第7話 初めてのデート
次の休日、オレは駅前でユキと待ち合わせていた。
彼女とふたりでどこかに出かけるなんて経験を人生でまったくした事のなかったオレは、何を着ようかと一晩中、迷った挙句いつもよりマシなGパンとTシャツ。そしていつもは被ったことのない
「……お待たせ」
待ち合わせ時間、ぴったりゼロ秒でユキはやってきた。
白いふわふわのワンピースとおしゃれな帽子。髪はショートカットだけどクリクリの大きいな瞳がやけに目立つ、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいバッチリの初夏の美少女風コーデだ。
「(この格好で、下着はグンゼなんだよな……)」
オレはくだらないことを思い浮かべていた。そうでもしないと舞い上がってしまいそうなくらいの美少女っぷりだった。
「さあ、行こうか」
とオレが言うと
「……どこに行ったらいい?」
と真顔でユキに聞かれた。さすがのオレも女子高生が買うような下着がどこに売っているかはよく知らない。
「まあ、デパートとか行けばいいんじゃないかな」
オレが適当なことを言うと、ユキは
「そう(ニッコリ)」
と返事をして、恋人のようにオレの腕に自分の腕を絡ませると颯爽と歩きだした。
「ユキ、デパートって知ってるの?」
心配して聞いてみると、
「いつも行くデパートがある。 大丈夫!」
と、やけに自信ありげに答えが返ってきた。どうやらデパートには行き慣れているようだ……安心して任せきっていたら、オレたちは銀座の超一流デパートにいた。
「お、お前いつもここに買い物に来ているの?」
「そう。 どこか変?」
いや、普通の女子高生が買い物するには値段が高すぎるだろうということを言うと、
「値段は問題ない。 資金は豊富」
と返された。まあ、そんなことを気にしていたらやっていけないのは今までの付き合いの中で学習した。
「いらっしゃいませ、星宮様」
年配の女性店員が満面の笑みで挨拶してきた。よっぽど上客と思われているんだろうか。
「本日は、どのようなものをお探しでございますか?」
「下着」
「さようでございますか。 それでしたら八階になりますので、ご案内いたします」
本当にサービス満点で、もてなしてくれている。
女性店員は、下着売り場まで来ると、販売責任者のような女性に何か小声で伝えた後、挨拶をして去って行った。代わりにその女性が恭しくお辞儀をしてオレたちを迎えた。
「いらっしゃいませ。 本日はどのようなものをお探しですか?」
「女子高生が着けていて怒られない下着がほしいの……」
「は? はい……」
それでは普通、わからないだろう。店員さんもぽかんとしている。
「……あのですね。イマドキの女子高生らしい、あんまり地味すぎず、かといってセクシー過ぎない、カワイイものが欲しいんですけど」
なんで男のオレが、どんな下着が欲しいかを説明しなきゃならないんだ。恥ずかしさに若干の怒りを覚えながらオレが答える。
「はい、そういうことでございましたら、こちらの方に……」
店員は笑顔を取り戻し、すーっと滑るような動きで商品の置いてあるところに案内した。
「(ぅあ……)」
正直、目のやり場に困る。そこはピンクとかライトブルーとか淡い色合いの、柔らかそうなフリルやらリボンがあしらわれた……もう、お花畑のようなところだった。
こんな所に男がいる違和感が半端ない。プレッシャーに負けてオレは別の場所で買い物が終わるのを待っていようと、後ろからコソコソ逃げようとしたが……しっかり袖口を掴まれていた。
「(こら、離せ)」
「(ダメ! 逃がさない)」
そんなオレ達の暗闘をイチャついてるのと勘違いしたのか、店員は微笑ましそうな表情で接客を開始した。
「お客様は、お若くていらっしゃるのでこれくらい可愛らしいモノでも、お似合いだと思います」
「……ふむ」
『ふむ』っていったい何なんだ!? ユキの変な返事に、こいつ絶対分かってないなとオレは思ったが、店員さんは逆に満足してもらえてないとのかとビビって、いろいろ別なモノを紹介し始めた。
「あ、あるいはイマドキのおしゃれを楽しむ方は、こちらのような少し大胆なものもよろしいかと」
それは色合いはかわいいけど、レースと大胆なライン使いでアダルティなオシャレ上級者用のモノだった。
「……ふむ、どう思うタカシ?」
そこで、オレに振るか?!と思いながらも、とにかく返事を考えるオレ。
「えっ!? そ、そうだな……ちょっときわど過ぎないか? クラスの女子にまた非難されるぞ」
「そ、そうでしたら、こちらはいかがですか。 宮内庁御用達、皇族のご息女様達も愛用されている品です」
それは、落ち着きのあるデザインでありながら、風合いと柔らかさが
「他には?」
「こ、こちらはいかがでしょうか? パリのデザイナーが日本の”KA・WA・I・I”にインスパイアされてデザインした、最新のブランドのものです」
もはや、どこがどう凄いのかオレにはわからない……ただ布地の面積と値段の関係には、どうしても納得がいかなかった。桁が違いすぎるだろう!
「…………」
ユキも、もうどうでもよくなってきたのかもしれない……あんまり真剣に見ていないと思ったら、
「いいわ。 見せてもらったものを全部、1箱づつ買うわ」
「ありがとうございます」
「お、おいっ!」
「なに?」
「さすがにそれはまずいだろ、もっと必要なものを選んで……」
何かアラブのお姫様の付き人にでもなった気分だ。お嬢様の無駄遣いを諌める執事……って、オレはそんな
「だいじょうぶ、資金は豊富。 それにお店の人も喜んでいる」
そりゃ、よろこぶだろうさ。ほんの数分ほどの説明で、見せたものすべて×数十枚ずつ買ってくれるんだから、下にも置かないサービスなのも納得だ。
「それとも、もっと別のも見てみたい?」
ユキの目線が何かを語っている……本当に意味のある行動なのソレ?っていう感じだ。オレは下着の砂漠の中で必死に彷徨っている自分の姿が目に浮かんだ。
「……いや、もう行こう」
たしかに、これ以上ここに居続けることの不毛さを理解したオレは、キャップを被り直すと、なるべくお花畑を見ないようにしながら、そそくさとユキの手を引いて撤退した。
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