第11話 そして静かに告げられた

「あらー! 飛沫くんじゃない! 見ないうちに大きくなったわねぇ。こうなると、そろそろって感じだわー」

 出迎えと同時に抱きついてくるのは、真澄の母だ。苦しい。

「ぐ……ぐふ……。お、お母さんはこっちに残ってるんですね。そろそろって、何がですか」

 俺は激しすぎるハグの中もがきながら、どうにか声を出す。

「決まってるじゃなーい。真澄ちゃんとの婚や……イタタタタッ!」

 超絶饒舌お母さんが悲鳴を上げたのは、真澄が踵で母の足を踏みつけたからだ。

 相変わらずだな、この家族。何でこの親から真澄が生まれたのか知りたいぜ……。

 反面教師を見て育った成れの果てがこれなのかなぁと、無表情で実母の足をガシガシと踏み続ける真澄を見て思う。

「それで、お母さん……」

「ああー分かってるわよ! 泊まっていきんしゃーい! 何なら持って帰れるもの全部持って帰って、奪えるもの全部ぐへぁっ」

 腰の入ったパンチを腹に食らう母と食らわせる娘の図。自分の実家に突然友人三人を泊めることになってしまった真澄だが、最初は動揺を見せたものの、その後スマートフォンを取り出し親と掛けあってくれた。異様なスピードで通話は終わったが、どうやらちゃんと既に話は通しているらしい。

「ぐふ……、真澄ちゃんを合わせて四人て聞いたけど……いやはや真澄ちゃん、こんなにモテたなんて! これはまた乙女ゲームみたいな展開が……んんん?」

「こんばんは」

 俺、居鶴と眺めたあとに真澄の母は目をしばたかせた。

「お、女の……子……? しかも、この、何というか……」

 真澄の母が疑問符を投げ飛ばした相手は容姿端麗眉目秀麗、超絶美人少女の苗加羽込である。

「きょ、今日はお世話になります」

 その様子に首を傾げながらも、その後苗加は丁寧に頭を下げ挨拶をした。

 それに呼応するように、真澄の母は頭を抱え体を仰け反らせる。オーバーリアクションすぎんだろ。

「うがあああああ! まずいっ! マズイわよおおおお! 私の真澄ちゃんの脳内将来設計が今、史上最大の危機よおおおお!」

 騒ぎ立てる真澄母。もううるさい。他人の母親だけどうるさいよこの人。

「真澄ちゃん。今が勝負時よ。ここを乗り越えればぐふぇっ」

 回し蹴りになぎ倒される真澄母。もちろん殺ったのは真澄である。こんなに運動神経良かったっけ。母親のウザさは娘の身体能力パラメータさえ捻じ曲げる?

「…………」

 どうやら完全に轟沈したようである。ピクピクしてるけど大丈夫なのこの人。

「いつもどおりだから大丈夫」と告げる真澄に従い、俺たちは階上へ移動する。

 まあ真澄が大丈夫って言うなら大丈夫なんだろう。うん。

 客間に入ると、では早速といった感じに苗加が口を開いた。

「夕方の件なんだけど」

 その第一声で皆真顔になる。いつも呑気な居鶴も、これが真剣に話し合うべき事案であることは分かっている様子だ。

「そうね、時間に沿う形で進めましょうか。まず清水くん、なぜあなたはあれが危険だと分かったのかしら」

"あれ"というのは、あのとき俺の横を通り過ぎていったスーツ男のことだろう。

「……何でだろうな」

「自覚がない?」

「まあわかってることを全部話すと、隣を通過するとき、見えた……違うな……わかったんだ。なんというか……あれの本質が」

「釈然としないね。他に根拠は無いのかい」

 もごもご話す俺に居鶴が更なる情報を要求する。うーん……。

「……思い当たる限りでは、無いな」

「いえ、それでいいわ。今のところ、私の理想通りの解答だから」

「苗加さん、何かわかってるみたい……?」

 真澄が投げかけた質問は、この部屋にいる苗加以外の人間の総意だったと思う。こんなに自信満々の様子を見せられると、なんだか全てを見通しているんじゃないかと錯覚してしまう。

「何となく……ね。それでも納得がいかないけど、辻褄が合うのはこれだけ、という考えが一つあるのよ。話を続けましょうか」

「そうだね。その後飛沫が必死に校庭に駆けて行って、生徒たちの間に割って入ったんだよね。正直、あれはびっくりしたよ」

「わたしも、あれは昔のしぶくんだった気がしたの……」

 たしかに、俺自身も驚いた。あのときあったのは明らかに恐怖心だった。だけど、俺の足はそれとは逆方向に動いた。

 俺らしくない行動をとってしまったのはあの場所が何かしらの心理的影響を俺に及ぼしたからなのかもしれない。

「まあいいだろそれは。問題はその後からだ。苗加、あのときクッションを出力したのはお前でいいんだよな?」

「ええ。偶然持ち合わせていたベッドの一部をリーダーで出力したのよ。今日の宿泊のことも考えて、サイズ的にコンパクトなメモリで寝具を持ってきていたの」

 なるほど……。今は寝袋とか持ち歩かなくてもいいのか。便利になったなぁ。何処に置くつもりだったのかはさておき。

「でもそれって結構高いよね……。リーダーが普及してから間もないから、家具とか贅沢品の入った記録メディアはそれなりの値段するはずなの……。需要に応じた値段……。苗加さん、お金持ち?」

 真澄が問う。少し羨むような顔だ。そりゃあそんな便利な産物を誰もが手に入れることができたら、一般家庭に置かれる家具がどんどん減っていくな。

「正直に言うと、そうね。恐らく」

 隠す風もなく平然と、苗加は答える。なるほど、容姿端麗なお嬢様ってわけだ。家は普通だったけど……。

 家具の話から察するに、ここ半年で中途半端に普及したのはリーダーだけで、必需品として生活に浸透するほどの文明の変化はないってことなのだろうか?

「さて、本題」

 ここまでの話は情報を整理する前座だったのだろう。皆息を呑む。

「清水くん、もう一度聞くけど、あれは何?」

 直球だ。いや、だから……、

「俺もわからねーよ」

 正直に答える。今回の"あれ"というのは俺が何もない空間から炎を発生させた超現象のことだろう。

「前からあんなことができたのかしら?」

「できるわけねーだろ。できたらチョー便利だし、上手く使って金稼いだりしてるな」

「しぶくんいやしい……」

「冗談だよ! そんな目で見るなよ」

「飛沫ならやりかねない……」

「お前は俺をどう評価してるの!?」

「それでも私のほうが金持ちよ」

「お前は何と張り合ってんだよ!」

 以前から使うことはできなかったという発言の信憑性をあげるための冗談だったんだけど、何か無駄に傷ついたよ?

「まあ話戻すけど」

 俺が強引に話を戻そうとすると「うわー逃げた」と揶揄する苗加。もういいだろ。こいつ、絶対楽しんでる。

「とにかく、俺はあんなもん知らない。心当たりもない」

「じゃあ、私の心当たり、仮説をプレゼンしてみてもいいかしら」

「頼む」

 やはり考えがあるらしい。俺たち三人は、素直にハコミンプレゼンテーションの傍聴者になることにした。

「ここに移動してくるまでの間、さっきのディスクを調べたわ」

 歩きながら何かカチャカチャやってると思ったら、そんなことしてたのか。抜け目ねーな。

「ディスクは一般に流通しているもの。中身も料理とかに使われる、ごく一般的な火のデータだったわ」

「俺からすればそんなものが一般的なのが驚きなんだけどな」

「黙ってなさい時代遅れ」

「普通にひどくね!」

 さっきから辛辣なイジメを受けてます。

「で、さっき聞きそびれたのだけど、あなたあの狼が隣を通過するとき、どこかに触れなかった?」

「そういや、軽く手に触れたな……多分」

「じゃああの炎を出す前、ディスクにどこか触れなかった?」

「そりゃあ手に……ってまさかお前」

「そうなると、考えられる可能性はこれよね」

「どういうことだい、苗加さん」

 苗加が告げようとしていることに、思い当たるものがなかったわけじゃない。

 だがコイツがそれを口にするまで、俺はその可能性を意識の外で否定し続けた。だって、そんな……。

 「清水くんは、そして出力したの」

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