5-2 己を狙う敵に常に備えよ


 それはあまりに非常識な存在だった。



 それはあまりに非日常な光景だった。




『……ゼニガタァァァァッ!!!』




 動力搭載型の立動装甲パワードユニットアーマー、こんな何の変哲もない町並に存在するにはあまりにも似つかわしくないそれが、確かに吼える。

 聞き慣れたその名を。隣に立つそいつの名を。


「――ギルティだ。本物のな」


「……ッ!」


 燃えるような、それでいて冷徹な鋭さを感じさせる双眸で前方を睨み付ける銭形の言葉に何も返せない。

 こんな町に? なんでギルティが? 何をしに? 何故銭形の名が出てくる?


 どれを言葉にすればいいのか判らなかった。だけどその間にも時間は容赦なく進んでいく。



 不幸なのは土手上にいた不良達だ。

 寄せ集めの暴力で粋がっていたところを、突然現れた暴力の権化に完全ロックオンされてしまったのだから。


『……オイ、奴の息子はどこだ……』


 ギャリギャリと四輪キャタピラがアスファルトを粉砕する音に混じり、スピーカーから殺気立った男の声が届く。

 立動装甲が混乱の極みにある不良達に近づいている。


「お、おい……なんだよこれ……」


「ヤベェ……ヤベェって……」


『さっきまでここにいただろう……どこへ行った、ここへ出せ』


 不良達は逃げ出さない。初めて遭遇する脅威に正解の行動が判らず、ただじりじりと距離を取るように後退する。


「な、なに訳わかんねぇこと言ってんだ、テメェ!?」



『あの忌まわしい・・・・・ヒーロー・・・・、ゼニガタカズトの息子をここに出せと言っているんだッ、餓鬼共!!』



 機械の腕が唸りを挙げて地面を殴りつけた。呆気なく砕け散ったアスファルトがその膂力りょりょくの凄まじさをまざまざと見せつける。


 銭形が……。

 ヒーローの、息子……。


 茫然と銭形を見れば、奴は動揺するばかりかいよいよ度胸の据わった目をしていた。


「おのれ。やはり十手を肌身から離すべきではなかったな。おぬしら、巻き込まれたくなければすぐにここから離れるがいい」


 気がつけば銭形の腕を咄嗟に掴んでいた。


「まさか、行こうだなんて思ってないよな?」


「あやつは俺さまを指名している。姿を見せねばあのチンピラ共が餌食となるだろう」


 不良達は先程の一撃でようやく逃げなければという危機感を抱いたようだった。だけど逃げ遅れた二人の不良は、間近で見た破壊力に腰を抜かし立ち上がれないでいるようだった。

 そのうちの一人が立動装甲のアームに捕まった。


「あ、兄貴……!」


 総堂の声が悲痛に響く。


「駄目だ、相手は本物の悪党だぞ!? こんな時は……そうだよ、ギルティの相手は、ヒーローが――……」


「ヒーローなどどこにいる? 奴らはいつだって遅れてやってくるのだ」


 まっすぐに放たれる銭形の言葉に返す声が出ない。

 日常を踏み躙る理不尽な存在を前に、学校で習った『もしもの時はすぐに通報しよう』だなんて定型句は、あまりに役に立たなかった。


 ふと銭形が足元に目をやり、何かを拾い上げる。


「親父どのの土産か」


 それはガラスのような素材で出来た小さなキーホルダーだった。

 先程荷物が散らばった時に一緒にこぼれ出たんだろう。親父さんからの土産は、この時初めて銭形の手へと渡った。


「――フン、なるほどな。これはアルゴナイト製の非常隔壁シェルターだ。叩きつけるなり衝撃を与えて壊してやれば周囲に強固な壁を作る。自分もその場から動けなくなるが大抵の衝撃は凌げるだろう」


 そう言ってそれを放って寄越す。


「持っておけ。いざとなったら使うといい、俺さまには不要だ」


「おい……! 待てよ……!」


 声を上げた時には奴はもう自分の信念に従い駆け出していた。


 あいつは……どこまで愚直な馬鹿なんだ……! オレに渡してる場合か!?

 本当にこれが必要なのは、お前だろうが……!


 ヒーローの身内。一歩間違えればいつどこでギルティに襲われるかもしれない。

 こんな非日常にも動じず行動できる銭形は……あいつにとってこの状況は日常で充分に起こりうる事態だったんだ。護身用として常に十手を身に着ける程に。

 あいつは、オレが知らない日常の中にいた。

 そんな違う世界を生きるあいつをオレは追いかける事も出来ずに……ただ遠くなる背中を、見つめることしかできなかった。




◇◇◇




「知らねぇ……! オレは何も……っ……知ら、ねぇ……!」


「ヒッ……ヒ、ヒッ……ヒッ……!」


 アームで締め上げられながら涙と油汗でぐしゃぐしゃの顔で喚く不良と、その近くで尻餅をつき恐怖に顔を引き攣らせながら喘ぐ不良。

 見るに堪えない光景の中に果敢に躍り出た影は、まだ子供と呼べる歳でしかない。


 その男子中学生――銭形誠司は、尻餅をつく不良の首根っこを掴まえ引きずり上げると、


「邪魔だ、たわけ」


「ヒ、……ぎゃっ!?」


 ……その尻を容赦なく蹴り飛ばした。


 悲鳴を上げて土手下に転がり落ちていく不良には目もくれず、銭形は目の前の巨体を睨み据える。


「フン。そんなどこのどいつとも知れん男を俺さまと間違えて掴まえるとは、おぬしの目は節穴か?」


『……ああ?』


「おぬしが用があるのは俺さまだろうと言っておるのだ」


『その顔……テメェがゼニガタの息子だな?』


「初めからそう言っている。その手にあるのはなんだ? この俺さまが見つからなければ、ソレ・・を身代わりにでも連れ帰るつもりだったのか?」


『ああ!?』


 銭形に鼻で笑われたギルティが不良を投げ捨て機体を銭形の方へと向ける。


『ブッ殺されてぇのか、テメエ』


「そのような安い脅し文句は実際に捕まえてからほざくのだな」


 投げ捨てられた不良も無事……かどうかはともかく、土手の下に落ちていったのを目の端に捉えながら、銭形は不敵に笑う。


『チッ、なんでこの俺がわざわざガキ一人捕まえに――……』


 相手の応酬よりも早くその足が地を蹴った。

 全速力で駆け寄る銭形に意表を突かれ慌ててアームを伸ばすが、銭形はそれをかいくぐり相手の機体の下を滑り込むように潜り抜ける。転がるように受け身を取り再び対峙した時にはその手に自らの鞄が収まっていた。

 取り出した青い房飾りの十手、銀の芯棒が陽光を弾いて光る。

 構えるその姿に恐れや怯えはない。しかし頑強な立動装甲に対して手に持つそれは、あまりに頼りないように思えた。


『それは、アイツと同じ……どこまでも忌々しい親子だ!!』


 反対のアームを十手を構える銭形に向ける。その前腕部が開き射出口がせり上がると、乾いた音を立てて発射されたものが一瞬で網状に広がり銭形に迫った。

 目の前に壁のように広がり覆い被さらんとする網を飛び避け銭形は再び駆け出す。


『クソ、チョコマカと……!』


 右に左に視界を振られ、しびれを切らしたギルティが機体を操作する。キャタピラが畳まれより小回りが利く二足歩行型へと変形した。

 寸前まで銭形がいた地面を巨大なアームが幾度も殴りつける。当たってはいない。が、その攻撃は先程よりも肉薄している。一歩でも間違えば銭形の身体は無事では済まないだろう恐ろしい攻撃だ。


 隙をついた銭形の十手が立動装甲を叩いた。


『ギャハハッ、効かねぇよ!!』


 決定打を持たない銭形を追い詰めるように立動装甲の攻撃は苛烈さを増していく。純然たる悪意が暴力となって銭形を襲う。


 銭形は諦めない。

 すり抜けざまに地面に散らばった網を掴み立動装甲の脚部と腕部に絡ませ見事に動きを止めた。動きが鈍ったアームに組み付き、今度は装甲の隙間の関節部に十手を突き立てる。


『だから効かねえと――!』


「解禁、“じょう”!」



 パギッと嫌なきしみ音を立ててアームの関節部から煙が上がる。見れば肘程の長さしかなかった筈の十手が輝いてその芯棒を倍以上の長さに延ばし関節を貫通していた。


 攻撃が通った……!


 そう思った瞬間機体が腕を振り回し、アームに組み付いていた銭形を振り払う。

 銭形は投げ出された勢いのまま大地に激突し滑るように地面を転がっていった。


「ぐぅ……っ!?」


『ギルティを舐めるのも大概にしろよ……餓鬼が』


 刃物のような危うさを持った怒りを孕んだ声色だった。

 立動装甲に絡みついた網が引き千切られる。

 銭形が地面に手を付き立ち上がる。

 肩で息をしながらも正面の敵を睨み据え、口の中に広がった血の塊を吐き捨てる。

 その手に握る十手は既に元の形に戻り、輝きも失われている。


 土手の上、15m程の距離で対峙する両者。

 その距離を詰めるため、ついに立動装甲が動いた。



 そして。

 その戦いの一部始終を見ていたオレ・・は。



 その瞬間、銭形と立動装甲の間に飛び出していた。




◇◇◇




 銭形が立ち去った後。隣に立てない無力なオレはまず通報をした。

 戦う力を持たない人間が出来ることなんて限られている。

 そう、限られているんだ。

 だから手短に通話を切り、恐ろしい物量が暴れる土手へ向けて、孤軍奮闘する銭形へ向けて今度こそ一歩を踏み出す。


「嘘だろ……」


 背後から総堂が信じられないものを見る目で見つめていた。


「……い……いくのかよ…………おかしいぜ……お前等……」


 有り得ないと。非常識だと。その顔が語っていた。

 こんな時あいつならどうするだろうか……。



 そうだ、笑うんだ。


 悪党らしく、不敵に。



 そうしてオレは駆け出した。

 銭形との距離を詰めようと立動装甲が走り出したタイミングでその直線上に割り込んだ。


『あ゛あ!?』


「貴様……ッ!?」



 ――オレは卑劣だから、銭形の隣に立ち共に戦おうだなんて思わない。



 握った手を開く。ちいさなキーホルダーが指をすり抜け零れ落ちる。



 ――オレは卑怯だから、銭形の為に自分の身を盾にしようとも共にシェルターの中で助けを待とうとも思わない。



 手を離れたキーホルダーが重力に従い落下していく。質量をもった非日常が眼前に迫る。



 ――傍若無人で、傲岸不遜で、大胆不敵なあいつを信頼しているから。

 だから卑劣で卑怯なオレは、一番の特等席から、高みの見物させてもらうんだよ!!



 舗装された地面に跳ね返ったそれを全力で、踏み砕く――――!





 ……パキィン……





 その瞬間――空気が甲高い軋みを上げ、オレを包み込むように土手の上に巨大なマーライオンが出現した。



 ……いや、だからなんでマーライオン?



===


次回、悪党は最後に高笑う!

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