第2章 俺の知らないその世界

第21話 開幕! 初デリバリー

「おい、追いつかれるぞ!」

 俺は叫び声を上げる。

「いいから、集中なさい。落ちるわよ」

 半狂乱になる俺との対比の所為か、こいつの落ち着きはいつも以上のものに映った。

「ただ運んでるだけなのに!」

「そんな混ぜ込みわかめのキャッチコピー見たいな事を言っている暇があったら、どんどん手を動かしなさいな」

「言ってねーよ!」

 混ぜ込みわかめ大好きか!

「まったく、わかめの手も借りたい状況ね」

「全然うまくねーよ! なにドヤ顔してんだよ!」

 わかめの手ってどこだよ。意味わかんねーよ。

「察しが悪いわね。そんなありもしないものに頼りたくなるくらい、危機的状況ということよ」

「どんな比喩だ!」

 たしかにこの状況はヤバい。が――

「お前、冷静だよな」

「これはやせ我慢よ」

「俺の賞賛を返せ!」

 高く買ったのに! よく見たら瞳孔開きかけてるじゃねーか!

「燃料も余裕あるし、速度上げるわよ。運びきれば私たちの勝ち。トッテモカンタン、デス」

「とてもそうは思えないんだが……」

 何でカタコト。とりあえず落ち着けよ……。

 本来は俺が落ち着かされる側のはずなんだけどな。

 本当に、なんでこんなことに。俺は心のなかで何度目かわからない溜息を付く。

 依頼主である魔法少女ならぬ異科学少女サキサキ(笑)と別れたあと、俺たちは可及的速やかに運搬及び逃走を開始した。

 相変わらずとんでもないスピードで突っ走るバイク。

 その横、屋根のついたサイドカーの中で、俺は別れ際に交わした会話を思い出す。


    * * *


「じゃあ、行くわよ」

 苗加が出発を告げる。

 あんなことを聞いたあとで悠長にしていられる俺ではない。

 追っ手が来る。

 追っ手などというワードを普段耳にするわけもない俺が連想したのは、不思議にも小学校の校庭の風景だった。

 誰かに追われるなど、それこそ小学校の時よくやった鬼ごっこやケイドロくらいだったからである。

 地域によっては呼び方が違うかもしれないが、ケイドロとは警察役と泥棒役に分かれて行うあれである。

 その遊びでさえ警察役に追われる時の息の詰まる感覚は、異様な緊張感を含んでいた気がする。

 俺はそれが嫌いではなかったが、仲間のタッチで脱獄できないとなると話は別だ。

 想起した映像は迫り来る友人にタッチされたあと、突然の場面転換をした。

 連想されたのは牢屋に閉じ込められた人影。

 鉄格子の向こうに映る、自分の姿だった。怖い。単純にそう思った。

 怖いから、正直早くここから去りたかった。

 そんな俺に構わず、投げかけられる声。

「またね、はこみん♪ 飛沫くんも、これからよろしくねー。アタシのことは、サキサキって呼んでくれていいから」

 依頼主である徳井さんは、俺が苗字で読んでいることが気に食わなかったのか、呼び方の訂正を促した。

「ああ。よろしく、徳井さん」

「うー、わかったよぅ……。じゃあ名前でいいよぅ……」

 俺が下の名前で読んでいる女子など、小さい頃から親しい真澄くらいのものだ。

 それをこの人は容易く要求してくる。俺には少し、ハードルが高い。

 抵抗はあるものの、名前で呼べる女の子がいるというのは、男子にとっては一つのパラメータ。自慢できる存在だ。

 この機会を逃していたら一生モテない気がした俺は、気持ち悪い照れ方をしながらもそれに応じた。

「え、えと……よろしく、諌紀……」

「なんか、挙動不審だねー……」

「慣れてないんだよ! 察してくれ」

「あー、君そっちのタイプの人かー」

「そうだよ、悪いか」

「いや、アタシは構わないんだよー? でもそういうのって世間一般から見るとどうなんだろうっていうか、普通じゃないというか……」

「そんなに蔑まれるの!?」

 女の子と落ち着いて話せないくらいで!?

 というか、また話が噛み合ってないような……?

「だって……ほら……適当に接してるってことがバレるのが怖くて挙動不審なんでしょ……?」

 ……ん?

 思考を巡らせ、ひとつの回答に至る。

「さっきの撤回!! 俺はそっちのタイプの人じゃない!!」

「そんな頑なに否定しなくてもー。そんなことくらいでアタシは飛沫くんを嫌いになったりしないから。素直になっていいよー」

 よしよし、と頭を撫でてくる。

「いや違うから! ただ女の子慣れしてない人だから!」

「あ、そういうこと」

 この子と会話するときは全部詳細に話さないと変な解釈されるから気をつけよう……。

 っと、長話してる場合じゃないんだった。

「じゃあ、行くか苗加」

「そうね、飛沫くん」

「おう……って、え?」

「私のことも名前で呼んで頂戴。水瀬さんも徳井さんも下の名前で呼ばれているのだから、別に構わないでしょう。私もこれからあなたたち三人を名前で呼ぶわ」

 自分だけ上の名前で呼ばれていることに一種の劣等感のようなものを感じたのか、それとも単に名前で呼ばれることを好むのか。

 苗加の真意は分からないながらも、俺はそれに素直に応じることにした。

「わ、分かった……。は……羽込」

「よろしい。それで飛沫くん。あなたにやってもらいたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「はい、これ」

「うおっ」

 スナップを効かせた手首から放られ俺の腕にズシリと乗しかかったのは、ビジネスバッグくらいの大きさをした、大量収納可能なディスクケースだった。

「これでやってほしいことって?」

「援護」

「……え?」

「だから、援護よ。ほら、普通に帰ろうとしたら死んじゃうじゃない? もう攻撃力七千のアルティメット・ドラゴンのアタックを食らう守備表示のゴートンって感じじゃない? だからそれで追っ手の攻撃を防いだり、応戦したりしてほしいのよね」

「今さらっと凄いこと言ったよね!?」

「アルティメット・ドラゴンの攻撃力が七千ってこと?」

「違ぇよ! 死んじゃうってなんだよ!」

 というか例えまでデュアルモンスターとか、どんだけカードゲーム好きなんだよ。

「当たり前でしょう? 相手が捕獲を諦めたら、次は殺しに来るじゃない。たぶん銃撃とかしてくるわよ?」

「ああ、そう……」

 もう知らない。どうにでもなってください。

「じゃ、行きましょう」

 それにしても、一日で名前で呼ぶ女子二人も作っちゃうなんて……俺モテモテじゃん!

 もしかして今なら、街を歩けば誰もがついてくるんじゃない?

 ただし、だ。

 こんな奴らにはついてきてほしくなかったなぁ……。

 具体的には、それぞれが拳銃を二丁ずつ構えた超強面こわもての集団、とか。

 俺にそっちの趣味はないって、さっき諌紀に言ったばかりなんだが。

 それが起こったのは、どこでもドア式世界間ドアをくぐって数分後、草原の中だった。

 音など一切なかったはずのその空間から、ウゥーというサイレンの音が聞こえ始めたのだ。

 高いその音はドップラー効果によるものだ。音源は距離を詰めてきている。

「来たわね」

 苗加がつぶやく。事前にそれについて聞かされていた俺は、一言で何が起こったのがを理解する。

 追っ手が現れた。

 以上が、現在のこの状況に至る経緯である。

 そして拡声器越しに響く警察の声。

「運び魔め! 今日こそ捉えてやる!」

 俺の人生初バイトは、こんな形で幕を開いた。

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