのだろう。
実際のところ、今俺は、自分に酷く憤りを覚えている。
この数週間で俺が経験してきたこと。美滝の行動。それら全てがパズルのピースのように、まっさらだった疑問のボードを埋めていく。
俺が引きこもった半年間。美滝が病院を巡り、リーダーを作った四ヶ月。リーダーの驚異的普及速度。
美滝がリーダーを作った。リーダーは動かなかった。俺の部屋にそれとメモリを投げ捨てた。そして――
「俺は無意識のうちに自らの手で、治療データの入ったメモリに触れた」
色々なことを思い出す。各地で頻発しつつある事件。異世界からの贈り物。何故か俺だけ発動できないリーダー。
俺は何を知り、何を知らなかった。
たった半年間。俺が知らないうちにこの世界で起こった驚くべき変化。
その元凶は――。
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