第17話 いったい何が

 苗加の対処は見事だった。あり合わせの布を上手く使って止血したため、最低限の出血量で二人を病院へ運ぶことができた。

 リーダーを使って、何か俺には分からないような処置もやっていたと思う。

 田舎にしては立派な病院があったことが幸いし、居鶴も真澄も命に別状はかった。

 ただ、彼らの意識はそれから三日経った今日も戻っていなかった。

 俺と苗加は授業のこともあり一旦都心へ戻ったが、正直それからの授業内容は何一つ頭に入ってこなかった。

 市が営む湧生病院にいる居鶴たちの容態は、彼らの親族からメールで知らされるだけ。詳しい状態を問う勇気は俺たちにはなかった。

 両親への弁解はほとんど苗加がしており、状況をひとしきり説明したらしい。が、恐らく真実は上手く隠しており、この件は事故という扱いになった。どう誤魔化したのかは、その罪悪感から尋ねることができなかった。

 そして、問題はこちらに戻ってきてからも続いた。

 校内での俺たちの評判は最悪のものとなっていた。

 留年早々学校をサボり、その間一緒に旅行に行った友人たちが大怪我を負ったのだ。

 これが悪い噂を立てないはずがない。俺と苗加は、これまで以上にクラスの中で孤立していった。

 とにかく早く、見舞いに行きたかった。こんなことが起こった原因は何だ。起こる要因となった人物は誰だ。俺は正常に機能しているかわからない頭で考える。

 あなたのお姉さんよ。

 苗加はそう言った。その言葉が脳内を延々と巡る。

 姉、清水美滝は研究室に所属する大学生である。俺とは違い頭脳明晰で、町の皆からも期待を寄せられている存在だった。

 最近はまれにテレビに出たりと、メディアに露出していることも知っている。

 しかしまさか、俺が知らない半年間の間に生み出されていた未知の技術を開発したのが美滝、自分の姉だなんて、さすがに鵜呑みにできるようなことがらではなかった。

 あの後『ジオイル』なる会社について調べたが、そのスタッフについては一切おおやけにされていなかった。

 その「リーダーに対応したソフトを生み出せる唯一の会社」でも、あんなものを世に送り出す技術は有していないと苗加はいう。”あんなもの”というのはくだんの重機のことである。全自動で超静音。そう表現すると「ちょっと高機能な洗濯機」レベルで、リーダーのほうがよっぽどすごい技術に思えてくるのだが……。

 俺は知っている。あの重機は確かにデータだった。戦闘中一瞬アームに触れる機会があったが、あの巨大狼が俺の横を通過したときと同じものを感じた。

 俺の能力、苗加曰く『セルフリード』は触れた相手の本質が実体化したデータならそれを見ぬくことができる。

 それ以外には、その読み取った記憶媒体内のデータをリーダー無しで出力すること、そして今回の戦闘で記憶媒体内のデータによっては記憶媒体自体を強化することも可能であることが分かった。

 ディスクを投げつけることで重機の足止めに成功したのは恐らく、格納されていた炎のデータが熱エネルギーを有していて、それを運動エネルギーに変換できたとかそんな感じだろう。多分。俺流解釈。

 重機のアームを引き裂いたということは、ディスクそれ自体の硬度を強化できたということだろうか? という疑問を持ったが、どうやらそれは現代流通しているディスク本来の性質らしい。踏みつぶすなどして購入したデータが破損しないように、かなり強固な素材でできているという。それでもあの頑丈そうな重機のボディに勝ったというのは、さすがに驚きだ。

 この攻撃に関しては、日常では役に立たないどころか結構危険かもしれないが、先日のような緊急時には応用次第で武器になる。ただ、あんな咄嗟に能力の応用を考えるのはリスクの高すぎる賭けだ。

 俺は事前にいくつかの能力応用案を考えておくことを心に決め、既にいくつか可能性を紙に書き出していた。

 だがこの『セルフリード』、規定が曖昧すぎて俺自身どこまで出来るのか把握できていない。苗加も同様だ。要はすべてが未知の力、危険な賭け。そういう類のものなのだ。

 ……と、知っている情報を一通り整理してみたのだが……なんだよそれ。

 もうわけがわからないことだらけだ。ナニソレ、イミワカンナイ! って感じだ。

 何でこんな世界になっちまって、しかもこんなとんでもない世界の中でも説明の付かない領域に足を踏み込んでいるんだ、俺は。

 とりあえず、事のすべてを突き止める。そうしないと、俺は危険を察知しながらもセルフリードを使って早急に重機を破壊、ないし足止めをしなかった罪悪感から逃れられないだろう。

 特にあんな呻きを上げながら俺をかばってくれた真澄に示しがつかない。

 二日の間踏ん切りがついていなかったが、俺はここでらしくないことをすることにした。

 ふぅー、と一つ小さく息を吐く。

「おい苗加、一緒に帰ろうぜ」

 俺は声をかける。そいつは振り向く。

「え? 何言ってるのかしら。セルフリードを使った副作用でおかしくなってしまったのね……。かわいそうに……。前から中二病をこじらせていたことは知っていたけれど、まさか能力の反動設定まで持ち出してくるなんて驚きだわ。本当に右手が疼いて未知の能力が発動して、かねてからの願いが叶ったと喜んでいた矢先の出来事でした……。もう手遅れなのかもしれないわ……。南無……」

「手を合わせるな! ”帰ろうぜ”って言っただけで俺をそこまで哀れな奴に描写するとこまで持っていくお前もすげぇよ……」

「清水くんを哀れに描写する対決なら誰にも負けない自信があるわ」

「どこで得たスキルなのそれ!」

「毎日お風呂で練習してるわ」

 俺は喜んでいいのそれ?

「ただ、本物の清水くんの哀れさは練習を積んで技術を極めた私とて到底表現できないのよ」

「俺どんだけ哀れなんだよ!」

「あら、哀れじゃないのかしら。あなたこの学年に友達」

「哀れだよ!」

 悲しみの先攻ブロック!

「帰りましょ」

「帰りたいけど足が動かないよ……」

 人間って本当に精神が身体にも影響するんですね。

 そんなことを言いながらも一緒に帰ってくれる苗加の隣を歩き、周りが変な誤解生む心配とかしてないのかな、と思う。

 歩みを進めながら俺は、あの日の朝に確認した美滝からのメールの内容を思い出す。リーダーの開発者が誰であるのか、驚愕の事実を知らされた日だ。

 もう一度、実体のない手紙の封を開ける。

「苗加さんの家に行ってください」

 そこには短く、それだけが綴ってあった。

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