第25話 万全ではない準備

 翌日土曜日、俺はとなり町のバス停にいた。目的地までは徒歩約五分。

 ややあって自動ドアをくぐると、目的のコーナーを目指す。

 数日間の能力実験で、分かったことがある。

 俺が色々な制限なしで読み取れるのは、ディスク媒体に格納されだデータだけであるということだ。他の媒体だと、それほど高速で読み込むことは出来なかった。

 ディスク特化型セルフリードということなのだろう。そもそもセルフリードという特異な力が使えるのは俺だけなわけであるが。

 つまり何かあった時に切り抜ける武器として必要なものは、豊富かつ多彩なディスクということになる。

 しかし、多ければいいというものでもない。量が多くなれば重さも体積も増し自身の動きが鈍る原因になりかねない。持ち歩き過ぎもNGということだ。

 また熱エネルギーから運動エネルギーが作れるなら、熱エネルギーから電気エネルギーとかも作れるんじゃないかと思ったのだか、そういうわけでもないようだ。どうもそのあたりは曖昧だった。だがひとつの収穫として、俺は力を使う前にそれに対して「できそうだな」とか「できなさそうだな」と何となく直感できることが分かった。初めてディスクを飛ばしたとき、俺はそれをすることが「可能だ」と思った。だが、炎から電気をつくろうとした時にはそれがなかった。要はできることは能力を発動しようとしたときに感覚的に分かるということだ。

 そして一番の問題は、コストだった。

 金が必要だ。リアルマネー。ディスクは俺が倦怠期に陥る前と同様、家電量販店で手に入れることができる。

 手に入れるというのはつまり、購入するということだ。DVDやBlu-rayディスクと同じ区画に配置されたリーダー用ディスク(ディバイド・リーダブル・ディスク、略してDRDとかいうらしい)のコーナーは、位置こそ近いながらもその価格は他の商品と一線を画していた。

 中にデータが入っているのだから、感覚的にはアニメやドラマのいわゆる円盤やゲームソフトに近いのかもしれないけど、それにしたって高すぎる。

 具体的には、一枚一万円程度。いや、安いものもあるのだ。授業に用いたアサガオのデータが入ったディスク、あれなら四千円程度で手に入れることが可能だ。

 だがそれでは武器にならない。俺の能力は本来のリーダーのそれとは違うので応用次第で武器になる素材が入ったものもあるだろう。具体的には、最初に使った小さな火が入ったディスクとか。だがアサガオでどうやって戦う? 相手の銃口から花を咲かせるか? 容赦なく撃ち抜かれるだけだ。

 豊富なディスクなど、一高校生である俺が手に入れることそれ自体がそもそも不可能に近いのである。

 所持金は親にねだってかつ、ありったけの小遣いをかき集めて約五万六千円。あ、あとご祝儀が少し……。そして所持しているディスクは羽込が寄越したディスクケース内の余っている少量のみ。

 これらを如何にして有効活用するか。それが今回の課題だ。

 かくして俺は最寄りの家電量販店にやってきた次第であるが、実際目にすると、やはり怯んでしまう。

 五万六千円……これがあればゲームを買ったり美味しいものを食べたり、欲しいものが多い盛りの時期の高校生にとって、これは大金だ。

 一瞬羽込ならいくらでもディスクを提供してくれるのではないかという考えが頭をよぎったが、やはり人の買ったものを使うというのは忍びない。

 自分の金を前みたいに発射一発で一万円を吹っ飛ばすということになると、それもまた、なかなか思うところがあるわけだが……。

 それでもここで引き返すわけにはいかなかった。

 ある程度目的の品は絞ってきたので、それを探しながら他に目ぼしいものがないかゆっくりと棚を眺めて回る。

 そのときだった。


「へぇ、君、面白いね」


 ゾッとする、舌舐めずりをするような声が耳に入った。

 聞きなれない声の主を確認するため顔を上げる。

 するとピシッと決めているのに不思議と似合っていないスーツに体をうずめた、恐らく成年男性が不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。

 今のは、俺に話しかけたのか?

 慎重はやや高め、髪は銀に近い光沢を持った白。自分は人間であると装ったかのようなその風貌に、俺は不信感しか覚えなかった。

 何だ……こいつは。

「見たところ高校生くらいなのに、ここの商品に興味があるのかい」

 明らかに年上だが、なぜだかこいつに敬語を使うのは憚れた。

「だから何だってんだ」

「おっと、不審がらせてしまったかな。いやはや店内を見て回っていたら面白いものが目に入ったんでね。つい声をかけてしまったよ」

 話しているだけで不快だ。男は笑みを崩さずこちらを観察するように見続ける。

「申し訳ないけど、気持ち悪い。早くどっかに行ってくれ」

「初対面の大人相手に礼儀がなってないね。まあでも、それには従うことにするよ。そろそろ時間だしね。いい買い物ができるといいな。じゃあな」

 それだけ言い残すと、男は『STAFF ONLY』のドアへと姿を消した。

 その様子が誰かに悟られるのが何故か怖くて、長く息を吐く。呼吸が荒い。動悸が収まらない。頬を冷たい汗が伝うのが分かる。

 なんだろう。あいつには二度と会いたくなかった。

 早くその場から去りたかった俺は目的の品を揃えカウンターに持って行くと、ありったけの金を叩きつけ帰路についた。

 やっちまったぜ……。じゃあな五人の諭吉と六人の英世、栄光のイレブンたちよ……。

 なんとも言えない気分になりながらも、帰りのバスの中で俺は自身のこれからについて思案した。

 帰路とは言ったが、家には帰らない。俺が次に降りた停留所は、『首都機密開発機構ビル前』。

 真澄たちから聞いた、ジオイル開発グループの研究施設本陣である。

 俺はもう一度深呼吸をして、自分の知り得た重要事項をメモとして記入した手帳を胸ポケットから取り出し、開く。

 一読してからそれを閉じ、さっきと逆の動作で収納する。

 念のためもう一度全てを暗唱で再確認すると、その入口へと足を伸ばした。

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