第16話 円盤舞う

 その様子から俺は、これは本当にマズイ状況なんだと直感する。

「おい! 居鶴!」

「なんだよっ」

 居鶴がこっちを振り向いた瞬間、

 ふざけんなよ。呼んだのはお前じゃねえんだよ!!

「いずくん危ない!」

 真澄が普段滅多に出すことのない大声をあげた次の瞬間。

「え……?」

 ショベルのアームがゆっくりとした動作で居鶴の身体を薙ぎ払った。

「居鶴!」

 俺は必死に駆け寄る。

「ぐ……」

 呻く居鶴。良かった。意識はある。俺は身構える。

 ポケットには「もしものときのために」と苗加がプラスチック製のパッケージに入れて寄越した、炎のデータの入ったディスク。

 正直俺は、駆け寄った時からもうこれに頼るしかないと思っていた。

 しかしそこで気づく。

 重機に……炎?

 しまった、通用するわけがない!

「クソッ!」

 こんなことなら、物理攻撃が可能な他のディスクも準備しておくべきだった!

 絶体絶命。重機は俺にアームをハンマーのように振り下ろす準備をする。

 さっき居鶴を薙ぎ払ったのとは比べ物にならない一撃が、来る。

 為す術がなく頭が真っ白になりそうになった俺はそれでも咄嗟の判断でディスクの封を開ける。

「清水くん!!!!」

 苗加が叫ぶ。

 その声で、俺はコイツが放ったある一言を思い出した。


 ――記憶媒体はディスクとデータが同化しているようなイメージよ。


「うわああああああああああっ!」

 俺は炎を出した時のように必死に、力を使うイメージをし、そして重機にそのディスクを

 スナップを聞かせた投擲。ダメもとだった。さながらフリスビーの投擲のように放たれたそのディスクはしかし、

――本来のそれではあり得ない力でアームを引き裂いた。

 ガキィィン! と大きな残響を残し、その円盤は彼方へ飛び去った。

 斜めに割かれたアームの先端は音を立て落下し、その手の本来の持ち主である重機の進路を塞ぐ。

 「で、できた!」

 そう叫ぶが満足している場合ではない。落下した自らの腕を、付け根だけになったそれで払いのけると、今度はズガガガと機械音を鳴らしながら突起を構えゆっくりと迫ってくる。その怪物から、俺と立ち上がった居鶴は必死に逃げた。

「ゆっくり」と形容した速度についてだが、視認するそれと体感するそれとではモノが違う。

 このサイズともなると、ゆっくり回るタイヤでも馬鹿にならない速度が出る。

「ちくしょうがっ!」

「清水くん! こっち! 森の外までは追ってこないはずよ!」

 何でそんなことが分かるのか、などと気にしている時間は毛頭なかった。

 今は苗加の言うことを信じるしかない。

 逃げろ。逃げろ。逃げろ。

 頭で幾度と無く繰り返し足に命令を送る。

 それでも迫り来る巨大な影。

 あと……少し……。

 エンジン音はどんどん近づく。

 くそ、ダメだ。追いつかれ……、


 ドスッ。


 鈍い音が鳴った。重機が切り裂いたアームの先端で何かを突き刺した音。

 空中で紅い光を反射する血飛沫。

 その出血の元を見て、俺はそいつ以上に血の気を失った。

「真澄ぃぃいいっ!」

 真澄が俺をかばうようにして重機との間に割って入り、肩に重機を刺突を受けた。その光景は、俺が叫び声を上げる理由として十分すぎるほどショッキングなものだった。

「うぐっ……、あああああっ」

 莫大な刺激は一瞬遅れて、それを感知する脳までやってくる。

 痛みに耐えられず悲鳴を上げる真澄から目を背けそうなる自分に絶望する。しかし、重機の追撃は自己嫌悪してる暇など与えてくれない。

 俺は負傷した真澄をおぶって残り約十メートルを走った。零れる血が惜しい。少しでも振動を与えないようにしなければ!

 転がるような形でフェンスの隙間に飛び込む。これ以上真澄を傷つけたくないのに!

 振り向くと重機は次の一撃の準備のつもりだったのだろうか、短くなった腕を高く振りかぶったまま停止している。

 そして数秒後、何事もなかったかのように身を翻し、森の中に去っていった。

 苗加の言う通り、ラインでも引かれているのかというくらいはっきりとした境界線があるようだった。

 呆然とそれを眺める俺の後ろから、ドサッと何かが派手に倒れる音が聞こえた。

「居鶴!」

 振り向くと、意識を失っている居鶴がいた。

 重機から逃げるのに力を使いきって、肩の力が抜けてしまったせいかもしれない。

 よく見ると、居鶴も看過できない量の血を流している。

「どうして……こんなことに……」

「そんなことを言っている場合ではないでしょう! 水瀬さんをこっちに!」

 あ……あ、と情けない声を出しながら俺は苗加の指示に従う。

 応急処置で止血を行いながら苗加は口を開いた。

「あれはこの世界にあっていいものじゃない」

「え?」

 あれというのは今の重機のことだろうか。

「前に言ったでしょう? 自ら出力する力を持ったディスクなんて存在しないって。それと同じ。少なくともこの世界ではあんなものは許されていないわ」

 繰り返し使われた「この世界」というワード。苗加はそれを一体どういう意味で用いただろうか。

 釈然としない苗加と傷ついた真澄を見て、さすがに頭に血が上る。

「お前……、一体何を知ってんだよ。お前が知っていることで、こいつらも助かったかもしれないのかよ。どうなんだよ、おい!!」

 女子に本気の怒号をぶつけてしまった。自責の念が押し寄せるが苗加がそれに怖気づいたりすることは全くなかった。集中しているのか、表情を保ったまま淡々と応急処置を進める。それが俺を余計にイライラさせる。それでも今は、持てる限りの冷静さを失ってはいけない。抑えつけるんだ、自分を。

「リーダーという機器を開発している会社は、一つだけなのよ。今はその会社の独占市場となっているけれど、リーダーの圧倒な技術力に政府はそれを特別に認可している」

 苗加は手を動かしながら続ける。

「そしてソフトを開発できるのも、その会社だけ」

 そこで次の一言を放ったのは、意外な人物だった。

「会社の名前は……ジオイル……」

「真澄! 無理するな」

 見ていられないような容態の真澄を俺はなだめる。

 それでも口をつぐむことなく何かを伝えようとする。それほど重要な事なのだろうか。

「その……開発者…………が……」

「おい! 真澄! 真澄!」

 そこで真澄は気を失う。開発者が、何と言おうとしたのだろう。

「くそっ……俺が……いけないんだ。力を使うのを躊躇ったから。だから真澄は……」

 ただ、後悔。それしかなかった。

 感傷に浸っている場合ではないと知りながらも、その感情は俺の中から抜け落ちてはくれない。

「おい、苗加……」

 俺はやり場のない怒りを適切でない対象にぶつけてしまう。

「教えろ……っ! その開発者ってのは誰だ!」

「それは……あなたには」

「いいから!」

 回答を渋る苗加を、またも俺は怒鳴りつけてしまう。

 葛藤の意味を知ったのは、その言葉を苗加が告げてからだった。


「清水美滝。――あなたのお姉さんよ」

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