第10話 いまどきラブレターなんて……

 フィジカルコンタクト系(!)は、しばらくつつしむことにして、気持ちに関することを試してみようという話になった。それはいい……それはいいんだが、なぜラブレター? それも手書きの! しかし、それを言った途端『昔から多くの小説、映画などで云々(中略)普遍的意味があるに違いない』と言い返された。星宮こいつは、自分が正しいと思っていることは全然引かないな……。

 日本の伝統技じゃんけんでどっちが先攻(つまり初めに手紙を書くか)を決めた。星宮が『日本の伝統技』について、情報を検索している隙にすばやくパーを出してオレが勝った。まあ宇宙人を出し抜くにはこれくらいは許してもらおう……つまり星宮が先攻コクるというわけだ。


 数日後の下校時に、お約束通り学校のオレの靴箱に淡いピンク(いやここは雰囲気的に桜色と言うべきか)の封筒が置かれていた。差出人が誰だか知っているはずなのにオレは見た瞬間、胸が高鳴った。やっぱり実際に手紙ラブレターをもらうのはインパクトがある。誰かに見られていないかと、まわりをキョロキョロと見回し、素早くカバンの中にしまい込む。『こ、これが連邦の新型機動兵器モビルスーツの威力か!』……気が動転して変なことを口走ってしまったが、つまりそれほど破壊力・・・がすごいということだ。

 もらう前は『メールでちゃちゃっと送ってくれればいいのに』とか『L〇NEの方が相手の反応によって変えられるから便利だよな』とか考えていたけれど、それは間違いだった。実際に手紙という物理的存在が手元にあるのは、ぜんぜん別次元のうれしさがある。

 心臓はさっきからドキドキしときめきっぱなし、そのうえ胸まで苦しくなってきた。すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、落ちつけオレ……あぁ、早く見たい! じつはこれは幻覚まぼろしで、そんな物は無かった、なんてことはないよな……いや、さっきカバンに入れた手の感触はちゃんと残っている。あるいは実は、この辺に新しくできた店がDMダイレクト・メールを近くの学校の生徒の靴箱に配るという斬新な広告手段を行ったんじゃあ……なんて馬鹿な事まで考えてしまう。普通そんなことするわけないだろ……でもピンクだから女の子向けの店ならあるかな? ああああぁ、考えがまとまらない。頭が暴走している! このまま家に帰るまで手紙を見ないなんて出来そうもない!! せめて封筒に書かれている宛名だけでもちゃんと確認したい。それに、こういうのは家でじっくり見るよりも、学校でソワソワしながら隠れて見るのがいいんじゃないかっていう気がする……うん、そうだ。それがいい、そうにきまった!


 ということで校舎の脇の非常階段を登り、踊り場で誰もいないのを確認してカバンから手紙を出す。表にはちょっと小さなカクカクした字で『前田 崇志様』と書かれていた……よかった。少なくともDM広告ではなさそうだ。裏には名前はない。本当に星宮からなのかな? じつは別の女の子が、たまたま同じタイミングでラブレターをくれたなんてことは…………まあ、ありえないな。残念ながら確信を持ってそう断言できる、オレはそんなにモテない。

 でも、だとするとやっぱり別の目的のものじゃないかという考えがよぎってしまう……例えば星宮の事を好きな誰かがオレに決闘を申し込んできたとか……そう、それが女の子ならピンクの封筒もありうるかも。なんて萌えるゆりゆりな三角関係だ……まあ、封のところに可愛いらぶりぃな小ネコが♡を浮かべているシールが貼られているから、それもナイな♡…………こんなくだらないことを考えてしまうくらい、今のオレは舞い上がっている。ああっ、うれしいよぉ〜! もうずうっと手紙に頬ずりしていたい程だけど、手紙の中身もはやく見てみたいので、封を開けることにする……指が震えてあけるのに手間取ったけど、中からはけっこう厚みボリュームがある手紙が出てきた。


  拝啓、

  突然、お手紙をお出しする失礼をお許しください。

  私は同じクラスの星宮有希といいます。初めて教室で会った時から、

  あなたの事がとても気になっていました。そして、初めて会ってから

  まだそれ程多くの月日が過ぎたわけではないですが、いろいろと私を

  助けて下さる事にとても感謝をしています。


キタ、コレ~!やっぱり星宮からのラブレターだっ!

はあ♡、なんか絵に描いたようにお淑やかな文章だ。……いや、実際の星宮がガサツだとかいうわけではないけど、あいつ会話だと感情を表さないから、怒っているのかわからない時があるんだよな。こうして文章だとちゃんと書かれるから気持ちがすごく伝わるんだなあと思いながら読み進める。


  話に熱中しているあなたの笑顔はすごく楽しそうですし、私の知らない

  ユニークな知識を持っている『引出しの多さ』も頼もしいなと感じます。

  それに、私が困りそうな時、さりげなく先回りして対処してくれようと

  するところもすごく素敵です。

  あなたはきっと私だけでなく、誰とでも仲良くできるし、すごく頼りに

  なって、みんなの中心でクラスを盛り上げていける太陽みたいな人なんだ

  思います。


あんまり、話に熱中して笑顔を見せた覚えはないんだけど……まさかオレって星宮と話してるときってうれしそうにニヤけているのか?!……ユニークな知識って、ぜったい星宮の家に行った時の、あの『地球人は高校生になると恋愛解禁になるオレのリア充、大作戦! その5』っていう作り話のコトだよな。今、思い出してもめちゃくちゃ恥ずかしい黒歴史だ。ぶっちゃけ星宮をウソの話でけむに巻いて、自分勝手な願望を実現しようとして失敗しただけの話なんだけど……しかも最後は無理やりかわいそうだから、クラスメートには『付き合っている(仮)』ということにしてもらったようなモノなのに、『困りそうな時さりげなく先回りして、対処してくれようとする』なんてとんでもなく善意に解釈してくれていると思うと逆に心が痛む。……『みんなの中心になってクラスを盛り上げていける人』っていったい誰のことだ?? 自分のことがあまりに理想され過ぎていて、読んでいてむず痒くなってくる。その後も延々、ほめ言葉が書かれていたんだけど、とても読み続けられるほど神経が図太くないので飛ばしてしまった。


  でも時々思うのです。あなたはどうして、こんなにも私に優しいので

  しょうか?

  それは思い違いだよ、とあなたは言うかもしれません。あなたは誰にでも

  優しくできそうなのに。私はあなた以外の人とあまり話さないから、

  他の人のことはよく知らないけれど……

  それでもやっぱり思うのです。あなたは私にだけ特別優しいです。

  それがあなたのわたしへの想いと受け取ってしまって、よろしい

  のでしょうか?私は毎日、心の中で煩悶しているのです。私もあなたを

  特別にしてあげたい……

  それが私の生きる意味もくてきと矛盾しないのならば。

  いえ、それではダメです。あなたは既に自分の活動もくてき

  度外視しても、私を優先してくれています。それが、あなたの星の

  習慣やり方なのでしょう。

  わたしはそれがひどく素晴らしいことに感じます……私もきっと自分の

  ことを置いてもあなたの願いを叶えるようになりたい。

  そうでなければ、平等でないいけないと思うのです。

  ……いいえ、それも違いますね。そうなれることが、今の私の希望ねがいなのです。

  

う、う……さっきから涙が止まらない。読んでいて思いが心に迫ってくる。なんか恋人に切々と気持ちを訴えられているような……もう、オレの心はKO寸前のふらふらなボクサーみたいだ。あとは軽くひと押しされれば、簡単にリングにひっくり返ってしまうだろう。


  どうか私にもあなたへのまこころを注ぐことをお許し下さり、

  あなたの近くで共に微笑み、共に楽しく過ごす機会を与えてください。

  もしも私に希望ねがいを叶える機会を与えてくださるのなら、

  それを書いた一枚の手紙を頂けたら、私はきっと喜びに満たされるでしょう。

 

  かしこ

                       あなた・・・の有希より


最後の一行でオレの心は堕とされた。もう明日の朝といわず、今から星宮のところに行って力いっぱい抱きしめてやりたい。もしくはそのまま地の果てまでも走っていって幸せを叫びたい! 連邦軍万歳!! あれ?

とにかくオレの心の中では、ベートベンの『歓喜の歌』が16ビートで鳴り響き、天使がフルメンバーで踊りまくっている。

『ありがとう世界! オレたちのために存在してくれて。ありがとう太陽よ! ふたりを照らしてくれて。この宇宙の生きとし生きるものすべてに喜びと感謝を捧げます』もうオレはそんな気持ちだった。もう、その後どうやって家に帰ったかすら覚えていない……きっと空をふわふわ飛んでったんだと思う。


 その夜ベッドの上で気がついた。オレ、星宮に返事を書かなきゃいけないんだよな!? どうしよう?! あんな気持ちのこもった手紙なんて書けるはずがない……っていうか明日、星宮と顔を合わせるのすら怖くなってきた。意識しちゃって顔だってまともに見られないと思う……。


 翌朝、眠そうな目をこすりながらベッドから起き、服を着替え、学校に向かう。食欲もないので朝飯も食べなかった。

「どうしたんだ、前田」

目の下にクマがいるオレを見て、クラスメートが心配して声をかけてくる。中には、

「昨夜は、お楽しみが過ぎたのか?」

などとニヤニヤしながら言ってくるヤツもいる……事情も知らずにおちょくるんじゃねぇと怒りが込み上げてくる。睡眠不足だからか? いや、きっと星宮の気持ちを軽々しく扱われたような気がしたんだろうと思う。


「だいしょうぶ?」

今度は星宮が心配そうに声をかけてくる。

その顔を見た途端、オレはダッシュで教室の外に逃げた。もちろん、恥ずかしくて顔を合わせるのがコワいからだ……向うで星宮が不思議そうな顔をして見ている。あいつあんな手紙を書いてきて、何で平気でいられるんだ?!

さすがに授業の時まで逃げるわけにもいかず、席に座っていたところを不意打ちで掴まってしまった。

「顔色がすごく悪いよ……どうしたの?」

いや、あなたの書いた桜色の核爆弾すたーらいと・ぶ〇ーかーが原因なんですけど。

「大丈夫。 問題ない」

とりあえずそう答えたけど、そんなふうに答えたヤツが大丈夫だった試しがないのは世の中ゲームの常識だ。


 1日経てば、復活すると思っていたけど状況は変わらなかった。夜、寝ようとすると頭の中で、星宮がいろいろな表情でオレに話しかけたり、笑ったり、拗ねたり、誘惑したりしてきて全然眠れない。しかも昼間、オレのことを心配そうに声をかけてくれてきた時の様子まで加わった。きっと手紙の副作用で星宮のことを過剰に意識するようになってしまったのだろう。それまでは、たとえ『付き合っている(仮)』という事になっていても、単に相談したりされたりするだけの友達とあまり変わらない関係だったのに、手書きであんなに気持ちを書かれたらプレッシャーが尋常でない。

しかたないので、早く解放されるように星宮に返事を書くことにした。しかしとてもじゃないがあいつのように心に迫るものは書けそうにない。思い余ってネットで『ラブレターの書き方』など見てみたが、結局は気持ちを素直にとか、自分の言葉で表現するとか書かれているだけであまり参考にはならなかった。

 こうなったら昔あったTVドラマをまねして書くくらいしか思いつかない。ちなみにオレはそれをお笑いのネタとして見たんだけど、まさか自分が実際にヤル羽目になるなんて……。


  拝啓

  恋しい、恋しい、星宮有希様。オレの心の中には、あなたが住みついてしまい片時も離れる

  ことができなくなってしまいました。

  毎日、眠ろうとすると、あなたが現れて、微笑みかけたり、何か真面目な顔で質問を

  してきたり、時には怒ったりします。そして、そんなあなたをオレは、なんて可愛いんだと

  心をときめかせ、あなたの聞いてきたことを延々考えていたりしてしまいます。

  そんな訳で、ここのところ寝不足で授業も上の空です。『それは前からでしょう?』と

  今もオレの頭の中で、あなたが笑顔でツッコミを入れてきています。

  ああ、なんてかわいいんだろう!

  オレは、このままでは狂っておかしくなってしまう気がします。いえ、もうだいぶおかしくなって

  います。だからこれから先、変なことが書かれていてもそれは、正気なオレが書い

  たのではなくて、頭のおかしな人間が書いたと思って笑って許してください。

  オレはもう1分1秒でも、あなた無しでは生きていられません。このままだと一睡もできず

  きっとオレは死んでしまいます。あるいは死なないまでも気が狂って廃人に

  なってしまいます。本人が言うんだから間違いありません、きっとそうなります。

  そうならないためには、すぐに星宮有希成分・・・・・・を補給する必要があります。

  具体的にはあなたを抱きしめ、恋しい気持ちを満たすソウル・ジェムを浄化する必要があります。

  あるいは、●●をしてもらえれば心の闇は一瞬にして消え去るでしょう。

  それだけが、オレを救う方法だと思います。そうでないと、オレは無理やりあなたを襲い

  あんなことや、こんなことをしてしまうと思います。

  それもこれも、あなたがかわいらしすぎて、オレの心を奪ってしまったのが原因なのです

  だから、責任をとってオレとすっと一緒にいてください。オレはあなたの為なら

  どんな大変なことだって喜んでやりますから、あなたはどうか、オレの隣でずっと

  微笑んで励ましてください。


そのあたりまで書いて、オレは少しは気持ちを吐き出せたのか意識を失ったように寝てしまったようだ。翌朝、目を覚ましたらもう授業が始まる5分前だった。叫び声をあげながら1分で支度をして家を飛び出す! あきらめてゆっくり行けばいいだろうって? ばかやろう! そんなことをしたら、

星宮を見られる時間が減るじゃあないか!! 1秒でも早く学校に行って星宮分を補給しないと、オレは死んでしまうんだっ!

最速登校時間ワールド・レコードで教室に着き、星宮の顔を見ると救いを得た信仰者クリスチャンのように満たされた顔で神に召された意識を失った


気が付くとオレは、保健室のベッドで寝かされていた。何故か星宮がベッドの前でイスに座ってオレの頭を撫でていた。

「目が覚めた?」

星宮がオレが起きたのに気づいて声をかける。オレは気恥ずかしく目線を外し、布団に顔を隠しながら

「何でそんなことを?」

星宮有希わたし成分の補給。できた?」

「な、何故それを?」

「教室に駆け込むなり、あなたが倒れたから。先生が驚いて保健室に運んだの」

「しばらくしたら、先生がわたしを呼びに来て、何故かと思ったらこれを見せられた」

そう言って星宮が出したのは、昨日の夜、書いていた返事ラブレターの下書き……なんで?

「先生が、カバンの中のこれを見つけて、どうするべきか迷ったらしいけど……」

「前田君がとても思いつめてそうだからって」

そういえば、朝起きてびっくりして家を飛び出したとき、そこらへんにあった物を

カバンに詰めた気がする。

「今どき自分の思いを、こんなストレートに出せる男は貴重だって、先生が言っていた」

「そ、それは星宮の手紙がすごかったから……」

「そう。あの文章は古今東西の資料から男性を堕とす要素を抽出して書いてみた実験……どうだった?」

「えっ、あれって有希の本心じゃなかったの?!」

「あれは実験のために書いたもの」

「そんな、ひどい!!」

オレは心底、落胆した。ひどく心を弄ばれた気がして、許せない気分だっ!

ベッドの上で上半身を起こしたまま、うつむいて怒りに震えているオレのおでこに、何か柔らかいモノが触れる。

へっ、ほしみや、いま何を!?

「ごめんなさい……これは、私の謝罪の気持ち」

そう言うと有希はベッドから離れ保健室を去った。



実験結果

オレ:手紙の破壊力はピカイチ。だけど、相手の心を弄んではいけない!

星宮:手紙と本人は別人格。注意が必要(てへぺろっ)












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