1-3 小癪な正義気取りは誅するべし!


 今日の校内はなんだかそわそわと落ち着かない雰囲気に包まれていた。


「ねえ聞いた? うちの二年だってさ」

「すごいよね。その人の事噂で聞いたことあるんだけど」

「四組のアイツだろ? ほらあの……」

「意外と良い奴なんじゃん」

「やっぱりなぁ。あれはいつか何かをやらかす奴だと思ってたんだよオレ」

「ちょっと話聞きに行ってみようぜ!」


 まだ三日も経ってないってのにいまや学校中すっかりあの噂で持ちきりだ。まぁあんな学校の近所での事件だし、しかもあの時は制服だったからな。


「ちょっとちゃんと聞いとるんか坂本!? ボーッとしとらんと大事件なんやで大事件!! ビッグニューーース!!」


「はいはい聞いてるって。その小学生を助けたのが銭形なんだろ? そんな血相変えなくたってこれだけ噂になってれば耳に入るって」


「ならなんでそんな落ち着いてんねん?! 銭形に先越されたんやで!? なんか言う事ないんかい!!」


「本校にそのような立派な人助けを行った生徒が居る事に、生徒会長として誇りを持ちます。今後も生徒の一人一人に、泰平中学校生として胸を張れるよう精一杯頑張っていってほしいですね」


「だああああああっ!! そんな生徒会長としてのコメントやなくてやなぁ……! あ、でも今のコメントは学校新聞に使わせてもらうなっ」


 学校内の噂やイベントとなると人一倍敏感な早川はこの事件にすっかり目の色を変えている。休み時間ごとにどこかにすっ飛んでったと思ったら、帰り際の今になって目の前に現れるなりずっとこんな調子で喋り通しだ。


「オレなんかのコメント聞いてないで、とっとと張本人にインタビューしに行けばいいだろ?」


「僕を誰だと思っとんのや、真っ先に銭形君に突撃アタックしたわ。そしたら坂本を連れて来い、話はそれからや言うんやで? しかぁし! その時僕ぁ銭形君に今までに無い気迫を確かに感じた――そう。あれはまさに決戦を控えた侍の気迫や。こりゃとうとう『坂本VS銭形~己を賭けた戦い~』の幕開けに間違いない! ……て思ったから呼びに来たついでにライバルとしての心の内を聞かせてもらおう思たワケや!」


「だから、銭形とのバトルなんて無いっての。オレを呼びに来たんなら早くそう言えよ、銭形はどこにいるんだ?」


 銭形の用事には大体目星が付いている。一昨日の一件で名乗り出なかった理由について、銭形にはまだ何も説明していない。これだけ噂になっていても未だにオレが名乗り出ない事を不思議に思っているんだろう。こっちからもその件について折を見て話しに行こうと思っていた所だ、丁度いい。


 早川が案内したのは屋上だった。校内の教室と比べると誰かに話を聞かれる心配が少ないから有り難い。入り口を開けると午後の燦々とした陽気の中でスポーツバッグを枕に銭形が居眠りしていた。他に人影は見当たらない。


「銭形く~ん! 起きて起きて、坂本呼んで来たでホレホレホレ!」


「うむ……お前等か」


「そ~や僕らや! そんじゃ早速積もる話を始めよかお二人さん!」


「ヒデアキお前はいらんどっか行け」


「まさかの戦力外通告!!」


 銭形の衝撃発言にもんどりうって倒れる早川。コンクリート上でのオーバーリアクションは痛いからやめとけ。


「話がちゃうやん銭形君! 二人の戦いの歴史的幕開けを新生徒会長の専属記者兼付き人の僕に独占取材させてくれるっちゅーから僕ぁこうして二人の会談の機会を設けたんやで!」


 いつの間にそんな役職に着いたんだお前は。オレとしても早川に居てもらっては色々と困るが、だからと言って銭形のように乱暴に追い払うような真似はしない。


「それでは付き人の早川君。我々はこれから重要な話し合いを行うから、その間人が来ない様入り口で待機しておいてくれたまえ」


 優しく微笑んで指示を出すと、ノリの良い早川は素早く直立不動になる。


「ハッ! 会長のお望みとあらばぁ~僕ぁ火の中水の中……って、それやと結局話聞けないやん?!」


「後でちゃんと話した事早川にも教えるから、頼むよ」


「男は引き際が肝心と言うだろう。いいからさっさと見張りに行かんか馬鹿者が」


「銭形君はストレートすぎて傷つくわっ! ……判ったわ、二人がそこまでゆーなら門番でも何でもやったるわっ。そんかわり、後からちゃんと話してくれや!」


「ああ、判った」


「気が向いたらな」


 ぶちぶちと不満を垂れながら早川が扉から出て行き、やっと屋上にはオレと銭形の二人が残った。

 さて、そろそろ始めるか。


「多分お前の用はオレが一昨日の事を周りに黙っている件についてだと思うけど――」


「無論その件についてだ!」


 努めて穏やかな調子で本題に入ろうと思っていたが、一方の銭形は穏やかどころの様子じゃなかった。何故だか不機嫌そうに腕を組み、開口一番喧嘩腰で不満をぶつけてくる。


「全く早川といい他の奴等といい、休み時間が来る毎に話を聞かせろのなんのと押しかけて来てとんだ迷惑だ! お前、こうなる事が判っていてあの時名乗り出なかったな!? 面倒ごとを全て俺に押し付けたんだろう!!」


 なんだか思いもしない反応が返ってきた。オレが名乗り出なかった理由を勘違いしてるって事か? とりあえずは一度なだめないと話しにくいな……。


「良かったじゃないか。騒がれるって事はそれだけ皆お前に注目してるって事だろ? 生徒の間じゃ今やお前一躍ヒーローだぞ?」


 何気なく言ったこの言葉が銭形に与えた影響は絶大だった。但し、オレの予想を大きく外れた形で。


「この俺がヒーローだと!? 冗談じゃないっ!」


 吐き捨てるように言ってのけ銭形が憤然と立ち上がる。


「俺は正義と名の付くモノがこの世で一番嫌いだ!! この俺が正義の味方ヒーローなど考えただけで怖気が走る!!」


 ヒーローが嫌いってどういう事だよ意味わかんねぇよ。こいつヒーローに虐められた過去でもあんのか?

 まるで理解が追いついていないオレを銭形は怒りに燃える目で睨み付けてくる。睨み付けながらじりじりと詰め寄ってくる。


「……それをお前のお陰でこのザマだぞどうしてくれる……!」


「待て待て待て待て! 別に押し付けようとした訳じゃない誤解だ! オレはあんまり世間に騒がれるような事は実家的にマズいから身を引いただけで……!」


 最早前髪同士が触れ合いそうな程の至近距離でのメンチ切り。怖っ、なんだこの距離感っ……!

 オレの襟首をガッチリと掴まえた状態で、銭形は訝しそうに眉を顰める。


「実家だと? お前の実家がなんだというんだ?」


「え…………なんだって、だからほら…………え……?」


 まさか。いやもしや。

 恐る恐る、どこか憚るように、極めてゆっくりと目の前の男に対して。

 とても重大な確認を、オレは行った。


「銭形お前――オレの名前って知ってる?」


 銭形は何を当然の事をとばかりにキッパリと言い切る。


「そんなもの知る訳が無いだろう! お前と会ったのも話したのもあの日が初めてだぞ!」


 激しい目眩と脱力感。

 こ、こいつは…………今までオレが誰かも知らないままで普通に会話をしていたのか……。早川が散々坂本とか会長とか呼んでいた事もまるで気にしていなかったらしい。


「判った。どうもオレ達の間には激しい誤解があるみたいだ。ちゃんと一から話そう」


 オレの提案に銭形もやや落ち着きを取り戻し、一応は話を聞く態度になる。


「何だ。言ってみろ」


「自分で言うのもなんだが、オレはこの学校ではかなりの有名人なんだ」


 ボキリ。

 銭形が握った拳から不穏な音が聞こえた。


「言い残す事はそれだけか……」


「違う! だけじゃない! 頼むから最後まで聞いてくれ!」


 短気もいい所な銭形を慌てて手で制して、早口で弁明を始める。


「お前は知らないみたいだけど、オレの親は芸能人で、学校のほとんどの奴等はそれを知ってるんだ! 学校の生徒から万が一メディアに情報が漏れて変に世間に騒がれたりしたら親に迷惑が掛かると思ったんだよ!」


 芸能人の息子。その立場はあっさりと他人との間に一線を引いてしまう。芸能人の子供だから仕方ない事情があったんだ――誰もがそう言うだろう。それだけで他とは差別される理由には充分だ。


 『芸能人の子供なのに』『有名人の子供だから』『あの女優の子供なら』『お父さんと比べると』


 物心ついた時から周りに引かれ続けた一線は幾重にも重なり絡み付き、気が付いた時にはもう、オレは自分の意思で自由に動き回る事は出来なくなっていた。そして周りに線が一本ずつ増える度、坂本悠馬は特別な存在として見られ、自分に偏りなく接してくる人間は居なくなっていった。


 《特別視》という名の差別と区別。誰も、その線を踏み越えることは出来ないから。だから、こう言えば誰もが無条件で納得してしまう――……



「つまりお前は初めからこうなる事が判っていた訳だな?」



「へ……?」


 徹底的に据わった目で、銭形がずいっと一歩近付いてくる。なんだかその背後には得体の知れない気迫まで漂い始めている。


「判、っ、て、い、た、ん、だ、な!?」


 更にもう一歩、距離を詰める銭形。


「……ま、まぁ……」


 ある意味、現在の校内のこんな騒ぎも予測はしていた。だからこそ今回は注目を浴びない様控えていた訳で、それについては始めに銭形が言った通りではある。

 銭形の迫力に押され思わず頷いた途端、鈍い音と共に、脳天に衝撃が走った。


「いっっっ?! ――――つぅ…………ッ!?」


 一瞬真っ白に染まる視界。ズキズキと脳の奥にまで伝わる痛み。遅れてきた理解。

 ……いっ……いきなりぶん殴られたぁぁぁっ!!


「なっ、なんなんだよっ!?」


「やはり貴様100%疑いの余地無く確信犯だろうが!」


「今の話を聞いて気にする所はそこだけか!?」


「やかましいっ! お前の家庭の事情など知ったことか! この俺が周りの奴等にヒーロー扱いされる方が余程迷惑かつ大問題だ!」


「普通そんな事で怒り出す奴いねぇだろ!」


「決めたぞ! 俺は悪者ギルティになる!!」


「はぁぁっ!?」


 何言ってんだ!? 突然何言ってんだ、こいつ!?


「お前にヒーロー呼ばわりされて、自分のやるべき事が今はっきりと判った。全てはヒーローが居るから悪い! ヒーローなどこの世からなくなってしまえばいい! 奴等は絶滅希望種だッ!」


「お前ヒーローを害虫かなんかと勘違いしてねぇか!? いやそ~ゆ~問題じゃなくてっ、なんでそこでギルティがどうこうって話になるんだよ!?」


 それまで息巻いていた銭形の目に、ふと真剣な光が宿る。


「いいか。ヒーローは正義の味方を気取っていても、所詮は人間だ。誰かを傷付けもするし怒らせもする。所詮本物のヒーローなどどこにも存在しない。しかし、現実のヒーロー共は自分の正義観を振りかざして我が物顔でのさばっている。俺はそれが許せない。ヒーローを倒すのはギルティだ。だから俺はギルティになる」


 彼等は世間にはヒーローとしての姿しか見せる事はない。個人としての内面を知る事が出来るのは機関の関係者か、ごく親しい間柄の人間のみだ。ヒーローの中身が自分と同じ人間だと、理解はしていても実感は沸かない。

 だから今までそんな事考えもしなかったし、そんな風に考えている人間がいるとも思わなかった。


「……俺はギルティになる為にあくひろ学園へ行くぞ……」


 遠くを見つめる決意に満ちたその顔は、こんな時でも揺るぎない。

 その横顔を、オレはほとんど呆然と眺めていた。

 あくひろ学園。それはこの国で唯一つの、ヒーロー育成学校だ。

 ヒーローとなる人材の育成。超常能力者・特異体質者の能力の育成。ヒーローを支える開発者達の育成。またそこから派生したありとあらゆるジャンルの専門学科を擁している。この学校が輩出した人材は一般企業にも広く関わり、その業種は多岐に渡る。いわばマルチスクールとも言える場所だ。

 ヒーローを倒す事を目的とするなら、ヒーローと同様の力・技術・知識の習得が必要になるだろう。その為にこいつは……ギルティを目指す為にヒーロー学校に行くってのか……?


 銭形が不意にこちらに向き直った。


「貴様、名前はなんだ」


 また今更な質問を……いや、そういえばまだ名乗ってなかったな……


「――坂本。三組の坂本悠馬だ」


「坂本悠馬だな。うむ、良い名だ。それでは悠馬! 俺と共にあくひろ学園へ来い」


「……はぁぁ……?」


 間抜けな声を上げるオレに目の前の男はにんまりと笑い掛け、堂々たる態度で、意気揚々と言い放ったのだった。


「おぬしを俺さまの手下一号にしてやろう!」





 ――思えばこの瞬間から、人生は可笑しな方向に走り出していたんだろう。




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次回、悪の第一歩は言葉遣いから!


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