第11話 学校で〇〇するのって……

 もうすぐ初夏になるという頃。日差しも強く教室で座っていても汗ばむ陽気だ。

「前田君、タイが曲がってる」

星宮がそう言って、オレの首元のネクタイを直す。

「えー、いいよ。暑苦しいからワザと緩めてるんだから」

「だめ。きちんとしてないとセンセイに怒られる」

星宮が急にこんなふうにしているのには理由わけがある。そう、実験の第三段として相手のコトをいろいろ世話を焼きたがる、『いちゃラブ』の実行中なのだ。こういうのは完ぺきにオレには理解できないわからない発想だ。こんなの相手を自分の思っている型に填めたがっているだけで、言ってしまえば自己満足だと思うのだが、それについては星宮も同意していた。しかしだからこそ『自分で思いつかない発想なので、試してみる価値がある』そうだ。

というわけで、最近服装の乱れから、宿題をちゃんとやっているかチェック、さらには健康管理お手製のお弁当まで(しかも『あ~ん』とかされて)。はっきりいってハズい、ウザい、もう止めて欲しい!!

けれど、なぜか周りのクラスメート(特に女子)がノリノリで、

『星宮さんも、ラブラブに目覚めたのね♡』とか、

『なんで相手が前田君なのかが理解できないけど、わたしも協力するから』とか言っていろいろアイディアを提供してくる。

男のクラスメートからは、

『ご愁傷様(笑)』とか、

『いい気味だ、もっと玩具オモチャにされろ!』だとか、完全に笑い物になっている。


「前田君。お昼、一緒に食べよう」

明らかに二人分あるお弁当の包みを持って星宮が言う。昼飯を食べに行こうとしていた周りのクラスメートの視線が集まる。

「お、おぃ。あんまり大きな声で言うなよ……」

さすがに、文句を言うと

「……照れてる姿もかわいい(笑顔)」

そう言って、イスを後ろ向きにしてオレの机でお弁当の包みを開こうとする。

「ほ、星宮。屋上へ行こう、うん! 今日は天気もいいし、外で食べたいよな」

含みのある微笑を浮かべている星宮の腕とお弁当の包みを掴んで廊下に出る。

腕を引っ張られたまま、確信犯的ニヤニヤ笑いを隠しながら星宮は付いてくる。人通りが少なくなった頃合いをみて意見してみる。

「ぉぃ、星宮。いくら実験の為でも、やりすぎじゃないか?」

「……そう? 女の子的には、これはこれで楽しいというのがわかってきた♡」

相変わらず笑顔を浮かべながら星宮は、そう答える。……もう二年生の教室の所まで来ているのに時々オレたちの顔を見て、わけ知り顔で微笑む生徒もいる。上級生にまで知られ始めているとしたらマジにヤバくなってきたんじゃないか、これ?


「うん、風が気持ちいい。屋上に出てきて正解」

素直な星宮の笑顔を見てドキドキする。オレだけにいろいろな表情を見せてくれる星宮は他の女子の何倍もかわいい……と思ったのはあえて黙っていることにする。

 屋上のフェンス脇の段差に幾つかのグループが腰を掛けている間に、オレたちも場所を見つけて座る。

星宮がお弁当を包んでいた大判の布を敷いて座るように促してくる。いくら大判といってもふたりが座るには狭いので、くっつくしかない……これ、教室で食べるよりも密着感があるんじゃないか?

小さく手を合わせて『いただきます』と言った後、星宮はオレに『お茶がいい? お弁当がいい? ……それともワタシにする?』と聞いてくる。いや、最後のはオレの妄想だけど。

「星宮さあ、お前だんだん普通の女の子っぽくなってきてないか?」

お弁当を食べながら、オレが呟く。

「私?」

きょとんとして自分を指差す星宮。

「ほら、その仕草がもう。」

「そう? でも、それは別にそれは悪いことじゃないのでは?」

「……まあ、そうだけど」

オレの返事を聞いて、安心したように微笑みながら追撃が来た。

「タカシくんは、どっちが好き?」

「どっちって?」

「普通の女の子っぽい私と、女の子っぽくない私」

「オ、オレはどっちでも。どっちでも有希に変わりないし、お前がしたいと思う方でいいと思、」

「うん。ありがとっ!」

言い終わらないうちに星宮がオレの首に抱き着いてきた。うぉっ、別に星宮は軽いから大丈夫だけど、突然、オレの首に両手でぶら下がられたのでびっくりしてしまった。倒れないようにオレも立ち上がって、そのまま身体を抱きかかえて一周ぐるりと回る。何、このバカップルみたいな行為!?……まわりから見られている気がして、いたたまれない。

「ところで、クラスの女子から聞いたんだけど、タカシくんはあんまり人気がない」

「ほっとけっ!」

ついつい反射的に言い返してしまったのは自覚があるからだ。あんまり誰とでも話す方じゃないし、興味も偏っている。高校デビューに人生の再スタートかける!という最初の決意も、星宮と知り合いになってから何もしていない。これじゃオレに興味を持つ方が変だ。

「私にはわからない。あなたは親切だし知識も豊富で問題解決力も高いのに……」

「それは星宮だから、そう思ってくれてるけど、他の女子はそう思ってないってことだろ」

「それはよくない」

「どうして?」

「彼氏の良さを、みんなに認めてもらってこそイチャイチャするのは楽しいって、言っていた」

「なんだそりゃ?」

「私にもよくわからないが、そういうものらしい……」

誰か他の女の子クラスメートに、よからぬ入れ知恵をされているんじゃないだろうかと心配になってきた。

「というわけで」

「というわけで?」

「タカシくんをカッコよくする計画プランを実行する」

それは地獄の始まりを告げる声だった。


「おはよう♡」

「ふわぁ、おはよ~ってまだ5時じゃあないか」

「まず、基礎体力をつけるために早朝ランニングをします。早く着替えてきてください」

なんだ、そりゃ!? っていうか、なんでオレの部屋に入ってこれたんだ?

ジャージに着替えて、『がんばってー』という母親の声に見送られて星宮と一緒に家を出る。

こいつ、いつの間に、うちの母親と仲よくなったんだ!?

「ふぁ~っ、疲れたぁ!」

ようやく家まで帰ってくると、星宮は『じゃあ、学校で!』と言い残して、軽やかに走っていった。あいつ、体力なるなぁ~と感心していると、

「いい子じゃない。いつの間に捕まえたの?」

と母親が笑いながら話しかけてくる。

「どうだっていいだろっ!」

照れ隠しに、そうぶっきらぼうに答えると二度寝するために部屋に戻る。まだ一時間くらい時間がある、タイミングを見計らったように星宮からメールが来ていた。

『お早う&お疲れさま。まだ学校に行く前に一時間くらいあるはずなので、軽く授業の予習をしておくこと。二度寝しちゃダメ』

オレの行動パターンは、既に読まれていたようだ……


「今日は、ファッションセンスを磨くため、買い物に出かける」

休日にも星宮は家に来て、そう告げた。もう一週間ずっと星宮にコントロールされている気がする。

「もちろん、女の子にさりげない気配りができるように、なるため……」

「いいかげんにしてくれっ!」

オレは、つい怒鳴ってしまった。

「24時間、365日ずっと、お前の言うとおりに過ごさなきゃならないなんて、オレには我慢できない!」

「……16時間程度。寝ている間は特に指示はない」

「とにかくっ! オレには自分のやりたいこともあるんだ。アレコレぐちゃぐちゃと常に言われ続けるなんて耐えられないっ!!」

「……それは、自分のやりたいことが、できればいいの?」

この辺でケンカにならないのが、普通の女子と違う星宮のいいところだ。星宮は冷静に聞いてくるのでオレも説明してやる。

「ぐっ、そうじゃなくてだな……他人からあれはよくない、これをしろって言われ続けることが鬱陶しいんだ。オレは自分のやりたいことをやって毎日気楽に過ごしたいんだよ」

「なるほど……」

「最近の星宮は、口うるさい教育ママか、過剰に弟にちょっかいを出す姉みたいだ」

ついでという感じで、思っていたことを一緒に吐き出す。あれこれ口うるさい姉のいる男子は、女子の扱いに慣れているっていう気もするが、だからと言って本人たちが幸せかと言うとむしろ逆な気がする。

「タカシはカワイソウな弟?」

一言多い!


「じゃあ、私が妹ならどう? 妹からかわいく、お願いされるならタカシはそんなに嫌じゃない?」

かわいくって……どんなつもりだ。まあ姉よりはよっぽどいいかもしれないが、鬱陶しかったらどっちでも同じだ……でも、妹なら気に入らなければ従う必要はないから大丈夫か?

「……どうでもいいけど、妹はタカシなんて言わないからな」

「そう? じゃあ、お兄ちゃん? おにいさま? にぃにぃ?」

「かってにしろ!」


 それから、星宮はオレに『お兄ちゃん』攻撃を始めた。具体的には、メールやふたりだけの時、全て『お兄ちゃん』になり、何か言ってくるのもすべて『おねがい』や『こうしてくれたら、うれしいなぁ』などと極端に甘え口調で迫ってくる。しかも無視すると『怒っちゃやだよぅ』とか『有希と遊んでェ』とか、もう手が付けられない。

さらには休みの日、ウチに遊びに来るのはいいとして格好がフリルいっぱいの超ミニスカートって、小学生かっ! 母親も何故か『あ~ら、有希ちゃん。 今日はすごく可愛らしい服着てるのねぇ。 うちも女の子が欲しかったから来てくれてうれしいわ!』とかいって喜んでる。いや、この格好を高校生がしてたら問題だろっ!!

 相変わらずファッションセンスを磨くためと称して、休みの日には強制デートに連れ出されウィンドウショッピングとかケーキ屋さんで、さりげなく女子をリードする訓練をさせられるが、そこにも平気で幼い格好をしてくる。世間的にはちょっと体の大きい小学生か、せいぜい中学生の妹を連れた高校生のお兄ちゃんが一緒に遊んでいるようにしか見えないだろうけど(だって、さも当然という感じで世話をやかされてるし)すっかりお兄ちゃん教育されてしまっている。


「クラスの女子が言っていた」

「なにを?」

「最近、お兄ちゃんの評判がいい」

「?? そうなの?」

「さりげなく気がつくし、男らしくなったって言われてる」

「へぇ、なんでだろ。 特に自分では気がつかないんだけど……」

「たぶん、お兄ちゃんキャラが良い意味で影響してるんだと思う」

なるほど。最近何も考えなくてもお兄ちゃんとして振る舞うのが板についてきた。だから、無意識に妹の世話をするように他の女子にも接しているかもしれない。それに困りそうなところは何も言わずに助けるところも……男らしい、のか?なあ

「やったね、お兄ちゃん♡」

「こら、おちょくるんじゃない」

そう言って、軽く有希の頭を小突くまねをする。

「てへっ……」

なんか、すっかり兄妹きょうだいみたいになってしまった。これは良いことなのか、悪いことなのか。


実験結果

オレの感想:『女の子の考えることってホントにわからん!?』

星宮の感想:『お兄ちゃん、大好き』










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