2-2 土足禁止を破るは死するに同じと心得よ



 ギルティとは、特にアルゴナイトによる違法な肉体の強化や兵器を利用した反社会活動・破壊行為を行う個人、或いは団体を指す。国際ヒーロー機関IHOにより定められた脅威度は以下の通りである。



A級(撲滅対象)

 国家規模の破壊行為を及ぼす恐れ、又は都市規模の市民に長期に命の危険を及ぼす恐れ、又は群衆に即座の命の危険を及ぼす恐れのあるギルティ。

 計画の絶対阻止、発見次第の撲滅を優先する。



B級(阻止対象)

 都市規模の破壊行為を及ぼす恐れ、又は群衆に長期に命の危険を及ぼす恐れ、又は市民に即座の命の危険を及ぼす恐れのあるギルティ。

 発見次第計画の阻止を優先し、対象の捕縛、已むを得ない場合は撃破する。



C級(捕縛対象)

 町以下の規模の破壊行為を及ぼす恐れのあるギルティ。

 計画の阻止、捕縛を優先する。





 悪者ギルティに関して書かれた記事を閉じて携帯端末をズボンのポケットにしまう。

 なんかこう、生々しい内容に若干引いた。A級に至っては見つかり次第即殺かよ……怖っ。


 ……ああ、何故オレは今こんな所にいるんだろうか……。


 目の前にあるのは『剣道部』の看板。隣に立つのは自称未来の偉大にて崇高なる悪のリーダー。…………まるで冗談以外の何者でもないが、残念ながらまったく笑う気になれない。

 勿論道場やぶりなんて訳の判らんものに参加する為にここに居るわけじゃない。銭形の暴走を止める為に仕方なく来ただけだ。こいつはオレがいなくてもきっと意気揚々と道場破りをするに違いない。


 今もどこから持ってきたのやら、剣道着一式をちゃっかり着込んで来ているほどだ。しかし籠手やら面を付けてないあたり雑さというか単なるコスプレ感が窺える。

 まったく、なんつー迷惑千万な奴なんだ。将来こいつが社会人になったら、周りは終始苦労させられるに違いない。ひとごとながら未来の同僚や部下になるだろう人達につくづく同情した。

 まあ、こいつの主張はそもそもがとんでもないものだ。剣道部は当然のように要求を拒絶するだろう。そこで強引な手段をとるようなら堂々と厳重注意を行う名目になる。


「たのもーーーーーっ!! この道場は悪の軍団である俺さま達がいただきに来た!」


 おいオレを数に入れるな。


「ふははははっ! 無駄な抵抗はやめ、大人しく看板を明け渡すのだ!」


 部室が近い体操部や柔道部に胡散臭い目線で見られる中無駄にテンション高い高笑いをあげながら、銭形が剣道場の扉を開け放つ。というか、こいつの精神状態がよく判らないんだが。

 剣道場の中は、閑散としていた。部活動をしている人影は一つもない。はて。今日は剣道部は休みだったか? まあそれはそれでオレにとってはありがたい話なんだが。

 ちなみにここでも野次馬する気満々だった早川だが、なんでも学内新聞の〆切が切羽詰まっているとかで泣く泣く同行を諦めていた。


「残念だったな、剣道部は休みみたいだ。道場破りは諦めて帰るしかないな」


「この期に及んで隠れても無駄だぞ! 大人しく看板を明け渡せぇぇぇぇぇっ」


「人の話を聞け!!」


 乱暴に靴と靴下を脱ぎ捨て道場の中に突入する銭形。つーかお前何でそこはちゃんと土足厳禁だ。律義か。

 ズカズカと奥の更衣室に消えていく銭形と入れ替わるように、入り口に人影が現れた。


「困るよ! 今日は向野の奴等が来るって言っといただろ!」


「ごめん部長! 今日はどーしても外せない急用がはいっちゃってさぁ」


 どうやら彼らが剣道部の部員らしい。なんだ休みじゃなかったのか。休みでよかったのに。

 部長と呼ばれた方は合同授業で度々顔を合わせる。というか銭形と同じ2年4組だ。この時期既に多くの部活で3年生は引退しているんだろう。

 名前は確か鶴来といったか。

 剣道部部長の鶴来とその部員らしい生徒は何やら入り口前でもめている。


「大体、なんで今日に限って誰も来ないんだよ!? 鈴木はどうした!?」


「鈴木は今日お腹痛いっつって帰りました」


「う……う~ん……。お腹が痛いならしょうがないな……無理にハッスルして下の方までハッスルと大変だものな」


「部長全然うまくないっす」


「じゃあ……山田は!?」


「田舎からおばーちゃんが来るとかで帰りました」


「お、おばーちゃん? ……おばーちゃんがわざわざ田舎から出てくるならまぁ……やっぱ山田がイナカったらおばーちゃん悲しむものな、イナカだけに」


「部長俺ももう行かなきゃなんで、すんません」


 早々と帰宅体勢に入ろうとする部員。ちょっとくらい反応してやれ、ものすごく寂しそうな顔してるぞ部長。


「お、おう……仕方ないか……みんな外せない用があるんだもんな……。ちなみにお前の急用ってのは?」


「彼女とデートっす」


 答えると共に部員が身を翻した。


「待てコラ佐藤――――ッ!! 何が急用だコノヤロウ!!」


「初カノジョなんすよ~! すんません部長~!」


 猛ダッシュする部員の声がみるみる遠ざかっていく。逃げたな。


 というか、しまった。つい会話に聞き耳を立てちまったがこの状況一体どうするんだ。


「っあー! もう、どうすんだよ……!」


 地団駄踏んで入り口をくぐってくる鶴来。当然、入ったすぐ横に立つオレと目があった。


「うおっ坂本じゃねぇか!」


 鶴来の顔に“なんでこんなとこにこいつが?”といった疑問が広がる。しかしそれを問いかけるより前に、その目が明るく輝いた。


「そうだ! 坂本お前、選択体育剣道だったよな!? 頼む、今日の試合に参加してくれないか!?」


「なんだって?」


「今日は向野中学校との練習試合が組まれてるんだが、うちの部員が全然揃わないんだ、頼むよ! 俺を助けると思って!」


 呆気に取られるうちに鶴来は畳み掛けるように訴え始める。


「人が揃わなくて試合にならないなんて言ったら、性格悪い向野中学の剣道部にどんだけ馬鹿にされることか……! あいつら俺らが絶対に勝てるわけないって決め付けてるんだ! 試合も不真面目で、うちの部員は皆嫌がって出たがらないんだよ」


「ち、ちょっと待てよ」


 熱を入れて語り始める鶴来を慌ててなだめる。


「落ち着けって。ちゃんとした剣道部員に、授業でやってるだけのオレが敵うはずないだろ?」


 実際オレは大半のスポーツはそつなくこなしてしまうが、かといって経験歴を全く無視できるものじゃない。

 冷静に考えれば判ることだ。そんな状況で素人が助っ人に入ったとして、不戦敗で笑われるかボロ負けして笑われるかの違いだろう。だが気持ちが昂っている鶴来はそれすら気がつかないのか、なおも言い募る。


「でもこのままだと向野中学の奴等に逃げたと思われちまう!! もう頼りになるのはお前しかいないんだよ!」


 鶴来が言った折、その肩をがっしと掴む者があった。


「コラ待て。――貴様、この俺さまをさし置いてこやつに声を掛けるとはなんたることだ?」


「げっっ銭形!! どうしてここに……!」


 背後でどす黒いオーラを撒き散らす銭形に鶴来が顔を引き攣らせる。今の今まで奥に引っ込んでいた銭形の存在に気がつかなかったらしい。といっても驚いたのはオレも同じだ。向かい合って話していたオレでも直前までその接近に気がつかなかった。普段はどたばたとやかましいくせに、妙なところで気配の薄い奴だ。


「俺さまでは取るに足らぬと、力不足も甚だしいとそう言いたいのか……?」


「い、い、いや、だっておまえは、そういうこと頼まれてもやらないだろ!?」


 脂汗を浮かべながら喘ぐように言う鶴来に。


「当然だ! この俺さまがそんな他校の雑魚どもを相手にしてやると思うか! 断じて断る!」


 堂々とふんぞり返って宣言する。

 いや、やらねぇのかよ。

 オレと鶴来が揃って「じゃあなんで出てきたんだよ」という目で銭形を見つめていた時だった。

 剣道場の入口に新たな人影が現れた。


「おィおィ鶴来クゥ~ン、今のは一体ど~ゆ~ことなのかなァ??」


 ぞろぞろと入口をくぐって来たのは――今さら驚くこともないだろう。向野中学校剣道部員達だ。


「なァんかミジンコ揃いの平中の道場からありえない声が聞こえてきたンですけどォ~?」


 剣呑な気配を漂わせてぞろぞろと入口をくぐり姿を見せる向野剣道部。他校に来て堂々とそんな事を言うとは、なるほどひとを小馬鹿にしてる。


「なっ……総堂!! 聞いていたのか!?」


 鶴来が驚愕に目を見開くが……あそこまで大声で喋ってたら嫌でも耳に入るだろう。本人は無自覚なんだろうが、来るのが判ってて騒いでるとか相手からすれば負けず劣らず嫌味全開だぞ。

 さて……面倒なところに居合わせることになった訳だが、ここまで来たら見捨てるわけにもいかなくなった。ここはなんとか相手を言いくるめて平和的かつ穏便にやり過ごすしかないか。

 穏便に。穏便に。そんな考えを儚くもかき消す声が道場に響き渡る。


「あーっ!」


 声の持ち主は最後に道場に入ってきた向野剣道部の生徒だった。険しい顔で睨みつけまっすぐ指さすは、我関せずとばかりに興味なさげに突っ立っていた銭形。


「それ俺の! 返せよ、俺のドウギ!!」


 ドウギ? 胴着? こいつが着てる胴着のことか?

 ふと銭形に視線を向けて、クラリと眩暈を覚えた。

 よく見ると銭形が着てる胴着の正面――大垂と呼ばれるらしい――に名前が書かれている。『中村』と。

 誰だよ。


「もしかしてお前それ……他校の生徒から奪ったのか!?」


 全員の視線が自分に集まっていると見るやいなや、銭形は大仰に腕を組み仁王立ちで踏ん反り返って威張り放つ。


「体育館裏に纏まって落ちてたカバンの中から拾ったのだ!」


「落し物じゃねぇよ!」


「落し物だったとしても勝手に持って帰んなよ!」


 向野剣道部一同による総ツッコミが入った。普通に駄目だろそれ。いや元々こいつは悪事をする気満々なんだからいいのか? いやよくはねぇわしっかりしろオレ。


「悪の心得、ひとつ! お前のものは俺さまのもの。誰のか判らない落とし物も俺さまのものだ!」


 誰のか判らなくないだろそこの中村君のだろ。早急に返して差し上げろ持ち主に。


「テンメェ……ナメてんじゃねぇぞ平中のクセによォ!!」


「フン! 地面に転がるカバンを足ふきマットにされなかっただけでもありがたく思え!」


「開き直んなこのイカレ野郎!」


 掴みかかろうとする総堂の手を難なくかわす銭形。そのまま軽快なステップで後ろに下がり総堂から距離を取る。

 それだけの事なのに、開いた間合いには何故か気軽に踏み込みがたい絶妙な緊張感が張りつめる。

 なんだ? 明らかに銭形を取り巻く空気が変わっている。さっきまでと変わらずだらりと腕を下ろし、至って気楽にそこに立っているだけに見えるのに……不用意に近づけば途端に噛みつかれる猛犬のような危うさを帯びている。

 猛犬が、ニタリと牙を剥き出した。


「黙って聞いておれば先程から、心技体を尊ぶ剣道部が聞いて呆れる」


 これは突っ込んだらいけない流れなのか?


「仕方あるまい。こうなればこの俺さま直々の教育的指導により貴様らの歪んだ性格を正してやろう」


「いや、アンタがいっちゃん非常識なんだよ! 胴着返せ!!」


 中村君の至極尤もな叫びを綺麗に無視して銭形は鶴来を振り返る。


「竹刀を寄越せ」


「えっ……」


 思いもよらぬ流れと意外な助っ人の参戦に鶴来の表情が困惑と仄かな希望に彩られる。

 対する総堂は最早全身に怒りを湛え、顔を朱に染めていた。


「テメェラみてぇなミジンコがこのムコ中剣道部に勝てると思ってんのかァ!? プレパラートでねじり潰すぞゴラァァ!!」


 ずいぶん個性的な挑発に銭形もすかさず応酬する。


「俺さまをこいつのような雑魚と一緒にするでない!」


 後ろで鶴来の顔が絶望一色に染まった。

 ……まぁどう考えても味方のセリフではないよな。うん。

 結局何がしたいんだかよく判らない銭形は、竹刀を片手に不敵に向野中学校剣道部員達を睨みつけ、堂々宣言したのだった。


「言っておくが、俺さまの指導は中々ハードだぞ。精々気を失わぬよう努力するのだな」



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次回、悪事をするなら胸を張れ!

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