4-3 売られた喧嘩は買うべし!
「オレが、裏切るかもしれねぇぞ」
オレの口から放たれた言葉に怪訝そうに眉をひそめる銭形。
不満げにへの字に曲がった口を開きかけ――奴がその先の言葉を発することはなかった。何かを言いかけたところで、不意に顔を背け道の向こうを見やったのだ。
その直後、
「くはは、見~~~っけ」
「キミタチそこで何してんのォ? 町の平和を守るパトロールでちゅかァ~?」
横手からゲラゲラと品のない声を浴びせられて遅れてその視線の先を追いかければ、見知らぬ二人組がこちらへと近寄ってくるところだった。ニヤニヤと人を馬鹿にしたような笑みを貼り付けてオレと銭形を眺めまわしてくる。
脱色してくすんだ髪の男と、赤いニット帽をかぶった男。
いずれもだらしなく着崩した私服だが、背格好から見るに高校生って所だろう。不良の相手なんてまともにしていたら囲まれて逃げられなくなる。
幸い銭形が気が付くのが早かったお陰でまだ距離がある。走って逃げれば――…
銭形の手を引いて動き出そうとした時、不良の一人がポケットから取り出した物をヒラヒラとこちらに見せつけた。
「これアンタだろ?
それは銭形の救助活動が取り上げられた例の記事だった。こいつら、初めから銭形に狙いを付けて来たのか!?
銭形が忌々しげに舌打ちする。
「……これだから表彰など嫌だというのだ……!」
「行こう、相手にすることない」
腕を掴んで引くが、
「案ずるな。喧嘩ごっこしか知らぬような者共にどうこうされる謂われはない。おぬしだけ逃げても構わんぞ」
「銭形!」
「ハァ? 何言ってんの?」
不良共は嫌な笑いを顔に貼りつけたまま記事を地面に落とし、踏みにじる。
「どっちも逃がすつもりねぇから。泰平中の生徒会長様?」
「二人とも調子乗ってこんなもんに顔出すから怖~い不良のお兄さんに目ェ付けられちゃうんだよ~ん?」
「
げっ……その言葉はまずい……!
横に立つ銭形を包む空気が一気に重みを増したようだった。そして――オレは頭を抱えたくなった――鞄を放り捨てた銭形が無言で不良たちの方へと歩き出してしまったのだ。
「お? なんだなんだ? 怒っちゃった!?」
「ギャハハッその足をどかせーってか」
中学生と高校生では体格差がある。左足で記事を踏みつけるニット帽の前まで辿り着く頃には銭形は20センチ以上も背の高い二人に取り挟まれていた。
自分を見下ろす不良を一切恐れを見せない銭形が睨み上げる。
「どいて欲しけりゃお願いしてみ……っ!!?」
己の優位性を確信するニット帽の台詞は睨み合ったまま銭形に左足を踏み抜かれたことで中断した。
「……誰が『ヒーロー』だと……?」
「ぐぁっ――」
「テメェッ」
ニット帽が悲鳴を上げたことで事態を把握して殴りかかってきたもう一人にすかさず鋭い後ろ蹴りが入る。軸足は依然ニット帽男の足の上だ。
やっと左足からどいた次の瞬間にはニット帽の鳩尾に拳が叩きこまれる。
「このたわけ共が、今すぐ『お手柄未来の大悪党銭形誠司くん』に訂正するのだ!」
いやそれはおかしいだろ! 大悪党お手柄しねえよ!!
「悪の心得、ひとつ! 売られた喧嘩は買うべし!」
噂では喧嘩が強いって話だったけどどうも少し違うようだ。道場破りや今の流れるような動きを見ていると銭形のそれはもっと正しく人と戦う術を知った動きに思える。本当に喧嘩如きの腕っぷしじゃ銭形をどうこうなんて出来ないのかもしれない。
「ぬはははは、調子に乗るだけ乗ってすぐにやられるとは、映画幕開け5分でゾンビに喰われるヤンキーのような奴らだな! どうした倒れ伏していては判らんぞ、もう用は終わりか?」
腹を押さえて蹲る不良達を高笑いしながら見下ろすという悪役然とした絵面……この光景見られたら普通にこっちが悪者だろ、これ……。
「おい、ちょっとはご近所の目も考えろ」
「丁度いい。このままご近所に俺さまの悪名を広めて俺さまがヒーローなどという虫唾の走る世迷言を誰も吐けぬようにしてくれるわ! 誰かどこかで見ている者はいないのか!」
「だとしたらオレは見られる前に全力で走って帰るからな」
キョロキョロと辺りを見回していた銭形がひとけのない工事現場に目を止める。いやそこには誰も居ないだろ……うん?
「テメェゴラァーーーッ!!」
「ダチに何してくれてんだウルァーーーッ!!」
背後から突然の怒号。見れば不良仲間とおぼしき連中が二人土手に上がってくる。
「フン、仲間を呼んだか。あやつらも土手に寝転がりたいと見える」
銭形は未だ余裕綽々だ。更に後ろから不良仲間とおぼしき連中が三人ゾロゾロと土手に上がってくる。
「おい、なんか武器……十手だっけ、持ってるなら出した方が良いんじゃないのか」
「却下だ。十手を乱闘に使うと教師に没収されてしまうのでな」
「だからなんでそーいう所ばっか律儀なんだよ!?」
更にその後ろから不良仲間とおぼしき連中が五人ワラワラと土手に上がってくる……ふぅん?
ゾンビパニックさながらの大所帯にさしもの銭形も顔が引きつり始めた。気を付けような、不良は下手にちょっかい出すと仲間を呼ぶんだ……。
ふう。よし。
「じゃあ後は頼んだ銭形」
「この状況でそれを言うか貴様ッ!?」
「いやオレ喧嘩よりも頭使う方が得意なんで。じゃっ」
逃げたいなら逃げろって言ってたし遠慮なく離脱させてもらう!
「この腰抜けがぁ~~~~ッ!!」
駆け出した背中に罵倒を浴びるが、銭形の方は逃げる気はないらしい。
不良達の相手を銭形に任せてその場を離れる。危なそうなら助けを呼ぶがなんだかんだアイツは大丈夫そうな気がするし。
ある程度離れたところで傾斜のついた土手沿いの道路を一気に駆け抜けて、今度は早歩きで息を整えながら
思うに銭形は他人からの視線に敏感だ。
以前オレが離れて歩きながらあいつを観察していた時もあいつは「見られている気がした」とその視線に気が付いた。
不良が現れた時もまだ距離があるのにやっぱりその存在に気が付いた。
野生の勘なのか気配を読むなんて常人離れした事を可能としてるのか知らないが、とにかくこれまで何度か奴のそうした場面を目にしてきたんだ。
だから気が付いた。銭形が不意に目を向けた誰もいない筈の工事現場。つまりそこには――
「あいつを見てる奴がいるってな」
工事現場に潜み銭形達を窺う影に後ろから声をかければそいつは驚き振り返る。
「そうだろ、向野中学剣道部主将、総堂君よ?」
◇◇◇
「なっ……んでここが……」
銭形と不良の乱闘に気を取られていた総堂は背後から現れたオレに驚き狼狽している。
「あの不良達をけしかけた人物がいるだろうことは推測出来た、なんせオレはあの記事には
思わず口走ってしまったのか、あるいは早い段階で銭形に気付かれたせいでこちらを逃がすまいと脅すつもりで言ったのか。どちらにしろそれがきっかけでここへと辿り着いた。
「オレ達の顔と役職を知っていて、オレ達に恨みを持ってる人物と言えば限られてくる。例えば銭形に打ちのめされて逆恨みしている剣道部員とか」
これはいわば答え合わせだ。不良がオレを生徒会長と呼んだ事、倒された二人が連絡を入れる素振りがなかったのに増員が来るタイミングが早かった事、加えて銭形の目の動きで、別の誰かがこちらを見ていると総合的に判断したまで。
だけど総堂はそうは思わない。全てのたくらみを見透かされたのだと考える。それでいい。
「なあ総堂、あいつらに手を引くよう言ってやってくれよ?」
こいつのしたことは報復にしちゃあ度を超えている。あれで大人しく引き下がっていれば深追いしないでやったものを、恨みに身を任せてこんな事までしてくるとはな。
だとしたらこちらも徹底的にやらせてもらうまでだ。
「もう充分だろ、このままだと銭形が大怪我しちまう。だから、な?」
だから、もう逃がさない。
「……ッ! ウルセェッ!」
総堂の節くれだった拳がオレの顔をめがけて振りぬかれる。殴られた衝撃で壁に身体を打ち付け、落下した鞄から中身が散乱した。
これで正当防衛も適用だ。
見上げれば真っ青な顔で拳を震わせる総堂の姿。バレたからって今更ビビってんのか? だとしてももう遅い。
「こんなことしたって何にもならないぞ、お前は自分の学校の剣道部まで滅茶苦茶にする気か?」
「黙れ……! その口を――」
挑発する。もう後戻りなんてできないと。
揺さぶる。もうまともなスポーツマンになど戻れないと。
総堂は咄嗟に掴みかかろうと迫ってきた。その顔面に向かって虫除けスプレーを噴きかける。
ぎゃあっと悲鳴を上げて仰け反る総堂が散乱した汗拭きタオルを踏みかけた瞬間に一息にタオルを引っ張り上げた。周りが見えていない総堂は面白いくらいに足を取られてすっ転ぶ。
罵倒と共に滅茶苦茶に腕を振り回すがそこにオレはもういない。無暗に振り回される腕を掴んで体重を掛けて思い切り後ろに捻る。目と腕の痛みに呻く隙を見逃さず地面に引き倒し首筋に膝を乗せるようにして抑え込んだ。
「あいつらに今すぐ手を引かせろ。ここから見ていたお前があいつらに連絡して報せたんだろ」
「は、離、せ……!」
往生際が悪い。まだ自分の立場を判っていないのか、こいつは。
上着から携帯端末を取り出し操作すると総堂の耳元に近づけ、ボタンを押す。
オレが語ったこいつらがしたこと、開き直り、暴力を振るう音。ここで起きた一部始終が携帯端末のレコーダーから再生されていく。
「全て録った。データも家に送ったから逃げようが今ここで奪い取ろうが無駄だ。お前剣道では将来有望だったんだろ。部活は退部になるのはもちろん、練習試合絡みの怨恨なら他の部員もろとも剣道部自体が活動停止になるかもな。学校は停学か退学か。お前は短絡的な感情で他人を痛めつけて、自分の将来を棒に振ったんだよ」
底冷えするような声が総堂に現実を突き刺す。
ここまで言うと脅迫になるかもしれない。それでも構わない。オレは今、頭に来てるんだ。
この男のあまりの小ささに。あまりの情けなさに。つまらない意地に。つまらない悪事に。
ああ。まったく――
「――どうせやるなら見ていて楽しい悪事をしろよ」
その言葉はあまりに自然に自分の口から出ていた。
……なんだ。そうだったのか。
さっきからのこの苛立ちはつまり
馬鹿だな。奴と知り合って一ヶ月、本気で離れる気ならとっくに行動に移せていた筈だったってのに。
大迷惑で、お騒がせで、非常識で、人の話を聞かなくて、勝手に暴走しては人を巻き込む……そんなあいつといるのが、オレは楽しい。
あいつの無茶苦茶に振り回される日常をオレは案外、気に入っていたんだ。
===
次回、時には引くもまた戦略!
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