第12話 俺たちはまだ知らない
「えっ……!?」
「はあ、何言って」
突然苗加が告げた信じがたい言葉に、俺たちは各々違う反応をしたが、驚きおののいていることは皆同じようだった。
俺の身体はその言葉の真偽をわかっているようだったが、頭はそれを必死に否定し続けた。
「しかもさっきディスクの中身を見たけど、あんな大きな炎、普通リーダーを使っても出すことはできないのよ。実体のあるものを出力するっていうのはね、あなたが想像してる以上に機器の処理に負荷がかかるの。もしあんなことができるものが一般家庭に出回っていたら問題でしょう?」
いや、小さいのも危ないと思うけど……。その辺はいろんな対応がなされてるんだろうな。リーダーに安全装置がついてるとか。
「だからって……」
「そして、あの大きな狼はたしかにデータだった。あなたはあれに偶然にも直接、手で触れてしまった。そしてそれが実態を見抜くきっかけになった。ちなみに言っておくと、リーダーで出力できる記憶媒体はそれにデータが格納されているというか、記憶媒体そのものがデータ……でもないな……。記憶媒体とデータが同化しているようなイメージよ。だから、正確にはデータと媒体の同化を切り離して出力してる感じね。正式名称の『ディバイダ・リーダ』っていうのはそこから来ているの」
淡々と、実感のない言葉を連ねていく苗加。
「よって、私は人智を超えた力が清水くんに備わっていると結論づけたわ。恐らく”左右どちらかの手で触れる”こと、それが能力発動の条件ね。出力はその逆手ってところかしら。多分、あなたがリーダーを動作させられないこととも何か関係があるんじゃない?」
「待てよ、飛躍しすぎだろ! 何でそんな超絶展開になるんだよ。意味わかんねーだろ」
「そうだよ苗加さん! いくらなんでもそれは……」
「しぶくんにそんなことができるとは考えにくいの……。苗加さん超能力マニア?」
「違うわ。単にその可能性が一番高いからよ。リーダー無しで出力可能なディスクの存在より、リーダー無しで出力可能な能力の方がまだありそう、ということ」
何を持ってそう判断しているのか全くわからない。それでも話は進められる。
それを止めるため、俺は強引に苗加のプレゼンに割り込む。
「ちょっと整理させてくれ。俺にはまだ知らないことがたくさんある」
大きく変わってしまったこの時代の常識というものを、俺はまだ何も知らない。この際、全て聞いてしまえ。
「データってのは、何なんだ。例えばメシを出力して食べたらどうなる? 何回でも出力できるのか? 一般に流通しているものの価格はどれくらいなんだ? 扱いによっては危険なデータもあるんじゃないのか?」
一気に投げすぎたか? そう思ったが、苗加はその大量の質問を嫌がることなく、ひとつひとつ丁寧に答えた。
「出力されたデータというのは一応、実体を持つわ。だからまあ、事実上の実体化ね。食べたらお腹も膨れるでしょう。でも、そういうのが入ってるディスクにはコピーガードみたいなものがかかっていて……、いや、開発過程で必ずそうなってしまうんだったかしら。とにかく出力回数は一回に限られるわ。その上中身に不相応な価格が付いているから、好んで買う人は殆どいないわね。火のデータが入ったディスクもその類よ。人々に危険が及ぶことがないようにいろいろな制限がかかっている。ただ、あなたの能力は、それさえも無視できるみたいね」
マジかよ。これからメシには困らなさそうじゃん。やったー。
「だからなおさら危険なのよ。”中身に関わらずいくらでも出力できる”なんてトンデモ能力、世界のバランスを崩壊させるどころの話じゃないわ。飢餓に苦しむ人々に食料を与えるという平和的利用が理想的なんでしょうけど、とてもとてもそんな単純なことには収まらない。有効活用もできるけど、悪用もいつでも出来る。あなたの意思次第で世界だって変わってしまう。清水くんが思っている以上に、それは異常なものなのよ」
もちろん貨幣の偽造なんて言語道断ね、と釘を刺される。億万長者になれると思ったのに。
苗加曰く、そもそも貨幣のデータが入ったディスクなんてものは流通してないらしいけど。だったら言う必要なかったじゃん。真澄にまた「いやしい顔してる」とか言われたしショック。まんまと
「ただ、何もないところから生み出せるわけじゃない。必ず記憶媒体が必要になるってのがネックなところね。いくら軽いとはいえ、持ち歩ける量には限界があるし、手で触れられるものなんて極小数よ。大量に持ち歩けばそれだけ目的のデータが入ったディスクを見つけるのが困難になるし、そもそも同時に二種類以上のものを出力することが可能なのかとかもわからないし、二枚持った場合任意ののディスクの中身を選んで出力できるのか、とかも気になるところね……」
まあとにかく、と苗加がパンと手を合わせる。
「これはあくまでも予想の範疇よ。実際はそのチカラにも色々制限があるのかもしれないし、とりあえず、色々試してみましょう。試行回数やパターンが多くなればなるほど、母集団が大きくなればなるほど、事象の信憑性は上がるわ」
そう言って夕方に少女からもらったディスクを差し出してくる苗加。俺はそれに手を差し伸べようとして、思う。
「待て待て、そんなこと絶対ないと思うが、ここであんな炎が出たとしたら危険すぎるだろ」
「……それもそうね。外へ移動しましょう」
「そういう問題でもない気がするの……。しぶくん、仮に炎が出たとして、それを制御する自信はある?」
「無いな。あるわけない」
当たり前だ、一度しか起こっていない現象に、自身も責任も持てない。
「出力した炎が止まらなくなるかもしれない。さっきより大きな炎が出て山火事を起こすかもしれない。もしかしたら、方向が制御できなくて周りの人に危害を与えるかもしれない。そういうことだね?」
居鶴が思いついた危険性を連ねる。
「そう」
慎重な真澄だからこそ、気づいた可能性だろう。こういうとき、真澄はとても頼りになる。
正直俺も、そんなとんでもない可能性をすぐに試す勇気はなかった。
知らないものを取り扱うときは慎重に、だ。
それでも苗加は諦めきれないといった様子だ。
「そうなったら、すぐにディスクから手を離せばいいじゃない。やってみましょう。これは、とても大切なことよ。何ならさっきの私のベッドのメモリを」
「苗加さん」
名前を呼ばれ、反興奮状態だった苗加はハッと我に戻ったように語りを止める。
居鶴は何か違和感を感じていたようで、一つの疑問点を指摘する。
「苗加さんは……何でそんなに知りたがるの? 別に飛沫がその力を使えようと使えまいと、僕には大したことだと思えないんだけど。結論を急ぐ理由なんてあるのかな?」
それは俺も同感だった。いつも冷静な判断をする苗加が、焦って俺の力を知りたがる。その光景は、明らかに見慣れないものだった。居鶴以外にも俺、そして恐らく真澄も。この場にいた全員がこの違和感に気付いていただろう。
「……っ、分かったわ。あなた達が正しい。そうね。清水くんがそんな力を使えたとして、私たちには関係ない。私には……関係ない」
それはまるで、自分に言い聞かせ、納得させているようだった。
この時、俺はまだ知らなかった。苗加羽込のことを。俺が、俺自身が、どんな状況に置かれているかということを。
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