第五話

5-1 時には引くもまた戦略!



 自由を奪われ現実を突きつけられて、総堂は元々青かった顔が既に蒼白にまでなっていた。


「総堂。あいつらに、手を引かせろ」


「…… 止まらねぇよ…… 」


「お前、まだそんな事を――…」


「止めたくても、止まらねぇんだよ!!」


 呆れ果てるオレの言葉を遮り総堂は今にも泣きそうな震える声でがなる。


「兄貴に言って、腹いせにちょっとおどしてやるくらいのつもりだった……。けど最初の二人がやられたって兄貴に電話したらキレて仲間連れてきちまって……あ、兄貴とか、周りの奴ら、ナイフ持ってんだ……もう俺が言っても止まらねぇんだよ!」


 総堂が言葉を重ねるにつれて胃の腑が冷たいものを飲み込んだように、スウ、と冷えていく。


「お……俺だって、こんなことになるなんてよォ……。おれ、俺、どうすりゃいいんだよ……こんなつもりじゃなかったんだ……こんな、つもりじゃ……」


 あの人数のナイフを持った高校生が制御もなく、怒りのままに素手の中学生たった一人を? 


 しくじった。


 どうせ指示している人間がいると踏んで、大本を叩いた方が手っ取り早いと判断したのが間違いだった。

 安易に警察を呼ぶと同じく暴れていた銭形も補導をされかねない。警察の姿を見れば逃げられるかもしれず、そうすればまたこうやって狙われるリスクが付きまとい続ける。だからまず指示を出している奴の証拠を掴もうと、そう考えていた。


 だけど今の銭形がそんな制御を外れて暴走したヤバイ奴らに囲まれてるとなったら話は別だ。


「馬鹿野郎……! そんなもん、通報に決まってるだろ!! 銭形が刺されてからじゃ遅いんだぞ!」


「たわけ、あんな者共の振り回す刃に俺さまが当たる訳がないだろう」


 届いた声にハッと顔を上げる。

 視線の先に、全力疾走してきたように息を切らせた銭形の姿があった。


「お前……っ、無事だっかのか!? どうしてここに……」


「先程からこちらの方から視線を感じていた気がしたのでな、あやつらの仲間ならば人質にでもしてやろうと追跡を振り切って裏から回ってきたのだが。おぬしこそここに先回りしているとはな、驚いたぞ」


 相変わらずの調子でそんなことを言う銭形に緊張が解けほっと胸を撫でおろす。ああ、いつもの銭形だ。怪我もなければ尊大な態度もまったくいつも通りのこいつだ。

 一方の銭形はじっとりと恨めしげな目をこっちに寄越してきた。その視線はオレと、その下に組み敷かれていた総堂に交互に向けられている。


「おのれ……おぬし、喧嘩は出来ないようなそぶりを見せて、充分戦えるのではないか。先程は俺さま一人に押し付けおって……」


「オレは"頭使う方が得意"って言ったんだ。諸事情で護身術は一通り手ほどきを受けてんだよ。あの人数相手じゃどっちにしろ役立たずなのは変わらないけどな。だからこっちの大本を叩くことにした」


「フン、この食わせ物が」


 言葉を交わして互いににやりと笑い合う。

 不思議なものだ。こいつと話していると何とかなってしまいそうな妙な安心感がある。先程までの総堂に対する冷たい怒りもどこかへ消えてしまった。


「時に悠馬、そやつが首謀者か? 人質に使うので身柄を引き渡せ」


 近づいてきた銭形は総堂の顔の前でしゃがみこみその顔を睨み下ろす。総堂が喉の奥でヒッと短い悲鳴を上げた。


「お前、中学生が人質って」


「悪者らしいだろう」


「首謀者といえばそうだが役に立つとも思えないぞ。あの大人数の不良はこいつの兄貴が暴走して呼んだ奴等らしいからな」


「うぐっ……使えんな。おのれ、ならばどうするか……」


「せっかく包囲を逃れたんだし、引くって選択肢はないのか?」


「悪の美学に反する!」


 まったくこいつは。強がってるけどやっぱしキツいんじゃないか。

 逃げるだけならこいつの素早さならそう問題もないんだろう。『売られた喧嘩は買うべし』という美学とやら自分ルールで引くに引けなくなっている。馬鹿だ。単細胞馬鹿だ。プレパラート案件だこの単細胞馬鹿。

 時には逃げることも肝心だということをこいつに教えてやろう。


「あのな、なんでわざわざ敵の卑劣な罠にはまってやる必要がある?」


「む、」


「考えなしに高い戦力を揃えた敵に突っ込むなんて馬鹿のする事だ」


「むむ、」


「いったん引いて時と場所と自分の戦力を万全に整えるんだよ」


「むむむ、」


「これは尻尾巻いて敵前逃亡する訳じゃない。頭脳戦だ。敵を誘い自分のフィールドに持ち込む、極めて戦略的な撤退だ」


「ふわーっはっは! そうか、戦略的撤退だな、戦略的ならば仕方ない、それではとっとと撤退するぞ悠馬、戦略的に!」


 即座に乗ってきた。やっぱり逃げたかったんじゃねぇかよお前。




◇◇◇





 この場を離れる前に、総堂の事はどうするつもりかと銭形に尋ねた。すると銭形は片眉を跳ね上げ聞き返してくる。


「誰だその騒がしそうな名前の人間は?」


「いや……今オレが尻に敷いてる奴の名前だけど……。気づいてないのか? 前に銭形に完敗した向野中学の剣道部だよ。今回の騒ぎはこいつの逆恨みが発端だ」


「ふむ? ああ、あの時指導してやった剣道部員の誰か・・か」


 おい、物の数にも入れられてないぞ、総堂君。


「捨て置け。こやつ如きが何度仕掛けてこようと俺さまをどうこうすることはできん」


「……そうか、当事者のお前がそう言うならそれでいい。それじゃあ土手でナイフを所持した不良グループが暴れてるって通報だけするか」


「おぬしも容赦のない男だな」


「いやこれは普通に善良なる市民の義務だろ」


 総堂の拘束を解いて離してやる。

 油汗を流してこちらを窺う総堂は、何か得体の知れないものを見るような目をこちらに向けていた。

 ……なんだよ、こいつが信じられないくらいの非常識で驚くのは判るけど、なんでオレまでそんな目で見られるんだ。


 まあいい。とにかくそんな総堂に鋭い視線を向け、冷たく釘を刺す。


「というわけで見逃すのはこれが最後だ。二度とオレ達に近づくな。破った時は今度こそこの音声と共に事実を公表する」


 硬直しつつも何とか頷く総堂。


「兄貴の方まで責任は持てない。芋づる式に自分に足がつくのが嫌なら自分で何とかするよう努力しろ」


 今度の硬直はより長かった。辛うじて繋がった自分の首の皮が、あまりに薄いことに気がついたんだろう。やがて弾かれたように携帯端末を取り出す。


「クソッ……兄貴、出ろよ、出てくれよ……!」


 小さくそんな言葉を吐き出しながら電話を掛けているようだ。こっちに何もしてこないならもう興味はない。

 さて。こっちも早いとこ警察に通報するとするか――…



「しまったな、鞄を土手に置いてきてしまった」



 銭形が洩らした呟きに思わず「え゛っ」と妙な声が出る。


「まさか、取りに行くとか言うんじゃないだろうな……?」


「あれには十手が入っているのだ。捨て置けん」


 見れば銭形は先程まで総堂がそうしていたように、壁からわずかに顔を出して土手の方を窺っている。


 不良達は半数は銭形を追って散っていったみたいだ。残った半数は土手に残って周囲を睨みまわしている。

 不良の一人が離れた場所に鞄が落ちていることに気付いて苛立たし気に蹴り飛ばした。


 そのとたん隣の銭形を包む怒気がメラッと一気に燃え上がる。


「おい、落ち着けよ? せめて警察が来てあいつらを追っ払ってから取りにいけよ!? せっかく巻いたのにまたあそこに戻るなんて言うなよ!」


 今にも飛び出さんばかりに唸りを上げる銭形を慌てて宥める。



 だけど、そんなやり取りをするオレ達の目の前で、突然不良達の前に飛び出したものがあった。


 穏やかに流れていた川から水柱が上がる。

 放課後ののどかな日差しを反射して、それは煌めく水飛沫の中から現れた。


 濡れた機体ボディが陽光を浴びてそれの異様さを浮き彫りにさせる。

 頑強な金属の腕部。キャタピラのようないかつい四輪が付いた脚部。

 見上げる程の大きな影が地響きを立てて土手に降り立つ。


 それは、前触れもなく日常と常識を粉砕しながら、暴力と蹂躙を予感させる姿で――突如としてこの辺鄙な町に出現した。



===


次回、己を狙う敵に常に備えよ

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