4-2 悪党はイメージ商売である!


「おのれ悠馬すべては貴様の所為か! 誰が周りの評価を気にしない遠慮深い性格だ、そのような事をこの俺さまが言うわけがあるか、戯言も大概にするのだこのたわけ!」


 銭形がヘッドロックを極めつつ憤然と文句をぶつけてくる。そればかりでは収まらずそのまま人の脳天をごりごりと拳で圧迫される。


「いででででっ、嘘は言ってねーだろお前いっつも周りの評価なんて気にしてねーじゃねぇか、悪い方向にな! 断りだって『そんなくだらん取材は受けない』だなんてそのまま相手に伝えられるわけねぇだろ!? やめろこら、お前と違って脳細胞が死んで馬鹿になったらどーすんだ!」


「それは俺さまの脳細胞が既に死んでいるという意味か!?」


 くそっこんな時ばっかり妙に察しが良い!


「お前は鍛えてるから頭にダメージ受けたって平気だろうけどオレは頭脳労働が基本なんだよ! 大事な組織の参謀が馬鹿になってもいいのか!?」


「ぐ……それはいかんな」


「ぜはぁーっ」


 はぁ、やっと解放された。全くこの――脳筋め。

 乱れきった髪を整えて学ランの襟を正す。生徒会長が誰だとかまるで興味ないようだったし適当に誤魔化せないかと思ったが、如何にこいつが単純でも流石にしらを切り通すのは無理があったらしい。

 参謀? 自分の事だとは言ってない。


 銭形はすっかりヨレヨレになった新聞を拾って忌々しげに己の掌に叩きつける。


「全く、初めから終わりまで捏造ばかり……これではまるで俺さまが、謙虚で思いやりがある気立ての良い奴みたいではないか!」


「ははぁ、本人とはまるで真逆だな」


「ここの前半の記事もおぬしの入れ知恵か!」


 銭形が今度は新聞でベシベシと人の膝を叩きながら言う。そんなんで記事の中身が読める訳ないが、こいつが何を指して言っているのかは見るまでもない。


「お前が『これは自分一人の力じゃなく、皆が協力してくれたお陰です』と語ったって奴だろ? そりゃオレじゃないぜ。たぶんこの取材協力した男性ってのがお前の言葉を勝手に勘違いしたんだろ」


 それに関しては一つ心当たりがあった。岸に上がってきた銭形があの時言いかけてやめた言葉だ。


「お前あの時『これは俺だけの力では…』って言いかけてやめただろ。それを聞いていた人が善意の拡大解釈をした結果だと思う。不幸な事故だよ事故」


「ふむ? 言われて見ればそんなこともあった……よくよく考えればおぬしが口止めをして遮ったせいではないか!!」


「いくらなんでもあの言葉がそんな解釈をされるなんてオレでも予想出来ねぇよ、仕方ないだろ?」


「とにかくだ、この捏造記事とあのおっさんの余計な仕業のせいでここ最近のうるささと来たら敵わん。大体道場破りも何やら最近向こうから頼んでくるわ、格闘技どころか野球部やアメフト部から声がかかるわ……どうも看板と引き換えに手伝ってくれる便利な助っ人という認識しかされていない気がしてならん」


 よく理解しているじゃないか。

 悪者ギルティを目指している銭形の思惑とは裏腹に、奴の人気は上がり続けている。

 どれだけ悪ぶってみせたところで『でもいざとなったら子供を助けてくれるんでしょ?』という好意的な目で見られるんだ。普段のおかしな言動や悪ぶったセリフもただのシャレと個性で片付けられてしまっている。

 更にはまたお前のせいかとか言われるから絶対に教えてやらないが、こいつがやたらとオレに絡んでくるお陰で『優等生の坂本と仲が良いってことはやっぱり悪い奴じゃないんだ』という認識まで起きている。ちなみにさっきも銭形に掴まれ連行される時にすれ違った女子生徒がこちらを見つめて「はぁ……オラオラ系俺様不良攻め爽やか系優等生会長受け……」とか恍惚と呟いていたがこれは詮索すると痛い目をみる奴だ。


 ――待てよ……よく考えたらやっぱり銭形に言うべきなんじゃないか? オレといると不利になると思わせて距離を離すことが出来るのなら、腹いせに拳骨食らうくらい耐えられるってもんだ。


「全く、一体どうなっているのだ――おい、さっきから黙りこくってどうした」


 いつもすぐさま帰ってくる反応がない事を不審に思ってか銭形がこちらを窺ってくる。

 言うなら今だ。これで拳骨と引き換えに厄介ごとから解放される。腹をくくって覚悟を決めるとオレは左手を挙げ、そして……腕の時計を指し示す。


「いいや、なんでもない。そろそろ昼休みが終わるぜ、教室に戻ろう」


「ふん。おのれ、命拾いをしたな。放課後は今後の作戦会議だ。遅れずここに集結するのだぞ」


 相変わらず一方的に言いつけて校舎へ降りる扉へと歩いていく銭形の背中を見つめながら、なぜ咄嗟に言い繕ってしまったのか――オレは自分の行動にひどく驚いていた。



◇◇◇



 ……万能物質。神秘の欠片。神の粘土。鉱物・金属・生命体の中で時折見つけられるこの特異な物質はアルゴナイトと呼ばれ……

 ……かし、かつてその力を自在に操れる者は極めて稀だった。人類史が始まった大昔より、ある者は不思議な水晶を操る大予言者と呼ばれ、ある者は神がかった肉体を持つ英雄と……

 ……その能力の源がこの物質にあることが解明されたのは現代よりわずか150年前のことで……

 ……I国のレイク=ポンドプール博士によってこの物質が起こす働きの大部分が解明された。これによって人類史に技術革新が……




 午後の授業はぼんやりと過ぎていった。

 終鈴がいやに大きいような遠いような音で空々しく鳴りはじめる中、鞄を手にして早々に席を立つ。


「悪いけど、ちょっと頼まれてくれないか?」


「おうっ、坂本の頼みならなんでも頼まれたるで! あっ、でも勉強以外で頼むな?」


 そう言ってウインクしてくる早川に自分の表情が少し和らぐのを感じる。


「早川、お前っていいやつだよな……」


「え……ええぇぇえ何やのん急に!? そこは『学年一位が勉強で早川に教わることあるかーい』てツッコむとこやん!? ちゅーかそんな普段見せたことないアンニュイな微笑み向けられたらもう惚れちゃいますやん!!」


「悪いが銭形に放課後は行けないと伝えておいてほしいんだ。きっといつもの屋上に居るはずだから」


「そらお安い御用やけど……アカン、イケメンは3日で見飽きるいうけど嘘やん……やっぱ坂本悠馬はスターの器やで……」



 ぶつぶつと奇妙な事を呟く早川を後にして教室を出る。すれ違い様に掛けられる声に手短に挨拶しながら学校を後にした。

 歩きながら手の中でマーライオンのキーホルダーを転がす。

 これは親父さんが銭形の為に土産として用意したものだ。なんとなく自分が持って帰って家に飾っておくのも憚られてずっとバッグにしまっていた。


 ――ならこれは、誠司のお友達にあげよう――


 親父さんはそう言った。

 あの時は、あいつはオレのこと友達と思ってないんじゃないかなんて考えていたが……。

 じゃあオレは、あいつのことをどう思ってるんだ? 完璧な『坂本悠馬』のイメージを壊されるかもしれない、迷惑で目障りな相手だったんじゃないのか?


 素を隠して優等生を完璧にこなすってのはつまりは素の自分には自信がないってことだ。人には良い顔しておいて腹の中で全く別のことを考えてるような人間を好きになれるわけがない。

 それがあいつと関わってからは完璧な優等生を演じることが難しい。『優等生ソレ』が邪魔をしてどこか窮屈さを感じることが増えた。


 それでも、自分を飾らずに生きることは……やっぱり、怖い。



「俺さまとの約束をすっぽかした用事が川を見て黄昏れることだとは……どうやら手下の分際を弁えておらぬようだな……?」



 刺々しい声に振り返れば、本日二度目のアングリーオーラを身にまとい犬歯をぎらつかせる奴の姿があった。

 どうして、と考え気が付く。オレとしたことが、ぼんやり歩いているうちに追いつかれてしまったらしい。らしくない失態だ。

 気がつけばそこはいつかの河川敷。秋も深まりいよいよ人の気配は遠い。土手を撫でる風に吹かれて佇む銭形があの日の姿と重なる。何を考えているのか判らず、関わるのは御免だと敬遠し、奴の目に信念を見た日。


「……手下になった覚えはないぞオレは」


 目の前の橋の欄干に身を預け、気のないため息に乗せて返す。いつもの苦情も今回ばかりは勢いが出ない。どこか気怠げな響きの言葉に銭形が唸る。


「おのれまだ言うか。往生際の悪い」


 ……ん? ちょっと待て。今まではこの手の話題にこいつは一切聞く耳を持たなかった筈だ。


「銭形、お前――やっぱり今まで故意にオレの否定の言葉を無視してたな!?」


「む?」


 一瞬自分の失言に気が付くそぶりを見せた銭形。そうしてさっきまでの不機嫌さが嘘のようにニヤリと笑って見せる。


「フン、坂本悠馬。おぬしが俺さまの組織の参謀になるのは既に決定事項なのだ」


 く、食えない奴……。どこまでが単なる馬鹿でどこからが計算された馬鹿なのかが全く読めない。いや、計算とは少し違う。

 常識外れだろうと己のやりたい道を迷わず突き進んでいく――いわば考えなしの馬鹿じゃなく考えた馬鹿だ。


「……あのな、お前は悪の組織を作るとかなんとか言ってるけど、ギルティになって何をするんだ?」


「軟派なヒーロー共を叩き潰す!」


「メンバー調達は?」


「あくひろ学園でめぼしい人員を調達する!」


「ヒーロー学校だろ、そんな勧誘に乗る奴がいるのかよ?」


「あれは表向きヒーロー育成学校を謳っているが生徒内でヒーローチームと対ヒーローチームを作ってはバトルしている。中にはギルティと称して振舞うチームも複数いるが学校側は黙認状態だ。対抗組織があった方が実戦的な経験が詰めるからな」


「そんな無理矢理勧誘してったら、後から裏切られるかもしれねぇぞ?」


「獅子身中の虫を見抜けぬのはその図体が大きすぎるからだ。元より目の届く少数精鋭を組織するつもりだ!」


 ほら、やっぱり考えた馬鹿だった。


 ――そこまで考えられるなら目の前の人間が優等生なんて綺麗な代物じゃないことくらい、お前なら判るだろう。



「オレが、裏切るかもしれねぇぞ」



 淡白に放たれた言葉に、銭形が今度こそ目の色を変える。


 なあ銭形誠司。


 お前には、坂本悠馬がどう見えている?



===


次回、売られた喧嘩は買うべし!


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