第二話

2-1 悪の第一歩は言葉遣いから!


 今の状況が一切理解出来ていないのは果たしてオレだけか? 会話がまるで成立してないように感じるのは本当にオレだけか……?


「喜べ! おぬしは俺さまの活躍を一番近くで体感できる権利を与えられたのだッ!」


 さっきからずっと話の展開についていけてないのはオレだけなのかっ?!


「いや判んねぇよっ! なんでいきなりそんな話になるんだ!?」


「おぬしは中々見所のある男だ。子供を助け出した際の咄嗟の機転、判断力。並大抵の人間に出来るものではない。俺さま結成予定の悪の組織の頭脳となるに相応しい!」


「悪の組織ッ……!? そんなもんに相応しい訳あるかっ、冗談じゃねぇぞ!」


 オレはこれまでずっと品行方正で通ってきてんだぞ!? そんないかがわしい要素があってたまるかよ!


「無害な顔を浮かべつつ平然とヒデアキを追い出すその腹黒さ……フッ。おぬしも悪い男だな」


「悪代官みたいなノリで人を巻き込むな!! つーかなんなんだよさっきからその喋り方は!」


「悪の心得、ひとつ! 偉大なる悪のリーダーは言葉遣いから。まぁそう声を荒げるな参謀ユウマンドラゴラ坂本よ」


 くっ……落ち着け。感情に流されるな。ここは冷静に突き放していくんだ。


「……悪いな銭形。オレはヒーローごっこにも支配者ごっこにも興味ないんだ」


「まぁそう焦るでない四天王ユウマビノギオン坂本よ」


「人に妙なコードネームを付けるなぁぁっ!」


 駄目だぁぁぁこいつと話してるといつものペースが作れねーーっ!

 どうしてこうも簡単に口が滑るんだ。こいつの突飛な言動がいちいち心を掻き乱す。こんなのどうせ思いつきで言ってるに過ぎないってのに。これ以上はまずいぞ、オレのイメージが崩れ去る。一刻も早くこいつから離れなければっ……!


「は、はは……な~んてな……とりあえずこの話はこれまでにしよう。お互い他の用事もあるだろうし今日はもう帰ろうそうしよう。ちなみにオレはこれから生徒会の用事があるからここでお別れだ、銭形も早く帰れよ気を付けてな!」


「フン、そうだな。この俺さまに迷惑を掛けまくった事は特別に先程の拳骨一発で許してやろう。俺さま達は明日より新たなる悪の一歩を歩み始めるのだ! ふははははっ!」


 明日から何が始まるってんだ。頼むからオレを巻き込まないで勝手にひっそりやっててくれ。

 銭形はひとしきり気の済むまで高笑いを上げてから自分のスポーツバッグを拾い上げた。

 ああ、やっと終わった……滅茶苦茶疲れた…………悪の組織を作るだの手下になれだの、まるで小学生の発想だ。ヒーローが許せないだとか正義が嫌いだとか訳が判らないし、そもそもそんな話をしに来た覚えは無い。オレはただ自分が名乗り出なかった理由を説明に来ただけだってのに――……


「……っ!!」


 しまった……そういやまだ最初の目的を果たしてねぇじゃねぇか!! オレがその場に居た事をこれからも周囲に黙っていて欲しいと、きっちり念を押す前に拳骨落とされたんだ!


「おいっ……ちょっと待てっ……!」


 咄嗟に上げた制止の声は届くことなく、校内へと続く扉が開かれる。その途端待ちかねたように飛び込んでくる好奇心の固まりこと早川秀秋。


「待ちわびたで銭形君! 約束やからな、何の話しとったんか聞かせてもらうで!」


 まずい早川の奴に喋られたら――!


「うむ。実はあの時この男も現場に居たのだ」


 早速言いやがったぁ――――ッ!!


「ほぉぉぉぉっ!? そら坂本も救助に関わっとったちゅ~ことか!? ビッグニュースやん!!」


 目を輝かせる早川に対して、けれど銭形は首を振ってそれに答えた。


「いや、こやつは目撃しただけだ。だから事件の詳しい顛末はこやつに聞くといい。俺さまは帰る」


「ほんまかっ! そんな事聞~とらんで坂本! ……ん? “俺さま”?」


 面倒事を丸投げされた――いや、もしかして黙っていてくれたのか……?

 多分そうだ。丸投げするならオレも救助に関わっていたとそう言えば良いだけだ。さっきの話……銭形の奴、迷惑だとか言ってたけどちゃんと聞いててくれたのか。


「こーなったら銭形君の分までみっちり聞かせてもらうで! ええな坂本?」


 階段の向こうに消えていく銭形の代わりに意気込みも顕わな早川が視界一杯に映る。


「――ああ」


 結局銭形には意味不明な事で振り回されまくったけど、根はそう悪い奴じゃないみたいだ。突飛な言動に惑わされないようになれば一々振り回される事もなくなるだろう。


「実は最初見た時にはあれが銭形だって気が付かなかったんだけど――……」


 今は精々、全校生徒からの注目回避の為に、貰ったチャンスを有効に使うとしようか。



◇◇◇



 朝のHR前。ドアがけたたましく開くと共に教室内に響き渡る声があった。


「坂本悠馬! 道場破りに行くぞッ!」


 思わず机に突っ伏しそうになるのを全身の力を総動員して何とか踏み止まる。そして――更なる努力と気力をもってしてどうにかいつも通りの笑顔を取り繕うと――騒音の発信源たる男に声を掛けた。


「……今、なんて言った? 銭形」


 静まり返る教室。オレと銭形に一点集中するクラスメイトの視線。ご丁寧にフルネームで名指ししてくれたお陰で朝っぱらから注目の的だ。

 このとてつもなくいたたまれない雰囲気の中で平静を保っていられるのはひとえに日頃の修練の賜物だろう。まるで動じていないように見えるオレの態度に、少し遅れて教室内にもざわめきが戻りだす。チラチラとこちらを伺う視線は消えてくれないが。

 銭形はそんな雰囲気などお構いなしにずかずかと目の前へやってくると、張り切り口調で喋りだした。


「格闘技系の部活に乗り込み、現役部員をこてんぱんにやっつけるのだ。つまり部活の道場破りだ! という訳で放課後は空けておくのだぞ」


「…………うぁあぁぁぁ…………」


「なんだ空気が抜けるような妙な声を出して」


 空気が抜けてるんじゃない気力を根こそぎ削ぎ落とされてるんだよ……!

 こいつは……どこまでオレの気力を削れば気が済むんだ……。マジで頼むからオレを巻き込まないでくれ。


「手始めに剣道部に殴り込みだ。道場破りといえば剣道場と相場が決まっているからな。まずは俺さまの名を無力な一般生徒共に思い知らせてやろうではないか! ふははははっ」


「……やっぱりその喋り方なんだな、お前」


「当然だ」


 そっくり返って答える銭形。昨日の冗談のような話もどうやら本気らしい。冗談であって欲しかった。切実に。

 そもそもこいつはこんなに饒舌だったのか。初めて会話した時はまるっきり言葉足らずだった癖にこの変わりようはなんなんだ。正直、銭形がこんなに生き生きとしている所を初めて見た。常にむっつりと押し黙っているような表情しか見た事が無かったので意外と言わざるを得ない。

 昨日も多分、今まで銭形に抱いていた印象とはまるで違う人物像を見せ付けられた所為で、冷静な対応を返せなかったんだろう。それに加えてあの突拍子の無い発言だ。

 黒板の上に取り付けられたスピーカーから予鈴が鳴り響き、いつの間にか逸れていた思考を再び現在へと引き戻す。


「良いな悠馬、放課後は剣道場に集結だ!」


 一方的に言い付けくるりと背を向ける銭形。


「いや待てオレは仲間になったつもりはないし、お前が思ってるような人間でもないし、そんな事言われても困――」


「ではまた後でな!」


 来た時同様ずかずかと音を立て帰っていく。


「だからオレは行かないからな!!」


 届いているのかどうかも怪しい声を奴が出て行ったドアに投げつけ、心底疲れた溜息を漏らしかけ……慌てて口をつぐんだ。


 オレが誰かを煩わしく感じているんだなんて、周りに思われる訳にはいかない。



 それは・・・坂本悠馬じゃない・・・・・・・・


 そんな事・・・・坂本悠馬はしない・・・・・・・・



 じっとりと燻るように頭の奥が重くなる。

 何を馬鹿みたいに油断しているんだ、オレは……? ここは屋上とは違う。大勢のクラスメイトの視線がオレに向けられているんだ。そんな事も忘れて何をやっている?

 突然吐き出し口を失った感情が胸に重くわだかまっているようで気分が悪い。こんなに強引に感情を押さえ込んだのは初めてだ。頭からざっと血の気が引き、心なしか吐き気すら感じる。

 なんなんだ一体? どうしたんだオレは。これまでこんな失態は決してやった事が無い。おかしい。おかしいんだ、昨日から。


「びっくりしたぁ~……悠馬君、なんだったの今の?」


 遠巻きに様子を窺っていたクラスメイトの一人が話しかけてくる。彼女を安心させるように、気を取り直していつも通りにいつも通りの笑顔を作ってみせる。

 中身の無い、オレじゃない『坂本悠馬』が笑ってみせる。



 ――面白くも無いのにヘラヘラ笑っているのだから気味が悪いだろう――



 何故だか久しく感じたことのない苦痛を、感じた気がした。



===


次回、土足禁止を破るは死に同じと心得よ

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