第18話 再び、苗加宅

 苗加には美滝からのメールについて何も教えていない。

 何度かメールに返信してみたが、あの日以降美滝からのメッセージは一切なかった。

 それに痺れを切らしてこのような行動に出た次第である。受動的すぎる毎日が不安で落ち着かず、何かアクションを起こしたかったのだ。……が。

「それにしても、突然一緒に帰ろうだけならまだしも、私の家にまた来たいだなんて。またおもちゃ三昧したくなってしまったのね。あれは至福だものね、仕方のない事だわ」

 早速後悔し始める俺。

 足がガクガク震えるがこんなのに負けているわけにもいかない。精神ズタボロを覚悟しながら俺は苗加宅の玄関前に立つ。

 そこで俺はふと思ったことを口にする。

「前は気づかなかったけど、ここって裏口だよな? 何で正面から入らないんだ?」

 その入口の前は家の周りを囲む塀がそびえ立っている。

 俺たちは回りこむようにしてこの扉から家に入るわけだが、正面玄関ならこのように塀が扉の前にあることはないだろう。

「正面はお店を出しているのよ」

「へぇ、何のだ?」

「いかがわしくないお店よ」

「何でまずその否定から入るんだよ」

「だって訊いてきたのが清水くんだから」

「どういうことだ!」

 とても悲しい。

「まあ……薬局かしら。いや、アンティークショップ?」

「んんん? その二つはどう考えても結びつかないぞ?」

「時には人を治療する手助けをしたり、時にはアイテムを売ったり、そういうところなのよ」

「ふーん、なんか某RPGゲームの赤い屋根の回復所と青い屋根のフレンドリィなお店を混ぜたみたいだな」

「当たらずも遠からずといった感じね。まあそんな認識で構わないわ」

 マジでそうなのかよ。

「ちなみに今の子たちにそのネタが通じるかは微妙よ。最近のシリーズでは赤い屋根の建物の中に統一されているものもあるらしいから」

「マジで!?」

 知らなかった……。これがジェネレーションギャップか。

「まあ興味があるのなら、そちらにはいずれ案内するわ。今はとりあえず私の部屋に来て。見せたいものがあるのよ」

「あいよ」

 言われたとおりついていくと、以前と変わらない苗加の部屋。

 座布団に腰を下ろさせてもらうと、ガチャガチャと音を立てながらおもちゃ箱を持ってきた。

 そしてそれをあさり始めると、「あった」と声を上げ取り出したものをこちらに見せる。

 その手には昔懐かしい玩具……をちょっと加工したものが。え? 見せたいものっておもちゃ?

「これ、武器にならないかしら」

「は?」

「作ってみたのよ。昔このくらいのサイズの円盤を飛ばすおもちゃがあったなーと思って」

 そう言って苗加は胸の前に指で円を描く。

「それを改良して、腕に装着してディスクを飛ばせるようにしてみたの」

「つまりこれを使えば効率よくこの前みたいな射撃ができるようになると?」

「ええ。複数枚装填そうてんして連射もできるわ」

 いや、便利だけれども。

 それにしたって……、

 だっせぇ。デザインだっせぇ。

 だっておもちゃだもん。パッと見おもちゃだもん。パッと見じゃなくてもおもちゃだもん。

 彩度の高い緑黄色ピンク。これ水鉄砲とかに使われる配色だよ。

 これで戦うの? 恥ずかしっ!

「見た目はまあ、プロトタイプだから我慢して頂戴」

 ええぇ……。なにこのプロトタイプにしてすでに取り返しのつかなさそうな完成感……。もう完全に出来上がっちゃってるよ。ダサさが。

「これ着けてたら完全に痛い子だろ……」

「なるほど、清水くんにベストマッチということね」

「俺はこんなの着けてなくても十分痛い……って何言わせんだ!」

「だんだんと自虐を入れるようになってきてるという自覚がないみたいね……。これに比べたらとても軽いし、悪く無いと思うけど」

 そう言ってリーダーを腕に装着し、構えのポーズを取る苗加。

 まあ確かにそうかもな……。そんな姿を見て、気づくことがある。

 今日は以前気づかなかったことに気付かされることが多い気がする。

 倦怠期を抜けてから結構時間が経ったため、頭が回るようになってきたのだろうか。

「お前のリーダー、授業で見たやつと違うな」

「これは……、一般流通とは別ルートで手に入れたの」

「別ルートってのは?」

「……お父さん」

 なるほど、普通より数グレード上のやつとかを親御さんが買ってくれた感じか。

 結構裕福らしいし、まあ納得ではある。

「それで?」

「ん、なんだよ」

「なんだよって、なにか目的があったからウチに来たのでしょう?」

 ご明察。だがそれを言うにはあまりにも早過ぎる気がする。ここはテキトーに誤魔化して……。

「そそそそそそんなことはないぞ」

 よし、冷静に返答できたぞ。バレる要素なんて何一つなかった! 完璧な返答だ。

 苗加がジトーっという目でこっちを見ている気がするが、気のせいだろう。

「何か怪し……」

「ベイスラッシュやろうぜ!」

 苗加が俺の不審性を指摘する前に乗ってきそうな話題を持ちかける。

 あれ? 俺今なんて言った? もしかしてとっさにすごい自爆行為を働いてしまったのでは……。だが、とりあえず今は回避を優先だ。

「何か腑に落ちないけれど……まあいいわ。でもいいのかしら。今回も私勝ちまくっちゃうけどいいのかしら。結果見え見えだけど私の強さの証明するための屍になってくれるのかしら」

 想像以上にチョロかった。

「では見ていなさい私の圧倒的実力をお披露目するからそれに感涙しなさい。まああなた程度の相手じゃ私は実力の半分も出せなくて少し悲しいのだけれど、ちょっと相手してあげるくらいなら全然構わないわよ。さあ準備出来た? まだかしら??」

 うわすっげー嬉しそうだ。どんだけやりたいんだよ。

「じゃあまずこれ使ってみるか……」

 ベイスラッシュ一機を手に取る。

 と、ティロリン、ティロリン。スマホの着信音が鳴った。

 どうやら苗加にメールが届いたようだ。

「ごめん清水くん、今日はもう帰ってくれるかしら」

 目つきが、変わった?

 俺は確かにその時感じた。

 いつも異常に真剣な眼差しのさらに先に、なにか見つめているような雰囲気を。

「いや、どうしようかしら……」

 苗加はうーんうーんと言いながら、何か思案している様子だ。

「なんだよ、どうしたんだよ急に」

「そうね。……やっぱり清水くんも一緒に行きましょうか」

「へ、何処に」


「異世界」


 ヒュッと変な音を立てて喉から入ってきた酸素は、しかし俺の脳を冷静に保たせる効果を有してはいなかった。

 その言葉が発せられた時の衝撃を、俺は一生忘れることはないだろう。

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