第8話 ヒューマン・ミューティレーション

 その日、オレと星宮は図書室にいた。星宮に『宇宙人の活動が地球人にどれくらい知られているのか』と聞かれたので『実際に宇宙人がいるなんて信じているヤツなんてほとんどいない』と答えたら、そんなはずはないと珍しくムキになって反論されインターネットに載っている情報を見せられた。オレが『インターネットの情報なんて玉石混合どころかウソだらけだ』と反論したら、『成熟した社会システムでは、間違った情報が広く伝播されたままでは不都合が発生するので、なんらかの力が働いて必ず正しく修正されるはず』と言い返された。そんなこと言ったって現実はそうなっていないんだから……オレの頭のレベルでは何故そうならないのかを説明できなかったので、とりあえずインターネット以外の情報を見せてお茶を濁そうと図書室に来た。

 しかしここにある本も、結局はロズウェル事件だとか、マユツバもののUFO目撃に関するものしかなくて……星宮は勝ち誇ったようにオレを見つめている。チクショウ、正しいのはオレのはずなのに……インターネットに毒された宇宙人なんか大嫌いだぁ!


「このキャトル・ミューティレーションて何?」

流れをぶった切って星宮が別の話を聞いてきた。まあオレとしてもそのほうが都合がいいけど。

「……それはアメリカの牧場とかで内臓や眼がくり抜かれた牛の死体が多数見つかって、それを宇宙人の仕業だと騒いでいるんだ」

「??? なんで宇宙人の仕業だと言うの?」

「牛とかが死んだまま放置されると腐りやすい部分が欠落して、そういう状態になるらしいんだけど、普通自然にそんなことになるなんて思わないから『切り取られたんだ』っていう話になって『いったい誰がこんなことを?』っていう話になって、地球人はそんな変なことはしないだろうっていうことで、じゃあ『きっと宇宙人の仕業に違いない』ってなったらしい」


「そんな非常識な宇宙人がいるなんて……」

「そう、そんなのはバカらしいだろ。たとえ何か理由があったとしても、わざわざ死骸を残すようなヘマをする理由もないし」

我が意を得たりとオレが続ける。

その牛ほんにんの同意を、ちゃんと得ているのかが気になる」

「おいっ! そっちかい」

オレは星宮の思考の斜め上っぷりにツッコむのを我慢できなかった。


「……あなたのところでは、地球人の調査はどうやっているの?」

オレのつっこみは華麗にスルーされたまま、別の話を聞いてきた……まあいいけどね。しかし、オレが宇宙人じゃないなんてのは、とっくにバレているだろうと思っていたんだが……星宮は疑いも無く信じているようだ。まあオレとしてはその方が都合がいいのでそのまま放置しているだけだけど……だから地球人の調査もへったくれもない。なのであえて訂正なんかしないで適当に話をあわせる。それにしても牛と人間を同じ話の流れで括るなよなぁ。

「えーと、普通に協力者を募集してるよ。アルバイトとして……ちゃんと話せばそんなに危険なことじゃないし」

だんだん口から出まかせを言うのにも慣れてきたな、オレ。

「……なるほど」

星宮は何か意味深いみしんそうな返事を返してきた。案の定、数日後にとんでもないオファーがやってきた。


「すると何か? 地球人を調べるための実験体にオレになれっていうのか?」

「そう。女性の実験対象は私がなるとして、男性のそれにふさわしい対象を探したところ……われわれに理解があり、協力的な相手としてポイントが高かったのが前田君、貴方」

「……オ、オレは宇宙人だから地球人類のサンプルとしては相応しくないっていう発想はなかったのか?」

こういう時だけ調子良く、宇宙人だという設定を盾にとってオファーから逃げようとするオレ。自分でも行動に一貫性が無いと思うけど……やっぱり実験体は、

なんか嫌だ。


「調査を行った結果、前田君は肉体的には100%地球人類に属するものと判定した。 私と同じヒューマノイド・タイプ」

えっ、いつの間に調査してたんだ?! っていうか、オレってヒューマノイドだったのか……まあ、宇宙人なんてウソだったじゃないかって正面切って批難されるのも困るけど。

「オレが拒否するという可能性は考えなかったのか?」

まだ往生際が悪く逃げようとするオレ。

「あなた達と同じやり方なら理解は得られると判断した。それにあなたは星宮有希という個体に、並々ならぬ執着を抱いている……いまさら、その関係を捨ててまで拒否する確率は高くない」

そこまでキッチリ見切られていたのか! それでもオレとの関係を切らずに残しているっていうのは……オレが(宇宙)人畜無害と思われているってこと?!


「……わかった。しかし協力する前にどんな調査をするつもりなのか詳細を教えてくれ。 内容によっては残念だが関係を破棄することもありうる」

精一杯、強がってそう返事をしたが、本当に関係を破棄するなんていうことは考えてもいなかった……だってもうオレにとって、星宮のいない生活なんてありえないとしか思えないし、拒否したところで本当にキャトル・ミューティレーションのように無理やり調査されて、死体を残すようなヘマはされずに闇に葬られてしまうこともじゅうぶんありうる。宇宙人リアル・エイリアンならそれくらいのことは朝飯前だろう。

「大丈夫。 身体的な危険は伴わない……むしろ好ましいはず」

「好ましい??」

「地球人は適切な年齢の異性と、より親密になるのを望んでいるはず……」

?? それってオレが星宮と、そういう……親密なカンケイになれるっていうこと?!

星宮はちょっと困った顔をして、

「今回の実験は、感情の変化を調べるためのもの……過度の期待はしないでほしい」

星宮はそういって予防線を張ったが、一応どんなことをやるのか説明してくれた。

それによると、星宮達うちゅうじんにとって心の動き、特に恋愛感情というのはよく分からないらしい……どうも彼らには、そういう種類のコミュニケーションはないらしい。ので、恋愛関係の様々な状況を作り出して、それがどのような感情変化を伴うのかを詳細に調査したいらしい。早い話が、リアル・恋愛シミュレーションっていうコトだ。

 そりゃオレにしてみれば、『表向き:付き合ってる(仮)、実態:各種問題の相談相手』からお互い合意の『疑似・恋愛相手』に一歩昇格で願ったり叶ったりだけど。いいのか星宮さん?(いや、急によそよそしくしなくてもいいんだけど)

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